13話 美濃調略
「美濃を攻略する。そのための策を練れ、参謀殿」
「まじっすか」
桶狭間から数日が経った。
尾張国内の情勢もあまり安定していない中、信長に召喚されたアキラは早速無理難題を突きつけられた。
「それマジで言ってます?」
「なんだ。出来ないと申すか?」
「いえそういうことではなく。今は今川から離反した松平と同盟を組んで東の秩序を保つのが先かと」
「そんなもの後からでも出来る。今は士気の高まりを保ち、領土を増やさねばならん。そのために美濃攻めは絶対だ」
割と無茶だろう。
桶狭間に駆り出され大なり小なり兵は疲れを知っている最中だ。いくら士気が高かろうとも兵糧庫の底も見え始める。
「保つだけなら岡崎を攻めれば良いのでは? 別に戦う必要もないですし、今のうちに臣従を強制すれば良いのでは」
「それで何になる。また今川と隣接するだけだろうが。今は三河を我らの壁にせねばならん」
やってること結構な外道では?
つまり新たに誕生した小勢力をわざとのさばらせて、人垣にしているということである。
まぁ今川義元が戦死しても息子の氏真は駿府城でピンピンしてるらしいし、東海一の今川勢力はまだまだ健在だということなのだろう。
人は石垣ってか。
信長は無駄に敵を作ることを恐れているのだ。
「ならば別と同盟を組んでみては?」
「何処と盟を結ぶつもりだ?」
「甲斐の虎、武田信玄です」
現在織田家と隣接している武家は3つある。
一つ目は、織田家と婚姻同盟を結んでいたにも関わらず、それを一方的に切って敵視してくる斉藤義龍。
二つ目は、先日の桶狭間の戦いの折に今川から離反し、岡崎城で織田と今川に挟まれる小国の松平元康。
そして三つ目、畿内には無関心ながら、越後の龍と川中島で戦いを繰り広げている甲斐の虎、武田信玄。
隣接し合いながら別の敵を持つ者同士。
松平との同盟を急がないのであれば、まずは武田と不可侵同盟を組むべきだ。
良くて援軍、そうでなくとも他勢力からの介入を受ける可能性がグンと低くなる。
織田家にとってデメリットが少ない上、武田にとってもやぶさかではない申し出となるだろう。
「現状、武田は上杉征伐に躍起になってますので、此方に兵力を割く余力はないでしょう。なので此方から攻められ、挟み撃ちになるのを警戒しているはずです。なので此方側から同盟を提案すれば、恐らく了承してくるかと」
「……それだけか?」
ギン、と睨んでくる信長。
「ふむ」
……まぁ、ここまでは信長も想定の範疇には入れていたのだろう。昨今の情勢を知れば誰だってこの選択が思いつく。
信長が求めているのはそういう常理の確認ではなく、もっと予想外にも思えるくらい地盤を固められる策なわけで……
「……事の経緯を知られれば、非難轟轟になること間違いない策がありますけど、それでいいです?」
「申してみよ」
「はい、それでは――」
アキラは、思いついた策をつらつらと語った。
ーーー
1560年6月中旬。
斉藤義龍が治める美濃には、ある噂が立っていた。
曰く『火を操る怪異が出る』。
曰く『隣村で神隠しが起きた』。
曰く『戦争の影響で税が上がる』。
義龍は冷静に信長の謀略だと考えているらしいが、焼き討ち回る間者が捕まらないと話にもならない。
「もちろん織田家からの調略なんだけどね」
火の手が上がる斉藤家の兵糧庫を見ながら、アキラは木造の建物が崩れて行くのを眺めている。
『火を操る怪異が出る』。この噂は半分本当で半分嘘の紛れもない事実である。
アキラ直々に西美濃へ赴き、操術で兵糧庫の大体の位置を調べ上げ、順々に焼いて回っているのだ。
操術の存在など知らない美濃国民は、そりゃあ最初こそ間者の存在を疑うが、こうも的確に兵糧ばかりを焼かれ、間者が捕まらないとなると別の何かを連想してしまう。
例えばそう……怨霊とか。
「蝮の祟りじゃあ……美濃は終わりじゃあ……」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
少し可哀想な気がしてくるが、この謀略は無辜の農民が苦しむことを見越した上で決行している策である。
梅雨前線真っ只中の今日この頃。火が立ち昇り絶望も見えれば目に見えない物がより一層怖くなってくるのだろう。
良い頃合いだ。油売りの国よろしく、火に油を注いでしまおうか。
「どうやらお殿様のところでも不審火が起きてて、また年貢が上がるらしいぞ。徴税官様が言ってた」
「なんだと!」
「税も上がんなら儂らは生活なぞできねぇ!」
「こうなりゃ儂らも腹を括るっきゃねぇな!」
「んだ! 道三様を殺した暗愚を討たにゃならねえだ!」
農民一揆。その扇動。
民に信頼されない大名など、そんなものは既に大名ではない。城に篭って暮らしているだけの阿呆に堕ちる。
でなくとも織田家に味方するよう扇動出来れば、少なくとも西美濃攻略は断然楽だろう。農兵とはそれほどに大事なのだ。
これで任務完了だ。
早速信長のところに帰って給料をせびるとするか。……と、下心丸出しで帰宅後のことを考えていた時のことだった。
くいっと服を引っ張られる。なんだどうしたと引っ張られた方を見ると、年端もいかない少年が俺の服袖を摘んでいた。
「オラ達に手ぇ貸してくんねえだか?」
「…………あー」
帰りたいんだけどなぁ。
突き放しずれぇ……。
「もちろんだ。でもやるにも色々と手順ってもんがある。それを片付けてからだ。それまで待っててくれっか?」
「うん! えっと、アンタ名前は……?」
「俺は嘉瀬アキラ。寺子屋の先生だよ」
「そうか! オラは才蔵! 可児の才蔵だ!」