35. 全面衝突
太平洋:サイパン島北西20キロ
捕虜収容所の海兵隊員を駆逐することには成功したが、自衛隊にも遂に戦死者が出てしまった。
ほんの2か月前に成人したばかりの士長と、丹沢山ボッカ駅伝大会で優勝経験のある二曹だった。士長は捕虜を逃がしていたところを撃たれ、二曹は投擲された手榴弾に覆い被さって爆死したのだ。
だが彼等の死を悼んだり、あるいは政治的影響に慄いたりする余裕などなかった。第2海兵師団が反攻の構えを見せ始めたのだ。
彼我の距離は1キロ少々と極めて短く、押し寄せる兵力は万を上回る。しかも何か勘付いたのか、敵は無線機の使用を封止しているようだった。その分、部隊間の連絡は人伝となるため遅延するが、島嶼という環境ではそれほど問題にはならないだろう。
「F-35Bを最大まで爆装させて上げろ」
「残りの自走榴は甲板に固定して射撃準備」
「とにかく撃てるものは全部使え」
護衛艦『いずも』の司令部作戦室は大童となって、とにかく火力を搔き集めていった。
この状況も、純軍事的合理性だけで戦えないが故だった。例えば最初に師団司令部が爆発四散していれば、反攻を企図すること自体が不可能か、あるいは著しく困難だっただろう。だが実際には交渉の窓口を作る必要性があり、そのために指揮系統への攻撃を控えていたら、我武者羅な突撃ばかり仕掛けられた。
「それで、第3遠征軍はまだボヤっとしとるのか?」
「相変わらず、"本国"の回答待ちです」
「ふむ、そうか」
幕僚長は困ったような顔で答え、こりゃ期待薄だと間宮陸将も悟った。
『メイカー』作戦が頓挫してからというもの、在日米軍は脳死状態だった。結果、F-35Bを20機も搭載した強襲揚陸艦『アメリカ』や2隻のアーレイバーク級駆逐艦、既にサイパンに展開している砲兵など非常に強力な部隊が、揃ってただのカカシになってしまっていた。兵士達は皆、愛国者だったからに他ならない。
「まあいい、我々だけで対処しよう。できるな?」
「できます。特科は攻勢発起点の特定を既に終え、まだかまだかと催促してきております」
「分かった。撃ち方始めといこう」
サイパン島:ススペ捕虜収容所
「ジエイ隊……きっと精鋭なんだね。ありがとう、ありがとうよ」
乳飲み子を連れた母親が涙ぐみ、水上二尉に深々とお辞儀をしてから、浜のLCACへと走っていった。
なお彼女はどうも、ジエイという音を"侍衛"や"璽衛"といった具合に解釈しているらしかった。軍隊が自衛するのは人が呼吸するのと同じくらい当たり前だから、自衛という単語にまるで行き着かないのだ。
それはともかく、敵の大攻勢が近かった。本当は今頃敵でなくなりかけているはずなのに。
「では石動一曹、ここは任せたぞ」
「了解しました。小隊長もお気をつけて」
「ああ。全員で戻るからな」
水上は不敵な笑顔を浮かべて断言し、なおも捕虜救助に当たる石動麾下の分隊と敬礼を交わす。
それから小隊の大部分を引き連れ、頼もしい限りの23式水陸両用車へと急いで駆けていった。行き先は収容所の南側にある南興神社の跡地で、そこに陣取って突撃を叩き潰すのだ。
開かれた後部ハッチから次々と曹士が乗り込み、ちゃんと全員がいるかを点呼で確認していく。
「小隊長、全員揃いました!」
「よし!」
自身をも奮い立たせながら、水上は23式水陸両用車に乗り込まんとした。
ちょうどその時、沖や陸から一斉に火球が撃ち上げられ、水上も思わず息を呑む。文字通りあっという間に何十発が放たれ、空を切り裂き突き進む。護衛艦や特科が、全力射撃を開始したに違いなかった。
「絶対全員生き残るぞ!」
水上はそう叫んで乗車し、23式水陸両用車の列が発進した。
サイパン島:チャランカノア
「畜生、何なんだ!」
「こっちが見えているのか!?」
海兵隊員が口々に罵る。それを掻き消すように爆音が轟き、あちこちで悲鳴が上がった。
砲弾全てにエルフが乗っていて、カミカゼ攻撃を仕掛けてきている。そんな嘘八百が妥当に思えるほどの砲撃だった。空を仰げば飛行の死とでも呼ぶべき凶悪なヘリコプターが旋回していて、まるで始末に負えなかった。
(ああ、またやられた!)
第8海兵連隊麾下の中隊を率いるレイノルズ大尉は、損害のあまりの大きさに戦慄した。
自分達は熱帯林に身を伏せているはずなのに、弾着の度に見知った誰かがバラバラになった。砲撃とはまず歩兵に頭を下げさせるためのもので、滅多に当たるものではない。そんな出鱈目を言ったのはどこのどいつだ!
(突撃まであと1分……!)
合わせたばかりの時計を一瞥し、レイノルズは歯を軋ませる。
攻勢発起は16時ちょうど。ススペまで一気に駆け抜け、白兵戦でケリをつける作戦だ。混戦に持ち込めば勝機もある。敵味方が入り乱れた戦場に、榴弾など撃てっこないからだ。
だが現状、それまでに何人の兵が生き残ってくれるかが分かったものではない。
「大隊長戦死!」
伝令が走りながら叫び、直後に大口径機関砲の雨を食らって血煙に変わった。
「糞、指揮官は……」
「中隊長、あなたです!」
中隊軍曹が鼓舞するような声で告げ、レイノルズはハッとなった。
先任の中隊長は既にこの世にいなかった。突撃の先鋒を担う大隊の指揮官は、他でもない自分なのだ!
「野郎ども、パーティの時間だ!」
時計の秒針が16時を指した。待ってましたとばかりにレイノルズは大音声を上げ、信号銃を空に向けて放つ。
大隊指揮官としての任務の半分は、それにて完了した。残りの半分は、ただ渾身の勇気を振り絞り、運を天に任せて率先垂範突撃することだけだった。
「常に忠誠!」
「常に忠誠!」
将兵の唱和と爆音とが交錯する中、大隊は一心不乱に駆け出した。
多少は幸先のよいスタートになった。イズリーやカグマンといった飛行場の付近から、濛々たる白煙を吹いて飛ぶロケットが発射され、突撃を支援してくれたのだ。
サイパン島:ススペ湖畔
「戦車、前へ!」
10式戦車車長の串本一曹は、一度言ってみたかった台詞を口にした。
ともかくもそれで10式戦車はエンジンを轟々と震わせ、土壌やススキを蹴散らして動き出す。
「さあ、無双状態で乱舞だ!」
「了解」
操縦士が勢いよく応じた。犠牲も構わず吶喊してくる海兵隊員の只中に、10式戦車は単騎飛び込んでいく。
歩兵の支援がない戦車など論外と普通は言うだろうが、第2海兵師団が保有するいかなる兵器をもってしても、10式戦車には傷一つつきはしない。実際、サンロークからススペに至る10キロを打通した際も、装甲表面が多少煤けただけだった。
「2時方向、距離200に敵歩兵集団。撃て」
「アイ!」
射手がその方向に7.62mm機銃を放ち、あっという間に分隊をなぎ倒す。
少し後に小型の徹甲弾が、数十メートル離れた辺りの土を掘り起こした。M3 37mm砲がまだ生き残っていたようで、砲身がその方向へとすぐさま向く。多目的榴弾がマッハ5以上の初速で放たれ、勇敢な対戦車兵を装備ごと木っ端微塵にした。
付近の空を飛び回るUH-60JAも、近くの歩兵を掃討してくれているようでありがたい。
「正面、敵歩兵……」
姿を現した者達は、すぐさまM1バズーカを構える。距離はかなり近かった。
「蹂躙攻撃」
「行きます!」
10式戦車は一気呵成に加速した。戦車そのものを運動エネルギー兵器とするのだ。
そんな状態でM1バズーカの照準が正確になる訳もなく、これまた明後日の方向に飛ぶ。直後、10式戦車が唸りを上げて突っ込み、片端から海兵隊員を跳ね飛ばす。その瞬間だけは目を瞑った方がよかったかもしれない。
「このまま叩き潰すぞ!」
少しばかり胃がむかつくのを抑えつつ、串本は命じた。
多少その場にへたり込む者の姿もあったが、なおも突撃は全周囲で進んでいる。10式戦車は機銃弾をばらまきながら、加減速と蛇行、ドリフト等を繰り返した。獲物を求める鬼も同然の存在になっていた。
サイパン島:カグマン飛行場付近
陸軍航空隊は、海兵隊の突撃を全力で支援することとなった。
だが飛べる航空機などもはや1機としてない。そこで考えられたのが簡易ロケットだ。辛うじて残った500ポンド爆弾や250ポンド爆弾にダブルベース火薬を詰めた筒を取り付け、急造の発射台で射出するというものだ。
(硫黄島の戦いで使われたというロケット兵器、案外こんなものなのかもな……)
整備長のマクドナルド大尉は、発射台に乗せられたロケットを眺めながらそんなことを思った。
こいつは言ってみれば究極の日曜大工兵器で、1発撃ったら終わりという代物だ。傍目にはガラクタと区別のつきにくいこいつだけが、海兵隊を支援できる火力となっているのだ。
(何故、俺達がこんなことを……)
マクドナルドには分からなかった。栄光あるアメリカ陸軍が、何故こんな自棄っぱちな真似をしているのだろうか。
サイパンには何百というB-29があったはずなのに、全てがガラクタに変わってしまった。そして今、廃材の一部を利用してこしらえたロケット兵器で、上陸してきた日本軍に僅かでも打撃を与えようと奮闘している。
「大尉、準備ができました!」
戦争が終わったら腕利きの自動車修理工になりそうな、ソバカス面の若い整備兵が報告した。
「いつでもいけます!」
「よし、撃つぞ!」
マクドナルドは雑念を振り払い、吠えるように命令した。
だがその次の瞬間に、全てが吹き飛んだ。若い整備兵の身体がズタズタになり、発射台がひしゃげるのが目に焼き付いた。もっともマクドナルドも、ほぼ同じ時刻に155㎜榴弾の破片を食らって絶命していた。
サイパン島:南興神社跡
神よ、我等が戦を照覧あれ。水上二尉はそんなことを念じた。
陽が陰る中、ボロボロに傷ついた海兵隊が正面に現れた。155㎜榴弾砲や重迫、艦砲の猛射を浴び、各種ヘリに掃射され、大暴れする10式戦車に蹂躙されながらも、どうにか生き延びた連中だった。
1人がここまでたどり着くまでに、いったい何人が死傷したのか分からず、彼等の姿にはある種の感動を覚えないでもない。だが情け容赦なく撃ち払う必要があった。
「おっ、撃ち始めた……」
誰かが呟き、鈍重な音が連続的に反響した。
23式水陸両用車が40㎜CTA機関砲での射撃を開始していた。それから先程まで謎のロケット弾を叩き落していた87式自走高射機関砲も、左右の砲身を水平にして轟然と撃ち始める。
雨あられと放たれた35㎜や40㎜の大口径機関砲弾が迫る隊伍を捉え、炸裂し、将兵を次々と血煙へと変えていく。
海兵隊員は遮蔽物の影から影へと駆け、その度に何人かが断末魔を迎える。上空には対潜哨戒ヘリのSH-60Kの姿があって、そんなものまで投じて破砕せんとしていた。
それでも海兵隊の突撃は止まらない。無数の火力線が交錯するも、距離はどんどん詰まっていく。
「射撃用意!」
水上は命じた。水陸両用車や遮蔽物の影に潜んでいた全員が、一斉に89式小銃を構えた。
軽快な音が木霊し始め、幾つか悲鳴が上がる。軽機が撃ち始めたのだ。それから閃光と大勢の断末魔が走り、クレイモア爆破装置が遠隔起爆されたのだと分かる。元々かなり近い間合いからの戦闘だったが、もはや指呼の間ほどもないだろう。
ともかくも正面を凝視する。数秒後、敵の先鋒が水上が設定した見えない線を踏み越えた。
「撃て!」
号令一下、構えられた89式小銃が一斉に火を吹いた。
それぞれの射撃範囲にある動目標に、各自5.56㎜弾や06式小銃擲弾を叩き込む。当初は100名以上いたと思われる海兵隊員は、圧倒的な密度の火力に絡み取られ、秒ごとに数を減らしていく。
(どうにか凌げそうだ……!)
そう確信した矢先、水上の耳朶を絶叫が貫いた。
「Die, JAP!」
野太い英語だった。
殺気に満ち満ちた、ヴァイキングの斧兵を思わせる大男と目が合った。そいつはほんの数十メートル先を駆けていた。
「糞ッ!」
水上は銃を構え――狙いを定めるのを放棄した。近接格闘だと肉体が告げていたのだ。
だがその次の瞬間、大男は躓いたかのように姿勢を崩し、苦悶と絶望がごつごつした顔に滲んだ。部下が撃ち倒してくれたのだ。大男は銃を掴んだまま転がり、物言わぬ亡骸となって水上の前に転がった。
「小隊長、大丈夫ですか?」
「ああ……」
恐らく助けてくれたのだろう一曹に、水上は苦しげな声で応じた。
それから傍らに倒れ伏す海兵隊員の、あらゆる責め苦を受けたかのように見開かれた瞼を、そっと閉じてやった。戦闘はまだ続いていたが、そうしてやる他なかったのだ。
流血量の1億分の1ほどの液滴が、サイパンの地を濡らした。
海兵隊と自衛隊が正面から衝突してしまう第35話でした。理解など全くできぬまま、ただ戦死者ばかりが積み上がってしまいます。その先には果たして……第36話は明後日、2月12日(月)更新予定です。
読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
なお硫黄島で航空爆弾を転用する形で作られた簡易ロケット弾ですが、ロケットの部分は竹と花火で作ったようなものだったと、どこかで読んだ覚えがあります。米軍の場合は、滑走路上でガラクタになっているB-29の部品を転用するとかでしょうか?
そして水陸機動連隊の水上二尉は、ある意味で初めて、対等の立場で昭和20年の米軍人と対峙した1人となりました。それがどう影響してくるのかも、考えていただければ幸いです。




