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14話 おや、お姫様……?

「ただいま〜……」

「あ、アキラくん。おかえりなさい」

「日帰り美濃旅行疲れた……」

「あはは……」


 カラカラの喉で疲れた声を出すアキラ。

 ちなみに美濃(岐阜)から尾張(愛知)まで徒歩直線距離で片道半日以上は掛かる。

 操術を使っての特殊移動をしているとはいえ、サラブレッドもびっくりの超高速移動である。


「そういえばお昼にお客さん来てたよ」

「ん……大丈夫? 何かされなかった?」

「過保護だよぉ。入塾希望者の子だったけど、塾長さんがいなかったから明日の夜に改めてもらったよ」

「わかった。名前は聞いた?」

「伊奈さんだって。ほらこれ名前」


 入塾希望者には必要最低限の個人情報を書いてもらっている。嘉瀬塾では成績通知を採用し、成績通知書を家に配達するためだ。


「三河の子か」


 ……東側か。


「伊奈家の熊蔵くん、ね……りょーかい。あ、それと明日朝から清州城行くから、その……」

「わかったよ。明日も国語科目は安心して任せて」

「本当にありがとうございます」


 今日の進捗を報告せねば。

 気怠いことこの上ないが、まぁ特別給料を貰ってる身だし文句を言わずに働かないと。

 忍者じゃないんだけどなぁ。なんで寺子屋の先生がこんなことしてんだろ……。


「兎に角お疲れ様。お風呂沸いてるから入って来ていいよ。ご飯は私が作っておくから」

「面目ねぇです。行って来ます」


 そう平謝りしつつ、のそのそと動き出す。

 ……なんか夫婦の体裁を装ってる身だが、本物の夫婦ってこういうやり取りをするのだろうか、と思いながらゆっくりと身体を温めた。



ーーー



「ふむ。つまり、準備が整ったと言うことだな?」

「ええ、はい。確実に美濃の村全てから支援を受けることが出来ます」

「ふっ。農村を機能不能にしつつ、こちら有利の環境を整えるとは……この不可能をよくぞ成し遂げたな」

「お金を貰えるならこれくらいしますよ。経済は回ってこそですからね。しかもこれ、一度でもバレたら二度と使えない策ですし」


 今回アキラが出した献策、村の懐柔は並大抵の間者に任せてはいけない策だった。


 簡潔に言うと、自作自演の一揆扇動、そしてルートの確保だ。

 他国の村を通ると言うことは、多少の妨害を受けるか、或いは乱取りを行うか、少なくとも時間を食ってしまうということは確実なのだ。


 その時間は無くすため、あらかじめ村民に国への叛意を持たせて此方有利の状況にする。


 村の生命線である兵糧庫に火を点け、この時代で効果的な宗教を織り交ぜた噂を流言し、そして最後に大名の悪い噂を流す。


 大名はどこも村から徴税して生活する身だ。

 徴税によって起こる不満は、どの国にだって存在する。ましてや今の斎藤家は、先代の道三を殺して成り上がった酷いものだ。

 その弊害が混乱と共に村民を害してる今、不満が溜まらないわけがない。この調略は実に効果的なのだ。



 この調略で目指すところは一つだけ。



「これで墨俣での築城も楽になりましょう」


 墨俣すのまた築城。


 墨俣一夜城とも呼ばれる大事業だ。

 史実では美濃攻略の根幹とも言える程度には必要素材であった。しかし事が早すぎる故、尾張から墨俣まで進めるかわからない。


 そこで美濃集落の農民の力を借りる事を一つの目標とした。それが今回の調略の目的なのだ。

 今の美濃では秀吉が蜂須賀衆を味方につけるために奔走していることだろう。味方を得た瞬間から織田は水を得た魚になる。


 川上方から蜂須賀衆に木材を運んでもらい、墨俣にて織田が陣頭指揮を敷いて美濃農民と共に築城を始める。さすれば農兵を酷使している斎藤勢の攻撃も鈍るでしょう、と。


 だが一度でも調略がバレ、焼いているのが織田こちらがわだとバレたら、逆に織田滅すべしと農兵の士気が上がってしまう。


 ならば他の間者に任せるわけにはいかない。この世界に存在しない力を持つアキラが、美濃調略をするしかなかったのだ。


「うむ。誠に大義であった。これが今回の謝礼だ。特別俸禄は追って其方の家へ運ぶとしよう」


 信長から渡されたのは一貫だった。

 他にも調略を行った謝礼に、特別俸禄なる五百貫が渡される運びとなっている。いらないよ、重いもん。


「じゃあ俺はこれで」

「うむ。下がれ」


 この後は面談かぁ。

 少し休みを入れるとは言え、やっぱりハードスケジュールだなぁ。過労死が怖い今日この頃である。



ーーー



「……ん?」


 座敷から一歩出たところ。

 左を向くと、ポツンと一人で庭を見つめているお市様がいた。なんだか待ち人を待っているようである。

 ……本当に絵になる顔だなぁ。さては兄上様待ちか? ならば邪魔をしないでおこう。兄妹水入らずの時間は大事だ。


「……あ。アキラさん。お話は終わりましたか?」

「ええ、はい。信長様もそろそろ出てくると思いますよ。それじゃあ俺はこれで」

「あ、待ってください」


 離れて行こうとするアキラの裾を掴んでくる。


「何か?」

「少し話し相手になってください。兄上が出てくるまで、少し時間がありましょう?」


 さすが妹様。信長のアルゴリズムを理解してらっしゃる。

 信長は会議や評定が終わった後は少し考え事をする癖があると盛信さんに聞いた。


 恐らく内容を頭の中で整理するための孤独時間だろう。

 大名の考えなければいけないことは、何も戦争や政策のことだけではない。

 それらを一遍に片付けるためには、どんな天才だろうと時間は必要となる。


「俺でよければ」


 この後は小休憩時間を予定していたが、まぁお姫様のお誘いというなら参加させて頂こう。


 シャルと初めて会った時のことを思い出すな。


「なんの話をしましょうか?」

「出来れば嘉瀬様のことをお教え頂けると嬉しいです」

「俺のことですか? あんまり面白い話は出来ませんよ」


 経歴が嘘偽りだらけなので。本当に面白いと(アキラの中で)もっぱら噂の、嘘のような現実の話は出来やしない。


「問題ありません。私は嘉瀬様のことが知りたいのです」

「ではお話ししましょうか。まずは俺の生まれから……」


 この後話したことは、この時代基準の嘘と真実を織り交ぜた虚言の数々だ。

 『嘉瀬アキラは江戸の出身だ』『優梨とは昔からの付き合いである』『嘉瀬家は太田道灌によって熊野神社を守る使命を持たされた家系』『多少なり陰陽道に通じている』『だから不思議な術を使える』。


 などなど。嘘を混ぜればペラペラと出てくる。


「なるほど。だから嘉瀬様は博識で、勇敢なのですね」

「一応先生なので博識なのは認めますけど、俺、勇敢です?」


 日本でもマグナデアでも、間違いなく臆病風に吹かれていたのだが。


「敵地である美濃に自ら踏み込むなど、誰しもが出来るわけではないですよ。皆、捕まるのを恐れますし。嘉瀬様が坂東武者であるなら納得出来ます」

「武者ではないですけどね。今も昔も」


 元は学生。今は先生。給料は安定。

 なんか地方公務員になった気分なのだ。それでも所持金1000万超えは流石にリッチだが。


「武士ではないからこそですよ。自ら死地に向かうなど、武官の方々しか出来ないと思います」

「俺は文官の方がよっぽどすごいと思いますけどね。あの人達は本当にすごい」

「そうですか? 私は弁慶や関羽のような、勇猛果敢に戦う方々はすごいと思います」

「確かにそうですね。けどペンは……いや、筆は槍よりも強いです。槍という個人戦力よりも、千の兵を生み出す筆の方が強いでしょう?」


 ペンは剣よりも強し。

 イギリスの劇作家の言葉である。本来の意味通りではないが、それでもこの場合には当て嵌まる言葉だろう。


「それは……確かにそうかもです」


 お市様は目を見開いて驚いたように言う。

 脅すだけなら誰でも出来る。筆を動かして兵を動かすための経費を作り上げることが出来る文官の方がすごい。

 弁慶にしろ関羽にしろ、結局のところ個人の武は数の暴力の前には無力なのだ。すでに歴史が証明している事柄である。個人の武では真の平和を齎せない。


「あまり筆を舐めちゃいけませんよ。寝首を掻いてくるくらいには野心家なんですから」

「わかりました。嘉瀬様はやっぱり先生なんですね。すごくタメになるお話しでした」

「今日の授業はここまでです。ありがとうございました」

「ふふっ。ありがとうございました、先生」


 少し洒落て寺子屋での挨拶をしてみた。それを察したのか、お市様は笑って挨拶を返してくる。

 良い子だ。この娘を妻に迎える浅井の御曹司や柴田殿が羨ましい。ロリコンではないので恋はしないが。


「それじゃ俺はこれで。そろそろ帰らないと妻に怒られてしまいます」

「ええ。またお話を聞かせてくださいね」

「時間があったらまた。それでは」


 俺は清州城を出て帰路に着くのだった。



ーーー



「……いつから聞いていたのですか、兄上」

「奴が身の上話をし始めた頃からだ。フン、奴もそれなりに人間くさい話が出来るのだな」

「もう。嘉瀬様が少し不思議な術が使えるからって警戒しないでください。あの方は良い人ですよ?」

「であるな。だが危うい」

「もう!」


 信長の言葉にお市が反応する。

 それを見た信長は、少し考える素振りを見せて――


「……ふむ、お市よ。おぬし嘉瀬に嫁入りせよ」

「ふぇ?」


 また一波乱ありそうだ。



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