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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第6章 前哨戦
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76/126

76. 飽和攻撃

太平洋:サンフランシスコ西方360キロ



「あいつらか……」


 眼下をたゆとう雲のすぐ脇に、幾つもの航跡が見えていた。

 勇敢にも敵艦隊への接触を続け、位置を打電し続けたヘンダーソン大尉の功あって、ポーター中佐が率いる攻撃隊はすぐに敵艦隊を捉えることができたのだ。愛機たるSB2Cヘルダイバーの脈動と、先駆けの名誉とが身に染みる。


 どうしてか直掩機の姿はなかったが、宇宙技術を手にした日本艦隊は、凶悪な兵器を揃えているに違いない。

 しかしこの先には本土しかなかった。愛する祖国のため、ひいては全地球人類のため、どれほどの犠牲を払ってでも、ここでその撃滅を図る他ない。当然自分の身をも捨てる覚悟だ。


「中佐、どの帯域も仲間達のお喋りでいっぱいです」


 無線士のミラー大尉が嬉しそうに報告し、


「それにカナダ訛りやクイーンズも」


「俺達の戦いを、全地球の兄弟達が見ている」


 ポーターはそう言うと、ゴクリと唾液を呑み込んだ。

 同じ空を生きてきた、怖いもの知らずで気のいいパイロット達。名も知らぬ彼等の、所属や国籍を問わぬ笑顔が次々と脳裏を過ぎり、今こそともに悪魔の軍勢と戦おうと、異口同音に訴えかけてくる。


「よし、それでは……」


「中佐、敵の通信妨害が始まりました」


「ふん、今頃か。遅いぜ」


 通信妨害は当然想定済みだ。素早く信号銃を取り出し、愛機の窓を開ける。

 そうして腕を伸ばし、素早く撃つ。放たれた信号弾はヒュルヒュルと飛翔して爆ぜ、真っ赤な薔薇めいた花を空に咲かせた。


「野郎ども、攻撃開始だ」


 ポーターは渾身の力を込めて絶叫した。

 真っ先にF4UやF6Fといった戦闘機がパワーダイブを始める。翼下に牽吊したロケット弾、それから猛烈な機銃掃射でもって、敵艦の対空兵装を制圧する戦術だった。





ネヴァダ州:ラスヴェガス陸軍航空基地



 A-26インベーダーやB-25ミッチェルといった爆撃機が、滑走路の脇に列線をなしていた。

 太平洋諸州の航空基地に単発機を中心とする航空隊を分散配置し、山岳諸州西部一帯に双発爆撃機隊を展開させ、コロラドやニューメキシコといった州に4発の大型爆撃機を控えさせる。そうした3段迎撃陣の2段目で、得意のスキップボミングでもって、敵艦の舷側に必殺の1000ポンド爆弾を叩き込むのだ。


「海軍野郎は、既に戦闘を始めている頃だろう。その悔しさが、俺にはよく分かる」


 厳然たる表情の勇士達を前に、飛行団長が朗々と演説する。


「だが一番大事なのは、忌々しいジャップとクソ宇宙人の連合艦隊を海の藻屑に変えることだ。全員が一つのチームとなって巧みに連携し、いかなる犠牲をも払ってでも戦い抜かねば勝てない。だから不満もあるかもしれないが、今日ばかりは海軍野郎だとか、ライミーだとかはなしだ。ポパイフレンズやブリカス兄弟とともに奮闘し、でもって一番の戦果を挙げようじゃないか!」


「カンガルー飛行クラブにいいとこ持ってかれたら最悪だしな」


「ホッケー友の会にも負けられねえ!」


 階級や配置を問わず、命知らずな男達が冗談を言い合う。

 かつてビスマーク諸島沖で輸送船を沈めていた頃のようにはいくまい。太平洋艦隊を1隻残らず沈めるような敵であるから、このうちの5人に1人くらいしか戻らなくてもおかしくない。

 それでも――ここで逃げ出すなどという選択肢はないのだ。


「私からは以上だ、かかれ」


「おう!」


 総員が掩体壕から引き出された爆撃機へと駆け足で向かい、次々と乗り込んでいく。

 機体は既に完全武装の状態にあった。整備員達がすぐさまエンジンを始動させ、各機がゆっくりと誘導路を進み始める。


(さて、どんなものかな)


 勇ましい出撃の様子をコクピットから眺めつつ、飛行団長は少しばかり思案した。

 既に何処のカジノも休業状態だが、ラスヴェガスといえばギャンブルの街に違いない。とすれば俺達のオッズは、実のところどれくらいなのだろうか?





太平洋:サンフランシスコ西方360キロ



 対空射撃は何の前触れなく始まり、かつ熾烈を極めた。

 これまた巨大な護衛艦に据えられた高角砲が射撃を開始し、真っ先に飛び込んだ戦闘機隊を蹴散らしてしまったのだ。見たところ砲門数はさほどでもないが、これまた宇宙由来の技術が故か速射性能が高く、しかも異常な命中率を誇っている。


「糞ッ、何て奴等だ……」


 攻撃隊長のポーター中佐は歯軋りした。

 見ればF4Uの小隊が機関砲弾を雨霰と浴び、次から次へと粉砕された。続いてF6Fの編隊が黒煙に包まれ、これまたあっという間に全滅する。ロケット弾の射程に入ろうと試みた機は、その遥か手前で止めを刺されてしまっていた。


 飽和攻撃、人海戦術。それら言葉を用いるのは容易く、強大な敵相手の戦法としては分かり易い。

 だがそれが実際に行われる光景を想像した者が、いったいどれほどいるだろうか。それに飽和攻撃とは、飽和量――つまるところ敵の対処能力を上回ったり、弾切れを誘えたりし得る数量――を把握していなければ、基本的に成立しない。欧州では恐るべきタイガー戦車を6両のM4中戦車で囲んで退治していたと聞くが、それはタイガー戦車の性能をある程度知っていたからできた芸当だ。


 一方で眼下を進む日本艦は、艦影図表にも全く掲載されていない未知の存在だった。

 艦種、艦型、兵装性能の全てが不明。一切の情報が得られぬまま、まさに運任せで戦っている。数千機で殴り込めば如何な敵であれ沈む、北米西部連合国空軍司令部はそう判断していたが、これまた根拠に基づく数量ではない。


(畜生、弱気は消えろ!)


 ポーターは強く念じ、戦意を沸き立たせた。どれほどの犠牲を払おうと、敵艦を叩く他ないのだ。

 だが見れば急降下爆撃隊が、目標後方に回り込もうとしたところを滅多打ちにされていた。昨晩一緒にステーキを頬張ったワット大尉の隊で、片端から黒煙を噴いて落ちていく。


「中佐、援軍です!」


「ありがたい!」


 機銃員で実質見張り員のモリソン少尉の言葉に、ポーターは純粋な喜色を浮かべた。

 報告の通り、東北東より新たな航空機群が飛来しつつあった。恐らくユーレカ基地からの援軍もしくはレディングの陸軍航空隊、あるいはその両方かもしれない。

 ともかくも少しでも早く駆け付けられるよう、信号弾で敵艦の位置を伝達する。


「攻撃、攻撃あるのみだ!」


 逸る気持ちを抑えつつ、ポーターはひたすらに戦果を希う。

 その直後、彼の懇願が神に届いたのか、僅かばかり対空砲火が弱まったような気がした。





太平洋:サンフランシスコ西方360キロ



「これは……チャンスだ!」


 雷撃機を駆るデイヴィス中尉は、思わず声を張り上げた。

 貨物船か何かに見える敵艦は、理解し難いほどの射撃を行ってきていたが、どういう訳かその密度が急に低下したのだ。


「お前等、俺に続け!」


 無線電話が滅茶苦茶で、声が届くはずもなかったが、デイヴィスは絶叫した。

 すぐさま操縦桿を傾け、機体を鋭く旋回させる。スロットル全開で、敵艦が作った隙へと飛び込まんとする。1番機に乗る厳格なウッディ大尉も2番機のプレイボーイなアレン中尉もいない今、隊の命運は己が双肩にかかっているのだ。


「全機、ついてきています」


「よし!」


 旋回を終える。デイヴィスは前だけを、未だ遠い敵艦だけを凝視した。

 気付けば別の隊に属するTBFアヴェンジャーが5機、前方へと踊り出ていた。先を越されたことへの憤りは一切なく、考えることは皆同じだという事実に満足を覚える。


 とはいえ敵艦は依然凶悪で、その舷側付近が連続的に煌いた。

 咄嗟の判断で機体を滑らせ、回避運動を行う。数秒が経過し、そろそろ生死の分かれ道と思いきや何事もない。そうして僅かに息をついた直後、前を進んでいた5機が爆発四散した。


「畜生!」


 デイヴィスは激怒に顔を歪め、同時に何か丸い物体を目撃した。


(あッ、あれ当たるな……)


 デイヴィスの頭の中にはそんな直感だけがあった。

 楕円形に見えるなら爆弾は当たらないが、真円に見える場合は不味い。随分前、そんな内容のレクチャーを受けたことが思い出され、これまで生きてきた記憶が走馬灯めいて繰り返される前に、彼の肉体はバラバラに切り刻まれた。





太平洋:無人機母艦『しなの』



 何ともいい加減で変テコな代物ばかりが活躍する対空戦闘だった。

 "第一艦隊"の各艦が搭載する対空火器の大部分は、源内プロジェクトによって急造されたもので、基本的には独立した個々のユニットが、ネットワーク越しに射撃管制されていた。起動スイッチが入った後は、指定エリア内の目標を民生の光学装置で捉え、菓子みたいな名前のマイコンボードで弾道計算を行い、鋼管に毛の生えたような対空砲で自動射撃を行うという具合だ。

 一番マシなのが艦隊に2門のみ装備されているOTO 76mm砲で、その次が巡視船からFCSごと剥ぎ取った遠隔操作型機関砲だといえば、その程度も推し量れるというものだろう。


 とはいえ昭和20年のレシプロ機に対しては、それでも十分過ぎる威力を発揮した。

 戦闘開始から3時間以上が経過した今、撃墜機数は400を超え、更にその数は増えようとしている。とにかく安く数撃てることを優先した結果であり、これが自衛隊制式の装備品を使っていたら、今頃弾切れを起こしているに違いない。1発2億円もする百発百中の誘導弾より、1発2万円で百発五十中の簡易誘導ロケット弾10発の方が、こうした状況においては有効なのだ。


「もっとも、故障は流石に多いですね」


 幕僚の1人が一応の緊張感を保った声で言う。

 防塩措置が不十分だったため特定の装備群が全滅といったことはなかったが、無理矢理大急ぎで作っただけに、途中で動作不良を起こしたものが多かった。まぐれの至近弾で駄目になった装備を除けば、どれも修理や調整が可能だが、対空戦闘の最中にそんな真似はできない。


「現状、問題になるほどではありませんが」


「とはいえ、第7波は合計250機か」


 司令官の和知海将補は何ともなさげな口調で言う。

 大型ディスプレイの一面には、記号化された戦術情報が表示されていた。これまた民生品転用の三次元レーダーが捉えたもので、敵第7波は80機超の小型機と、それに倍する中型機とで構成されている。


「ちと多い。どうしたものかな」


「本命を使用しては?」


 先の幕僚が提言する。


「そろそろいい頃合いかと」


「確かにそうだな。では――」


 和知は防護区画に詰め掛けた全員を見渡し、誰もがその時を待っていることを確認する。


「VALS!」


 異口同音にその単語が唱和され、新たに民生品転用兵器が起動した。

 VALS――Vision Abnormalize Laser System。視覚異常化レーザーシステムと称されたそれこそ、1対4000での対空戦闘すら勝利に導き得る、最も効率的かつ安価な兵器だった。





太平洋:サンフランシスコ西方300キロ



 これまで陸海軍の数百機が攻撃を行ったはずであったが、その効果は欠片も感じられなかった。

 敵艦隊は依然として健在で、精確な対空砲火を打ち上げ続けている。よくてコンマ1%程度しか当たらぬはずの高角砲弾が、獲物を求めて旋回する味方機にまとわりつき、あっという間に墜落させてしまうのだ。


 うねるような飛行機雲の先には、黒々とした墓標が立ち並び、今も翼を圧し折られたB-25が死のダンスを踊る。

 身の毛もよだつ、地獄さながらの光景ばかりがそこにはあった。しかしP-47サンダーボルトを操るハミル大尉は、ここぞとばかりに負けじ魂を発揮した。


「俺が一番乗りになるまでよ!」


 そう叫びつつ、戦艦並に大きい敵護衛艦へと突き進む。500ポンド爆弾を見舞い、凶悪な火力を叩き潰すのだ。

 その直後であれば、撃墜されても惜しくはない。きっと爆撃隊が殺到し、スキップボミングで仇を討ってくれるだろうから。


(よし、このまま……んっ!?)


 P-47を緩降下させていたところ、ハミルは視界にゴミでも入ったような違和感を覚えた。

 まるで得体の知れないそれは、急速に悪寒へと変わっていく。人間的な一切合切を拒絶する、悍ましいまでに無機質かつ虚無的で、神すらもせせら笑うような根源的恐怖。無数の絶対零度の腕が背筋に触れ、見事なまでに固着した。


(不味い――!)


 猛烈な鳥肌が立ち、野生の勘は赤子のように泣き喚く。

 それを理性でもって理解し、抑制せんと試みた直後、ハミルの視界は真っ白く煮え滾った。


「あァーッ!」


 驚異と恐怖、眼窩の激痛に全身が悲鳴を上げ、見えていた世界の全てが無に帰す。


「目が、目がぁ……!」


 悶絶は長く続きはしなかった。突然視力を完全喪失した単発機パイロットに、生存の術などあるはずもなかったからだ。

 またそれは彼に続いた者達にとっても同様だった。業務用の光学機器と情報処理装置、工業用レーザーとが組み合わさったVALSは、連合国軍の勇敢なるパイロット達の顔を片端から検出し、高出力赤外線レーザーを照射していたのだから。

 そして無線通信は相変わらず不可能だった。つまるところ彼等が視覚障害によってことごとく操縦不能に陥ったという情報を、誰一人として持ち帰ることができなかったのだ。

飽和攻撃の中、遂に1対4000の兵器が登場する第76話でした。第43話が3月2日でしたので、ほぼ100日近く経ってしまいましたが、ようやく御披露目です。

第77話は6月12日(金)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。


1対4000のクイズ、如何だったでしょうか? 念のため、


VALS(Vision Abnormalize Laser System)


という文字列をSHA256関数でハッシュ化すると、


48ca5d60531db4101816a0cd57729f64432e15574530d29ef51c1e51be9f04ef


という文字列になり、第43話あとがきに記載した文字列と一致することが分かります。実のところ、名前まで某滅びの呪文みたいにしておりました。


なおクイズを出してみて思ったのは、とにかく皆様、あっという間に正解に辿り着いてしまう、ということです。それなりに難易度高いかな? と思っていたのですが、投稿から1時間ちょっとで完全な正解が出てしまうほどで……正直かなりびっくりしました。予算1億円という縛りが、制約条件として強すぎたのでしょうか?

とはいえある意味、源内プロジェクトで有用なトンデモ兵器がゴロゴロ出てくるという描写に、とてつもない説得力が与えられる結果となったのではないかとも思っております。


ともかくも皆様、ありがとうございました。一風変わった新結合、イノベーションを楽しんでいただけたのなら何よりです。

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― 新着の感想 ―
国際法の本を読んでいたら「戦闘員の網膜を焼く盲目化レーザー兵器」は使用が禁止されていると書いてあって真っ先にこれを思い出した。 読んでいた当時は合法だと思ってた……
[一言] 第一艦隊「三分間待ってやる!」ですね分かります()
[一言] 目を焼き潰すとは...えぐいなぁ(民間人怖い)
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