19話 破魔の平安武士
「藤原秀郷……貴様、何故この時代に存在している!?」
「些事で騒ぐな元興寺。確かに私は過去に果てた。だが今ここに私はいる。それで十分ではないか」
「理解が出来ないと言っておるのだ! 貴様は600年前に死んだはずではないか!」
藤原秀郷。別名、俵藤太。
戦国時代から数えて600年前の平安時代を生きた平安武士。大百足退治や百目鬼退治などの俵藤太伝説で日本中に名を馳せる。
武士の始まりとも言える時代を駆け抜け、鎌倉武士や戦国武将の元ともなった偉人であるが、この時代からは600年前の人物である。
(また600年前……)
この時代に何か起こったのだろうか。
知っていることと言えば平将門の乱くらいの物だが。……やっぱり平将門が主犯格と捉えるべき……? だがあの坊主の詠唱は平氏物語。物語は清盛の時代では……? そも将門の乱は関東……
(関東……!)
「やはり妖は煩いのぅ。そら、そこの牛鬼も大人しくしておれ」
秀郷は重そうな弓の弦を軽々と引き、牛の頭を穿ち抜く。優梨が魔法を使って足止めしていた妖怪を、弓矢一射で封じてしまった。
(なんだこの人……!?)
強い。間違いなく強い。
明らかに人間の域を超えてるだろ……! いや、本当に人間か? 妖怪だって言われても納得出来る自信があるぞ。
「まぁ、この時代の、しかも召喚された牛鬼なぞ、この程度か。弱くなったのぅ。不死の暴れん坊は何処へ行ったのやら」
「ぐぬ……! 過去の……亡霊めぇ……!」
「残念ながら実体はあるぞ。かつての様に心臓を一突き貫いてやろうか」
「チィ!」
すっかり化けの皮を剥がした坊主は唾を吐き捨て、飛び退くように秀郷から離れる。
「何故現世に貴様がいるかは知らぬが、百鬼夜行はかつてよりも栄えている。必ずや貴様に引導を渡してやろう!」
「はっはっはっ。妖が言っても説得力がないな」
「絶対に殺してやる!」
頑張れ頑張れ、と煽るように言う秀郷を一瞥し、坊主はこの場から離れていってしまった。
そして残ったのは、状況が把握しきれていないアキラと優梨、そしてクックッと喉を鳴らして笑う秀郷だけだ。
「この時代の妖は面白いのぅ。少々煩いのは玉に瑕だが、それもまた愛嬌という物であるな」
「…………」
「おっと、まずは其方達への挨拶であったな。若人よ、立てるか?」
「あ、はい……」
ゴツゴツとした巌のような手だ。
長年戦いを続けた武士の重みが、握られ引き上げられる体にずしりと重く伸し掛かる。
「さて、改めて自己紹介をしよう。私は藤原秀郷。貴殿の名は?」
「嘉瀬アキラです。それであっちの女の子が……」
「嘉瀬……いえ、柏原優梨です。助けて頂いてありがとうございます」
「はっはっ! 感謝するほどのことではない。私は依頼を受けて此処へ来たのだからな。謝状は依頼者へ強請ることにしようかのぅ」
「……依頼者? 俺達を助ける依頼、ですか?」
こんな奇怪な出来事に奇怪な人物を送ってくるとなったら、それこそ限られてくる。アグノスかゲーデか、もしくはアイツらに属する誰か……
「天照大神と名乗っていたぞぅ。神仏から好かれておるのだな、貴殿らは!」
太陽神様だった。面識ないですね。
あれ、アグノスは? ゲーデは? アイツら静観してんの? ぶっ飛ばすよ?
「……いや、というよりも! 牛鬼を倒して大丈夫なんですか!? 牛鬼ってたしか……」
「倒した者に本体たる魂が取り憑く、であろう? 案ずるな、私の肉体は龍神による加護がある。牛では龍には敵うまいて」
「そ、そうなんですか……?」
「うむ、そうよ」
頑強な手でガシガシと頭を撫でられる。
「さて物は相談なのだがな、アキラ殿」
「……? はい」
「その……なんだ。命を救った礼とは言っては何だが、一泊だけ泊まらせては貰えんか?」
ーーー
「だぁれだソイツ?」
「私は秀次郎。アキラの関東時代の知り合いだ」
「本当かぁ? おいアキラ、脅されてるとかそんなんじゃねえよな?」
……とまぁ、帰った直後に孫四郎に睨みを利かされたのは別の話となる。