10話 出てくる問題、消えるもの
アキラが魔力に酔ってテントで寝ている頃、アキラとパーティを組んでいたクラスメイト達は引率を担当していた騎士のリーダーであるノーマンに話を聞いていた。
ノーマンは武功によって出世した騎士であり、騎士団の中でも頼り甲斐のある腕利きの騎士なのだが、穏やかで特徴のない性格からか騎士団の中でも影が薄い類の人物だ。
そんなノーマンに、鈴木は無遠慮に問うた。
「それで、アイツはなんで寝てんだよ?」
「先程も言ったが、魔力酔いと呼ばれる……ある種の禁断症状みたいなものだな。人間は魔力値が弱ければ弱いほど、魔力に対する耐性も低くなる。空気に充満する魔力が高い、それこそ密閉された空間であるダンジョンなんかは魔力濃度が高いからな。操術師殿は魔力値が低い、だから酔ったんだろう」
「なんだ。つまりアイツが弱いから、あんな暴走をしたってわけか?」
「そう言うことになるな」
魔力酔いとは、その名の通り魔力に酔った状態のことを指す。酒に酔ったと言えば分かりやすいだろうか。
アルコール度数が高ければ高いほど酔いやすい。つまりダンジョン内の魔力が高いほど酔いやすい。
酒に呑まれて理性を失い、気分が高揚する。ようするに、外から取り込んだ魔力に呑まれて気分が高揚する。
酒気の耐性が低い人ほど、酒に酔いやすい。レベルが弱く、魔力値が低い者ほど魔力に酔いやすい。
――そして、最悪の場合は死に至る。
違うのは水を飲んでも酒気を弱められないと言う点だ。だから酒よりも余程タチが悪い。
「勇者のキミたちは元々の魔力値が高い。このダンジョンに入っても魔力酔いを起こさないくらいにはな。しかし彼の基準は超人である君たちとは異なり、完全に我々現地人の基準だ。勇者として召喚されなかったからには、おそらくレベルを上げないと魔力値は上がらないからな」
「……ケッ」
何処へともぶつけられない怒りを、鈴木は舌打ちとともに吐き出す。
アホみたいに弱いせいでアホみたいに暴れだすとか救いようがねぇな……、鈴木は別のテントの中で事情も知らずにぐーすか寝ている呑気な野郎がいるであろう方向を睨み付けた。
ちょうど同じタイミングで、アキラの寝ている床がごそっと動き、渦中の少年が「うぅん……」と寝苦しそうにうなされていたのは、誰も知らない奇跡だろう。
そんなことも露知らずに話し合いをしている面々の会議は続く。
「……アイツは、これ以上連れて行っちゃまずいな」
「ええ……、嘉瀬くんには悪いけれど、これ以上の続行は危険すぎる」
ダンジョン内でアキラは何もしていなかったわけではない。操術師として向かってくるモンスターに足枷を作って動きを止めたり、勇者たちの戦闘中に転がって来たモンスターにトドメを刺したりと、痒いところの後処理を担ってくれていたのだ。
それは私たちとしてもすごく助かってたし、頑張っていた人が抜けていなくなるのは悲しいことだけれど、これ以上続行させたら命が危険に冒される可能性だって充分にあるのである。
「こんな大事な話をしてる時に……当の本人は寝てるんだもんね」
「男子テントに戻ったら一発引っ叩こうか?」
「いいな、それ」
冗談を言い合う。不謹慎ではあるのだが、話題がない中で気不味い雰囲気が続くと気が滅入る。今は他のパーティメンバーを除いた自分たちのパーティだけが、この拠点を占拠している。
ちなみに今いる場所は中央テント。作戦会議を行う場所であり、今回の遠征の本部の役割も果たしている。
「取り敢えずアイツが起きたら言うしかねぇな」
「私も付いていっていい?」
「……お前、女だろ」
「あなた一人で戻るとなると心配なの。主な嘉瀬くんの頭が」
「アイツの頭は元々不安要素の塊だ」
そう言って鈴木が立ち上がる。流石の鈴木であっても病人を無理やり起こすことはないだろうが、心配なので自分も付いて行く事にする。
男子テントは女子テントと変わらない大きさであり、十数人くらいなら余裕で収容出来るくらいの大きさだ。
暖簾のように吊り下げられた布を捲って、硬い床が敷かれたアキラの眠る場所へと向かう。
そこでは呑気なアキラが寝ている――はずだった。
「……は?」
空だった。誰もいない空間が広がっていた。彼方を、此方を見ても少年はいない。無人。がらんどうだった。
口を半開きにして絶句している鈴木に、私は何が起こっているのか分からずに問いかけた。半ば、現実逃避をするかのように。
「嘉瀬くんは何処に寝てるの?」
「……いねえよ」
「――え?」
「アイツ、いねえよ」
ワナワナと震えている。言っている意味が理解出来ない。テントの中は簡素な空間だった。小洒落た物も置いていないし、盗られるような物もない。少しの食料と、予備の刀剣類が置かれているだけだ。
しかし今のテント内は荒らされた形跡さえあるものの、何もなくなっていることなんてない。ただしその説明文には、『物だけは』と言う定型句が必要不可欠となってしまうが。
――つまり、そのテント内には『者』がなかった。
「あの野郎……!」
突然いなくなったクソ野郎に、鈴木耕太は額に青筋を立てて激怒した。