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23話 池田家

「勝九郎くん元気だね、何歳なのかな?」

「ことしで2さいになります!」

「そっかぁ。すごく賢い子だ、将来は良いお武家さんになるねぇ」

「はい! しっかりと父上を支えたいです!」

「勝九郎よ、支えるのは上様だぞ」

「はっ! そうでした! 上様もお支えしたいです!」


 やれやれ、といった感じで肩を竦める男は池田恒興。

 織田家の中でも長く信長に仕えているようで、歴としては信長が元服する前から小姓として仕えていたのだとか。

 お陰で信長のお気に入りとなり、桶狭間の戦いでは奇襲作戦を提案して採用されるほどに信頼されているらしい。


 いやもう本当すごい御方ではあるのだが。

 何故織田家トップクラスの忠臣が、我が塾を利用としているのか。財力を使えば良い家庭教師なんて、いくらでもつけられるだろう。


「それで、なんでウチに?」

「うむ。勝九郎は既に立派なのだが、他人に自分を溶け込ませる事を、学ばせてみても良いのではないかと思いましてな」

「なるほど。君主になることを見越していると言う事ですか?」

「いや違いまする。武将たるもの、いつ何時なんどきも周囲の警戒を怠る事なかれ、という教育を施したくてな」


 まったく同じ物だと思うのだが。


「全体を見るのと、細かな所に気を配るのとでは物の見方が違う。尾張池田家に君主の目は必要ないのですよ」

「なるほど。人に親切を出来る子になってほしいということですね」

「そういうことですな。して、費用はいくらほどになりましょうか?」

「費用は月払いになりますね。恐らく月に三文程度でしょうか?」

「その程度で宜しいのか?」


 巨額を裏に持っている以上、金銭欲はないのでお金はいらないですね。

 そのお金もいつ使うかわからない上に、いつこの国から旅立つのかもわからない。お金なんて稼ぐだけ無駄だ。


「最近は少しばかり塾の名が売れてきたってだけで、飯が食えればなんだっていいんですよ」


 食費問題も蛸壺で解決した。

 街に出掛けて物を買ったりして体裁は整えているが、いつボロが出るか怖くて溜まったものではない。


「欲がないのですな、参謀殿は」

「欲がないというか……なんと言うか……」


 あったら困るというか。金があるだけで国から出る時に処理に困るんだよなぁ。

 出る時が早ければ信長様に渡せばいいが遅い可能性もある。この国は四十年の間に三人の天下人が出てくるのだ。


「……元々俺は流浪人ですしね。地位も名誉も金銭も、あるだけ抱えるのが面倒ですよ」

「独自の思想というわけですな。成程。勝九郎にも、そう言った様々な視点を教えて頂けると有り難く思っています」

「わかりました。男児三日会わざれば刮目して見よと言いますしね。全霊を以って勝九郎くんを立派な武士に育てて見せましょう」

「よろしくお願い致す。嘉瀬師殿」


 堅苦しい呼び方だな。

 あまり好きではないのだが。まぁいいか。


「それでは我らはこれにて。勝九郎、帰るぞ!」

「はい、ちちうえ! ゆうりさま、あきらさま、さようなら!」

「ふふっ、じゃあね勝九郎くん」

「ああ。また今度な」

「はい!」


 恒興が古屋の座敷から出て行こうと襖を開ける。その時、ふと思い出したかのように恒興は「そういえば」と叫ぶ。


「三河から使者が参っていたそうだ。これからの尾張近辺には安寧の時が訪れそうですな」

「ほう」


 織徳の清州同盟だっけか。

 その下準備にでも取り掛かっているのだろう。いつでも出来るとは聞いていたが成程。

 松平側からの交渉を待っていたというわけか。これで織田家有利の同盟を組む口実になると読んだのか。


 やるな。流石は信長。

 内部の一向宗に、東の今川。さらに北には武田入道が構えている中で、確かに松平の生存戦略はこれしかない。


「時代が動きそうですね」

「ですな。遂に織田も動きやすくなる」



ーーー



 嘉瀬家の晩飯は普通の家よりも豪華だ。

 元々の資産もあるが、それよりも『無尽荷駄壺』というチート蛸壺の恩恵が大きい。

 周囲の家は完全に中世日本の超質素な和食だと言うのに、今日の晩飯はミートパスタである。


 本当に太陽神様々だ。

 アグノスはもう少し見習ってくれ。こちとらお前の要請に応えてんのに、左目のチート使えてないんだぞ。


「入塾してくる子も増えたね」

「うん。お陰でこの国を出る時にどうすればいいか、少しだけ迷ってるんだよなぁ」

「私達がこの国を出るの、いつになるんだろうね。もしかしたらずっとこのまま……」

「それはないよ」


 優梨の言葉を遮りアキラが否定する。

 強く発した言葉には、アキラの確固たる意思が垣間見える。


「絶対にそうはさせない。アグノスがどんな考えを持っていようと、キミは俺が絶対に送り届ける」

「……マグナデアに?」

「マグナデアだろうと元いた世界だろうとね」

「…………」


 これだけは違えてはならない。

 何が起ころうとも、アキラは絶対に優梨の身を護る。安心させるように言うと、優梨は俯いてしまった。

 どうしたのか、と思い覗き込むように見ると、優梨は顔を真っ赤にしていた。いやマジでどうしたの?


「どうしたの? 具合悪い?」

「ううん。大丈夫。むしろ気持ちが舞い上がっちゃってるくらい」

「はは、なにそれ。……本当に具合が悪かったら無理しないでね。俺に出来ることはするから」

「ふふっ、ありがと。…………そういうところなんだよなぁ」


 ポツリと呟かれた言葉を聞き流し、アキラは自分の皿にフォークを向ける。

 何故だか、この先を聞いてはいけないと思った。この先を聞いたら引き返せない気がする。


 アキラのやられっぱなしのチキンハートが、アキラの心と言葉を金縛りのように静謐に縛った。



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