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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第1章 東京大空襲再び
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9. 余波と混乱

神奈川県横浜市:市ヶ尾駅付近



 営業する前から、スーパーや薬局の前には長蛇の列ができていた。コンビニは既に棚が空だ。

 大規模で未だ回復しない通信障害と、突然始まった何かのリバイバルみたいな戦争。そんな常識をこれでもかというくらい外れた状況では、人々が物資の買い溜めに走るのも当然かもしれない。

 未だ運転見合わせ中の東急田園都市線の更に向こうは、特に清澄白河より先は、大変なことになっている。誰もがそれを理解し、心を痛めたり非道極まる爆撃への憤りや憎悪を滾らせたりもしていたが、物質的な安心の確保は最優先だ。

 

「こういう時、何を買ったらいいのかしら……?」


「食料、水……でも地震とは違うのよね?」


「防災頭巾……とか?」


「田舎に避難した方がいいのかも」

 

 井戸端会議が三度の飯より好きなおばさん達が、スーパーの行列の中でがやがやと喋る。

 少し後ろに並んでいるサラリーマン風の男は、慣れない上に繋がりにくいチャットアプリに四苦八苦。普段使っていたものが、外国にサーバーがあった影響か、未だに使い物にならないのだ。

 そうした中、その他大勢と同様にスマートフォンを弄っていた20代後半くらいの男女が、とんでもない内容を漏らす。

 

「えっヤバくね、船も飛行機も来てないとか!?」


「馬鹿、声大きいわよ」


「あ、ごめん……」


 男が焦った表情で詫びるも、時既に遅し。無数の視線が集中、騒然となる。

 呆れたとばかりの顔をした女は、都内の倉庫会社に勤務していた。ちょうど本社に居合わせた同僚によると、入庫の予定が次々と延期や取り消しされていて、航空便や船便がまるで到着しないのが原因とのこと。

 

(でも多分、長くて数日の話よね……?)


 そう思いたかったが、名状し難き不安はまるで消えなかった。





和歌山県有田市:製油所

 

 

「あちこちのスタンドで行列だそうですね。石油の戦時統制が始まるとか何とかで」


 給油作業を始めながら、製油所の従業員がそう言った。

 大型のタンクローリーがずらりと並び、各地の集積所やガソリンスタンドに出荷する石油製品をもらい受けている光景は、いつ見ても圧巻だ。そうして積み込みの終わった車両から、製油所のゲートを潜って公道へと出ていく。

 空襲を受けていないこの辺は、まだ特に変化がない。それは事実と思われた。

 

「まあ、今日も安全運転で運んでくださいよ」


「タンカーが行方不明って話は、本当なのか?」


 SNS上を飛び交う噂を思い出し、運転手の田島が待機しながら尋ねる。

 

「そんな話があちこちで出始めてるみたいなんだが……」


「僕の知る限りでは、タンカーが行方不明になったとか、そんなことは起こっていないですよ。岸壁にちゃんといて、今も原油の積み下ろししてくれています」


「いや、沖のタンカーが消えたって話なんだ」


「まあ何かあったのかもしれませんが、大丈夫でしょう」


 従業員は笑いながら続ける。

 

「備蓄、何か月分かありますし。多少混乱はするかもしれませんが、供給に問題なんてないですよ」


「うん、そうか……まあそうだよな」


 田島はちょっと頭を捻る。

 確かに日本の原油備蓄は法律で定められていて、民間と政府の分を合わせて4か月分だとか、半年分だか存在するとのことだ。タンカーが多少遅れたところで、致命的な状況にはならない。

 

「だが……戦争だと年単位でタンカーが来ないってこともあるんじゃないか?」





東京都千代田区:秋葉原

 

 

 テーラー大尉は無線機を求め、人の気配のない異様な街をこっそり彷徨っていた。

 最強のB-29が突然次から次へと叩き落された事実は、通信士が大慌てで打電していたから、既に伝わっているだろう。だが日本が姑息にも黒人と手を組み、アメリカ本土を大混乱に陥れようと画策していることは、空の上からだけでは分からないだろう。基地でも全く聞いていなかったから、誰も知らないに違いない。

 その重大情報を伝えるには……連絡手段を、無線機をどうにかして手に入れる必要があった。


(急がないとな……)


 さもないと情報を送る前に見つかり、捕まってしまうかもしれない。

 日本列島から無事に脱出する方法については、まるで考えつかなかった。どう作ったのか分からないほど洗練された警察車両と、すさまじく小型な無線機を持った警官が街を巡回していたから、最終的には収容所で拷問されて死ぬか、タケヤリでめった刺しにされて殺されるかのどっちかだろうとテーラーは思っていた。

 だが自分はれっきとした軍人――士官学校を出ていない学生上がりだが――で、故郷のダラスには婚約者もいる。日本軍の卑劣な企みで祖国が滅茶苦茶になり、野獣のような黒人どもに婚約者が蹂躙されるなど、絶対にあってはならないことだ。

 

(ん……ここにありそうだぞ)


 高架下にある店を見つけるや、テーラーの鼓動が高鳴った。

 漢字はまるで分からなかったが、カタカナのラジオって表記は辛うじて読み取れた。シャッターが閉まっていて店内の様子は分からないが、看板にはこれまた超小型っぽい無線機の絵が描かれていたから、間違いはなさそうだ。


(よし…!)


 テーラーは意を決し、シャッターをこじ開けるべく全力で何度も体当たり。それから上手いこと横に転がっていたコンクリート製のポールスタンドを持ち上げ、シャッターに力いっぱい叩き付ける。

 すると途端にジリリリリと、喧しい限りの警報音が鳴り響く。だが開いたのは事実で、テーラーは無心に店内に押し入った。





埼玉県さいたま市:マンション



「うわ、ひでえ……」


 副業ライターの大野はデスクトップの画面から思わず目をそらした。

 小さな女の子が焼け跡に横たわっていた。目立った外傷もなく、すぐにも立ち上がりそうにも見えなくもないが――酸欠死だった。女の子にあったはずの未来は、永遠に来ないものとなってしまったのだ。

 

(んっ……)


 大野は歯を食いしばり、思い立ったように席を立った。

 そうして食卓の上にあった無糖コーヒーのペットボトルを手に取り、蓋を開けて直接飲む。

 

(ああ、夜中から放置してたんだっけ…)


 何の変哲もない1リットル100円の味は、これまたずぶ温くなっていた。

 だがそれでも、頭の切り替えには役に立つ。今やテレビは空襲関連の凄惨なニュース一色で、だからといってそればかり見ていると、精神が参ってしまう。生の画像や映像が直接飛び交うSNSだとその傾向がより顕著だから、自分の感情に異変を感じたらすぐに離脱するのが身のためだ。

 

(全く、美味くない)


 今はコーヒーの味に集中しよう。そう思っていた矢先、通話が入った。仕事をもらっているWebメディアの編集長からだ。

 

「ああ、大野君。そっちは大丈夫だったか?」


「荒川河川敷付近に1機落ちたみたいですが……とりあえず僕は問題ありません。現場は封鎖されています」


「そりゃよかった。で、こんな状況で悪いが、記事を一本上げて欲しい。大野君、歴史はそこそこ詳しいな?」


「歴史、ですか……?」


 意外な注文だったが、違和感はなかった。

 事実を時系列順にまとめる過程で、否が応でも東京大空襲との類似性に気付かされていた。日時や場所は元より、爆撃機の種類まで昔のそれと変わらない。政府発表を信じるなら、機数まで概ね一致している。

 だが、何で大昔の爆撃機が今になって。乗組員にとってはただの自殺行為でしかなかったはずなのに。

 

「昔の空襲とそっくりって話でしょうか? もうそれ、サチってますよ」


「いや、そのちょっと先を狙おう。あんま詳しくないが、戦争の時の米軍、すごい残虐だったんだって?」


「そうですね、東京以外の都市も軒並み焼かれたり……」


 フラッシュバックしてくる諸々を堪えつつ、大野は続ける。


「広島や長崎に原爆を落としたり、滅茶苦茶ですよ。死んだ婆さんも、グラマンに機銃掃射されたと言ってました」


「だよな……特に根拠があるって訳でもねえが、あの糞ったれ米軍もどき、他所の都市も同じように攻撃しようとするんじゃないかって俺は思うんだ」


「かもしれませんね」


「そういう訳だ、東京大空襲以外の空襲とか米軍の虐殺行為とか、簡単にまとめておいて欲しい」


「わかりました。すぐ取り掛かります」


 大野は別れの挨拶を済ませ、通話ボタンを切った。

 歴史だったはずのものが、あまりにも理不尽な形で繰り返される。そんな現実に大きな溜息が出て、大野は咄嗟にコーヒーのボトルを取り、生温いばかりのコーヒーを味わった。

 

(戦時中は確か、ドイツだけでなく日本でも、代用コーヒーなんてものがあったらしいな)


 そんなことを思ってから、大野は仕事場に向かった。





千葉県勝浦市:キャンプ場

 

 

 突然の戦争によって、大学は無期限休校になるとのことだった。焼夷弾をもろに食らったのだ。

 それでも春休み期間中だったし、真夜中の空襲だったので、人的な被害は最悪という程ではなさそうだった。近くに下宿していた知人友人も心配だったが、知恵と智子の知る限りでは、全員が無事だった。

 そうして精神的にひと段落した彼女達は、空襲被害者に悪いって気持ちを感じながらも、異常な天体現象に向き合っていた。

 

「えっ、何なのこれ!?」


「嘘でしょ……」


 智子が驚愕の声を上げ、智慧もノートPCを覗き込んで絶句した。

 空襲の混乱の中であって、見つけられた惑星は、木星と明け方に見えた火星くらいだ。ただそこからも分かる通り、観測結果は明確に202X年3月10日のものではなかった。しかも驚いたことに、東の空から月が昇ってきたのは午前3時過ぎだった。

 

 そこで智子と智慧は、観測結果に一致するのがいつなのかを太陽系シミュレータで導くことにした。惑星の公転周期は例えば火星が1.881年、木星が11.87年とばらばらだから、太陽系の惑星配置は基本、時刻に対して一意に決まる。つまり火星や木星がどう見えたかと、現在地での日の出の時刻から、今が何年何月なのか分逆算できるという寸法だ。

 そして算出された解のうち、もっとも有力とされたのが、1945年3月10日という結果だった。


「ねえ智慧……私達、もしかしてタイムスリップしちゃったのかな? うちの曾お爺ちゃん、ちょうどその頃に爆撃機がいっぱい飛んできて、東京が焼け野原になったって言ってたよ?」


「でもさっきまで家族や親戚、友達と連絡取れてたよ? それにテレビも映ってるし……」


「訳分からないけど、地球が丸ごとタイムスリップとか?」


「それだと、外国と通信できなくなったり、突然戦争が始まったりしないんじゃない? 皆びっくりするとは思うけど……」


「じゃあ……もしかして日本だけタイムスリップしちゃったの?」


 智子はそう言いつつ、日本だけが過去に戻るなんて馬鹿な現象があってたまるかと思う。

 しかしやはり彼女にも、更には智慧にも、その可能性を一笑に付すことができなかった。

一般市民視点中心の第9話でした。

誰もが状況を理解できぬまま、3月10日を生きようとしていきます。


天体観測で今が何年か割り出すってこの手の話だと定番ですよね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今読み始めたんだけど続きがすごく気になる! 問題山積みでどうなるのか予想がつかない… というか書くのすごい大変そう…… 最新話でどうなってるのかまだ読んでないからわからないけど、ゆっくりでも…
[一言] 足柄でしたね。 はい、わずか一升一合そこそこの排気量で130馬力を絞り出すスポーツカーを駆る彼の事です。
[一言] うろ覚えで申し訳ないのですが、確か高雄に乗艦のあの将校さんは是非登場させて頂けると嬉しいです。
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