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25話 日常送り、非日常来る

 子供は甘味に釣られやすい。それは現代だろうと戦国時代だろうと変わらない。

 「問題を解いたら菓子をやろう」と言えば、さながら目の前に人参をぶら下げられた馬の如く頑張り始める。


 折角『無尽荷駄壺』というチートを手に入れたのだ。アキラは惜しみなく寺子屋経営に、その恩恵をフル活用していた。


「お師さま! できた!」

「はいはい、見せてみ。……お、10問中8問正解だ。よく頑張ったな。じゃあ次はこの問題を解いたら干し柿をやろう」

「えー、うめちゃんはもらってたじゃん」

「梅が貰ってたのは全問正解したからだ。ほら、頑張ればあげるから解いてきなさい」

「はーい!」


 壺から出したのは、砂糖を多少塗した干し柿だ。この時代では高級品である砂糖。

 庶民の、それも子供には『かなり甘い干し柿』なだけだと思われるだけで、その出所を問われることはない。


「……むー……」


 わいわいガヤガヤと喧しい教室の隅で、1人の男の子が頬に墨を飛び散らせながら鼻で筆を挟んで唸っていた。


「どうしたミッくん。なんかわからない問題あるか?」

「あ、お師様。ちょっとここの問題がわからなくて……あと僕はミッくんじゃなくて光好みつよしです」


 名前を光好という。先日6歳になったばかりの、少し大人びた雰囲気の子。

 京都に本店を構える名門の土倉・吉田屋の跡取りであるが、とは言っても先代店主の次男嫡子であり長男ほどの権力は持っていない。


 お陰である程度自由の利く生活をしており、今も京都から離れ親父と共に遠い尾張の地へ視察に来ているのだとか。


 その途中で嘉瀬塾の評判を聞きつけ、こうして入塾することになったのだが。ウチってそんなに評判良いのか。


「この『線の部分を読んで作者が書いた意図を答えよ』という問題なのですが、これってお師様が実際に作者に聞いたわけではないですよね?」

「ンだな。文章自体、何百年も前に書かれたモンだし、その作者の考えって部分も俺が勝手に考えた問題だ」

「じゃあ作者の考えではないのではないですか? 僕はこの問題に対して、何を答えればいいのでしょうか?」


 小学校にいたなぁ。

 こういう論理だけを展開する同級生。卑屈な考えだが、その子にとっては必要な考察要素なのだろう。


「そうだなぁ。例えば商人が交渉をする時って、基本対面する形になるだろ?」

「はい。対話をするには人と会わなければならないので。必然的に対面することになります」

「ンだろ? で、交渉って自分と相手の益が重ならないと成立しないじゃんか」

「ですね。でないと交渉なんてする必要はないです。しなければただの押し売りですし」

「そこだよ。考えなければ一方的なんだ。作者は読み手を考えて書いている。じゃあ読み手は? 何を考える?」


 読み手が考えるのは、作者が何故その文章を書いたか。ということだろう。

 所詮は娯楽。視線も声も互いに知らない同士、意味のないやり取りであろうとも、意思が成立すれば十分。


 要は他人のことを考えられるようになれって話だ。

 対話をするときに顔色を伺うでもいい、文章から感情を読み取るでもいい。人を考えて行動できる大人になれ、という考えを持ってこの問題を組み込んだ。


 積極型教育って、こういうところが強いと思うんだよな。


「その技術は商売で使えますか……?」

「俺が教えるのはやり方。使い方は管轄外だ。その管轄に入るのはキミだよ、ミッくん。自分自身で考えなければいけない」

「なるほど……」


 何にだって用途がある。

 無駄なことなんて一つもない。未来を変えるのは今の自分なのだ。それを子供達には、理屈でなくてもいいからわかってもらいたい。


「わかりました。ありがとうございます、お師様」

「おう、頑張れよミッくん。問題はまだまだあるぞぅ」

「うへ、頑張ります……」



ーーー



 そんな感じで寺子屋経営をしていたある日。

 いつものように問題用紙と睨めっこする子供達を見ていたら、突然古屋の門をバンバン! と勢い良く叩かれた。


 アキラは頭上に疑問符を浮かばせながら、大きな音に怯え始める子供達を落ち着かせる。


「アキラくん、私が出ようか?」

「いや俺が出る。全員、ここで待っているように。男の子は女の子を守ってやってな」

「「「はい!」」」


 返事をしたのは三人ほど。歳も重ねていないため無理もない。

 それよりも、この最中にも叩かれ続ける門が壊れないか心配だ。いやまじで壊れないよね?


 そしてアキラは門を開く。

 立っていたのは俺よりも少し背が低いくらいの、しかし筋肉がそこらの子供よりも逸脱して育った少年だった。


「どちら様で?」

「あんたが嘉瀬アキラか」

「ええ、はい。俺がアキラですが……」


 なんだコイツ。


「なんだ。噂よりも弱そうじゃねえか。背も小せえし肉も少ねえしよお」


 おうコラクソガキ喧嘩なら買うぞ。


 流石のアキラもピキったが、青筋を立てて殴り掛かるよりも先に、クソガキの頭に拳骨が落とされた。


「痛ってえええ!!?」

「バカモン! 嘉瀬殿に失礼のないようにと、何度言ったらわかる!」


 いつの間にかクソガキの背後に立っていたのは、織田家随一の巨体の持ち主である柴田勝家だった。


「叔父上! 男ってのは戦場で武勲を立ててこそだろ! 現にこのヒョロ男も義元の首を取ったって話じゃねえか!」

「誰がヒョロ男だ誰が」

「嘉瀬殿が義元の首を取ったのは力に任せての勲功ではない。彼の人望と知勇があってこその勲功だ」

「利家殿が言ってんだ! 嘉瀬アキラって男は、鬼よりも逞しくだいだらぼっちよりも大きな身体を持っているって!」


 孫四郎絶許。

 なんだこのクソガキは。柴田殿同伴だから許してやるが、そもそも名前すらも聞いてないぞ。


 2人の圧に圧倒されるアキラ。

 少し引き気味になっているアキラに気付いたのか、柴田殿が焦ったように頭を下げてくる。


「すまぬ嘉瀬殿! 迷惑をかけただけではなく、中の子供達を怯えさせてしまっただろう。何か詫びをさせてはくれまいか!」

「あー……いや、別にいいですよ。子供達にとっても良い経験になりますし。それよりも、その子はなんなんです?」

「む。そうであった。紹介していなかったな。この子は儂の甥っ子でな。名を理助りすけと言う。ほれ、お前も頭を下げんか」

「痛え痛えよ叔父上!」


 なんか荒々しい子が来たなぁ。



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