45話 新年早々何の用ですか魔王様
年は変わって1566年。
新年早々岐阜城に登城。
年越しで周りが静かなせいで、信長と2人きりになった部屋の中は剣呑な雰囲気となっていた。
まじで魔王と対面とか怖すぎるんですけど。
ほらもうクックックとか笑ってるしなんで笑ってるの? 笑う要素あった?
「さて、其方を読んだのは他でもない」
「はい。上洛ですか?」
「である。攻めるぞ、参謀殿」
「攻めるんすか」
これがあれか。上洛戦ってやつか。
どうせ将軍家とのパーチィの時よろしく、将軍家関連では呼ばれないと思ってた。
「一応聞いときますが、何処へ?」
「無論、要請に従わぬ六角へよ」
ああ、やっぱりダメだったか。
どうせ京を抑えて現在栄華を誇る三好から調略でも受けているのだろう。役職やるからこっちへ付け、みたいな。
「策を立てよ、参謀殿」
「そうですねぇ……」
言われて地形を思い出す。
尾張から見て京は西。西にある壁は六角、長島、北畠、三好。絡んできそうなのが浅井、畠山、本願寺。
見れば見るほど敵だらけ。だが全員が組んでいるわけではなく、むしろ敵の敵は味方理論さえ通じないほど険悪な関係である。
狙うべきは各個撃破。
無視できるなら無視。
……ああ、だから史実では浅井と手を組んだのか。
その時の決断が巡り巡って悲劇に繋がってしまったと……うわぁ、めっきり救いがねぇ。
あるとすれば血筋が現代にも繋がってる、ということくらいだろうか。うーん、皮肉。
「南近江を狙うならまずは箕作山でしょうね」
「避けては通らぬ道。妥当であるな」
ここで厄介となるのが浅井家。
史実通りに進むなら無視していいが、現実的に考えたらどう出方を取るのかわかったもんじゃない。
アキラは平和な世界から来たのだ。戦国の世の心理戦なんて知らぬ存ぜぬ。実際にやってみろなんて言われても出来る気がしない。
だからこその作戦だ。
「近江統一を狙う浅井が絡んでくる可能性はありますが、そこはそれ。交渉でなんとかしましょう」
「ふむ……交渉とは、同盟か?」
「ええ。婚姻同盟です」
「いい度胸ではないか、キサマ……」
おおう、怖い。
一気に眼光が鋭くなったよ、流石は身内に甘々な魔王様。
「婚姻同盟。それ即ち織田の一門を送ることが必定となる。それを知っての発言と心得るか?」
「はいもちろん。送るのはやっぱり……」
「言うな。お市であろう」
アキラが言うより先に信長が言う。
「浅井に娘はおらん。ならば女を出すのは織田。信頼を築くと言う意味でも最善。我が一門の女で、浅井当主と合うのがお市しかおらん」
この婚姻で得られる物は非常に多い。
まず第一に北近江からの進行がなくなり、さらに琵琶湖を通しての貿易同盟が組めれば収入も増える。
浅井の坊ちゃんとお市様の間に男が生まれれば、浅井の当主に織田の血縁が組み込まれることになり、実質織田家の庶派が誕生することが確約される。
一石三鳥である。
「貴様もなかなかの狸よな。かつて嫁にやる、と言った我が妹を浅井にやるなぞ」
「あの時は悪かったですよ、本当に。でも俺は優梨で一杯ですし、何より織田の未来を考えればこれが最善です」
「それは我もわかっておる。故に貴様を不敬と罵るつもりは毛頭ない。……むしろ貴様がそう言うのを待っておったのだ」
……え? 待ってた?
「参謀殿……否、アキラよ。其方に六角家攻略の総大将を命じる」
…………え。
「いや、いやいやいやいやいや。ですから俺は寺子屋で手一杯なんですって。だからお断りしま……」
「京には天皇がいる」
「…………はい」
だからなんだ。
「天皇に会いたかろう?」
「いえ別に。別にどうだっていいです。そもそも会う理由がないです」
「ほう、言うか。だが其方、天皇家の祖に縁があろうて」
「…………えっと?」
いやまぁ。ないことはない。
というか、その神様に食わせてもらってるみたいなところがある。無尽荷駄壺なんてまじでそう。
……で、何処でその情報を?
アキラの目の色が変わる。
空を飛び舞う鳥のような掴みきれなさが一転、ギロリと天敵を見つけた狼のような変わり具合。
人間がしていい顔ではなくなったアキラに、少し言葉を詰まらせたじろいだ信長は理由を話す。
「ただの推測である。其方、熱田神宮に通っておろう?」
「松岡さんからの情報ですか?」
「うむ。朝起きて外に出たら、木の側で寝ている其方を見るようになった、と言っておったわ」
「……黙っててくれって言ったのに……」
信用出来なくなったなあの神主。
寝てるアキラが悪いわけではあるが、そこはそれ。自ら自分を落とすようなことは止める。
「毎夜毎夜、何をしておるのだ?」
「黙秘権って知ってます?」
「知らぬ。昨夜も間者を付けたが、境内に上がると同時に其方の姿は見えなくなったそうだ」
「……プライバシーの保護って知ってます?」
「知らぬ」
ダメだこの魔王パワハラが過ぎる。
戦国時代にコンプライアンスを求めるのは間違っているだろうか。
間違ってるんだよなぁ。謀略、戦争待ったなしの血生臭い世界だもんなぁここ。
同じ日本でもここまでの違いよ。
「……まぁ、関わりがあるのは認めますよ」
「ならばその子孫に謁見しようとは思わぬか?」
「…………どうでしょうね」
この日本の律令制に於いて、陰陽寮という役職がある。
その名の通り陰陽師であるが、記憶を辿れば明治時代に撤廃される……つまり戦国時代にもあったらしい。
『終末論』とかいう摩訶不思議すぎる事項のことを、この陰陽寮が知らないはずがない。知らなくても記録はあるはずだ。
(……天皇様は兎も角、なぁ)
この時代の陰陽師には興味がある。
正確にはその陰陽師が持つ資料に興味がある。行く理由があるかないか、と問われればそれは――
(まぁ……なくはないか)
足掛かりになるのであれば悪くない。
歴史の流れは間違っていない。ならば止まらず進めるだけである。
「……六角攻め、この嘉瀬アキラが引き受けました」
「うむ。大義である」