79. ニューワールドオーダー
ロンドン:首相官邸
「我が国の鋭才達は、どう解釈しておるのかな?」
相変わらず葉巻を美味そうに吹かしつつ、チャーチル首相は鷹揚に尋ねる。
選挙のことで落ち着かないのは事実だが、それを表に出すことはない。労働党有利の観測もあるにはあるが、対独戦を勝利に導いてきた自分が敗北する訳もないと思うこととし、ともかくも今の議題に集中する。
「その、"レイワ"なる時代の日本人についてだが」
「大規模な時間移民……という説が今のところ最有力です」
執務室にやってきた秘密情報部のメンジーズ少将は、ちょっと苦笑しながら報告する。
「未来のどこかの時点で破滅的な災害あるいは戦争が発生、結果として相当規模の移民団が現代の日本に時空間移動で逃げ込んだのではないか……科学や空想科学を生業にしている者達は、概ねそんな見解を示しております」
「何とも豊かな想像力、感心を禁じ得んな」
チャーチルは冗談めかして笑う。
とはいえメンジーズが芸当をやりに来たのでないことは百も承知で、リヴァイアサンの如く暴れる日本の超兵器もまた現実に違いない。フィラデルフィア会談を終えて帰国した直後、モスクワの大使から興味深い情報も届けられている。
ともかくも考えられないことを考えんと眼光を研ぎ澄ませ、彼の言葉を咀嚼していく。
「して相当規模というとどの程度だろうな?」
「最低でも100万人以上ではないかと。高度な技術を有する時代の人間であっても、少人数ではできることは限られます」
「なるほど、確かに」
「現在、高性能ジェット戦闘機や超重爆撃機、超大型艦、人工衛星など未来技術製品が多種確認されており――特に超大型艦は元々移民船か何かであった可能性も考えられます。ともかくもこれらが"レイワ"時代から持ち込まれたものであれ現地製造されたものであれ、それら装備の運用や技術水準の維持を考えればその程度の頭数が必要と考えざるを得ません」
「日本が3月に植民地人を激怒させたことも、関連があるかもしれんな」
首を少しばかり傾げ、再び葉巻を楽しみながら、少しばかり思案する。
産業革命が始まって以来、列強国民1人当たりのエネルギー量は加速度的に増大してきた。それを踏まえれば、時間移民達が異常な量の化石燃料を要求してきたとしても不思議はないかもしれない。植民地人や共産主義者が怒り狂って拒絶しようが、実力で奪ってしまえばいいだけの話で、かつその通り進んでいるようにも見える。
しかし仮定の憶測掛けであるから当然だが、どうにも不可解な部分も多い。
資源を大量に必要とするとしたら、我が帝国にもあの暴虐極まりない恐喝が飛んできそうなものだが、未だ何ら音沙汰がない。それに"レイワ"時代の日本人が時間移民することができたのなら、何故我等の子孫も同じようにやってこないのだろうか。未来の日本など、大戦の結果として三等国か属国にでも落ちぶれていそうなものだが。
「まあそれを踏まえても、探りは入れるべきだろう」
チャーチルは息を吐きながら言い、
「何らかの形で、日本本土の情報を入手せねばならぬ」
「全くで――」
メンジーズが追従を述べる中、突如として激震が走り、轟音が耳を劈いた。
すわ何事か。誰もが騒然とする中、チャーチルが目の当たりにしたのは、セントジェームズパークから上がる黒煙だった。しかもそれは窓から仰げるはずのバッキンガム宮殿を、見事なまでに覆い隠してしまっていた。
ソチ:別荘地
慣れぬ新大陸での会談を終えたスターリン書記長は、モスクワに直接戻ることはしなかった。
イスタンブールにてトルコのイスメト大統領との会談を行った後、黒海沿岸のソチへと向かっていた。故郷グルジアの雰囲気に近い明媚な地には、専用の別荘が設けられている。そこで少しばかり休養しつつ、今後のソヴィエト連邦をどう導くかをじっくり考える心算だった。
だがそうした予定は、前触れもなく吹き飛ばされた。
森に溶け込んだ色合いの別荘が、堅固なはずの防空壕を含めて徹底的に、跡形もなく消滅してしまっていたのだ。土産を楽しみにしていたであろう大勢の使用人が瓦礫に埋まり、今も必死の救助活動が続いている。
「何と……」
現場に駆け付けたスターリンは、あまりの惨状に一瞬言葉を失った。
身体の右半分が痺れたようになり、思わずその場に蹲ってしまう。強烈な頭痛や眩暈とともに呂律が回らなくなり、秘書官や護衛が身を案じる声も何処か遠く、頭の中が滅茶苦茶になっていく。
「同志スターリン、お気を確かに」
「ああ……心配をかけましたね」
暫くした後、スターリンはどうにか正気を取り戻す。
そうして何とか自らの足で立ち上がり、改めて別荘が存在した辺りへと目を向けた。
「またもや、日本軍の空襲ですか?」
「同志スターリン、申し訳ございません。その通りです」
防空に責任を負っていた空軍中将が、真っ青な顔をして詫びる。
その憔悴と絶望感に満ちた弁明を、スターリンは呆然と聞き流した。別段、粛清の対象にしようとは思わなかった。彼を処罰したところで日本軍の未来兵器がどうにかなる訳でないのは明白であったし、そもそもシベリアの交通網は滅茶苦茶に破壊されていて、囚人を送ることすらできなくなっている。
「敵爆撃機は高度1万2000を……」
「分かりました。下がりなさい」
「は、はい」
永久凍土みたいになった空軍中将が視界から去った後、スターリンは大きく溜息をつく。
例によって高射砲も戦闘機も全く役に立たず、気付いた時には敵爆撃機は真上を通り過ぎており、決まって重要拠点に爆弾が命中するという。全くと言っていいほど戦争にならない戦争で、勝ち筋どころか僅かな損耗を与える方法すら見えてこない。イルクーツク以東への輸送路を回復させ、満洲や朝鮮を奪い取るなど、現状では夢のまた夢に等しいだろう。
ホワイトハウスはサンフランシスコ沖で日本艦隊を撃退したと報じているが、どうせ出鱈目か何かに違いない。
(もはや、将来の捲土重来を期する他ありませんか……)
高笑いする小磯首相や佐藤元大使の下種顔が浮かんで腹が煮えくり返ったが、ともかくもそうした結論に達した。
そしてスターリンは猛烈な思案を開始した。米英との共闘関係の清算や極東での巨大な損失の埋め合わせ、日本の未来技術の奪取とやらねばならぬことは山ほどあった。またそうした中で誰に責を負わせ、如何に己が無謬性と党内権力基盤を維持するか、急ぎ考えねばならなかった。
ワシントンD.C.:ホワイトハウス
「大統領……誠に遺憾ながら、連合国の結束は揺らぎつつあります」
地下2階の防空壕にて、国務長官のエドワード・ステティニアスが悲痛な声で報告する。
4月に参戦予定であったチリやアルゼンチンが中立を守ったままなのは当然として、中南米諸国やトルコ、サウジアラビアなどがあからさまに怪しい動きを見せ始めていた。肝心の日本が不可解なほど外交に消極的なため、単独講和に踏み切った国は今のところないが、これ以上の敗勢が続くとそれも怪しくなるだろう。
加えて昨日、ロンドンが爆撃されて大勢の政治家が死亡し、選挙が中止になる騒ぎとなっている。また未だ確証は取れていないが、スターリンの別荘が吹き飛んだという観測もあった。
「最悪、英国やソ連の脱落すらあり得るかもしれません。ともかくも一刻も早いアレクサンドロス人の懐柔と、勝利が必要です」
「糞ッ、どいつもこいつも……人類始まって以来の危機だというのに」
トルーマン大統領は苦虫を噛み潰したような面持ちで唸る。
このところ防空壕での生活が続いているせいか、その相貌はしなびた植物の如き雰囲気を帯びつつもあった。
「それで、連中が必要だという"サクライト"とやらはまだ見つからんのか?」
「既に富士山周辺と地質学的に類似した地域を幾つか調査しておりますが……」
科学研究開発局長のブッシュ博士が冷や汗混じりに説明し、
「今のところ収穫は皆無です。また富士山周辺の土壌サンプルは我が国にも存在するため、並行してその成分分析を行っておりますが、これも空振りばかりに終わっています。そもそも超ウラン元素が天然に存在するという可能性自体、原子物理学や地球物理学の見地からすると考え難く、アレクサンドロス人につきましても……」
「ならあの爆撃機は幻で、我々は夢でも見ているとでも言うのかね」
聞き飽きたとばかりに声を荒げつつ、本当に夢幻の類だったらどれほどよいかと思う。
だが地球文明水準を遥かに超越したそれは紛れもなく存在していて、異常かつ理不尽極まりない攻撃により、軍民合わせて100万人近くが犠牲となっている。
「まあいい、ならば勝利だ……この間、我が軍は勝ったな?」
「この通り、幾らかの打撃は与えたかと」
陸軍航空隊のスパーツ大将が反応し、卓上に写真を広げる。
名状し難き巨艦群が傷付き、よたよたと西へと退いている様が写されていた。見つからなかった2隻は沈没したのか、事前に撤退したのかは不明だが、艦隊から脱落したのだから写真の6隻より大きな打撃を受けたことは間違いないとのこと。
「ただ航空戦力の損耗は酷い状況です。4000機以上が撃墜されました」
「少なくとも、奴等とて無敵ではないと分かったはずだ」
損失はゾッとするほど大きい。しかし何処か狂信的に目をぎらつかせ、そう言い切った。
トルーマンの心の内に築かれた荘厳なる神殿。そこに住まいしルーズベルト前大統領の偉大なる魂が、ここで挫ける定めではないと告げているような気がした。
「ならば……もう1度、今度は決定的な勝利を手にするまでだ。邪悪に対する勝利をもって連合国を結束せしめ、世界人類を導く。それこそ栄光ある合衆国の歴史的義務であるはずだ」
東京都千代田区:首相公邸
元総理との会談が、首相公邸にて催されていた。
そうとだけ記すと珍しくもなさそうだが、やってきたのは何と第36代内閣総理大臣の阿部信行。昭和14年8月末に平沼騏一郎の跡を継ぐ形で組閣を行い、4か月ほどで総辞職に追い込まれた人物だった。
ちょうど特異的時空間災害発生時に朝鮮総督であったものだから、予備役陸軍大将かつ元総理という経歴もあって、"大日本帝国"の臨時政府首班みたいな存在に祭り上げられてしまっていたのだ。
「我々は大東亜の皇軍、皇民として立とうと思います」
従容とした声で阿部は宣言した。
「百出の議論の末、そうした結論に達しました。時空間災害終息と皇国帰還を期し、それまでは大東亜共栄圏の安寧秩序の維持と諸国の国力涵養に貢献しようと。まさしく、開戦の大義名分の通りに」
「なるほど、了解いたしました」
加藤は一瞬瞑目し、大きく深く肯いた。
強制的に浦島太郎にさせられてしまった、未だ大部分が状況を知らぬ300万余の陸海軍将兵。未だ結局のところ彼等には属する軍隊以外に拠り所がなく、また軍隊には本当に大義名分しか残されていないも同然だった。阿部の統治している朝鮮などは、未だ"大日本帝国"の領土ではあったが、現状のままであり続けることもないだろう。
であれば真に大義名分のため生きる存在となる。それはあまりにも自然で想像を絶するほど残酷な処世術に違いない。
なお無論のこと、現段階でその全てを容れることはできない。
同じく特異的時空間災害に巻き込まれた外国人とその臨時政府、昭和20年の諸国の人民や現地政府の意向等を総合し、落としどころを探らねばならないからだ。異文化かつ異時代の交流となるそれは、一筋縄でいかないどころでないだろう。
とはいえ1つの方向性が打ち出されたことを加藤は歓迎していた。同時に己が心理に疚しさを覚えもする。
「正直なところ、時空間災害終息がいつになるのか、全く分かりません。もしかしたらこのまま何十年と経ち、除隊し何処かで所帯を持った兵の子がまた兵となって、いつしか五族どころか大東亜五十族共和とばかりの様相になるかもしれません。それでも尚、我々は皇軍としてあり続けようと思うのです」
「それこそが聖戦、大東亜戦争の完遂という訳ですか」
「まさしく」
阿部は落ち着いた声で肯き、懐かしげに部屋の各所へと視線を向ける。
年月を経て装いも変わっていたが、紛れもなく彼がかつて政務を執り行い、あれこれと思い悩んだ場だった。
「自分が総理大臣を務めていた頃は、自分も軍の出身ではありますが、とかく軍には手を焼きましてね……そうして突き進んだ果てに大東亜戦争があり、取り残された我々があるのならば、そうする他に責任の取りようなどありますまい」
「災害はあくまで災害でしょう」
加藤は柔和に微笑みつつも、これほどまで政治的な災害もなかろうと思う。
「ともかくもそうした中にあって、子孫たる我々の作戦に協力いただける旨、感謝の言葉もありません」
「むしろ御礼申し上げねばならぬのは我々の方です。アラスカ沖に引き続き、真に生まれ変わるため戦う機会をいただけたのですからね。軍以外に何も持たぬ我々には、新たな神話が必要です」
「そのための支援、惜しむ心算はございません」
加藤は隈のなきような声で言い、ふと時刻を確認した。
旧軍将兵を再編した部隊でもって行われる『須佐之男』作戦。純軍事的には北米侵攻の陽動といった程度の意味合いしか持たぬ、しかし特異的な道理に基づいたそれの発動が、刻一刻と近付いていた。
前回は大変ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。
第79話では滅茶苦茶になってしまった世界の中、それでも各プレイヤーが動き出します。
第80話は6月24日(水)更新予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。どうにかこの次回はスケジュール通りいけそうですので、ご容赦のほど。
ちなみに文章を書いていて、ある変テコな戦争映画を思い出していました。
随分前、コミケで"B級戦争映画読本"なんて同人誌で紹介されていたため、どうにか探して視聴したものなのですが、ベトナム戦争終結頃のトレジャーハンターが、ベトナムだかラオスだかの奥地で、終戦を知らぬ日本軍の残党と鉢合わせしてしまう……といったトチ狂った内容の映画だったりします。
実際日本語の発音が何かおかしかったり、"天白王陛下万歳"(分からない場合は縦書きしてみてください)なんてショドーが踊ってたりと無茶苦茶な代物です。ただエキストラの都合なのか、兵隊があからさまに現地の人で、逆にそれが戦後30年以上も終戦を知らぬまま自活を行い、兵隊が現地人と婚姻し、その子供がまた兵隊になってる……みたいな妙な感慨を抱いたりもしてしました。
本作に登場する旧日本軍将兵の場合、本当に何百万という単位で、それと同じような存在となってしまうのかもしれません。




