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宛先の違う手紙と青少年

作者: 板ッ亭浮通

 今年も暑い季節が来た。


 夏は望もうとも、望まずとも万人に訪れる。


 夏がもたらすは暑さだけでなく、いろいろな情緒感覚をもたらす。


 日々短くなる夜が、蝉の鳴く声が、風鈴のチリンチリンという音が、様々な趣ある景色を作り出す。


 けれどそんなことは割かしにどうでもよくて、所詮高校生にしか過ぎない八田が夏に期待することと言えば、色恋沙汰と薄着になった女子の隙の多い姿だった。


 そんな八田の机にとある手紙が入っていた。


 そこからこの些細な話は始まるのです。




 ※




「『――放課後3-2の教室に来てください 深沢えり』か。確かに俺の目にも告白を匂わす手紙に見えるな。」


「だろ。散々馬鹿にした落とし前、どうつけてもらおうか。」



 昼休み、教室である。


 どちらかと言えばいいえ系男子の八田は友人の首藤と母親の作った弁当を食っていた。



「お前、この手紙が本当に自分に向けて書かれたものだと思ってるのか。」


「あのなぁ首藤。モテない男のお前が僻んでしまうのも無理ないがなぁ、俺に手紙が来たのは事実だろ。」



 八田は思いがけない出来事に興奮していた。


 クラスでもかわいい女子の部類に入るだろう深沢えりから告白を匂わす手紙をもらったのだ。



「冷静になって考えてみろ。選べる立場の深沢えりが何でお前に手紙をだすんだよ。」


「それについては俺に覚えがある。」



 というと、八田は話し始めた。


 先週の歴史でのグループワークで深沢と同じ班になったこと。


 そしてそこでかなり話が盛り上がったことを。



「それだけか。モテる立場の深沢えりが、授業中少し話しただけでお前のことを好

 きになって、向こうから告白をしようとしているというのか。」



 的確な批判である。




 ※




 尚、ここで読者諸君に一つの真実を告げておこう。


 この手紙は間違いで八田の机に入れられたのである。


 このごろ、この学校では手紙を使って女子から告白するのが一種の流行になっているのだった。


 それはある女子生徒が発祥で、手紙で告白したところ学年で3本の指に入るイケメンと付き合うことができたことが発端である。


 この噂は瞬く間に学園中の女子に広まった。


 今回の手紙の差出人である深沢もこの噂に勇気づけられて手紙をしたためたのである。対面して告白などはできないが、手紙なら、そう思い今回の行動に至ったの

 である。


 しかし、たった一つの過ちを犯してしまったのである。


 席替えが行われていたことを忘れていたのだった。


 そのため本来はサッカー部の少年に出されるはずの手紙が八田の元へと届けられてしまったのであった。


 しかし、女子に関わりのない二人が女子のネットワークを中心に広がった噂を知るわけもなかった。




 ※




「ともかく、手紙が来たのは事実だろ。正直、俺も信じられない部分もあるが。」



 一見、冷静を装った風の八田であるが、表情はたるみ切っている。


 そんな八田を後目に首藤は手紙を何回も読み直していた。



「どうした。何度も見て。羨ましいか。」


「なぁ、どうしてこの手紙には名前が書いてないんだろうな。」


「はぁ、書いてあるだろうが。深沢えりって。最後のほうに。」


「違うそうじゃない。普通手紙には相手の名前を書くんじゃないのか。手紙って自

 分との対話を重ねながら思いを綴るわけだろ。それだったら普通好きな相手の名前

 が文章中に現れてもよくないか。」


「確かに。」



 八田は首藤の推察に少し冷静さを取り戻しつつあった。


 けれども、人生で初めて女子から手紙をもらったという幸運をもっと噛みしめよ

 うと必死に反論を考えていた。


 悲しい非モテ根性であった。



「だからな、八田。これは間違いだ。お前も気づいているんだろう。」


「いや違う。この手紙は深沢えりが自己対話を深めた結果の産物なんだ。つまり最

 も深沢えりらしいんだよ。」


「何を言い出すかと思えば。血迷い事を。」


「お前はさっき手紙は思いを綴るものだといったな。」


「ああ言ったなとも。」


「だとしたら、手紙にはその人らしさが出ることになるな。」


「まぁ、多少は取り繕うだろうがな。」


「だとしたらだ。手紙に相手の名前がないことの説明がつく。」


「どういうことだ。」


「深沢えりは引っ込み思案だと言っていた。だから授業中とかもあんまり発言できないと。」


「なるほどな。だから恥ずかしくて相手の名前を書けなかったってことか。」


「うむ。」



 二人の間に沈黙が訪れた。


 八田は説き伏せることを説明できたことに満足した。しかも自分だけが知る――本人がそう思っているだけである――ことを首藤に披露できたのは八田を快くさせた。



「で、どうするんだ。本当に行くのか。」


「ああ行くともさ。」


「後悔しても知らないぞ。」


「ふん。最後まで僻みか。男の嫉妬は犬も食わないってのを知らないのか。」


「嫉妬じゃない。俺は単純にお前のことを心配してるんだ。一度も付き合ったことないやつが騙されたとなるとそのダメージは計りしれないからな。」


「ふん。言ってろ。明日にはお前の羨望の眼差しが俺の元に注がれるだろうよ。」



 そういうと八田は弁当を包み、その場を立ち去った。




 ※




 さて放課後である。


 八田は並々ならぬ興奮を隠せずにいた。


 八田に10分ほど遅れて深沢は姿を現した。



「え、なんで八田君が。」



 当然の驚きである。



「そりゃくるよ。机に手紙が入ってたから。」



 この瞬間深沢は自分の失態に気づいた。


 しかし既に八田はこの場に来てしまっている。深沢の脳内では以下に八田の誤解を解くかについて高速演算が始まった。



「あ、あのね、八田君。」


「うん。」



 八田はもう確信した。今から自分が告白されると。そこで自身の想像が現実のことになったと。


 自信を付けた八田はあろうことか自分から告白しようなんていうことを考え始めていた。



「今日来てもらったのは、その、なんていえばいいんだろ。」


「何か言いづらいことなのかな。」


「言いずらいというか、あのね、その……。」



 もごもごとする深沢。


 八田にはその姿がいじらしく、誰よりもかわいく見えた。


 その姿を見ていると、八田はなんでもできそうな気がした。



「あのね、気を悪くしないで聞いてほしいんだけど……。」



 深沢は意を決して真実を告げようとした。


 その時である。


 時同じくして、八田も決意したのだ。


 自分から告白しよう。


 深沢にとっては不幸なことだが、深沢の姿を見て、八田の中の男心に火がついてしまったのだ。


 今、八田の中ではありとあらゆる妄想が滾っていた。



「実は――「好きだ!!」」



 誰もいない教室に八田の声が響いた。


 八田はその三文字を放つと、深沢との距離を詰める。


 刹那。


 深沢は一歩身を引き、距離を取ろうとするものの八田の詰める速度にはかなわない。


 何が起こるのかと深沢が身をすくめた瞬間。


 八田が深沢を抱きしめた。


 しかも不幸なことに八田の大声に反応してギャラリーが集まり始めたのだ。


 こうなってしまっては深沢はもう逃げることができない。


 観念した深沢は八田の胸の中に収まり続けた。




 ※




 無論、この光景は多くの目撃者によって語られることになり、翌日そのことを知った首藤はそんなこともあるのなら信じるものは救わるのだなぁと思った。

 






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