41話 戦国パパ友
「何故呼ばれたかわかるか、参謀殿?」
「……すんませんした」
織田家と足利家の友好の証として行われた席。その最中の客人謁見とはいえ、暴れたことに対する説教であろう。
「謝罪から入るか。いいだろう受け取ってやる」
「え、違うんすか?」
「むしろ感謝しているほどだ。少々暴れたことに対しては別だがな。世間知らずには灸を据えねばなるまい」
あ。そこの利害は一致してたのね。
良かった。信長があのバカ将軍に影響される可能性を危惧してしまった。
「しかし最近まで坊主をやっていたとはいえ、あそこまで剣豪将軍の弟が腑抜けているとはな。予想外であった」
「腑抜けている、というか自覚がないんでしょうね。いきなり将軍と呼ばれるようになったから尚更」
「ふむ。寺子屋の師匠が言うと説得力があるな」
ようはガキなのだ。
生家では甘やかされ、出家した先でも将軍の一門として甘やかされ今に至る。
教養があっても血筋に刻まれた贅沢を落とすことはできない。その贅肉を落とさねば始発すらままならないだろう。
「よく見ている。流石だ」
「あれはよっぽどわかりやすいですよ」
あれでアキラより5歳年上の、言ってしまえば子供部屋おじさんである。
そんな甘え上等、先祖の脛齧り上等な覚悟を持つ人物が陽の当たる場所に出されればああもなるだろう。
「そろそろ良かろう。入ってくるがいい」
「……失礼致します」
「おや、細川様。それに……?」
「お初にお目に掛かりまする」
信長がちらりと目を逸らす。
逸らした先の襖が開き、二人の男が入ってくる。一人は見たことのある人物、もう一人は知らない。
「嘉瀬殿、先程は失礼致しました。信長殿。自己の紹介は自分でした方が宜しいでしょう」
「ええ。では細川殿にお任せするとしよう」
信長が一歩引き、細川ともう一人の男が前に出てくる。
どちらもアキラより年上っぽい落ち着いた雰囲気を持った男だ。
「私は細川藤孝。足利家臣に御座います。そして此方は――」
「明智十兵衛光秀と申します」
明智!?
あ、マジじゃん胸に水色桔梗つけてんじゃん! 明智の家紋だったなそういえば!
「……ほ、ほう。それで、細川殿は何故ここに?」
「アキラ殿は子供を持つと聞きました。どのような教育をしているのかと興味を持ちましてね」
「我らは最近子供を授かったばかりで、子供の教育には不得手でして。将軍にも説教を出来る当代一の教育者への相談と思ってくだされば」
え、あの話の後にこれ?
絶対に何か裏があるだろ。
「……言っておきますが、これは機嫌取りではありませぬ。足利の者は今回の件で嘉瀬殿を嫌いましたが、中には我らのように貴殿の説法に感激した者もいる、ということを知ってもらえれば」
説法に感激って。
聞くなら仏の説法にして欲しい。俺の説教なんて一銭の価値にもならないぞ。
いやもしかしたら後の世で逸話になったりするかも知れないが。暫定将軍に説教した寺子屋の師匠。いいじゃん。
「お心はわかりました。お子様はお幾つですか?」
「今年で2歳になります。明智殿もそうでしたな?」
「はい。最近は照子に似て愛らしくなっております」
「ほう、2歳。ウチの子と同じですね。ウチはもう一人、5個上の娘もいますので仲良くしていますよ。ところで子煩悩な信長様は?」
輪に入りたそうにしていた信長に話を振る。
「……誰が子煩悩だ。だがそうだな。我が子も参謀殿のところの娘と同じ程である。知恵がついてきたのか、最近反発が多くての……」
「思春期でよくあるやつですね。子供なら誰しも通る道です。親が煩わしく感じる多感な時期ですね」
「そんな時期があるのですか!」
「……玉に反発される、のか」
泣くなよ頑張れミッチー。
そんな感じに会話は続く。
アキラが5年積み重ねた教育論を、興味深げに聞く3人の戦国武将という構図はなかなか面白い物があった。
ーーー
「本当に泊まらなくて宜しいのですか?」
「ええ、妻と子が待っているので」
「そうですか。それでも足元にはお気をつけを」
「夜は危険です。何かあった時のため、この脇差を持っておいてください」
「ありがとうございます。それではまた」
岐阜城を離れ帰路につく。
既に辺りは真っ暗なのに、岐阜城からは笑い声が聞こえてくる。祭りの帰り道のようだ。
テクテクと一歩進む度に、岐阜城から聞こえる喧騒は、真っ暗な夜闇の中へと薄れていく。
「郷愁感って言うのかな、こういうの」
紛らわすことのできない寂しさ。
だが帰れば子供がいる。偽であれど妻もいる。
「ふぅ。さみぃ」
「火を寄越そうか?」
「……あ? 誰だ?」
夜闇に紛れて声が聞こえる。
姿は見えない。だが何処かにいる。
「ご安心なされよ。敵ではない」
「誰だっつってんだよ。聞こえてねえのか? 名を名乗れ名を」
「ふぁっふぁっ。威勢が良いな、嘉瀬アキラ。夜闇に紛れ、よもや命を握られているかもしれない、というに」
つ、とアキラの頬を汗が流れる。
まじでそうなんだよな。夜目は効かない。気付かず仕掛けられたら死にかねない。
「だが構えないで欲しい。この声は2日ほど前の物である。儂はそこにはおらず、声だけを其方に届けておるのよ」
「声だけ? 本体は何処だ!」
「さて、九州か四国か中国か。もしかしたら違う大陸にいるやもしれんな。兎に角西じゃ」
「西?」
なんでそんな……
いやそれよりも聞くべきことがあるだろう。
「お前は誰なんだ。名を知らないと会話が出来ないだろう」
「それもそうじゃな。では名乗るとするかの」
仕方ない、という雰囲気の老人声。
そっちだけ知っててこっちは知らないの不公平だろ爺さん。
「儂は役小角。日本一の陰陽師じゃ」