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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第4章 総力戦体制
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51. 次への一手

カムチャッカ半島:ペトロパブロフスク・カムチャッキー近郊



 司令官アレクセイ・グネチコ少将がこれまた参謀ごと爆死したためか、カムチャッカ防衛地区の将兵はあっという間に投降した。

 実際、それはよい判断だっただろう。近隣の浜から揚がった陸上自衛隊第5旅団を相手に戦おうものなら、90式戦車に片端から射抜かれ、99式自走155㎜榴弾砲に滅茶苦茶に撃たれ、何も理解できないまま骸となるだけだ。

 そうして日の丸の翻ったこの地には、空の一大拠点を建設するべく、自衛隊と民間業者の混成チームが続々と参集していた。


「それにしても……あの飛行機、便利すなあ」


 中堅ゼネコンの現地主任たる尾鷲は、C-2の貨物室から自走して降りてくるブルドーザーに感嘆した。

 成田空港まで自走して、そこでC-2に積み込めば、半日もしないうちに目的地に到着し、すぐに仕事にかかれる。何たるスピード感だろうかと驚かずにはいられない。


「うちでも使いたいくらいだよ」


「便利過ぎるので、クルーがあちこちで扱き使われています」


 第12施設群長の伊野尾一佐が苦笑気味に回答する。

 この奇妙な戦争が始まってからというもの、最も重労働を強いられているのが、空中給油機と輸送機のクルーだ。


「ちなみに川崎でも昔、民間転用機を考えていたそうですよ。もっとも……型式証明取得に幾らかかるのか分かったものじゃないってことで、断念となりましたが」


「もったいないなあ。例のFAA?」


「はい、例のFAAです」


 ちょっとした溜息。2人とも揃って「飛行機に作用する4つの力」のジョークを思い出す。


「でもまあ、この世界にはまだFAAはありませんが。それはそうと、767級の離着陸が可能になるまでどれくらいかかりますか?」


「やっぱ、調査次第なとこはあります。よく知らん土地ですし」


 尾鷲はまずそう答え、視線を未だ雪を被ったままの成層火山へと向ける。

 実際、カムチャッカ半島は未知の土地に等しかった。巨大で壮麗なる火山が連なる極寒の地で、生活を成り立たせるのが困難な場所に他ならない。しかも海軍の根拠地ではあったことから、ソ連崩壊から暫くするまで立ち入りが厳しく制限されていた。


「ただ、遅くとも来月末までには何とかなりそうです」


「本当ですか?」


「ええ……勘ですけども。それにここ、鬼畜どもを退治する拠点にもなるんでしょう? だったら頑張らなきゃって思いますし、作業員も皆、張り切っていますよ」


 尾鷲は頼もしい笑顔で笑い、伊野尾はちょっと違和感を覚えた。


「ええと、鬼畜とは?」


「あれ、ご存知ありませんか? 米国人――この時代のアメ公の意味ですよ」


 尾鷲は軽く首を傾げ、何ともなさげに続けた。

 令和にあった方をアメリカ、昭和20年のそれを米国。そんな風に言葉が分離され始めているのは伊野尾も知っていたが、その呼び方は初耳だった。


「昔の標語がリバイバルしてるらしいすな。まあでも文字通りなんで、そうもなりますわ」





サイパン島:タナパグ港



 ススペ捕虜収容所に収監され、海兵隊による殺戮を生き延びた1万の人々は、台湾に疎開してもらうこととなった。

 サイパン島は自衛隊が今後使用し、また戦場になるかもしれない。そんな風に説明し、何とか納得してもらった形だ。無論、移動に際して在日米軍やその管理下にある捕虜と接触しないよう、最大限の配慮が必要だったことは言うまでもない。

 そして疎開船――香港辺りで足止めをくらっていた中型貨客船だ――に乗り込んでいく人々に手を振りながら、水陸機動団の水上二尉は少々気が抜けたようになっていた。


(そういや、近々一尉昇進だったっけ)


 水上はそのことを思い出した。

 自衛隊の規模そのものを無茶苦茶に拡大させるので、高級幹部以外は軒並み昇進という訳だ。中には昇進の翌日にまた昇進と、二階級特進を避けるためだけの方便を食らった曹まで存在する。


(まあ、でも……)


 思考を放棄しようとした時、後ろから肩を叩かれる。


「水上二尉、最近妙に元気ないですね」


「何だ、オノジュンかよ」


 振り返ってみれば、そこには同僚の小野田二尉の姿があった。


「猫耳美少女でなくて済みません。お詫びにこれをどうぞ」


「何だよ、これ」


「マンゴー味、産地直送」


「いや、そうじゃなくてさ」


 水上はちょっと笑った。場違いな感のあるタピオカ飲料を渡されたからだ。

 もっとも戦前のサイパンでは、キャッサバの生産量が1万トンを上回っていたそうで、実際捕虜収容所の敷地で栽培されてもいた。戦時中にも米の代用食となっていたというから、ある意味全く不思議はないのかもしれないが、何だか妙な気分だ。


「まあ……美味いよ。ありがとうな」


 水上は一口啜り、


「で、本題はなんだ?」


「連隊を挙げて慰霊祭をやります。戦死者全てを祀るための。水上二尉はその実行委員に任命されました」


「ええ……何でまた」


「中隊長の推薦です。水上二尉、敵の顔を間近に見たうちの1人ですし」


 小野田が真剣な、また少しばかり心配そうな口調で言う。

 激戦の後、目の前で斃れた海兵隊員を葬ってやった記憶が、水上の脳裏を過ぎる。それから収容所から解放された住民が、ライフルと鉄帽の墓標を公然と蹴り倒していったことも。

 ついでに言うなら、サイパン戦の捕虜になど食糧を与えるなという主張まで、国会に出てきたようだ。


「実行委員は皆、あの戦いで何かあった連中です」


「そうなのか」


「はい。ともかくも実行委員会で責任を持って、慰霊祭を執り行ってください。きっちりけじめをつけて、ちゃんと小隊長やってください。うちらもそろそろ次の作戦があるでしょうし、水上二尉に抜けられると大変です」


「なるほど、分かったよ」


 水上はちょっと笑い、いただいた飲料をまた一口味わう。


「全く……オノジュンは昔から打算的だよな」





ワシントンD.C.:ホワイトハウス



「誰か、どういうことなのか説明してくれないか……?」


 トルーマンは頭痛を堪えながら、居並ぶ長官や補佐官、博士達に尋ねた。

 大統領に急遽就任してからというもの、まともに眠れた日は数えるほどしかなかった。引継ぎその他の激務だけが原因ではない。現世の法則を軽々と超越したかのような、狂気じみた戦闘を日本軍が繰り広げており、その事実が悍ましい寒気を齎していたのだ。

 

 事実、西太平洋はもはや接近すら躊躇われる危険地帯で、フィリピンに取り残された何十万とは連絡すらつけられない。

 しかもポトマック川の桜が散り始めた頃、日本はソ連を突然恫喝し、猛烈な空襲でもって赤軍の大兵力をたちまちのうちに行動不能にしてしまったらしい。ビルマ戦線では撤退を続けているというが、追撃するはずの英印軍もまた、人智を超越した攻撃の前に停滞を余儀なくされている。


 そして挙句の果てに――宇宙に星まで打ち上げてしまったという。訳が分からないにも程がある。


「ですから大統領、明らかに人工物と見られる天体が静止軌道上に……」


「そんなことは分かっている。何故そんなことができるのかと聞いているんだ!」


 トルーマンは声を幾分荒げた。説明しようとした科学研究開発局長のヴェネヴァー・ブッシュ博士がすくみ上る。


「君の言っていることが正しいなら、日本は何百トンもある超大型宇宙ロケットを完成させたとなるじゃないか」


「はい、計算上はそうなります」


「それではロンドンを爆撃したヒトラーのロケットなど話にならんし……忌々しいことに、我々の科学水準を遥かに凌駕しているということにもなる。しかも静止軌道に星を打ち上げられるとなると、いつここが爆撃されてもおかしくないはずだぞ!?」


「ともかく、アメリカ本土の防空体制強化と緊急時の疎開計画策定を急がせます」


 ヘンリー・スティムソン陸軍長官が落ち着きのある声で言う。


「しかし大統領……奴等、本当に火星人と手を組んだのかもしれませんぞ」


「君はまだそんなことを言うのか? 火星人なんている訳がないだろう」


「しかし……人工の天体も高性能ジェット機も誘導ロケット弾も、全て紛うことなき現実で、従来の日本の技術体系、兵器体系から完全に逸脱したものに他なりません。とすれば何らかの外的作用が働いた結果、日本軍の戦闘能力が著しく強化されたと考える以外、説明がつきません。もしかすれば硫黄島の一件も、そうした超常的兵器と関連があるのかも」


「ううむ……」


 トルーマンは唸りながら、スティムソンが持ってきた提案を脳裏に浮かべる。

 あちこちで確認されたらしいフー・ファイターとやらを本格的に調査し、コンタクトを取るという稚気めいた内容のものだ。そんなものに国家予算を投じるなど愚の骨頂と常識は言うが、ここ1か月ほど常識外のことばかり起きている。


「大統領、火星人だか未来人だかの情報や技術と引き換えに、いっそ部分的にでも、停戦を考えられては……?」


 国務次官のジョセフ・グルーが躊躇いがちに言い、


「確かにあの無茶苦茶な要求に関しては、憎悪しかありませんが」


「ジョー、そんなに連合国と、私の政権を瓦解させたいかね」


 大きな溜息とともに拒絶の言葉が吐き出され、グルーの提言は却下された。

 状況が状況なだけに、何が起こっているのかを把握するというだけでも大きい。それを踏まえれば、確かにグルーの主張にも一理はあるのだが、政治的に全く無理と判断する他なかった。今や故ルーズベルト大統領は、大悪魔との戦いの最中に非業の死を遂げた英雄で、彼が死に際に放った一言に、国中の誰もが駆り立てられている。

 付け加えるなら、さっさと日本を過去のものにしてしまいたいと、トルーマンもまた強く願っていた。全く、原子爆弾の完成が待ち遠しくて仕方がない。


「まあともかくだ、こうなった以上、日本が突然強くなったカラクリを、一刻も早く見つけ出すしかあるまい」


「では、計画の承認をいただけるので?」


「ああ。まるで正気の沙汰ではないがな」


 トルーマンは憤然としながら、どうにか決断した。

 それから飲みかけのコーヒーの表面へと目をやる。自分の顔が薄ぼんやりと映った。もしかすると未来の歴史書には、自分の肖像のすぐ下に、"稀代の狂人大統領"などとキャプションがつけられているやもしれない。


「実際……火星人だというのが本当なら、流石に日本にだけ好意的ということはないだろう」


「むしろコンタクトに成功すれば、地球の代表は我々だとすぐ気付くはずです」


「ああ、そうだろうな」





東京都千代田区:首相官邸



「選挙、ですか……?」


 加藤総理が意外な単語を口にしたため、武藤補佐官は思わず聞き返した。

 だが少しばかり思案してみれば、政治の季節は確かにもうすぐだった。特異的時空間災害への対処と戦争指導で半ば忘れかけていたが、今年はちょうど参議院議員選挙の年で、選挙自体が中止になるとは聞いていない。


「ああ。いっそな、衆参同日選に打って出ようかと思うんだ」


 加藤は穏やかに、しかし力強く言った。


「争点は無論、この戦争だ」


「……よい機会だと思います」


 当然ながら衆議院議員でもある武藤は、民意を問うべきとの考えに同意した。


「一部野党の転向など、読めない部分もありますが、憲法改正にも弾みがつくのではないかと」


「武藤君、それもそうなんだが……」


 加藤はちょっとだけ苦笑し、砂糖菓子を口に放り込んでから続ける。


「選挙って、でかいお祭りだろう? 今はそれが必要だと思うんだ」


「なるほど……」


 武藤はその意図するところを咀嚼し、はっと息を呑む。

 世論調査を見る限り、その実、加藤政権の戦争指導に対する疑問の声は皆無に近かった。老若男女が等しく、米国打倒と資源確保を求めていた。連合国に降伏すればいいなどと安易で無思慮なことを口走った野党議員も存在したが、街頭演説中にバールのようなもので撲殺されたほどだ。後継者は弔い合戦と息巻いているが、その者の当選は絶望的だという。


 だがそれ以上に、総選挙とは与党として覚悟を決めることだ。全員の首がかかっており、中には討ち死にする者も出るやもしれないから、普段腐っているような非主流の人間でも、党として一致団結して事に臨む。

 その構図はまさに戦争と言っていい。とすれば選挙というある種の熱狂的儀礼を経ることで、党ひいては国家としての団結と、明確なる意思を示すことができる。確かにそれこそ、"アメリカ占領"計画発動に際して必要なものかもしれない。


「総理、訂正いたします。最もよい機会です」


「そうか、ありがとう」


 加藤は柔和に、それでいて澄んだ刃の如き相を浮かべた。


「そういう訳だ。武藤君……君もたまには、地元に戻ったらいい」


「しかし……」


「何のために戦うのか。それを己の目で確かめることが、一番大事じゃないかな」

対ソ戦が早くも一段落した第51話では、誰もが次を見据え、何らかの手を打とうとします。果たしてその行く末は? 

本作は51話でまた1区切りで、新局面突入の第52話は3月29日(日)更新予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。


作中でも言及させていただきましたが、実際特異的時空間災害から1か月以上が経過すると、21世紀の外国と20世紀の外国とを呼び分ける方法が普及すると思われます。そのため日本側の国名呼称としては以後、アメリカ-米国、イギリス-英国、ドイツ-独国、オーストラリア-豪州など、概ねカタカナ表記の場合が21世紀、令和X年の当該国("アメリカ占領"計画のような例外が出そうですが)、漢字表記の場合が20世紀、昭和20年の当該国をいったように書き分けたいと思います。この点、よろしくお願いいたします。

そして次回からの第5章では、遂に本格的な対米反撃が、生存のための苛酷な戦争が始まっていきます。

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[良い点] 史実に併せた展開 お見事です❣ [一言] はああ!こんな風になればと思うだけです。しかしお見事ですと言うしかない展開ですねえ!今の政権と比べるのが可笑しい位ですねえ。
[良い点] 重厚にして精密な描写。 ほんと読んでいて楽しいです。
[一言] ソ連を叩いたとはいえ、まだまだ本命の米国は元気そのもの……何とか地獄を早く脱してほしいですね。 選挙の方も何やら面白いことになっていそうですが……。
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