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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第7章 大東征
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97. 準備行動

太平洋:アカプルコ沖



「思えば随分とまた、遠くまで来たものだ」


 護衛艦『いずも』の司令公室にて、日枝陸将は奇妙な感慨を声に滲ませる。

 揚陸艦隊はロングビーチへの着上陸作戦を完遂するや否や、各種ヘリ部隊や水陸機動団の収容と燃料物資の補給、短期間の休養を済ませ、次の制圧目標たるパナマ運河に向けて航行中だ。日本列島から直線距離にして1万4000キロの彼方で、前代未聞の長距離遠征作戦が数日の後に開始される。


 だがそれ以上に、特異的時空間災害以前の世界が、遥か遠くに感じられていた。

 問題は多々あるとしても相応に平穏だった時代は突如消失し、歴史に奇襲を仕掛けられた。そのため国も自衛隊も急速な変質を余儀なくされ、かつての常識からは想像もつかない存在になってしまっている。現代文明を一切の制限なく総力戦環境に適用したらどうなるかという空論が、完全に具現化されたかのようだった。

 とはいえ組織の存在理由や行動原理には、別段変化は生じていない。それもまた歴とした事実なのだろう。


「全ては国民の、当たり前の日常のためか」


「次の当たり前を作る、何処かの企業のキャッチコピーにそんなものがあったかと」


 居合わせた幕僚長が、平坦な口調で応じる。


「"当たり前"という概念は、恐らく相当に強いのでしょう」


「違いないな」


 何しろ自分達はそれ故にここにいる、改めて日枝は思う。

 突然破壊された日常を取り戻そうとする意志。幾多の大災害からの復興を支えたそれは、明確なほど『神武』作戦の原動力となっている。あまりにも身近で切実な動機であるため、収奪的戦争への疑念すらも、「まあ仕方ない」と打ち消されてしまう。国家規模で恒常性機構が動作した結果と考えると、それも皮肉なほど健全なのだろう。

 とはいえ――構造的にこの例に当てはまらぬ者達の存在が、その瞬間思い出される。


「そういえば、アメリカ艦隊は何処にいる?」


「現在ウェーク島沖を東進中。針路に変化はありません」


「ふむ。本気でやる心算か」


 日枝は少々の驚きをもって鼻を鳴らす。

 自然的に存在するはずのものをほぼ喪失したが故、組織として崩れつつある臨時アメリカ合衆国軍。辛うじて正気を保っているその残余を詰め込んだ、強襲揚陸艦を中核とする6隻の艦隊は、未だ如何なる作戦行動を実施するかの正式決定がなされぬまま、ひたすらにこちらへと向かってきている。

 ただ彼等に与えられる任務が如何なる内容となるか、想像力を働かせられぬ者などいるはずもない。


「であれば尚の事、パナマ運河を無傷で接収せんとな」


「はい。テキサスに向かうにも、ワシントンD.C.を制圧するにしても、それが不可欠です」


「全く、その通りだ」


 その言葉とともに、日枝は感情の一部を意図的に麻痺させる。

 運河に存在する3つの閘門をヘリボーンで電撃占領するに当たっては、余計な感傷など無用であった。それに必要に応じて何かを意識から外すのは、どの時代においてもありふれた処世術に違いない。





カリフォルニア州サンバーナーディーノ:ノートン陸軍航空隊基地付近



 住民の大部分が逃げ出した後の市街は、強制的に撤去されつつあった。

 世界一有名なハンバーガーチェーンの1号店もあったはずだが、恐らく廃墟か更地になっているだろう。時折散発的な銃声が響き、アフリカ戦闘民族の叩くドラムのような音がそれに続いた。連邦軍や州軍の将兵なのか、ライフルを手にした民間人なのかは不明だが、基幹自動銃ユニットは全く機械的にそれらを処理していく。


 そんな風に平たくなろうとしている地には、陸上自衛隊の大部隊が集結していた。

 10式戦車に代表される機甲戦力を始めとして、装甲戦闘車や自走榴弾砲、自走高射機関砲、装輪装甲車などが、昭和20年の世界においては全く阻止不可能な戦闘団を形成している。加えて南に1マイルのノートン飛行場には、パシフィック・コンベアと渾名された貨物船団から搬出されたヘリ部隊が、これまたズラリと並んでいた。


 だが何より特筆すべきは、縁の下の力持ちと言うべき輸送部隊だ。

 全国から搔き集められた特大型トレーラーや牽引車、臨時部隊を含めた千単位のトラック、タンクローリーなどが勢揃いしつつある。挙句の果てはパイプライン敷設装置や戦時急造の装甲貨物列車まで周到に用意されているほど。

 時空間災害に伴う貨物輸送量の激減を逆手に取った、空前の兵站システムがそこにあった。


「かくの如き大輸送力をもって、我々は1か月以内にテキサス州まで進撃する」


 任務群指揮官を仰せつかった打井通太郎陸将は、渾身の大音声で宣言した。


「いやそれどころか、精鋭たる諸君らの実力をもってすれば、今月中にも到達できるものと信じている」


 指揮所に衝撃が走り、ざわめきが巻き起こる。

 機甲科随一の闘将として有名な打井だが、機甲科ではなく奇行科、"トウショウ"も統合失調症の略と陰口を叩かれている。再び機甲科戦闘団を率いる予定の矢田部一佐も、それを思い出して苦笑した。


 だが北米内陸部への長距離侵攻については、何度も図上演習を実施済み。かなり期間が短縮されているが、不可能ではない。

 それに揚陸艦隊もパナマ沖に急行し、運河地帯制圧を目論んでいるはずだが、もしかすれば閘門が爆破され修復に月単位の時間がかかってしまうかもしれない。とすれば陸路輸送という第二案も不可欠だ。


「進路上にあるカリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコの3州には50個師団超の敵軍部隊が確認されている。だが我々が押し通る国道66号線付近にあるのはその一部のみ、戦の主導権がない以上そうせざるを得ないのだ。加えてその半分以上が練度の低い民兵もどきで、装備は当然80年前の骨董品、まともな指揮系統もなく、驚くべきことに戦車や野戦砲の類はえらく少ない。大半をドイツに置いてきて、本国で生産したものは輸送網の混乱のため届いておらん訳だ」


 打井はガハハと笑い、


「しかも頼もしい支援戦闘機や無人兵器軍団が今も絶賛襲撃中で、明日には旅客機改装爆撃機が気化爆弾で丸焼きにしにいく。よってそんなものは連携の取れぬ烏合の衆、悪く言えばチンピラゴロツキの類でしかない。障子を100枚重ねたところでAPFSDS弾芯を止められぬのと同じように、諸君の連戦連勝は既に約束されている。むしろ勝負にすらならん、目の前にいたら千切って路肩に投げまくるだけの簡単なお仕事だ」


 打井は戦車型ワイヤレスマウスを操作し、投影内容を切り替えた。

 北米大陸の地図が大きく映され、妙に見覚えのあるイラストを組み合わせた作戦概要がその横に付け加えられる。


「作戦は予定通りだ。まず進路上の要所という要所をヘリボーンで急襲、次に機甲科戦闘団がその間を突破し、機動連隊が側面を固め、輸送隊を進出させデポを開設する。そして後続部隊とバトンタッチ。これを間断なく何十回と繰り返すことで、1000マイルを踏破するのだ。幸いなことに国道66号線は完全舗装道路であり、今のところ敵軍が道や橋を爆破したりといったことはしておらん。ならば奴等がいらんことを考えて施設科やNEXCO出身の皆さんに迷惑がかからんよう、とにかく突っ走ればよい」


 かつてのイラク軍と米軍以上の技術格差が故の戦術。矢田部がそう思って聞いていると、どうしてか打井と目が合った。


「矢田部一佐、カーン郡電撃戦で功のあった貴官に、この作戦の要諦をまとめてもらいたい。10文字以内でだ」


「はい。全速前進、減速厳禁の8文字であります」


「その通り、大変によろしい! 技術優位の戦い方はまさにそれだ。超高速の針で穴を穿ち、素早くピアノ線を通してしまえば、敵が何十万といようが問題になどならぬ」


 打井は上機嫌に絶賛し、指揮所にも大胆不敵な雰囲気が充満する。

 やれと言われているのは相当な無理難題、前代未聞の長距離侵攻作戦。だがその通りできるだろうとの確信が、改めて胸に湧き上がってくる。


「ともかくもカウボーイ気取りの間抜けどもを最短最速で追い払い、1億2000万の国民に、皆の家族や友人に、化石燃料と日常を届けようではないか。私からは以上だ」





東京都千代田区:首相官邸



 武藤補佐官は執務室の秘話回線にて、定時にない連絡を受けていた。

 相手は警察庁警備局長。特異的時空間災害発生以来、何をしでかすか分からない北朝鮮系組織の排除や中国大使館関係者による妄動の摘発、旧在日米軍の反乱未遂事件に関する調査などに辣腕を振るってきた人物だった。


「赤坂が動いているのは確実なのだな?」


「はい。間違いありません」


 警備局長は明瞭にそう回答する。

 この期に及んでも中央情報局の影響下にあると目されていた者達が、最近妙な動きを始めたということで、それだけ聞くと一大事としか思えなかった。200近い臨時政府は配給途絶を恐れ、何処も揃って従順だが、ハネッ返りがいないという保障はない。


「しかしながら意図が不明瞭です。学術関係者に対する合法的接触ばかりで、現在進行形もしくは発動を予定している軍事作戦や対外情報工作、源内プロジェクト等の兵器開発計画との関連も確認できません」


「つまりはフェータルなものとは言い難いと?」


「はい。しかし不可解ではあります」


「なるほどな」


 武藤はううむと唸り、少しばかり考え込む。

 その道の専門家が見て分からないということは、本当に謎なのだろう。それに臨時アメリカ合衆国軍があからさまにワシントンD.C.を目指す動きを始めている状況で、問題を起こすのが得策でないのは火を見るより明らかだ。

 だが単なるお喋りのために貴重な人員を動かしたとも思えない。ならば何らかの陽動かとも思ったが、だとすると警備局長は真っ先に勘付く。


「まあ、分かった。報告感謝する」


 武藤は謝意を表しつつ会話を打ち切った。

 堂々巡りの思考は時間の無駄でしかなく、ここで報告があったこと自体を今は評価すべきなのだろう。


「新たに判明したことがあれば教えてくれ」


「了解いたしました。では、失礼いたします」


 終話。それと同時に腕時計を一瞥し、次の予定へと頭を切り替えた。





茨城県牛久市:東日本出入国管理センター



 投降したB-29搭乗員など捕虜の存在は、ある意味で忘れ去られてしまっていた。

 色々と常識外のことが起こり過ぎ、世間の興味が他に移ってしまったためで、恐らくそれはよい結果だったのだろう。団結党員が彼等について思い出したならば、市街地爆撃の戦争犯罪人は公開処刑にしろと言い出しかねないし、その一方で彼等の顔がテレビに映ると、妙な同情が集まってしまうかもしれない。


 もっともそれが捕虜となった者達の幸福に繋がったかは、まるで定かではない。

 実際、特異的時空間災害とその後の戦況を知ると、誰もが「こんなのありかよ!」と半狂乱になった。自殺未遂や既遂は結構な数に上り、担当の医師が鎮静剤を定期的に打って回っている始末である。


 そんな中で比較的冷静さを保っているのは、メリル少将くらいのものだろう。

 アラスカ沖海戦の末に駆逐艦『神風』に救助された彼は、生き残った部下ともども択捉島に収容されていたが、将官なのだから何かかしら役に立ちそうだという理由で、身柄を令和日本へと移されていた。


「担当の弁護士とやらと話してきたよ」


 メリルはぼんやりとした元搭乗員に、そう伝達した。


「法律で裁けるかどうかから、議論百出で結論が出ないらしい……全く分からんな、この時代の日本人というのは」


「あっはい、そうですね」


 B-29機長だったライアン大尉の応答には、何の抑揚も生気もない。

 薬物のせいばかりではない。彼の家族が住んでいる辺りは、特大の船舶爆弾によって跡形もなく消滅したとのこと。厳重な情報管制の中、漏れてきたその情報に触れて以来、彼はこんな調子になってしまっていた。


「ともかくも希望を失うな」


 メリルはそう言い残しつつも、如何なる希望があるかと自問する。

 世界に突然吹いたのは、時空間を司る邪神の風。未来文明の暴威に直面された祖国は、盛大な勘違いをし続けたまま解体されつつある。ラシュモア山の大統領胸像も、そのうち天皇の胸像に作り替えられてしまうかもしれない。

 ならば今後どうするべきか。結論が出ない問いに頭を悩ませていると、唐突に呼び出しがかかった。面会とのことだ。


(解せぬな)


 何事かと訝しみつつも、メリルは指示に従った。

 天日干しされたコーラのような仲間達に何度か声をかけ、どうにか面会室の扉を潜る。するとそこには幾許かの驚きが待っていた。生きた時代は明らかに違うが、紛れもない二つ星の海軍将校が、そこにいたからだ。


「臨時アメリカ合衆国海軍、太平洋艦隊参謀長のダニエル・ウェズリー少将です」


 海軍将校はそう名乗った。少しばかり間を置き、鬱屈した雑念を振り払うように続ける。


「本日は偉大なる先輩方に、お願いがあって参りました。このどうかした戦争を片付けるためのお願いです」

第97話ではこの後の展開に向けた準備が、様々な形で進み始めます。

第98話は9月30日(水)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。

そして第97話の投稿がやたらと遅れてしまい、大変申し訳ございません。


書いていたら何だか、相当にハチャメチャな人物が出来上がってしまいました。

とはいえ、技術優位側はその突破力と速度をもって戦場を駆け抜けてこそ、その優位性が最も活き、戦争を主導できるのではないでしょうか? その1つの形として考えてみていただければ幸いです。

しかしこれくらいハチャメチャな人物、割と戦史にはゴロゴロといるような気もするので、何とも不思議なものです。


それとほぼ90話ぶりくらいに、最初の頃に生じたB-29のクルーも再登場です。

書いていて「うわ、絶対こんな目に遭いたくない」となった訳ですが、彼等の行く末にもご注目いただければ。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ラシュモア山の大統領胸像 作り変えはしないだろうけど、爆撃機の余りで吹き飛ばして「戦前のアメリカは終わった」という喧伝にはしそうですね 戦意を挫き心を圧し折るにはこういったものを破壊する…
[気になる点] 上陸部隊も調子に乗りすぎて、 なにか失敗フラグのような気がしなくも。 うまく米国占領できたとして、戦後の米国内でWGIPを刷り込んだら 「あいつのせいで負けた」って内輪もめが始まる …
[一言] 秋葉原で暴れた奴は兎も角、それ以外の爆撃機搭乗員はほぼ「事故」だからなぁ…
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