52. 新兵器群
青森県東通村:下北試験場
異形としか評しようのない、金属部品の化け物のような複合体が鎮座していた。
それが突然、魔女の断末魔のような叫び声を上げた。重々しく背負われた巨大な鋼管から光弾が射出され、水平線の向こうへと飛翔していく。続いてもう1発。試験場には濛々たる白煙が立ち込め、一寸先も見渡せそうにない。
とはいえその弾道は、電波的、それから光学的な手段で、正確無比に追尾されていた。
「やはりこれでは精度が出ませんよ」
ノートPCの画面を覗き込んでいた仁科技官が首を傾げる。
特大ロケット弾の弾道は実にいい加減だった。射程こそ相当に長いものの、半数必中界は半径1キロほどの歪んだ円状になりそうで、嫌がらせ的な砲撃にしか使えそうにない。
何しろこの試験中のロケット砲は、仕事にならなくなった企業複数社が売り先の消滅した油送管などを強引に組み上げ製造した、ジェラルド・ブル博士が異世界転生して乗り込んできそうな化け物だ。
ついでにロケット弾本体も、素性がよく分からない。石川島播磨の傘下にあるベンチャー企業が民生品をスピンアウトさせたものらしく、一応は安全に運搬でき、弾として撃てるのは事実であるようではあるが。
「これ、どこの誰がゴー出しちゃったんですかね?」
「さあ? とりあえず撃つだけ撃ってみて、結果をまとめりゃいいのさ」
同僚の技官が砲そのものの計測値を眺めながら言い、
「どうも改装したタンカーか何かに載せる気みたいだし、精度なんて多分誰も期待してないのよ。それでも目標がでかいなら、どっかかしらに当たるって寸法さ」
「そんなでかい目標……都市くらいしかなくないですか?」
「実際、そういう用途なんじゃない?」
「いいんですかね、それ?」
「いいんじゃない? 俺、釜石の出身だけど、戦争中は艦砲射撃で街が滅茶苦茶になったそうだし」
「んーまあ、確かにそうですね」
ちょっと何かが引っ掛かる気がしたが、それもそうかと仁科は納得した。
実際、本物の戦争をやっているのだ。更には大勢の都民が突然焼き殺された状況で、それを遂行せしめた連中に、同害報復を行わない理由などない。そう思うと、この鉄鋼製品の化け物もどこか愛おしく思えてくる。
「それに本土が戦場になったら、流石に勝てないと分かるんじゃないか?」
「すでにジェット戦闘機とか見てると思いますけど」
「銃後の連中は見てないさ。ともかくさっさと手を上げて、石油や食糧なんかを献上した方がマシだと、銃後の連中が心の底から思うようにしてやらなきゃな」
「そうなったらステーキハウスも営業再開ですかね?」
「ああ。その時はたらふく食おうや」
同僚はそう言って笑い、仁科もまた同調した。
暫くして試射が再開され、特大ロケット弾が空高く舞い上がった。なかなかに頼もしい光景だと、仁科は思い直していた。
千葉県成田市:成田国際空港
「こうして見てみると、やはり壮観ですね」
三菱重工業から調査チームに出向してきた大谷が、米粉シフォンをパクパクと啄みながら唸る。
ほぼ宿舎となっているターミナル。その窓の向こう側には、両翼に急造爆撃ポッドを取り付けたボーイング747――航空自衛隊に配備されるに当たりB-747Aと呼称される――が駐機していた。その機体は真っ黒に塗られている。太平洋渡洋爆撃を敢行するにあたって、北米の防空網に捕捉されないようにするため、フェライト系の電波吸収材を塗布しているのだ。
高度1万2000を時速900キロで飛行する機体の迎撃など、第二次大戦中の機体ではほぼ不可能とも思えた。
しかしよくよく調べてみれば、P-80のような初期型ジェット戦闘機が飛び始めている時期ではあるし、高度17000メートルまで射撃可能なM1 120mm高射砲も僅かながら生産が始まっている。貴重な機体とかけがえのないパイロットを、万が一で失う訳にはいかなかった。
更には防空網を潜り抜けられるのであれば、爆撃は自動的に奇襲となる。警報の有無で、被害は大きく変わるのだ。
「お前さんにあの漫画を勧めた甲斐があったってもんだよ」
川崎重工業の香取主任は、コーヒーを美味そうに啜りながら応じる。
なおコーヒー豆は、100円ショップの商品や台湾に滞留していたコメなどを対価に、旧日本軍がどうにか作り上げたベトナム帝国から持ってきたものらしい。
「まさかここまで早く、爆撃可能な機体が作れるとは……ほんと、逆転の発想って大事だ」
「ありがとうございます」
大谷はニッコリと笑う。世のため人のために知恵を出し、成果が出るほど嬉しいことはない。
「爆弾の方も、航空機が疑似GPS信号を出すので解決ですよね」
「ああ、JDAMをそのまま落とせる。スマホ流用の画像誘導爆弾は……投下と同時にOSがクラッシュしたとかいう話だしな。まあ何にせよ、もうすぐ北米爆撃が始まるはずだ」
「いよいよ、東京の敵討ちですね」
声が弾んだ。東京が突然空襲されてから2か月弱、いよいよ反撃の時がやってきたのだ。
あるいは、2か月ほども経っていないと言うべきだろうか? 実際3月初めまでは、多少のろくでなしはいても平穏な世界があったのに、突然襲ってきたB-29が全てをぶち壊してしまった。
「あ、そういえば……」
大谷はふと、視線を滑走路の片隅へと向けた。投降したB-29のぎらぎらした機体が、野ざらしになっていた。
都民を無慈悲に殺戮したことへの怒りと同時に、また新たなアイデアが浮かんでくる。
「あれ、使えませんかね?」
「あれって、どれだよ」
「ああその、B-29です。いっそラジコン機に改造して、爆撃させられませんか?」
硫黄島:硫黄島航空基地
今でも輸送機や哨戒機が降りはするが、5月ともなるとひと頃の過密状態は解消した。
それがよいことなのかは分からない。サイパンは陥落し、テニアンもまた無力化したはいいが、戦争は全く終わる気配がなかったからだ。もっともルーズベルト演説を見る限り、結局はどう足掻いても駄目だったのかもしれない。
ただ1つ言えるのは、硫黄島が元の性格を取り戻しつつあるという事実だった。
「ありゃ、もう組み上がっちまってる」
C-1輸送機の副操縦士たる三谷二尉が驚嘆の声を上げた。
入間で通常の生活物資と一緒に積み込んだ、試作兵器だという謎のコンテナ群。硫黄島に降ろされるなり、ぞろぞろと現れた技官達がコンテナを回収していって、気付いた時には滑走路脇に何かが並んでいた。
それらは全長2mほどの、尻にプロペラのついた不格好なエンテ型機だった。無論、コクピットなどありはしない。
「新型の無人偵察機か何かかな?」
機長の岩根もまた顎に手を当て、首を傾げる。
「あるいはハーピーみたいな自爆機かもしれん」
「正解は後者です」
ちょうどペアの近くを通りかかった技官が、唐突に答えを教えてくれた。
「まあ数十メートルの直線で離陸できて、東京から大阪くらいまでは飛べて、画像誘導で目標に突っ込みます。まあぶっちゃけて言うと、ドイツの国民戦闘機並の期間で開発された、かなりいい加減な無人機なんですが」
「そんなの、何かの役に立つのかな?」
三谷が疑問を呈し、
「流石にこの時代の飛行機や機関銃にも落とされそうだし」
「別にそこはいいんじゃないか?」
岩根が言う。
「無人機だし、囮として飛ばす分には役に立つだろう」
「あ、確かに」
「それに見たところだが……かなり量産し易いんじゃないか? 敵は高出力マイクロ波兵器なんて持ってないだろうし、こんなのでもウンカみたいに飛ばしてやれば厄介だ」
「ご名答」
何とも楽し気な表情で、技官がパンと手を叩く。
「量産についてですが……現在乗用車のラインはダダ余りです。そのため試験を通ったら、その一部を流用して、こいつを量産できないか検討中です」
「たまげたな」
異口同音の反応が木霊し、技官は満足げな表情。そして試験があるのでと辞していく。
それから暫くした後、件の無人機が滑走路を駆け、自律飛行を開始した。島の周りであれこれとプログラム通りの飛行をし、最終的に沖に浮かぶボロ船へと突入した。
茨城県東海村:原子力研究開発機構
日本国民は一定以上の危機を悟ると、あまりにも急速にその態度を転回させる。
その説が真実であるのか、あるいは提唱者が日本的な予兆を理解できなかったのかは分からない。ただ最近原子力研究開発機構内に発足した核爆発装置研究開発部は、その妥当性を示す何よりの証左かもしれなかった。
「とりあえず、計算機シミュレーションでは問題なしか」
田所幸三部長は最終報告書を眺めつつ、特に感慨もなく肯いた。
従来、彼は核兵器開発には断固反対だった。というのも国際原子力機構や各国と締結した協定の関係から、核開発時には原子力発電所の操業に巨大な悪影響が出かねないためだ。それにアメリカが核の傘を提供してくれているのだから、わざわざ無用のリスクを冒す必要などないとの立場だ。
だがその前提は物理的に完全消滅してしまった。代わって東京を無差別爆撃し、挙句の果てに絶滅戦争を布告してくる異常国家と戦う破目になった。となれば悪の帝国を成敗するための核開発は、自然と核物理学者の務めとなるだろう。
「とはいっても、やはり実物を作ってみないことには分からんよな」
「何しろ原子炉級プルトニウムを使った低出力核爆弾ですからね。元の世界でも前例がありません」
主任研究員の赤城律夫が呆れたように言う。
原子炉級プルトニウムとは軽水炉で生成される、Pu240やPu241といった放射性同位体の割合が高いプルトニウムのことだ。一方で通常の核兵器に用いられるのは、Pu239の割合が9割以上の兵器級プルトニウム。前者は余分に中性子がくっ付いている関係でやたらと発熱する上、爆縮に際して早期爆発という現象を起こしてしまい、通常の数%程度の出力しか期待できないのだ。しかも爆弾自体が大型化、複雑化、高コスト化するというオマケ付きで、メリットなど正直どこにもない。
学園一の美少女をアイドルデビューさせるのが通常の核爆弾だとすると、原子炉級プルトニウムを用いた核爆弾は、性格まで悪いブスを無理矢理アイドルに仕立て上げようとするくらい馬鹿馬鹿しいものだ――かつて赤城はそんな冗談を言っていた。
「とはいえ……兵器級は常陽再稼働に伴って今後増えるとしても実際稀少ですし、水爆用に温存しないといけません」
「どっかの新聞が言ってたような、原爆何千発分のプルトニウムがあれば楽だったが」
「本当ですね」
「まあ、米国にしてもまだトリニティ実験を終えていないのが救いか」
田所はカレンダーを眺めつつ言い、
「それにハンフォードやロスアラモスを爆撃し、核開発を永久に不可能にするって話も出ている」
「フォン・ノイマン博士を尊敬しているのですが、彼も死んでしまうかもしれませんね」
「今の我々にとっては、その方がありがたい……ああ、失礼。長谷川君、続けて実験場候補地について話してくれ」
「はい。実験場としましては……」
長谷川なる研究員が説明を始めた。
最終報告書にも記載されている内容ではあるが、彼が挙げた候補地の中には、敵国領上空での実地試験まで含まれていた。
愛知県長久手市:社員寮
自動運転の研究をやっている内田晃は、大浴場の湯舟に浸かってぼうっとしていた。
乗用車はとうに道路から駆逐され、トラックや自衛隊の車両くらいしか見かけなくなっている。とはいえ戦争が片付き、日本が元の時代に戻ったりすれば、必ずやまた人々がクルマに乗り、人生を楽しむ時代が来るだろう。
そうしたら――今度こそ完全に安全な自動運転車を投入できるはずだ。自動で駅までサラリーマンを送ったり、あるいは利用権を融通し合って乗ったり。そんな未来を想像するのが楽しかった。
(そのためには……もっと歩行者の動きを予測できるようにしなきゃな)
内田は湯で体を温めながら、思考を巡らせる。
実際、歩行者の動きの予測は自動運転で最大の課題の1つだ。突然突拍子もない行動に出たりもする歩行者を確実に回避し、一方で渋滞発生装置にならないようにしないといけない。そんなトレードオフを技術進歩で強引に突破する、そこが何より面白い。
そして想像を巡らせる中、内田の脳裏に全く異質なものが紛れ込んだ。
(ん……!?)
それは友人の付き合いで最近始めた、FPSゲームの記憶だった。
何故そんなものが唐突に紛れ込んだのかは分からない。だが自動運転と何らかの関係があるのでは……そう思った瞬間、彼の背筋を電撃が走った。
「あ、そうか、撃つか避けるかの違いだ!」
内田は大声を上げ、浴場の全員をびっくりさせた。
だがそれでも、確実に有効だと思った。例えば敵国市街地に乗り込む戦闘車両に自動運転の歩行者検出技術を転用すれば、片端から敵の兵隊に機関銃の照準を合わせることが可能じゃないか。
第52話、新章です。作中では5月に突入し、幾つかの試作兵器や改装兵器、通常は顧みられない類のものなどが続々と登場し始めます。それらはどのような結果を齎すでしょうか?
第53話は4月1日(水)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
何だか連載を始めてからというもの、現実にどんどん追い抜かれていってる気がしています。"NEET"計画のようなことを各国政府が本当に言い出してしまいました。自動車の生産ラインを転用して何らかの兵器を生産といった話も、現代ではどこまで現実味あるんだろう? と書きながら思っていたりもしましたが、実際に自動車メーカーが医療機器の量産に動き出しました。
ともかく、新型コロナウイルス災害の一刻も早い収束を願っています。過度の心配をせず、厚生労働省のページを見るなど正確な情報収集に努め、手洗いうがいや外出の抑制など、できることをやっていきましょう。