40話 お灸据えたらぁ
「嘉瀬殿。信長殿の言によれば貴殿は武士に在らず、寺子屋にて子供の指南をしていると聞いたが真か?」
と、これは将軍様ではなく、その隣に座る幕臣の問いである。
事前に何処に座っている誰が誰、という話は聞かされており、その知識から察するにこの人があれだ。細川藤孝だ。
「ええ。嘉瀬塾という私塾を開いております」
「私塾。きっと高尚なお話を聞けるのでしょうな」
「いえいえ。教えているのは基本的なことなので。足利学校の方がよっぽど高位でしょう。ああ、確か将軍様の血筋の家郷でしたね」
「うむ。よく知恵が回る。流石は信長殿の参謀であるな」
……こんなものだろうか。
「いやすまない嘉瀬殿。少し試させて頂いた」
「参謀とはいえ其方は織田家の外の者だと言うからな。であれば我らが試してやろうと信長殿に言ったまでよ」
そう言われ、アキラは信長を見る。
視線を向けられた信長は少し嫌な顔をした後、目を伏せて一つ頷いた。
恐らく下手をしてアキラの心象下げられるのは下策とでも考えたのだろうか。
今も積極的にアキラと関わろうとしている幕臣達に辟易している、と言うことだろう。
(信長への取次役としては優秀だからな、俺)
織田の息が掛かっているだけの、傘下にすら加えられていない参謀。
しかも何処の武家にも属しておらず、信長からの、そして寺子屋の師匠としての信用もある。
利用されている気がしなくもないが、やはり足利家としては押さえておきたい人物なのだろう。
しかし気掛かりなのは一つ。
(俺、義秋さんの声聞いてないぞ)
その義秋さんと言えば、うつらうつらと体を揺らして船を漕いでいる。
よっぽど疲れているのだろう。わざわざ呼び出した客人を前に、傲岸不遜にも寝こけている。
「……義秋様、起きてくだされ」
「……ああ……?」
睡魔に侵された擦り声で、義秋は起床する。
義秋は2、3度目を擦り、眼前に座る俺を見後小声で言う。
「疲れてるのに。何故余はこの平民と話さねばならぬのだ……」
あ゛?
テメェコノヤロウ、呼び出したのそっちだろ。帰んぞ?
「義秋様。聞こえますぞ」
「いくら平民とはいえ、あれは使えまする。どうか我慢を」
全部聞こえてんだけどその小声。
直線距離3メートル舐めんなよ。
「アキラ殿。酒は如何かな。私が酌を取ろうではないか」
藤孝さんが寄ってきて酒を勧めようとする。
小声が漏れてることに気付いて、機嫌取りのために酒に流そうとでもしているのだろうか。
「…………ハッ」
バカにされているなら気分悪い。
この幕臣とバカ将軍に少し灸を添えてやり返してやろう。
「嘉瀬殿。何か?」
「ああ、いえ。何でもございませんよ?」
「笑えるところがあったのならば気になりますな。後学のためにも知恵者の話を聞きたく存じます」
この無茶振りは予想通りだ。
こいつらは俺を試していると言っていた。その言を溢したのなら、それは今も続いているのだろう。
絶対に返しは俺の発言に委ねる物となる。
じゃあ教えてやろう。後学のためにも、な。
「いえただ、義秋様は天下人の器に在らず、と思っただけに御座います。それ以外は何も御座いませんよ」
「なっ……!?」
「っ! アキラ!」
アキラの言葉に信長は慌て、幕臣達は息を呑み、義秋は睡魔に満ちた眼を憤怒の色に変える。
「貴様! 無礼であるぞ!」
幕臣の一人が声を上げる。
激昂して刀を手に取り、アキラの首を絶たんと振り翳してくるが、まぁそんな脅しが効くわけない。
「対話中に立席とは礼儀がなっていませんね。……幕臣は皆、そのようなのです?」
「言わせておけば、その口ごと首を叩っ斬ってくれる!」
「やめないか! アキラ殿もその辺に!」
一人冷静な藤孝が幕臣を止め、アキラを諌めてくる。が、それではいけないとアキラは口を開く。
「いいですよ、別に。やってみます?」
頭を左倒し首をガラ空きにする。
明らかな挑発行為である。ここまで言われては誰に止められようと、この幕臣は止まることを知らなくなるだろう。
ニヒルに笑って、トントン、と指で首を叩くその様は、首を斬られることを望んでいるかのような振る舞いだ。
「貴様ァ!」
遂に刀を振り下ろす。
だがそんなへなちょこの剣技を許すはずもない。アキラは異世界人である。先手で刀を振るわれても、後手で打つ対策などいくらでもある。
「――あれ、どうしたんです? 斬らないんすか?」
「な……なっ……!?」
「兄上……? 嘉瀬殿、何を?」
刀を振るった幕臣は混乱する。何故なら、振るった刀が動かなくなったから。
側から見たら激昂した男が寸止めで刀を止める、という奇妙な構図に映っているだろう。
土操術の応用技。
持ってきていた土で薄い膜を作り、さながら鞘のように刀を包み操作する。超細かい技術を必要とする技である。
どうせ碌なことになんねえな、と思い持ってきた土が本当に役に立つとは思わなかった。やっぱ血の気多いのね、武家の棟梁サマ。
「グッ……なぜ動かない……!」
「三淵! そんなやつ殺してしまえ!」
「……ったく。だから天下人の器に在らずってんだよ」
突如豹変したアキラの言葉に、義秋はおろか信長も黙り込んでしまった。
んじゃまぁ此処は独壇場ってことで、少し暴れさせて貰いますかね。俺は抗うぜ、拳で!
「大事なことは人任せ。自分勝手で我が儘で? その癖なんの仕事もできない無能が上司とかやってらんねえっすね幕臣様方。よく耐え忍んでると思いますよ」
「違う! 我らは義秋様を慕って集っている足利の士である! 貴様の戯言で表せる程度の者ではない!」
「いまの惨状を見てもそう言えんなら、そりゃテメェらの目が節穴ってこったな。それともなんだ。テメェらも他のやつに仕事押し付けてる口か? ねぇ藤孝サマ?」
「…………」
細川藤孝。
恐らく今の足利家臣団の中で最も優秀な男。先の覚慶救出作戦で陣頭指揮を取り、史実でも幕末まで続く細川家の基礎を作り上げた男である。
「参謀殿。その辺にしておけ」
「……信長様」
「これ以上将軍家と敵対して、我ら織田家を困らせるつもりか? 其方も本意ではなかろう」
「ええ、はい。国を持たない肩書きだけの将軍とはいえ、相対する理由もないですしね」
「であるか。ならば今は退け。この大広間から出て帰ることを命ずる。将軍様方もそれでよろしいですかな?」
「……我々も、火種は作りたくはありません。アキラ殿には早急にお帰り願いたい」
「何故だ! 藤孝! そいつを切腹させろ!」
残念。俺は武士じゃない。
切腹? させられるものならさせてみろ。名誉や栄誉なんて惜しくもない。ざまぁみやがれ。
しかし義秋の無茶振りを受けて藤孝さんも焦り心頭のようである。ごめんね。今度なんか補填するね。
「……後で話がある。我の部屋へ来い」
「…………あい」
説教ですね。わかります。