26話 織田渦中にて
「これより美濃攻めを始める」
信長の言葉に家臣団は血気付いた。
なんせ何年もの間、尾張国土を苦しめてきた美濃を平定できる好機なのだ。
尾張出身の家臣団からしてみれば、今までの苦渋を返せるチャンスほど待ち侘びた物はないだろう。
甲冑に身を纏った者達の中で、何故か出席させられたアキラは漢供の咆哮に耳を塞いだ。
キーンッと耳鳴りがする。うるっせえ。
「そして今回の作戦に於いて最も功績を上げた者が、そこの座す者だ。参謀殿、前へ」
「……はい」
気が進まないままアキラは立ち上がる。
隣に座り「緊張するな」と背中を押してくれた恒興を始め、何人か見知った者達がいる中でも、やはりアキラの存在は浮いている。
今日呼ばれたのは、アキラが織田領内で地に足を着けるためなのだろう。所謂、初顔合わせというやつだ。
「前回渡した俸禄では見合わぬと、我が独断で判断した。それ故に貴殿の望む物を与えようと思うておる」
いらないです。とは、とてもではないがこの場では言えない。衆人環視が怖すぎる。
でも生活に必要な物は揃ってるしなぁ。欲しい物なんて本当にないんだよなぁ。パーフェクトコミュニケーションは何処……
……あ。
「では、現在の関東の情報を頂けませんか?」
「……関東の? 何故だ?」
「実は出身地が関東でして。現状が知りたいのです」
知っている情報と言えば、相模のライオンが暴れてるということだけだ。
そういう政治的、あるいは軍事的な話ではなく、もう少し災害やら陰陽やら神秘的なことに関しての話が欲しい。
「ふむ……とは言っても、貴殿が知っていることと大差ないであろうな」
「いえ、大規模な飢饉とか地震とか、そういう災害のような話が聞きたいんです」
「そのような話に、一体何文の益があるのだ」
「あ……えっと、ほら。前例を知っておけば対策も講じやすくなるでしょう?」
「関東でなくとも良いではないか」
バッドコミュニケーション。
……いやマッズイ。少し無駄に攻めすぎたか。信長からの視線が少しずつ冷めていくのがわかる。
下手を打ったか。
いや関東平野の話なぞ信長にとっても、近隣の敵国からしても興味の薄い話だ。そんなに敵視されるようなことはないだろうが。
「まぁ良い。一色や今川の者が関東の情報を強請るとも思えんしな。今の所は不問にしておいてやる」
……ほっ。なんとかなった。
しかし気をつけなければ。
信長は警戒心の強い男だ。何か一つ言葉を間違えば殺されかねない。鳴かないホトトギスを殺す短気男なのだ。
「今の関東は非常に不安定だ。現在の関東管領、上杉憲政が相模の獅子によって勢力を削がれている最中である。越後の長尾に助けを請うた上杉が、小田原に向け兵を出すのも時間の問題であろう。地震や飢餓についての話は聞いたことがない」
「……なるほど……」
関東は不安定、か。
『終末論』の力の源がもし、人の感情にあるのならば力の増すポイントはここなのだろうか。
結局は会ってみないとわからないが、600年前の戦乱期近くに現れたのであれば、何かしら『混乱』或いは『不安定』な要素をキーとしている可能性はある。
……いや、だとしたら応仁の乱や伊勢討入り時に出てこないのも変か……?
戦闘の規模は兎も角、時代を大きな変革を齎したのは将門の乱よりも応仁の乱の方が上だ。
「…………回復、か……」
「どうした、参謀殿? 何か気に掛かる部分でもあったか?」
「いえ……なんでもありません」
現在『終末論』は回復しているという。
人の感情が関係あるにせよ、ないにせよ、この戦乱期に出てこられると少し厄介か。
アグノスは50年程度の猶予期間があると言っていたし、そんなに焦る必要はないのだが……
……でも、なんかアイツ信用出来ねえんだよなぁ。
一応左目の力(現在使用不可)は貰ってる身だし、信用したくはあるんだけど……
「こんな物、報酬にもならないぞ参謀殿。別に欲する物を求めるがよい」
「…………」
魔王は魔王であの手この手で懐柔して来ようとしてくるし。別に欲しい物なんてないんだが……
「ないのならば仕方あるまい。貴殿には我が……」
「あ、じゃあ明の本が欲しいです。ジャンルは問わないので」
「……良かろう。盛信、準備せよ」
そういえば一つ、試しておきたいことがあったんだった。