30話 何処にでも悪党はいる
「ただいま〜……」
「あ、おかえりー。ご飯出来てるけど食べ……誰、その子?」
優梨が見知らぬ娘を連れて帰ってきた。
小綺麗な紫色の呉服を身に纏っている。だが、ところどころ服が破れ、埃や土で汚れている。
可愛らしい顔立ちだが、木枝に擦ったのか頬に一本線の傷をつけ、如何にも家を追われた子供のような感じだ。
なんなんその子。
今日は薬草を摘みに行ってたのでは。
「浅井家と六角家の戦争に巻き込まれたんだって。たまたま歩いていたところを見つけたんだよ」
浅井と六角……
それ野良田の戦いでは。浅井長政の初陣のやつ。夏に開戦したのは覚えてるけど。
時期的にはまだ決着はついていないはずだ。確かこの戦いに浅井が勝利して近江支配を盤石な物にすることになる。
そこから逃げて来たのか。大分遠いぞ。
本当にすごい、よく尾張まで来たな。この時代、まだ美濃近江を繋ぐ街道も整備されていないのに。
「ほら、こっちおいで。お腹空いているだろう」
「……」
警戒しているのか、少女は動こうとしない。
しかし何も食べないのは体に悪い。アキラは炊飯を終えた白米と、胡椒をまぶしたステーキを皿に盛って少女に差し出す。
米も肉も胡椒も、すべて『無尽荷駄壺』産である。やっぱ最強だわこの蛸壺。
「…………」
きゅるる……と腹の虫が鳴る。
やはりスパイスは最強だ。食欲のない人も虜にする。
「中に入って食べよっか。な?」
「…………うん」
ーーー
夕食を食べ終えて少女も落ち着いた頃。
ようやく彼女から話を聞くことが出来た。
なんでも父は浅井軍として従軍したが戦死。
母は外聞を気にして少女と共に国を出たが、出て間もなく山賊に襲われたのだそう。
一通り暴れた山賊は母を連れ去ったが、少女には気付かずに行ってしまったのだとか。
戦国あるあるだな。
むしろこの子はよく助かったと思う。普通なら子供も連れ去って奴隷として売り飛ばすところなんだが。
……とりあえず、ここ近辺に人攫いがいるということがわかったな。
「キミ、名前はなんて言うんだ?」
「……ちよ」
「そっか。千代ちゃん、キミのお母さんはどの辺りで攫われたのかな?」
「…………」
ぶんぶんと顔を横に振る。
わからないか。まあ混乱して逃げて来たのだ。詳細な位置を覚えていなくとも仕方あるまい。
「……南近江から尾張まで繋ぐ道は……」
「海道と山道の境かもね。私が会ったのもそっち側だし」
「うん。じゃあ北方面か。よし行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「あ、あの。どこへ?」
立ち上がるアキラに問う。時間的には既に遅い時間。
夜更けに出掛けるなど少女の感性からしたら、本来であれば正気の沙汰ではないのだろう。
「ん。大丈夫、気にしなくていいよ。少し外の空気吸ってくるだけだ。今日は疲れたろ。ちゃんと休んでおきなさい」
そう言ってアキラは家を出た。
ーーー
東山道には森がある。
木々の生い茂る林にも似た街道だが、そこに人の住める場所はない。
何故ならば賊が出るから。戦後の乱取りよりタチの悪い、人里に押し入っては米や人を奪っていく輩ども。
そこは最早住むところではなく、通るところとなっている。森を通る人間は揃って足並みを早める故、そこに活気なんて物はない。
「頭領、こちらが今回のカネです」
「ほう。いい額じゃあねえか」
賊の根城は荒れた掘立小屋。中には数人の賊が頭領を囲んでいる。
彼らは名の知れた悪党ではないが、近隣の国の国主には嫌な顔をされる程度には悪さを働いている。
「今回のアマは言い値で売れましたからね。今頃西の方へ護送されているでしょうね」
「それ程の別嬪だったのか。だったら一回味わっておいても良かったよなあ」
「それは勘弁してください頭領。頭領は一回に飽き足らず2度と離さず壊すでしょう。カネになりやせん」
吐き気のするほど醜悪に満ちた会話だ。
こんなのが放って置かれてるのか。それに此処にはちよちゃんのお母さんはいないみたいだ。
「遅かったか……」
こうなりゃ捜索の難易度は急激に上昇する。
場所さえわかれば武力行使でなんとかなると思ったのだが。捜索範囲を広げるのなら話が違う。
…………西、というと京都や境か。いやもしかしたら中国四国……最悪九州に飛ばされてる可能性も……
「ッ! 誰だ!」
僅かに漏れた声に反応された。
しまった。気付かれたか。
(……まあいっか)
気付かれても問題ない。
「操術式展開」
ここにちよちゃんママはいない。
ならこんなの、存在価値なんてないよな?