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0話 A.超絶難しい

 異世界。なんて心躍るが単語だろう。


 この言葉を聞くだけでも、様々な妄想や、様々な願い、様々な渇望が湯水のように湧いて出てくる。例えば――


 女神様から貰った強力な恩恵で魔王軍の幹部を倒してみたり。

 親しくなった女の子たちからチヤホヤされてみたり。

 現代知識を用いた知識チートで莫大な財産を築いてみたり。

 邪悪な魔物を倒して英雄と呼ばれてみたり。


 魔法の魔の字も無いこの現実世界から飛び出して、一度は行ってみたいと思ってしまう、誘惑と妖艶の危ない世界には、思春期に入った男の子ならば、誰もが一度は青臭くも邪な考えをしてしまうことだろう。



 例えば――かわいい女の子と仲良くしたい! とか。



 かわいい女の子と仲良くしたい。強大な怪物を倒してお姫様とお近づきになりたい。あわよくば潔癖なツンデレのエルフと仲良くなりたい。

 まるでドラゴンや聖剣を夢見る子供のように。勇しくも力強い英雄の冒険譚を夢見る少年のように。空想や妄想に夢を見て、いつかは自分も……! と旅に出たくなることもあるのだろう。


 そんな甘い考えを抱き、異世界への思いを馳せ、未知への達観を見せる輩どもに今一度問いたい。


 平凡な高校生が異世界で生き残れるのだろうか?

 結論から言おう。超絶難しかった。


『グゥオォオオオッ!』

「ギャァアアアッ!?」

「ご主人様……!?」


 背後から追いかけてくる二足歩行のゴリラ型モンスター。名は何と言ったか…………ええぃ! 今はどうでもいい!

 ともかくいま俺は、冒険者たちのレベル上げのための狩場となっている森の中へと足を踏み入れ、後ろのゴリラの縄張りに入って襲われているのだ。


 確実にレベルが違いすぎる強敵を相手に、先日買った奴隷である金髪金眼エルフ耳の、どう見てもこの世のものとは思えないエルフ少女の手を取って走っている。


「ご、ご主人様! あれは二足歩行型の怪力モンスター。カッパー・ゴリライです! カッパー・ゴリライの遺留品ドロップアイテムの銅は純度が高く、希少価値プレミアムが付いてる物ですが、どう致しますか!?」

「知らん知らん! 俺はブタ型モンスター探してたんだぞ! なんだってゴリラに狙われなきゃならないんだ!」

「ご主人様がカッパー・ゴリライの縄張りに、魔法罠を張りまくったせいでしょう! 魔物は魔力に敏感なんです! ギルドでも教わったことでしょう!?」

「ごもっとも!」


 森の中を直走る。横も後ろもロクに確認せずに走り回る。というより確認する手段がない。出口がどっちだったかなんて覚えていない。


 純度の高い銅だの、一攫千金のモンスターだの、かわいい美少女との逢引だの、今はそんなことは心底どうでもいい!



 ()()()()()



 わざわざ命を張ってお金をぶん取ろうとすることに、幾らの価値があるのだろう。金なんて丸っこくて小さい物は、生きてさえいれば幾らでも稼ぐことは出来る。


 しかし命は何度数えても一つだけ。だれであろうと一つだけ。例え聖剣を持つ英雄であろうと、魔人たちを纏め上げる魔王であろうと、それこそ俺よりも遥かに強い勇者たち(クラスメイト)でさえも、持てる命は一つだけなのだ。


 俺が使える魔法は一つ。土の地面を操作して、草結びならぬ土結びで罠を張ることだけだ。一つの命ですら刈り取ることも、あるいは傷すら与えられないだろう。


 だからおかしいんだよ俺の職業! なんなんだよ『操術師』って!? しかも操れるのは土限定! クソったれもいいとこだ!?

 他のクラスメイトみたいにド派手で強力でカッコいい『勇者』じゃなくてもいいから、もっとマシな職業寄越せよ、神様よぉ!


『フゥーッッ!』

「ふぉあっ!」


 ゴリラの豪腕が振り下ろされる。当たりも擦りもしなかったものの、その剛力で土の地面は砕かれ、ちょうど奴隷少女の足場を割った。

 突然後ろに体重が移動したのに体が反応し、奴隷少女を引っ張って背中と膝を抱え、いわゆるお姫様抱っこと言う形で再度逃げ出す。


「アキ……ご主人様……」


 ポゥッ……、と。奴隷少女の白く透き通った肌に朱みが差し、表面上に俺への好意を曝け出すが、そんな些細なことを気にしてられるほどの精神的な余裕はない。


 ――マズイ死ぬヤバイ死ぬこれは死ぬ!


『オォオオオ!』


 ドラミング(この世界のゴリラは、ドラミングをすると腕力が強くなる魔法を持つらしい)をして、さらに俺たちを追いかけ回すゴリラに背を向けて、追いかけっこを再開する。


 ――嗚呼、どうしてこんなことになってしまったのか。


 もし過去に戻れる手段があるのなら、数日前までの浅はかな自分を殴り飛ばしたい。蹴り飛ばしてるまである。

 まぁ、そんなことが出来るなら、そもそもこんな事態には陥っていないのだろうけれど。


 走馬灯のように巡ってきた思い出の数々が、脳内を駆け巡り、俺ーー嘉瀬かせあきらは数日前の不思議で不可思議な緊急事態を思い返した。



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