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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第1章 東京大空襲再び
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2. 初動対応

東京都渋谷区:総理大臣私邸

 

 

「総理、緊急事態です」


 自宅に戻り明日に備えようとしていた内閣総理大臣の加藤忠彦は、その言葉を受けて眠気を吹き飛ばした。


「何事か?」


「海外との連絡の一切が、途絶えました」


「は……?」


 僅かな沈黙。いきなり予想外に無茶苦茶な内容だ。


「まさか冗談だろう?」


「遺憾ながら、そのまさかです」


 ただならぬ事態に血の気が引いた。

 電話越しに聞いた内閣危機管理監の声も相当に狼狽していて、それでも簡潔明瞭な説明を聞く限り、海外との通信が突然遮断されたとのことだった。それも通信と名の付くもの全てが駄目で、外国政府とは電話連絡すら不可能。ホワイトハウスやNASAのWebページも繋がらないらしい。

 一方、国内はまるで問題がないようで、それは電話連絡が成立していることからも分かる。各県庁との連絡もできていて、国内サーバーであればインターネットも通じるようだ。そればかりは、不幸中の幸いかもしれない。

 

「それで、原因は何だ?」


「目下調査中です。ともかくも至急、官邸にお戻りください」


「ああ、今行く。また何かあったら連絡してくれ」


 そう言って電話を切ると、妻の蓮子がスーツを用意してくれていて大変にありがたい。

 急いでズボンを穿き、Yシャツを着て上着を羽織る。ネクタイは後回し、車内で締めることとする。

 

「あなた、何か大変なことが起きて?」


「ああ、外国と連絡が取れなくなった」


「衛星放送が映らないと思ったら、そういうことなのね……」


 蓮子の言葉は新たな情報となった。内閣府の衛星はどうなっているのだろうか?

 それにしても、全く何が起こっているのか分からなかった。いかなる天災や武力攻撃を想定しても、核爆発が日本上空で発生してEMPで電子機器が軒並み逝く最悪のケースでも、海外との通信が完全に途絶えるということはないはずだ。


「とにかく、何とかしてくるよ」


「お願いね、あなた」


「ああ。では行ってくる」


「いってらっしゃいませ」


 深くお辞儀する妻に見送られながら、加藤は玄関へと向かった。

 SPはそこで待機していて、彼等に導かれるまま、総理大臣専用のトヨタ・センチュリーへと乗り込む。警護車は既に警光灯を点灯させていて、発進するや否やサイレンを鳴らす。事態が事態だけに、緊急走行が妥当だ。

 

(それにしても……)


 加藤はネクタイを締めつつ、訝った。まるで日本だけ、世界から切り取られたみたいじゃないか。

 

 



 茨城県小美玉市:百里基地

 

 

 民間の旅客機は全面的に欠航、着陸アプローチ中の機体には上空待機が命令された。

 そんな中、アラート待機中だった第3飛行隊所属のF-2Aが2機、アフターバーナーを吹かして夜の闇を切り裂いた。そうして所定高度にまで上昇した編隊は、防空指揮所からの指示に従い、音速の壁を超えて南下していく。


「ドラグーン01、こちらキャッスル。目標まで誘導する」


 キャッスルこと入間基地からの交信が、ヘッドセットから響いてくる。


「目標方位180、距離50マイル、針路70、速度290ノット、高度18000」

 

「ドラグーン01、了解」


 2機編隊の長たる久保田直人一尉は軽く肯き、J/APG-2に火を入れた。

 結果は当然ながら良好。勝浦の接続水域上空を旋回するアンノウン群を、フェイズドアレイで精密に合成された電磁波は見事に捕捉した。反応から見て、かなりの大型機であることは間違いない。

 

「レーダーコンタクト。方位180、距離50マイル、高度18000」


「ドラグーン01、それが目標だ。目視確認急げ」


「ドラグーン01、了解」


 久保田はそう応じて邀撃管制との交信を区切る。

 不可解だったのは、何故もっと早期にスクランブルが掛からなかったのかということだった。峯岡山のレーダーサイトあるいは浜松の早期飛行隊であれば、防空識別圏ぎりぎりでアンノウンを捉えて追尾を続けてそうだが、どうも最初に探知できた位置が勝浦沖上空で、文字通りレーダー画面上に突然ポッと湧いて出たようなものらしかった。

 優秀なことこの上ないJADGEが何十分も、どでかい目標を見逃し続けるなど、久保田が知る限り絶対にあり得ない。

 

(ロシアの新兵器……あるいは、アメさんがだんまりで妙なものでも飛ばしてるのか?)


 事態は2000以上の飛行時間をしても未経験で、久保田は頭を捻りつつ、アンノウンとの距離を詰めていく。

 相対速度からして目視可能になるまでほんの数分で、とにもかくにも国籍の断定と機種、飛行目的の確認が第一だ。空は当然真っ暗闇だが、それが障害になる時代はとうに終わっている。

 

「こちらドラグーン01、目標を視認した」


「キャッスル了解。確認行動に移行せよ」


「ドラグーン01、了解」


 HMDに強調された米粒ほどの機影。その飛行経路に合わせて速度を落とし、機体をアンノウンの真横へと持っていく。

 相変わらず暢気に旋回するアンノウンは四発プロペラ機で、その姿は次第に大きくなっていく。そして久保田はハンディカムを回しながら、己が目を疑った。歴史教科書に出てくる飛行機だったためだ。

 

「馬鹿な……エアショーでもやってるのか!?」


「どうしたドラグーン01、大丈夫か?」


「すまない、キャッスル」


 久保田は荒い息遣いで詫び、少し精神を落ち着かせて改めて確認。やはりアンノウンはP-3CやC-130、US-2といった四発プロペラ機とは決定的に違う、かつての日本人にとっては悪魔も同然の爆撃機だった。

 疑いようなどもはやない。そう悟った久保田は改めて息を深く吸い、宣言した。

 

「目標の国籍はアメリカ、機種は……B-29!」


「ドラグーン01、冗談はよせ」


「キャッスル、本当にB-29だ!」





 東京都千代田区:国道246号線上

 


 総理大臣専用車内。加藤総理は何度目かの電話連絡を受けた。

 相手は防衛大臣の日下公男で、ちょっと前に正体不明の米軍機について報告してきたばかりだった。在日米軍に問い合わせた結果でも出たのかと思いつつ、加藤は受話ボタンを押す。


「日下君、どうしたね……」


「総理、緊急事態です」


「ああ、先程からずっとな」


「総理、それどころではありません!」


 日下のあまりに荒々しい口調に、加藤は大いに仰天した。日下は比較的地味な大男で、縁の下の力持ちって雰囲気の政治家だ。それがこんな反応をするなど、突然の通信障害以上に重大な問題が発生したに違いないと瞬時に悟る。

 

「爆撃機とみられる所属不明機およそ300が、東京方面に飛行中です!」


「は……?」


 まさに二の句が継げぬという内容で、加藤は暫し硬直した。

 海外とのあらゆる通信機能が突然寸断されたと思ったら、今度は武力攻撃事態。しかも航空機群の規模も位置も、何もかもが完璧に想定外だった。


「当該航空機群の先鋒は既に房総半島に迫ろうとしています」


 日下が電話越しに尚もまくし立てる。

 

「ただちに防衛出動の下令と、防空目的での無制限の武器使用の許可を。途中のプロセスを飛ばす超法規的な形となりますが、現状ではこうするしかありません」


「何かの間違いじゃないのか?」


「総理、時間がありません。東京が目標である場合、10分程度で先鋒は爆撃を開始すると予想されます。決断が遅れればその時間分だけ、国民の被害が拡大します」


「糞っ……」


 加藤は思わず頭を抱えた。呼吸は荒く、背筋は寒く、強烈な眩暈がしてくる。

 既に国民、国土への被害が前提になっていて、あとはどれだけダメージコントロールができるかという状況らしい。自衛隊25万の最高指揮官として、有事に1億2000万を背負って立つ重み。それが突然、大槌の形に成形され、加藤をコテンパンに叩きのめしていた。


「現実、なんだな?」


「はい。あまりにも非現実的ですが、現実です」


「分かった、防衛出動だ。防空目的に限り、無制限の武器使用を許可」


「了解いたしました」


 日下は緊迫に安堵を滲ませると、関係各所に命令を下達させるべく対応を始める。

 その様を電話越しに聞いているうちに、疲労がどっと湧き出てきて、加藤は専用車のソファに身を沈めた。


「総理、ありがとうございます。あとは自衛隊の奮戦を祈るばかりです」


「ああ、そうだな……しかし何処の馬鹿だ、こんなことを始めたのは?」


「もうじき、スクランブル機が接触します。そうすれば詳細も分かるかと」


「そうか……何にせよ、未曾有の事態だな」


「それが、未曾有ではないかもしれません」


 日下は思わぬことを言った。それから少しの間、言葉を詰まらせる。

 

「どうかしたのか?」


「いえ、その……まるで東京大空襲だと」


「東京大空襲……」


 その単語に、加藤は猛烈な恐怖を覚えた。

 第二次大戦中の日本を襲った、米軍による徹底した無差別爆撃。その中でも史上最悪の犠牲が、10万人の犠牲者と100万の罹災者が生じた3月10日深夜の大空襲は、昭和20年のちょうど明日、行われたものだった。


「時刻は、午前0時をお知らせします」


 外の乾いた空気みたいな時報が、日付の変更を告げた。

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