表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/173

22話 織田の献策

「ほう。断ると申すか」

「申し訳御座いません。されど我が身は武士ではなく子供の師であれば、お市様を嫁とすることは出来ないのです」

「そうか……。貴殿が我が家臣ではない以上、無理にとは言えぬ。惜しいが、仕方あるまいな」


 とりあえず土下座で謝った。

 この日本に長期滞在する理由がない以上、短期決戦を想定している此方としては嫁を持つなど許されないのだ。

 確かにお市様は可愛いし、利口で賢明な子供だが、あくまで子供は子供。孫四郎じゃあるまいし、面倒を見ろと言われている子供を一人の女性として見ることが出来ないのである。


「そんなことよりも参謀殿よ。我が昨夜考えた政策なのだが――」

()()()()()で済ませていいんすかコレ」

「済んだことを悔やんでも仕方あるまい。目線は常に前に。見るべきは後ではなく次である」


 さっぱりしてんなこの魔王様。

 こちとら断る罪悪感で締め付けられそうだってのに。感情に振り回されるのがバカらしく思えてきたわ。


「ふむ。関所の撤廃。聖人達の競争を激化させる楽市楽座ですか。なるほど、儲かりそうですね」

「であろう。だが長期的に見ると、欠点の方が多いのではないかと考え直してな。そこで貴殿には欠点を補う策を考えて頂きたい」


 そもそも楽市楽座とは。

 関所を撤廃して商人達が領内に入って来やすくし、多少の献金を条件に自由取引を認可することで商人達の自由競争を起こさせる政策なことを言う。

 つまり何が問題になってくるかと言うと……


「ああ……不良品の流出」

「流石、参謀殿。まさにそれである」


 経済の潤滑油としての効果は素晴らしいものがあるが、しかしあくまでも一時的な物。滑りが良くなりすぎるのも問題だな。


 購買者が多くとも製作者がそのままでは商売は成り立たない。需要と供給の均衡を見つけなければならないってことか。


「尾張領内で取引を始める商人には、商品の原価を報告させたら宜しいのでは? これなら競われるのは価格ではなく、商品の質に変わるのではないかと」


 つまり簡易的な会計士の設置だ。

 尾張領内での自由取引は認めるが、始める際には商品の原価を織田家に報告しなければならない。

 それを上回っていれば摘発し、下回っていれば不良品と疑われる。自由に売買している堺の商人などからしたら厳しいかもしれないが、嫌なら来なければいい。


「商売をする者の管理ではなく、商売している物の値段の管理ということか」

「はい。食べ物などの腐る物や災害が起こり影響を受ける物の場合のみ特例で価格変動を認め、刀や草履など比較的猶予のある商品は認めない、などの工夫をすれば……」

「ふむ。一理あるな。ならば徴税方法は買った品の原価一割にするとしよう」


 消費税の導入ってことね。

 現代基準的な考え方だが、まぁ歴史に影響は与えないだろう。

 あくまでも変えるのは初期織田家の財政。そして生産職への待遇の改善だけだ。


「そこは反乱が起きない程度にご自由に。……ところで墨俣城の方はどうなっていますか?」

「城の基礎となる木材を作成中だ。あと3日もあれば全て完成するだろうな。そこからは予定通り突貫工事に入る。順調に行けば一ヶ月もいらんだろう」

「あ、じゃあ蜂須賀衆の協力は得られたんですね」

「うむ。どこかの参謀が奇妙な調略をしたお陰で、どうにも美濃の国人衆はどこも義龍に反抗意識を持っているようだな」


 ここまで織田家に振り回されっぱなしの斎藤家。

 現在は何をしているのかと言えば。義龍は京に上洛して現・室町幕府将軍に謁見し、一色姓を名乗り始めたのだとか。


 一色姓は足利氏嫡流の氏姓ということで、斎藤姓より格式が高いらしい。

 現在は美濃一色氏を名乗り権力を高めている。だが見ての通り、外交は出来ても国民の心を掴めていないようだ。


「美濃国人衆が此方に付いている以上、負けることはなかろう。さしもの義龍も己の国民に槍先を向けることなど出来ようはずもない故な」

「悪い顔してますよ、信長様……」


 鬼の首を取ろうとでもしているのか。

 いや名前的には龍なのかな。和製ドラゴンスレイヤーだ。


「とはいえ相手は道三の築いた斎藤ですからね。油断のできない相手であることをお忘れなく」

「わかっておるわ阿呆。仮にも奴はマムシの子だ。先手を打ってこないわけがない。だが此方には知恵袋がいる」


 そう言うと信長はニヒルに笑った。

 なんともはや悪い笑みを浮かべてらっしゃる。


「マムシの子にはマムシの子を打つける。それが正道という物であろう?」


 それ蠱毒の間違いですよ。



ーーー



「というわけだ、帰蝶。力を貸してくれ」

「…………まさか兄を倒す会議に参加することになるとは思いませんでした」

「そう言うな。後で綺麗な簪を買ってやろう。それで機嫌を直してくれ」

「本当ですか? 絶対ですよ?」


 斎藤道三の娘、帰蝶。

 織田の長兄と斎藤の娘が婚姻したことで、少なくとも尾張と美濃には安定の時が来たかに見えた。

 だが斎藤の長兄である義龍の横槍が入り、現在のバチバチドッカンバトルに発展してしまったのだとか。


 というわけで織田に嫁入りしている道三の愛娘、帰蝶様の力を借りることになったというわけだ。


「そもそも事を急いては仕損じます。敵は我が兄義龍なれば、余計な献策など無意味でしょう」

「ほう、帰蝶がそこまで言い切れる男なのか、美濃の龍は?」

「はい。余命幾許よめいいくばくもない者に、知恵を割く時間こそ勿体ないでしょう?」

「「……ん??」」


 信長とアキラの疑問符が被る。

 余命幾許もない? 義龍が? まだ三十路よね義龍サン?


「兄はらい病を患っています。私が信長様に嫁ぐ前夜も、苦しそうに頬を掻き毟っておいででした」

「…………らい病ってなんですか?」

「言ってしまえば奇病よな。顔が鬼の形相に変わり、昼も夜も問わず目の前が暗くなってしまうと言う。最悪心の臓にすら病が届き死ぬ。不治の病よ」


 ……知らん。後で優梨に聞こう。


「なるほどな。奴の手が遅い理由はわかった。だが当主が病を患っている以上、此方としては好機なのだ。奴の息子は凡愚と聞く。討つべき時は今ぞ」


 まぁ親族との戦いになるのは、帰蝶様とて本意ではないよな。自分の夫に兄、甥を殺すと言われて何を思わないわけがない。


 しかし帰蝶様は尚も毅然とした態度だった。


「美濃の主だった城は計三城。東の稲葉山、北の曽根、西の大垣です。城を築城予定の墨俣が、この三城の中央に位置しているならば曽根城を奪い、すぐさま後詰めを送れば斎藤家を分断できましょう」


 淡々と意見を述べる帰蝶様。

 あれ、割と何も思っていなかったりするのか……?


「何を驚いた顔をしておる参謀殿」

「いえ、実家滅亡の危機なのにしっかりしているな、と思いまして」

「実家? 彼の家は今、一色を名乗っているはずです。斎藤を簒奪した者に対して相応の罰のはずですよ。これで心置きな……いえ父殺しの罪人の家を潰すのです」


 あら口調強め。

 相当鬱憤が溜まってたんだろうな。


「……義龍と帰蝶は異母兄弟なのだ。道三入道の奔放さに振り回され2回の結婚を経験し、その度に夫を謀殺され、寧ろ斎藤を恨んでいるとか――」

「信長様? 何か?」

「いやなんでもないぞ帰蝶。はっはっ、今日も其方は美しいな」


 嫁に弱い魔王とか見たくなかった。

 しかし魔王の嫁様にそんな過去があったのね。今日初めて会ったけど流石に同情した。あとで飴ちゃんをあげよう。


「それで、俺はもうお役御免ですかね?」

「うむ。墨俣然り、今回の件然り、真に大義である。褒美はおって贈らせよう。そうだな、勝三郎あたりでも送るか」

「……勝三郎って誰ですか?」

「すぐにわかる。奴も貴殿に会いたがっていたぞ。なんせ奴には――」



ーーー


 数日後、嘉瀬塾にて。

 少々日は掛かったが、報奨金が届いた。


 ……池田恒興とかいう名将と共に……


「かつくろうです! よろしくおねがいします!」

「早々に相済まぬ、参謀殿。愚息の教育をよろしく頼む」

「……なるほどなぁ……」


 子持ちパパだったか。



【補足】

らい病とは、現代のハンセン病に該当します。現代では治療法の確立されている感染症ですが、治療法が確立するまでは20世紀まで時代が飛ぶことになります。なので16世紀中世日本ではガチの不治の病です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ