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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第4章 総力戦体制
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44. かつての世界

遼東半島:田園地帯



「はぁ、この種を播けばええんですか」


 農場の顔役をやっている田辺は、袋入りのトウモロコシの種を眺めながら尋ねた。

 管理棟で対面しているのは、満鉄地方部の職員と一緒にやってきた、えらく上品なスーツに身を包んだ妙な男。見たこともないようなピカピカのトラックで、トウモロコシの種子と一緒にやってきたのだ。

 最近、大連にやたら大きい飛行機が降りるようになったが――この男もその関連だろうかと田辺は訝る。


「そうだ。これは内地にて新開発された新種のトウモロコシであり、極めて良好な収穫が期待できる」


 満鉄地方部の職員が偉そうな口調で宣い、


「よってこれを本農場全域で播種し、従来を大きく上回る収穫高を実現してもらいたい。内地は現在、特殊な災害の影響により食糧不足が深刻化しつつある。貴公らの働きに皇国の命運がかかっていると言っても過言ではない」


「はぁ、さようですか」


「栽培に際しての注意事項は、こちらの通りです」


 妙な男は封筒から冊子を取り出し、丁寧な口調であれこれ説明を始める。

 この冊子もまた、異常に鮮やかな総天然色の写真や挿絵が各所に挿し込まれていて、とかくカネがかかってそうだ。日本語と北平語で書いてある上、絵が多いから文盲の小作であっても大丈夫かもしれない。

 

 それに冊子に書いてあることが事実なら、息子たちが兵隊に取られた今でも何とか耕作ができそうだ。鳥に食べられぬよう種子には忌避剤が塗ってあるというし、トウモロコシ専用の防虫剤や除草剤までくれるという。とんでもない大盤振る舞いだ。

 だがそんな美味い話があるだろうか? 満洲は王道楽土というが、そう簡単ではなかったぞと田辺は思い返す。


「防虫剤、噴霧器その他は後程送ります。この図のように定期的に散布し、虫害を防いでください。それからこの防鳥器は、実が成熟し始めた頃から使ってください。鳥は相応に賢いので……」


「その、ちょっといいですかね?」


 田辺は恐る恐る尋ね、


「全部でお幾らほどなんで?」


「無償での供与となる。皇国のため粉骨砕身し、一粒でも多くトウモロコシを生産せよ」


「へ、へえ……」


「今は本当に農産物の生産拡大が必要なのです。ともかくもよろしくお願いします」


 妙な男はそう言い、本当に懇願するような面持ちで頭を下げた。

 田辺は訳が分からなくなった。サイパン島を奪還したなど、戦況に回天の兆しが見え始めたとは聞いていた。だがそれとは全く異なる、何か異様な力でも働き出したのではないだろうか。





高雄市:高雄港



 輸送船団の被害は唐突に減少した。というより、まるで被害が出なくなった。

 3月中旬、南号作戦の一時中止が発令された。その直後、米軍に大損害を与えることに成功したらしい。またぞろ大本営発表かと思っていたが、どうにも本当であるようだった。そうでもなければ、台湾南部は高雄港に貨物船や油槽船が集結し、無事に済んでいるなどあり得ない。

 だが――貨物船『第二伏見丸』の二等航海士の南崎は、目を疑わざるを得なかった。


「船長、あの船について何か分かりましたか?」


 南崎は港の宿で煙草を燻らせつつ、挨拶回りから戻ってきた船長に尋ねた。

 巨大な貨物船が高雄港に停泊していた。海軍の主力艦並の大きさのそいつは、甲板に並んだクレーンをせっせと動かしている。積み込んでいるのは内地に輸送できなくなっていたコメや砂糖などで、港湾労働者たちも大忙しだ。


「見ての通り、三井の新型貨物船だ」


 若干うわの空の船長は、抑揚の失せた口調で言う。


「それ以上は軍機が絡むとか何とかで、さっぱり教えてくれんかったな」


「あれだけの巨船ですからね」


「船長もちょっと変な奴だった。日本人には間違いないんだが、何かが違うんだよ」


「外国生まれの外国育ちとかでしょうか?」


「かもしれんな……ああ、だが気前はよかったぞ。ほれ」


 船長はそう言うと、タバコの紙箱を取り出した。


「君も1本やりたまえよ」


「では、いただきます」


 横文字の、見覚えのない銘柄のタバコだった。

 恐らく香港かマニラで鹵獲した品だろうと南崎は早合点する。ちょうど今吸っていたのが終わったところだったので、1本をありがたく頂戴して喫してみる。


「実にいい煙草ですね」


 紫煙を吹きつつ、南崎は微笑んだ。実際、誉や桜とは比べ物にならない。

 それでも戦時下の風潮か、贅沢を楽しんでいると思うと気が引けてしまう。船員の損耗は兵隊以上のはずだが、決死の航海中に一切敵襲がなく拍子抜けしてしまったため、気分がちょっと変化していた。


「でも、フィリピンで必死に戦っている兵隊さんに悪いな」


「気にせんでいい。儂等の次の行き先、門司からアパリに変わったんだよ」


 船長は若干内地が恋しそうではあったが、それ以上に意欲を滾らせる。


「友軍に食糧や弾薬を届ける重大任務だ。その景気づけと思えばよいし、このタバコも持っていってやろうじゃないか」





釜山府東莱:繁華街



 高木巡査は欠伸を堪えもせず、いつもの調子で市街を歩き回っていた。

 ついでに言うなら悶々としてもいた。闇市から没収した物資をチョロまかしていたのが巡査長にバレてしまい、暫く温泉に近づけなくなってしまったのだ。

 そうして仕方なしに西面の繁華街を進みつつ、値札の数字に辟易とした。


「あーあ。酷い、酷いぞ」


 一応まだ並んでいる商品は、戦時下であるが故か、何もかもが暴利だった。

 パイナップルの缶詰でもあれば是非食べたいものだが、もう何年も現物を見た覚えがない。あったとしても目玉が飛び出るほどの値がついているのではないだろうか。


「何か美味い話ないかな。俺は将来大きくなる男なのに」


「あるよ、美味い話」


 突然声がかかった。ふと見ると、ニコニコ笑顔の韓世一が立っていた。

 尋常小学校で一緒だったこいつは、高木から見てもオバカなことで有名だった。自慰に唐辛子の粉を使うといいなどと吹き込まれ、そのまま信じて実行してしまうほどだ。そのうちどこかでくたばるのではと思っていたが、とりあえず生きてはいるらしい。


「だからリーチ、ちょっとこっち来いって」


「何だよ美味い話って」


 高木は誘われるがまま、ホイホイと路地裏についていく。


「役場でちょうど聞いたんだけど、アワやコウリャンの供出量が増えるらしい」


「何だよお前こいつめ。どこが美味いんだよ? むしろ腹が減るだろ」


 高木が不満を漏らした。対して韓は、声が大きいとばかりに口に人差し指を当てる。


「だいたいさ、出まかせじゃないかその話?」


「うちのボスにも確認した。間違いないよ」


 韓は声を弾ませ、


「その分闇市で値上がりするから、今のうちに買い占めるんだ」


「なるほど、賢いな。俺は何をすればいい?」


「闇市の取締りをいつやるかだけ教えてくれれば、リーチにも分け前があるよ」


「よし、乗ったぞこいつめ。持つべきものは友だな!」


 高木はあまり品のない表情で約束した。日程や巡回路を漏らすだけでカネが入るなら、やらない手はないってものだ。

 もっともコメの方が明らかに美味なのに、何故アワやコウリャンの供出が増えるのかは不明だった。だが高木の頭はすぐに分け前のことでいっぱいになり、細かい疑問など忘れ去られてしまった。





ビルマ中部:密林地帯



 イラワジ会戦に敗れた第33軍は、ビルマの古都ネピドーに向けて後退していた。

 大勢が戦死し、生き残った者達も疲れ切っていた。それでも兵の顔色が多少よくなったのは、輸送機が糧秣や医薬品を大量投下してくれたからに他ならない。開発されたばかりのアルファ化米や抗生物質はまさに慈雨で、誰もが希望を取り戻した。

 しかも英軍の追撃もなかった。ビルマ国民軍1万も謀反を起こしたが、直後にアウンサン将軍以下司令部が爆発四散したらしく、掃討も何とかなっている。これら奇跡がなければ、どれほどの被害が出ていたか分かったものではない。


(それにしても……不可解だ)


 高級参謀の辻政信大佐は昼食の炊き込みご飯を頬張りつつ、これまた空中投下されたビラを眺めた。

 そこには「レド公路破壊に成功す」「敵輸送機隊を撃滅せり」などと書かれており、穴だらけになった山道や列線を揃えて残骸になったC-47スカイトレインなど、その通りの総天然色写真が多数掲載されていた。

 作戦の神様たる自分が遮断し得なかった援蒋ルートは、唐突に微塵切りになった。嬉しくもあったが理解不能だった。


「辻、やはり気になるか?」


 参謀長の澤本理吉郎少将が尋ねる。なお彼は山菜オコワを食べていた。


「ビルマ方面軍はどうも、極めて強力な援軍を得たようだからな」


「キーンと甲高い発動音の飛行機を目撃した兵がいます。輸送機も同様でした。噂に聞く噴進機ではないかと」


「おかしなことに、全部合わせても10機もなさそうなんだよな」


「はい。ただ投下された物資の総重量からして、搭載量は20トンを超えています。しかも時速700キロ以上出るとなると……トンビが鷹どころか鳳凰を生んでいます。ですがそれでも、10機未満でこれほどの戦果を挙げられるとは思えません」


「そこは同感だな」


 澤本は肯くも、少しばかり肩を竦める。

 それから更に突っ込んだ話をしていくも、どうにもおかしな結論にしか行き着かない。堂々巡りを察した澤本は、「とりあえずこの辺にしよう」と議論を切り上げ、オコワを楽しもうとした。


「そうだ!」


 辻が大声で叫び、澤本を含めた周囲がびっくりする。


「あの輸送機で空挺斬り込みをやり、蒋介石を捕まえてしまえばいいではありませんか!」

みんな大好きなあの人まで登場する第44話でした。実際、この時期は確かネピドーに向けて撤退していたはずなので……。

第45話は3月8日(日)更新予定の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。


なお抗生物質とアルファ化米、どちらも日本では昭和19年末頃にどうにか量産に目途がつき、細々とですが生産が始まっていたようです。それを戦地の将校がどれほど把握していたかは定かではありませんし、アルファ化米セットにオコワだの炊き込みご飯だのが入っていたら、ちょっと目を疑ってしまうかもしれません。

ところで第43話のクイズの解答ですが、連載中に明らかになる、ということでよろしいでしょうか? 既に皆様、おおかた想像がついているのではないかと思われますが……?

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― 新着の感想 ―
[一言] つじ~ん(笑) なろうを読み始めた切っ掛けがカルロ・ゼン氏の作品見てからだったので懐かしい(笑)
[良い点] いやはや……一気に最後まで読み進めましたが、とんでもないお話しですね。 タイムスリップの話があるというのは過分にして知りませんでしたが……民生品の兵器転用は面白そうです。 [一言] 戦争が…
[一言] 満州における緑の革命 確かに満蒙こそが広大な農地を有し、令和日本に近く尚且つ協力的な農業産業を抱えてる訳ですから 満州国としても令和日本に勝って貰わないと芋づる式に自分達も破滅しますから必死…
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