34話 何度目の邂逅
「――またここか」
『そう言わないでよ。ちゃんと毎回有意義でしょ?』
「一年も使わずに出立できるのかな、とか思ってた俺の期待を返してから言え」
そろそろ半年が経過する。
日本の後すぐにマグナデアに帰れるのかすら危ういのに、その元凶を信用なんかできるかバカタレ。
お陰で毎回ギスギスしてる気がする。そろそろ有意義な時間はいいから有益な時間を作ってくれ。
『それもそうだね。ボクとしても『終末論』が眠っているとは思わなかった。流石に誤算だったね』
「よく言うぜ。ったく。どうせ何かしらの企みあってなんだろ」
『信用ないんだねボク』
「ああ、ないな」
即答する。
アグノスは残念そうに息を吐き、睨むアキラの視線を受けながら肩を落とした。
『なんでそんなに信用ないのかなぁ。ボク、結構キミのために尽くしてるはずなんだけどなぁ』
「本当に自覚ないのか?」
『ないねぇ。むしろキミがこの世界で渡り合えるように、色々と力を与えてるはずだけど』
本当によく言う。
何を騙そうとしているのか知らないが、ここまでコケされて堪るものか。
「いやお前、ちょくちょく俺の頭をイジってんだろ?」
否、それは違う。
もしかしたらこの話は、俺だけに止まらないかも知れない。
「もしかしたら俺だけじゃないか? 優梨も……他の勇者の頭もイジってんだろ?」
『なんのことかな?』
「この期に及んで惚けるか。じゃあ教えてやるよ。俺は文系だが世界史専攻だ。日本史のことなんざわかっちゃいない」
世界史で習うのはヨーロッパ主軸。
日本のことなんて精々が信長、秀吉、家康周りをちょろっと程度だ。
その程度の教養で、今まで晒してきた戦国知識をひけらかせられるわけがない。
『そうなんだ。じゃあ今までは独学なのかな?』
「違う。そもそも武将達の偉業も、16世紀畿内の情勢も、俺が現代日本にいた頃は何が何だかわからなかったってんだ」
日本史知識はアキラの物ではない。
いつの間にか埋め込まれていた、存在しないはずの知識がアキラの頭に残されているのである。
『それは奇怪な話だね』
「ああそうだな。奇怪な話だな」
こんなんコイツを疑わない理由がない。
そしてコイツがアキラの頭をイジった上でアキラに伝えない現状、悪意にしか見えないのである。
『ううん。それはボクじゃない。他の誰かだね』
「信じらんねえな」
『信じてもらう気はないよ。おそらくこれはボクの問題だ』
アグノスの瞳がアキラから外れ、何処か違う場所に鋭い視線が飛ばされる。
『とにかくそこは任せてくれていい。ボクがなんとかしてみせよう』
「…………」
『信用できないって顔だね』
「そりゃな。あの話で信用できる要素が、一つでもあったと思うか?」
『ボクに問われても困るよ。キミの気持ちはキミ次第なんだからさ』
のらりくらりと。
よく問答を交わすなコイツ。
『さて、本題だ』
アグノスの語気が強くなる。
『『終末論』の潜伏先が判明した』
「随分と手が早いな」
『虚数空間とは実数空間の繋ぎ目、実数の狭間にある世界。少しでも異変があればそこが虚数だ』
「見つけるのは簡単ってことか」
『入るのは難しいけどね』
存在はするが目には見えない虚数。
じゃあ如何すれば入れるんだ。その中に『終末論』はいるのだろう。入らなければ戦えすらしないではないか。
『入るために必要なのは三つ。
一、繋ぎ目を切るために必要な『魔剣』。
二、『終末論』と渡り合える程度の『強靭な体』。
三、虚数世界の濃密な魔力を飽和しながら戦わなきゃいけないから『膨大な魔力』。
最低でもこの三つは必須かな』
「いまの俺じゃ物足りないか?」
『足りないどころの騒ぎじゃない。魔剣すら持っていないじゃないか』
それはそう。
どころか二つ目、三つ目も指標が決まっていない以上、いまのアキラで対抗でき得るのかすら不明だ。
……どうだろう。50年もあればいけるか。
『強靭な体』『膨大な魔力』と、アキラの世界にはなかった物を要求されている以上、どのくらいの年数必要になるのかわからない。
だが最低50年。
このリミットが用意されているのであれば、上手く事を運ぶことも出来るということなのだろう。
「わかった。可能な限り揃えることを善処する」
今後如何に力をつけるのかが、アキラの最大の課題となっていきそうだ。
ともあれ、心技体の鍛錬はまだしも、魔力関連の鍛錬の仕方、魔剣の入手法なんて思いもつかない。
いや、魔剣に関しては強硬手段を取れば何とかなるが、しかし魔力の増幅法は無理だ。
誰かしら、その道のプロフェッショナルか、天変地異にも匹敵する出来事が起こらなければ――
時は無情にも流れる。
アキラは何も事を成せないまま、時間だけが過ぎていく。
しかし様々な思惑が割拠する戦国の世に於いて、野望を果たさんとする者が動かないわけがない。
この世に偶然はない。起こることは全てが必然。野望を抱く者が動き天下の趨勢を動かすのである。
そして5年の時が流れ――
ーーー
永禄8年。
歴史はさらに加速する。