33話 歴史の変化/
夏休暇を終え嘉瀬塾が開講する。
今日は夏休暇中に出した宿題の回収、丸つけ、そして返却日だ。
全てを一気にやるのもなんだが、夏休暇後ということもあり考えるリハビリも兼ねて子供達にはクロスワードに取り組ませている。
その間に宿題の丸つけを終わらせる予定だ。
ハードではあるが所詮は一教科。今日のうちに終わらせることは可能である。手、疲れた。
そんなこんなで授業を続けていると、古屋の外がザワザワと騒がしくなっていることに気付いた。
「……なんだぁ?」
子供達の喧騒が集中力の中に消えたタイミングだったため、雑音が無駄に大きく耳に響いている。
……姦しい。
こちとら授業中だぞ。響くのは蚊の羽音だけにしてほしい。それならいくらでも叩き潰せるからネ。
扉を開け外を覗くと……
「ええじゃろええじゃろ。旦那さんもまだ帰ってきてないんじゃろ」
「やだ藤吉郎さんたら。……今日だけですよ?」
…………塾前で何やってんだクソ猿!
ーーー
拳骨三発頭にくれてやった後、秀吉の誘いに乗りつつあった女性にはお帰り頂いた。
頭にたんこぶを作った秀吉は泣きながら残念そう項垂れていた。だが流石に許されない行為だろう、主にねねちゃん的な意味で。
戦国時代は性にオープンだという話は聞いたことはあったが……秀吉の女好きはここが原因なのかもしれないな。
「で、美濃攻略は終わったのか?」
「小牧山城までは落としたぞ。家督を継いだ龍興は東の岩村城に逃げ込んだらしいですがな。恒興殿率いる部隊が追跡中のようじゃ」
ほう。秀吉の様子から察するに、どうやら圧勝したようだな。
てか早い。流石魔王早すぎる。義龍が死んでからの侵攻スピードが一ヶ月弱とは、どんだけ脆くなったんだ斎藤家。
「義龍の嫡男は、よほどの凡愚なんだろうな」
「もちろんそれもありゃあが……義龍が余程の名主だったのだろうよ」
人の心は掴めていないようだったが。
万事全てが強硬策。政務も投げやりで外交にだけ手を回していればこうもなる。
だがその外交が上手くいったからこその対織田戦線だったのだろう。そう考えれば外交上手とは言えるだろうか。
どちらにせよ名主とは言い難い。
「んで、話は変わるけど結婚式はどこでいつやるんだ? 呼ばれただけで日程は聞いてないんだが」
「…………あ」
「決めてないなその反応。いい加減にしとけよ、お前。ねねちゃんみたいな良い子に逃げられたら一生の損だぞ」
「わ、わかっとるわい!」
顔を青くして焦り始める藤吉郎。
どうやら戦の事しか頭の中になかったらしい。
「……仕方ないな。場所は俺が手配してやる。お前は兎も角ねねちゃんが悲しむのは不味いだろ、お互いに」
「本当かや!? 感謝! 流石は我が友、いや親友だがや!」
「調子いいなオメー」
この猿やっぱ猿だわ。
日本一の人たらしの異名は伊達じゃない。憎むに憎めない愛嬌があるってのは、こういうことなのか。
……てか、あれ?
なんかお前方言使ってない?
ーーー
冬は農繁期。
通常であれば百姓を兼ねる農民兵は戦いには参加できず、流石に自分の腹に入る職の邪魔は出来ない大名も渋々引き上げるのである。
しかし整った兵農分離政策で百姓兵を使わない織田軍は、百姓に頼りきりの斎藤軍を悉く打ち破り連戦連勝なのだとか。
加えて指揮官が欲に溺れていれば、歴史に名を残す名軍師や戦士がいても豚に真珠。何をすれば良いのか定まらない。
というわけで美濃を平定したそうだ。
作戦立案から実働期間半年足らず。まさかの一国陥落である。
「史実の墨俣築城って、そんなに上手く行ってなかったんだな……」
改めて今回の転換点の大きさに頭を抱える。
「美濃を平定して得られる石高はウン十万……開発したらもっとか……うわぁ、そりゃ畿内制するわ」
一石は人の一年分の食料に値する。
例えば孫四郎の加賀百万石は、文字通り百万人の兵を動かせる蓄え、生産率があると言うことだ。
そう考えれば今回の美濃平定で得た物は、大軍を動かすことができる食料を産出できる土地ということに相違ない。
「……時代の流れが早くなれば、その分だけ表面上の変化が生まれてくる……」
現在1560年秋。
信長周りの主だった事象は桶狭間の戦いくらいの物だったはず。
上手くいきすぎるのも大概にしておけよ、殿様。でないとお前を殺すのは光秀ではなく、俺になっちまうかもしれないぞ。