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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第7章 大東征
93/126

93. 世界観

東京都港区:赤坂プレスセンター



「日本人は深層心理において、このような戦争を自然的なものと捉えていたのでしょう」


 陸軍に属しながらも中央情報局員であり、未だに業務を継続できている日系のヒロタ中佐は、憔悴し切った顔で推測を述べた。

 臨時の陸軍参謀総長たるハディントン中将は、その回答に驚愕した。非常に平和主義的であったはずの国民が、何故かような世界観戦争、絶滅戦争の類を平然と行い得るのかという質問に対するものだったためだ。


「冗談にしか聞こえないな」


「大変残念ながら、かなりの確度と思われます」


 改めてそう答えるヒロタの表情が、激痛を堪えるかのように歪む。

 ハディントンは刺すような寒気を覚えた。かのルーズベルト演説の直後、下手をすれば対米全面核攻撃に行き着くと分析したのが、当のハディントンではあった。状況はその通りに推移しつつあるようにも見えるが、あくまでそれは東京空襲の大被害や国家抹殺宣言に対する憎悪や復讐心、資源枯渇への不安が故という解釈だった。

 一方でヒロタは、自然的戦争観のなせる業だという。何を言っているのか、理解が全くできない。


「中将、日本で永らく存在し続けてきた反戦平和主義について、どれほどご存知でしょうか?」


「そういうものが存在するといった程度だろうか」


 それからもう少し思い出し、


「あとは……基地周辺で妙なことを叫んでいたというくらいだ」


「でしょうね……本来、我々がそれほど気に掛けるべき内容でもありません」


 ヒロタはそう前置きし、


「端的に説明するなら、それは徹底して第二次大戦の惨禍に基づく内容となっております。焼夷弾に焼き払われる市街、動くものは誰彼構わず追い回してくる戦闘機、次々と撃沈される病院船や疎開船、更には広島と長崎に投下される原子爆弾……かの戦争をファシストに対する正義の戦いと位置付けてきた我々にとっては凄まじく心苦しいところですが……国際法を便所の紙ほども尊重しない、ナチと何ら変わらない戦争を太平洋でしていたのは、まさしく我々の側でした」


「それは……」


 反論を試みようとして、ハディントンは言葉に詰まる。

 イラクはクウェートを侵略したから、バグダッドを焦土にしても構わない。よくてそんな病的理論しか出なかったためだ。


「つまりは、反戦平和主義が反米主義そのものだったと? それで歴史に対する復讐でもあると?」


「それもまた正確ではありません。それらが間接的に反米へと向かった例は……例えば共産圏の核は自衛のためのものだと言い出すのがいたお陰で反核運動が分裂するなど、多々あるのは事実です」


 ヒロタは淀みなく続けつつ、端末を操作して関連記事を表示させた。

 また更には、反核運動ではありがちなことに、共産圏から支援を受けてもいたと付け加える。


「とはいえ第二次大戦での決定的敗北もあって、まず彼等が属する国家そのものに対する呪詛としての性質を持ち続けました。戦争やナショナリズムの結果としてかのような被害を被った、それらは是が非でも否定しなければならないと。この構図は占領軍が諸々の後押しした面もあってか、日本社会に至るところに存在し、基本的に誰もそこに疑いを持たずにきました。あるいは、少しでも疑問を抱く者を軍国主義者と糾弾してきたと言うべきか」


「次のファシズムは戦争反対の声とともにやってくる……だったか? 誰かの言葉だったか」


「ディミトロフの亜流でしょうか? ともかくも不思議な話です、狂信的なレベルと評すべき平和主義者や反米思想家ですら、第二次大戦における我々の戦争犯罪を問いません。何故もっと早く降伏しなかったのかと、当時の政府を非難するばかりで」


「倒錯しているな……」


 決定的な敗北のない歴史の中、陸軍中将に昇り詰めたハディントンには、正直なところ理解し難い感覚だった。

 だが自ら発した倒錯という語が、ふとどうしてか引っ掛かった。負の数同士を掛け合わせると正になるというが、倒錯を更に倒錯させるなどしてみたら果たしてどうなるか。そこに気付いた時、ヒロタの言っている内容が急速に、悍ましく色を帯び始める。


「いや、まさか」


「中将、そのまさかです」


 ヒロタは震えた声で肯定し、


「今の日本人の根底にあるのは、長年、自然的に培われてきた反戦平和主義の光学異性体……まことに信じ難いことに、彼等は自分達が永らく教わってきた戦争を、原風景にある戦争を、鏡像反転させて遂行しているだけなのです」


「糞ッ、何ということだ……」


 思わず声が荒げられた。反戦平和と絶滅戦争が表裏の関係だったと、誰が思うだろうか。

 だが状況を鑑みるに、ヒロタの仮説は正鵠を射ているに違いなかった。日本の交戦相手がかつてのアメリカであり、戦争のロジックが東京空襲や国家抹殺宣言という形で如実に示された以上、躊躇が生まれるとも思えない。

 時空間災害発生以来、世界は大いに揺らいできたが――再び目の前が非ユークリッド幾何学的に歪む。


「ともかくも中将、我々が今後を考える上で、この観点は欠かせません」


「ああ、よく分かったよ」


 ハディントンは衰弱した声で肯いた。

 今の日本を突き動かしている、虐殺が基本仕様であるかのような戦争。それは紛れもなくメイドインアメリカな、しかし著者ですら忘れ去ってしまっていたソフトウェアだったのだ。





コロラド州コロラドスプリングス:ピーターソン陸軍航空基地



「畜生、あのゴミ屑ども!」


 北米西部連合国空軍副司令官たるルメイ少将は、メキシコが勝手に連合国を離脱したとの報に憤った。

 彼の言うところのゴミ屑は、既に片手の指を上回っている。サウジアラビアは米英の石油権益を一方的に無効化し、トルコは全連合国軍の通過を拒否。元々親枢軸で占領中のイラン、イラクでは日本軍の増援を期待した武力闘争が勃発する始末だし、南米諸国も日系人収容所を廃止しつつあるようだった。

 だがそれでも、アメリカの足下すら揺らぐとは予想外だった。


「畜生、爆撃隊を編成しろ。奴等をまとめて、大好きな骸骨オバケに変えてくれるわ!」


「しかし少将、それでは対日反撃作戦に支障が出ます」


 参謀長がすかさず反論し、


「それに幾らメキシコの裏切りがあったとはいえ、大統領命令なしには……」


「アル、現地では既に我が軍と糞メキシコ野郎どもの間で戦闘が始まっているはずだ。その支援になるから問題ない。我々の担当範囲にはメキシコも含まれているからな」


 ルメイは一気呵成に言い切った。


「それにメキシコにはまともな迎撃戦闘機も高射砲もありはせん。反撃作戦の予行演習にもなるだろう」


「ですがこのところ鉄道輸送網の混乱で、燃料弾薬ともに補給が……」


「メキシコにジャップどもの航空隊が居座ったら、余計酷いことになるだろうが。それに見ろ!」


 絶叫しつつ、ルメイは窓の外を指差した。

 シャイアン山麓に分散配置された基地司令部からは、拡張された滑走路とその上に並ぶ大型爆撃機がよく見えた。ジェット戦闘機部隊も数個群展開しているし、高射砲や対空機関砲も相当数並べられている。基地周辺にはレーダーの無効化に備えて重層的に監視哨が置かれており、電話や発光信号で警報があり次第、迎撃に打って出るという寸法だ。


 そうした堅固な陣容を恐れてか、日本軍も爆撃を仕掛けてきてはいない。

 正確に言うと例のカミカゼ無人機が何度か飛来したことはあったが、適切な迎撃管制の末、撃墜することに成功した。サイパンを襲った超ジェット機に対してすら、耐えられるのではないかと思われた。

 そしてそうであるが故、航空戦力を集められている。損害は著しく大きいだろうが、希望はここにあるのだ。


「圧倒的ではないか、我が軍は。反撃はここから始まるのであって……えっ!?」


 ルメイは己が目を疑った。窓の外に突然、謎の飛翔物体が出現していたからだ。

 それは凄まじい速度で、対空火力を浴びることすらなく、基地へと突入していった。命中したのは分散隠蔽したはずの弾薬庫がある一角で、当然攻撃はそれだけに留まらなかった。欧州戦線から戻ってきた爆撃機もまた、次々と拉げていく。


「ど、どうして……」


 ルメイはまたも口から泡を吹き、バッタリと倒れた。

 ピーターソン空軍基地を襲ったのは、とりあえず飛ぶという程度の、最適化という概念を忘却して設計したような巡航ミサイルだった。当然ながら、そんな代物が地形追従飛行で飛来したと、ルメイ達に理解できるはずもなかった。





北海道ニセコ町:市街地



「近く英国は、対日和平に動く公算が高いそうだよ」


 ニセコに住むオーストラリア人の長老格たるブランドンは、やってくるなりそう言った。

 その報告に、リゾートマンションの応接室にいた者達の顔が明るくなる。大昔の世界の話であれ、ロンドンやマンチェスターを米国の各都市みたいに焼き払われては敵わない。実際、既に日本は核武装までしている。


「大使館経由の情報だ、信頼していいだろう」


「条件は、どんな内容になりそうですか?」


 リゾートマンションの経営者たるグリーンが尋ね、


「ソ連相手と似たようなものでしょうか?」


「少なくとも無茶苦茶なことにはならんと思う。一応は敵国だが、日本人もこの時代の英国にあまり興味がないようだからな。我等が愛すべきオーストラリアとは、交戦中であることを知らないのまでおるよ」


「ははは、まあありそうな話ですね」


 グリーンは少しばかり乾いた声で笑い、幾人かがそれに釣られた。

 実際、日本人にダーウィン空襲について尋ねても、余程のマニアでないと知らないのだ。時空間災害によって第二次大戦中に投げ出されても、そうした傾向は健在という訳だ。


「まあそういう訳だが……これからどうするか、我々も本気で考えなければならんということだ」


 ブランドンは多少厳かに言い、一同はしんと静まる。


「1945年のであるが、祖国に戻ることも、和平がなれば一応可能になると思う。だがそれとて一筋縄ではいかんだろう。では何時までも在日外国人として暮らすのが正しいかというと、それも分からない。答えの出ない問題だ」


「時空間災害についても、まだ何も分かっていませんしね」


「まず言えるのは、新たな世界観が必要だということでしょう」


 訛りのある英語は、最近顔を出すようになったインド人青年のものだった。

 印パ両国を始めとして、英連邦王国に属してはいないが英連邦には加盟している国々も共同を始めたことで、彼のような人間も集まりにやってくるようになったのだ。


「何でしょう、時間漂流に巻き込まれた人間としてのそれが」


「確かにそうだ」


 グリーンとブランドンは異口同音にそう言い、お互い顔を見合わせて笑った。

 如何なる世界観が今後生まれるのかは、当然全く分からない。だがそれは民族や国籍をある種超越した、誰にとっても切実なものとなりそうで、どうにもそれが皮肉にも感じられた。





宮城県仙台市:住宅街



 大学で宇宙物理学を教えている牧野五郎准教授は、緊急災害対策本部のメンバーでもあった。

 しかし彼が属していたのは、未だ全く成果らしきものが掴めぬ、特異的時空間災害そのものの研究を行うチームだった。国家そのものが昭和20年に転移するという、あまりにも異質な不自然災害を前に、既存のあらゆる学問は役立ちそうにない。実際定例のオンラインミーティングも、何も分からないと全員が口を揃える場になっている。


「いやはや、全く……」


 名立たる博士が揃った、まるで無意味そうな場からログアウトすると、牧野は大きく屈伸した。

 それから時間を確認し、リビングへと向かった。娘の美沙と一緒にアニメを見るためだ。どうにもお父さん子の美沙は、既に小学5年生だが、未だにそんな具合なのだった。


「パパ、お仕事終わった?」


「ああ、さっきな。それじゃ、今日もまた何か見ようか。どれにする?」


「これこれ、友達に借りたの」


「おっと……ブルーレイになってたのか!」


 そう言って娘が取り出したブルーレイボックスを見て、牧野はびっくりした。

 何とそれは中学受験で塾に通っていた頃、親に懇願して8㎜テープに録画してもらったりしたシリーズだった。今思い出しても素晴らしい出来のSF作品で、自分がこの道に進んだのもその影響と言えるほどだ。


 しかも自分の愛娘まで、同じ作品に興味を持つとは。

 まったく血は争えぬとばかりの事実。それを何より喜んだ牧野は、半ば童心に帰り、その壮大で重厚なストーリーを思い出す。


(いやはや、終盤のあの展開は……ん、何だ!?)


 その瞬間、脳裏にとんでもない電撃が走った。

 娘がえらく不審がるのも構わずに、正体を探るべく、牧野は沈思黙考を続けた。関連する単語や理論、概念などを、現実と虚構とを問わず列挙していき、無理矢理にでも繋ぎ合わせて形にせんとする。

 そしてその結果、パズルのピースがぴったりと合致した。


「そ、そうか! 信じ難いが……こう考える他はない!」


「パパ、どうしたの?」


「大発見なんだ。ちょっと待っててくれ」


 裸のまま風呂場から駆け出さんばかりの勢いで、牧野はスマートフォンを取り出した。

 連絡先は言うまでもなかった。一切の躊躇もなく通話ボタンを押し、待つこと3コール。災害対策本部の実質的トップである、武藤災害対策担当大臣が出た。


「対策本部の牧野です。武藤大臣、単刀直入に申し上げます。日本は実在します」


「な、何を突然言い出すのだ? 当たり前じゃないか」


「あっ……説明不足でした。つまりです、日本という国家は物理学的に実在するのです」

誰もが世界観の更新を迫られる第93話でした。そして物理学的に国家が実在するとは?

第94話は9月6日(日)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。


英連邦王国と英連邦、別物なのでややこしいですね。前者は英国王/女王を国家元首となる国です。

なお最後に時空間災害の謎に挑む学者も登場です。彼はとんでもないことを言い出しているかのようですが、いったいどういうことでしょうか? 「Summer Daysを思い出す」と、少しだけ分かるかもしれません

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