32話 嘉瀬の者
「……ひっく、ぐすっ」
優梨が朝ご飯を作っている間。
アキラは未だに泣きべそをかくちよちゃんと共に居間で待っている。
帰ってからもずっとこんな調子だ。
子供の未熟さ故か。気持ちの切り替えが遅いのは仕方ないが、こりゃ相当な泣き虫だな。いや、親がいなくなれば当然なのか? そのあたりの感情がわからない。
「ええっと……ちよちゃん?」
「ぐずっ……」
鼻を啜る音で返答してきた。
思っていたよりも余裕なさそうだ。
「泣いてるところ悪いんだけどさ。キミ、これからどうしたい?」
「…………」
父を亡くし、母を奪われた子供が何を求めるかなど分かり切っている。
しかし敢えて自分で言わせる。自分の口から、自分が何を求めているのかを明確にさせる。
これは本来、道徳に沿えばやるべきではないのかもしれいけれど。
それでも今は戦乱の世。人の命が紙屑にも等しい世の中で、拾った保護者としての責任を果たさねばならない。
「母上を、探したい」
「うん、そうだよね。じゃあ言っちゃおうか。キミには無理だ」
甘い幻想は必ず現実によって砕かれる。
そのダメージは、長く抱き続けるほど痛く苦しい物へと変わる。
いずれ何処かで楔を打たねばならない。アキラの行いは、その楔に金槌を打ち込む行為となる。
「そ、そんなことは……」
「ないと思う?」
「…………」
恐らく賊相手に手も足も出せず、逃げてきた時のことを思い出しているのだろう。
「アキラくん、詰めすぎだよ」
「……だね。少し言いすぎた」
朝食を作り終えた優梨が御膳を持ってくる。
卓上に豪勢な食事を並べると、アキラの隣に座ってちよちゃんを見る。
「アキラくんはああ言ったけどさ。結局は、ちよちゃんのことを思ってのことなんだよ」
「……」
「ちよちゃんがこれから、どうすれば生きていけるのか。私達にとってもすごく難しいの。それくらい、この時代は危ない」
天涯孤独の子供が一人で生きていけるわけがない。
誰かしらの庇護下に入らなければならなくなるだろう。しかしちよちゃんは一人で事を為そうとしている。
その甘い幻想……考えなしの行動を、不可能と断じて根底から崩さなければならない。
「せっかくこうして出会えたんだからさ。私達からしたら、ちよちゃんには生きていて欲しいんだよ」
「……そういうこった。間違っても森で野垂れて孤独死ぬとかやめてほしいわけ。屈強な兵ならいざ知らず、女の子にそんな野蛮な死に方はさせられないよ」
「屈強な兵隊さんにもさせられないけどね」
比喩じゃん、やめてよ。
そんな細い目でこっち見ないで。と、かつてない恐怖と冷や汗を掻きながら、アキラは全力で顔を逸らす。
どうやら癒術師さんの琴線に触れた内容のようだった。ごめんなさいね、本当に。
「ん、で。ここから先は一つ提案なんだけどさ」
「……はい」
「ちよちゃん。キミ、俺達の子供にならない?」
恐らく俺は生涯、この娘のポカンとした顔を忘れることはないだろう。
ーーー
養子縁組。
血縁関係とは無関係な一親等関係を、人為的に構築する家族システム。
医療の発達が乏しい戦国時代では人の生き死にが多く発生しており、身分を問わず御家をを残すために用いられる。
悪魔でもちよちゃんさえ良ければだが。
このシステムを使って嘉瀬家入りさせることが可能となり、知らない家の子ではなく自分の子として庇護下に置くことが出来る。
要するに大義名分を得るのだ。
知らない子供は育てていない。自分が養子として貰った子供を育てているのだと。
嘉瀬は織田家臣とも仲が良い。アキラや優梨がいなくなったとしても、千代ちゃんは嘉瀬家の者として扱われるだろう。
「――じゃ、これからよろしくね。千代ちゃんちゃん」
「はい、お義父様」