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9話 魔力酔い

 当然ではあるが、ダンジョン内部はとても暗い。


 至るところに松明が差してあり、暗闇の中を微かに照らし出してはいるものの、やはり魔力が濃くモンスターが蔓延る洞窟内ではほとんど意味を為してはいない。


 操術師たる俺としては、接近戦は得意ではないのであまり近寄って来て欲しくはないのだが、今回の目的が『レベル上げ』なのでモンスターがいないことには何も始まらない。


 こんなところで奇襲でも受けたら大惨事だぞ……、帰りてぇ……、そんなことを密かに思いつつも、俺たちを囲む騎士たち、俺の前をズンズンと不躾に進んでいく鈴木たち勇者を頼り進んでいく他ないだろう。


 俺は味方の人たちを頼もしく思いつつも、1人だけ足手まといのような感じになっていることに心寂しく感じていた。


 ……さて、そんな自分から問題だ。


 俺は今何をしているでしょうか? ヒントは俺が足手まといだということだ。


「……おぇ……」


 正解は『酔いに耐えていた』でしたー!


 できるだけ明るく振る舞って、周りに心配をかけまいと尽力しているのだが、それもいつまで保つかわからない。というか、症状が尋常じゃないくらいにツラい。


 トドメを刺す時に飛び散る血液や贓物、ぐちゃっとした感じたことのない感覚に対して生理的嫌悪が働いて、見るたびに吐き気を感じる。


 胃から溢れ出そうとしている胃酸が、喉まで昇ってこようとしているが、そこは俺のプライドと胆力でなんとか塞き止めている。


 レディがいる前で今日の朝ごはん吐き出すことなんか出来やしないし、この生理的嫌悪にはいずれ慣れていかなければいけないのだから、モンスターが剣で斬られたり拳で顔面を潰されたり魔法で焼かれたりしているR18Gの光景に、出来るだけ目を向けておく。


「大丈夫?」

「……だいじょぶ」


 隣で矢を射っていた伊藤さんが心配しながら問うてくる。この人優しいんだよなぁ……、と思いながらも、心配させるわけにはいかない、と言う男としての謎のプライドが働いて、吐き出さないように口を閉じながらにごりと笑う。


 本当は大丈夫じゃないし、なんなら今すぐにでも帰りたいところなのだが、自ら帰れる場所をなくしてしまった俺は、すでに前を向き続けることしか出来ない。


 そんな俺の顔を覗き込んでくる伊藤さんは、眉を寄せてジッと見てくる。


「顔、真っ青なんだけど?」

「大丈夫大丈夫。少し気分が悪いだけだから、少ししたら治ってるよ」

「無理しないほうが良いと思うけど」

「大丈夫だって」

「足元、ふらふらしてるよ」


 ――しつけェな。


 若干心がざわめき立ち、イライラしてしまう。俺への心配をしてくれていることはわかっているのだが、ほんの些細なことで腹が立ってしまう。

 ……おかしいな。俺はこんな短気ではなかったはず――


「――――」

「……嘉瀬?」


 背後から声がかかった。魔法使いの男のクラスメイト……なんだっけ。……佐藤さとう颯汰そうただっけ。その後ろでは眼鏡を掛けた少女、蓼丸たでまる桃花とおかが心配そうに此方を見ている。


「……ぇ、あ、何?」

「ぼーっとしてたよ。やっぱ疲れてるんじゃない? 鈴木に言って休ませてもらおうか?」

「……ぅうん。大丈――」

「――おいお前ら、すこしだまれ」


 前から怒気の孕んだ鈴木の声が届き、少しだけドキッと肩が跳ねた。……。……ダジャレではない。決してない。少しばかり驚いただけだ。


 前を向くと鋭い眼光を向けて此方を流し目で睨む鈴木。スイッと視線を前へ向けて逸らし、とある方向に睨みをきかせる。


「……?……ッ!」

「ミノタウロス……」


 牛の頭に巨軀と言って差し支えのない人の体を持つモンスター。右手には大きな石製の棍棒を持っており、フシューッと息を荒げながらズンズンと歩いている。


 此方に気付いている様子もない。


 どうやら此方の気配を見つけられる前に気配を察知したのだろう。……本当にいじめっ子の鈴木は何処に行ってしまったのだろう。日本にいた頃の鈴木と、此方の鈴木とでは正反対すぎる。


「ノーマンさん。アイツらと俺らが戦ったら、どっちが勝つと思う?」

「まぁ、お前らが勝つだろうが……あまり戦うことは勧められないな」

「なんでだ?」

「ミノはモンスターの中で、断トツで筋力が強いからな」


 ミノて。美味しそうな略し方すんな。腹が減ってきちゃうでしょ。焼肉が食いたい……。コーラ飲みたい……。ポテチ食いたい……!


「それの何がマズイんだ?」

「このダンジョンは古くからあるからな。風化や老朽化がかなり進んでいるんだ。そのせいで脆い。ミノの筋力で壁なんかを叩かれたら天井が崩落する可能性だってある。ダンジョンでは主流のモンスターだし、敏捷値は低い上に倒しやすいが、戦うことはあまり勧めないよ」


 直接的ではなく間接的な問題というわけか。しかもダンジョンは洞窟型の構造だ。後々環境問題だって出てくるだろうし、それら全ての責任を一気に負える自信も寛容さも持ち合わせてはいない。

 そもそもどんなアニメや漫画であっても、ミノタウロスは強敵として出てくる。俺みたいな雑魚が立ち向かったところで勝てる見込みは皆無――


「……しゃーねぇ。それじゃあ戻るとする……おい、嘉瀬?」

「ん、またか? さっきから調子が悪いみたいなんだよ。ぼーっとしたり、立ち止まったり」

「嘉瀬くん、さっきからどうしたの? 本当に大丈夫?」


 ……………………。


 視界が遠退いて行く。嗅覚が、聴覚が、味覚が、触覚に至るまで、全ての感覚が閉じて行くのを感じる。手はだらんと落ちて、焦点は合っていないように思う。


 さっきから俺の体はどうしたのだろう?

 頭がぼーっとするだけならまだしも、目の焦点が合わないのは明らかにおかしいだろう。何かに捕えられているような感覚もないのに、金縛りにあったように動かなくなってしまう。頭に血が昇っていく高揚感が、身体中に充満していく。


 そして、


 気付けば口角が、ニヤァ……と吊り上がっていた。


「きゃっ!?」

「は……ははははっ!」


 心配して肩に手を置いて俺を宥めてくれていた伊藤さんを押し除けて、ケタケタと高笑を上げながら地を蹴り走る。


「おい! 嘉瀬!」


 静止の声を上げる鈴木を無視して、俺は理性を振り絞りながら笑みを浮かべた。



 腹が立つ気持チ悪イハキケガスル!



 腹の底から溢れ出す、汚物に塗れた負の感情を押し退けようと、前に悠然と立つ牛頭に、悪魔のような卑しい笑いを浮かべた操術師が飛び掛かる!


「ぶもぉおお!?」

「はははははッ!」


 先手を取って牛面を殴りつける。奇襲を掛けたのだから当然だ。文字通り面食らったミノタウロスは、仰け反って背中から倒れ込む。動けないようにマウントを取った俺は口角をさらに上げて笑いながら顔面を殴る!


 一方的な攻撃。ワンサイドゲーム。ゴスッガスッと生々しい音を聞きながら、そして自らの拳で鳴らしながら、俺はストレスを発散する。


 その凄惨な光景を見て呆気に取られていた騎士の中の1人が、ハッと我に帰った後、思い付いた単語と症状を口に出す。


「……そうか! 魔力酔い(マナドランク)だ! 操術師殿は酔っているのか!」

「なんだよ魔力酔いって!?」

「……そういうことか。後で説明する! 今すぐに彼をミノタウロスから引き剥がすんだ! あのまま暴れ続けたら、振動で天井が崩落するぞ!」

「ノーマンさん……クソッ!」


 一度舌打ちした後に鈴木はアキラの下へと駆け出す。それに続くかのように他の勇者も、騎士達も続いてアキラを羽交い絞めにしたり、ミノタウロスに攻撃したりと仲裁に入る。


「落ち着け嘉瀬!」

「止まって、お願い!」

「クソッ! 落ち着け、この野郎!」


 止めようとするクラスメイトたちを無視して、俺は構わずミノタウロスの牛面を殴り続ける。「ぶもぉおおお!」と悲鳴を上げているが、知ったこっちゃない。むしろ、この悲鳴が気持ち良い。


 サイコパス染みているが、この悲鳴を聞くだけで胸の奥が満たされるのを感じるから、止めることが出来な――


「……死ね!」

「――ッ!?」


 ……えっ、死ね?


 頭を槍の柄で思い切り叩かれて意識が朦朧とする。目の前がチカチカと光り、体にゾワッとした不快な感覚が走る。意識が遠退いて行く。


「……」

「よくやったコウタ。早く拠点に戻って手当てをしなければな」

「チッ、迷惑かけやがって」

「よし、ミノにトドメだけ刺して、早く拠点に戻るぞ。急げ、早くしないと手遅れになってしまう」


 ノーマンさんが声を出す頃には、俺の意識は薄くなっており、その後の話は途切れ途切れになって行く。


「……」


 少しだけ残っていた意識の中、俺が最後に見た光景は、誰かに背負われて暗転した風景だった。



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