24話 黒
『やぁ』
「よしぶっ殺」
『今度はなんでかなぁ?』
避けられた。
チッ、今度こそ当てるつもりだったのだが。不満たらたら、アキラはアグノスに文句をぶつける。
「妖魔だかモンスターだか知らねえが、変な坊主と戦ってる時に死にかけたんだが。オメェ不干渉だったみてえだな。釈明はないのか釈明は。なぁ?」
『ちゃんと秀郷くんが向かったでしょ?』
「送ったのオメェじゃねえだろ」
来たけれども。送ったのは天照だろうが。
お前何もしてないじゃん。今のところ役立たずだよ。
『ボクが天照と連絡取ったんだよ。これ以上の干渉は『世界』的にマズイんだからね』
「『世界的に』ってなんだよ。価値観がワールドワイド過ぎるだろ。個人間で喋れ」
『む……それを言われると弱い……』
明らかにショゲるアグノス。
顔立ちは女の子っぽいんだがなぁ。未だに何か隠してそうな感じがして胡散臭いんだよなぁコイツ。
『ところでアキラくん。『終末論』のことなんだけどね』
「おう。また報告か?」
『どうやらこの年代にはいないみたいだ』
「…………ほう」
『殴る体勢に入るには少し早いんじゃないかな。まだ続きはあるんだからさ』
続きとな。
いいだろう力を込めるだけに留めてやる。
『ガス欠ってやつでね。『終末論』が覚醒状態を保持できていないようなんだ』
「……今のうちに倒せばいいんじゃないか?」
『そう簡単な話でもないんだ。覚醒していないということは、現世に現界し続けられる力も残っていないということ。つまり今の『終末論』は虚数世界で眠っている状態なんだ』
虚数世界ってなんだよ。
知らないワードを出してくるんじゃねえ。そんなアキラの思考を読んだかのように、アグノスは説明を続ける。
『今のアキラくん達が生活している実体のある世界が『実数世界』。存在はするけれど形のない世界が『虚数世界』。虚数世界には実数世界よりも濃密な魔力が存在していて、それを吸収することで『終末論』は回復しているんだよ』
「なんで実数と虚数って呼ばれてるんだ?」
『記号の性質そのままの概念だからね。実数の狭間にある虚数。二つの世界も同じ在り方をしてるから、ちょうど良いと思って使わせてもらってるんだよ』
なるほど。つまり今の『終末論』には実体がないってことか。
現在いくら探しても尻尾すら掴めない理由はわかった。だが欲しい情報はそれではない。
「その『終末論』とやらは、何処の誰で、いつ俺の目の前に現れるんだ?」
『それは……うん、隠してもしょうがないね。具体的な数字はわかっていないけど、五十年以内には現れる』
「は、ご、五十年!? なんでそんなに遅いんだ!」
流石に50年なんか待てないぞ!
ふざけんなよ。俺はマグナデアに帰らなくちゃいけないんだ!
『天照からの情報なんだけどね。かつて日本で暴れ回った『終末論』はすごく強いんだ。そのせいで魔力の消費量も桁が人間とは違くて、次の回復には長い年月を必要とするらしい』
「だったらなんだ! 俺はなんで今! この戦国時代に! 関係のない時に呼ばれてるんだ!」
『キミが『終末論』と勝負を出来るようにするためだよ、アキラくん。今のキミじゃ『終末論』に勝つことは不可能だ』
修行のためってか。
勝てるわけがない相手にぶつける方が悪いだろう。
「勝つことが不可能なら、なんで俺が戦わなくちゃいけないんだ。俺じゃなくてもいいだろう」
『『嘉瀬アキラが終末を打破する』。ここまでの工程が、この世界には求められているんだ』
アグノスからしたら、嘉瀬アキラの力は必須事項と言うことなのだろう。
だがアキラからしたら迷惑この上ない。つまりアキラは、長い年月をこの戦国日本に縛り付けられるということだろう。
「五十年もありゃ爺になるぞ」
『勿論、わかっているよ。そのための対策は、もう既に施している』
「どういうことだ? 俺の身体に何かしたのか?」
『うん。効果はすぐに実感できると思うけど、キミ達の血を活性化させたんだ。歳を取りづらくなったよ』
……? よくわからないが、つまりどういうことだ?
単純に不老になったとか、或いは概念的な話なのか。今のアキラの知識量では理解が及ばない。
『これでキミ達は年齢という制限を無視した生活を送ることが出来る。あとマグナデアと戦国は、時間の流れが違うからね。安心して救世に取り組むといい』
「……いつも思ってるんだが、お前の目的はなんなんだ? 俺を使って何がしたい?」
『『終末論』だよ。それ以外は何も望まない。そういう契約でしょ?』
「ああ、そうだな……でもいっつも、お前の中に黒いモンが見えてしょうがないんだよ」
陰キャを舐めるなよ。
孤独時代の力はまだ引き継いでんだ。お前の腹と笑顔の黒さには、もう既に気付いてんだぜ。
「警戒しないワケねえだろ」
『…………そう。信用されてないのは悲しいけど、まぁいいよ。これから信じてもらえばいいからね』
「出来れば行動で示してくれるとありがてえな」
『そうだね。今後は積極的に介入して行くことにしようかな。ルールの範疇内だけ、だけど』
わざとらしい笑みだ。
何故だろう。死ぬほど憎たらしい。会って間もないはずなのに。
『じゃあ一つだけ情報を落とそうか。キミの信用は何よりも大事だからね』
「……ほう? なんか隠してたのか?」
『ふふっ、どうだろうね。キミに隠し事する価値が果たしてあるのか……』
「いいから言え。信じるかどうかは、情報を聞いてから考える」
段々と言葉が荒々しくなっていることを自覚しつつ、アキラはギロリとアグノスを睨んだ。
『いつの日か必ず、キミの御許に『神君』が来る』
「……日本の、しかも戦国時代で神君ってお前、そりゃ徳川家康くらいじゃ……」
『歴史はこの些事を以って逸れ始める。嘉瀬アキラよ、歴史の荒波に抗ってみせよ』