20話 神の御業
「うむ! やはり美味い酒は良い! 西の酒など馴染めるのかと思ったが……案外飲めるもんじゃのぅ!」
「ダハハ! おっさんイケる口じゃねえか! ほれ、兄弟も飲め飲め!」
「飲めねえっつってんだろ、この酔っ払いが。肩を組むな酒臭えぞ、おいやめろ黙って注ごうとするな!」
「まったく……旦那様、酔いながらアキラ様に絡まないでください。恥ずかしい」
まつちゃんにピシャリと言叱られ、孫四郎はアキラから引き離される。
ようやく落ち着いたアキラは一息をつくと、度数が強そうな酒をがぶ飲みする秀郷に視線を向ける。
「色々聞きたいことはあるんですけど……秀郷さんはどういう存在なんですか?」
「うむ? 見ればわかろう。過去の栄光は何処へやら、今は酒と料理を楽しむことだけが生きがいの居候よ」
「いや、そういうことじゃなくて。確か平安時代のお武家様ではなかったです? なんでこの時代にいるんですか?」
アキラの問いに秀郷はカッカッカッと快活に笑い飛ばす。
「私も随分な長寿を全うした記憶もある。故に死んだ時の記憶もある。なぜ現世にいるのかのぅ?」
「わからないんですか?」
「うむ、わからぬ。さながら狐に摘まれた気分であったわ」
プロの妖魔殺しがわからないって相当だな。いやまぁ少なくとも神様が関わってる案件だから仕方ないのか。
「それとアキラ殿。貴殿は『終末論』とやらを追っているそうだな」
「ですね。どんなのかは知らされてないんですが、まぁ俺の拙い推理だと平将門なのかなと考えています」
「ほう。将門公が……いやあり得ないと思うがな」
……あり得ない? 六百年前の関東平野で暴れ、首だけになっても動く将門だぞ?
日本史にも残る魔人なら『終末論』と呼ばれ暴れていても何ら不思議はないのでは――?
「『終末論』と言うからには、恐らく人間を絶滅させかねない何かということであろう」
「ですね。絶滅させるさせない関係なく、人に危害を与える物なんだと思ってます」
「将門公は確かに鬼よりも恐ろしい暴動を起こした、だがそれは民あっての物。民のために戦った奴が、そう呼ばれるのは如何な物かと思うたのよ」
「……え、そうなんですか?」
後から聞いた話によれば。
平将門の乱とは、元は将門公の怒りに触れた源護との私闘から始まり、それに源護の高額徴税に反発し将門に呼応した農民兵達が勢いをつけたのが発端らしい。
将門の乱って一向一揆みたいな物だったのね。
平将門が関東で縦横無尽に暴れ回った、ということしか知らなかった。
「奴は傲慢だが暴君ではなかった。それが歴史にも残った真実だ。故に将門公が人に害を齎すという推論に違和感を覚えるのよのぅ」
「そうですか……」
「だがまぁその『終末論』とやらに成り果てた将門公に対抗するため、私が呼ばれたというのもあるにはある。もし、奴がいるのだとしたら、油断出来ぬ相手よな」
「はい。ですね」
そう。どちらにせよ油断は出来ない。
相手は日本三大怨霊の一角。どんな人物であっても、此方に害意があっておかしくはない。
「あの頃は飢餓に苦しめられた者も多かったからのぅ。なんせ育てた作物が腐るのだ。凶作が続くのは苦しかったのぅ……」
と、酒をがぶ飲みしながら、懐かしそうに過去を振り返る秀郷。
そんな秀郷を見て、(そんなに美味いのかこの酒)と思ったアキラはチビリと舐め、喉に突き上げてくる咳を吐き出した。
酒精、怖え……
ーーー
『助かったよ、天照。どうやら彼は助かったみたいだ』
『ん? ああ、大丈夫だと思うよ。なんせ彼は『終末論』にとっての終末だ』
『秀郷がいなくなっても、彼にとってはワケないさ』
ーーー
「…………あー」
朝。目が覚める。
ガンガン痛む頭を抑えながら、アキラはゆっくりと横たわった身体を起こした。
チビリと舐めただけなのに、まさかこれほど酒に弱いとは。今後一切の禁酒を宣言してやる。酒、タバコ、ダメ絶対。
「……ん?」
大の字になって広げた手に、こつんと何か角ばった物が当たった。
見ると片手に入り切ってしまう程度には小さい壺だった。
(何だこれ?)と思い拾って見ると、その下に一枚の手紙が落ちていた。太陽光を通すほど綺麗な紙だ。
広げて読んでみる。
『拝啓、嘉瀬皓殿。
此度は我が国ヤマトの難事に付き合わせてしまい、真に申し訳御座いません。
そして今回の参陣に心よりの感謝を申し上げます。
つきましては此度の恩に報いるべく、必須となるであろう神器『無尽荷駄壺』を贈りました。
貴殿が願えば海の幸だろうと、山の幸だろうと出てくる神壺です。旅先で食糧難に陥ることはないでしょう。
それと秀郷がいなくなっていると思いますが、輪廻へ送還しただけなのでお気になさらないでください。
貴殿の活躍を心よりお願い申し上げます。
ヤマトの管理者、天照命』
「……頭痛が痛ってぇ……」
アキラは考えることをやめた。