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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第2章 特異的時空間災害
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18. 台風予想

鹿児島県喜界町:喜界島通信所



「新たな電波輻射を確認……発信源はミクロネシア連邦、ウルシー環礁周辺」


「乱数鍵特定しました。復号済電文を送ります」


「アメリカ合衆国、ハワイ諸島に応答電と思しき電波輻射」


 深夜。デスクトップに向かった当直の隊員達が、次々と報告を上げていく。

 通信所の元々の立場上、中国語が得意な者が多く集められていた。もっともだいたいの人間が英語も堪能だったし、通信暗号は障子紙を破るのより簡単に解くことができた。例外はフィリピン沖の原始的なスペクトラム拡散まで施された電波くらいで、勘のいい者はすぐにSIGSALYだと理解した。

 同時に仕事を通じて知り得た情報から、本当にここが昭和20年3月の世界なのだと誰もが実感する。

 

「所長、こちらは要警戒かと思われます」


「うむ」


 傍受班長が所長に手渡したペーパーは、一部がサインペンで強調されていた。

 真珠湾の太平洋艦隊司令部と第58任務部隊との間の交信内容だった。任務部隊に予定通り出撃するようにとの命令や正体不明の有力な日本軍部隊への注意喚起、マリアナ諸島と爆撃隊が大損害を被ったという情報についての質疑応答など。米軍も今日――いや、もう昨日か――の戦闘については、当然ではあろうが、詳細を掴みかねているらしい。


「出撃する空母は17隻……ああ、梓隊が突入していない訳か」


「歴史が変わってますね」


「再帰的な歴史など、聞いたことがない」


 所長はそんなことを言いながら、ペーパーに目を通した。

 傍受、解読した情報は全て情報本部電波部でも共有されるとはいえ、現場の評価も重要だ。何が待ち構えているかまるで理解できていないのだとしても、かつて台風と恐れられた巨大艦隊が、一路日本本土を目指すのは間違いない。

 

「よし、本部に上げよう」


 所長はそう宣言し、電話機を取った。

 それから所長は情報本部電波部長の直通回線をダイヤルしつつ、第58任務部隊など全て海の藻屑に変えればいいと思った。現代の対艦誘導弾を用いれば赤子の手をひねるも同然で、実力の差を理解させるにはそれが一番よさそうだった。東京を無差別に焼き払った凶悪国家の軍には、それくらい当然の報いでもあろう。





東京都千代田区:首相官邸



 加藤総理は執務室にて、少しばかりぼんやりとしていた。

 第二次世界大戦中に米英における日本の利益代表国であった4か国のうち、スイスとスウェーデンの大使館と、曲がりなりにもコンタクトが取れたらしかった。モスクワにも佐藤尚武駐ソ大使がいるはずだから、こちらも何とかなるはずだ。無用の混乱を回避するため、暫くは当時の小磯国昭政権が如く振る舞わねばならないが、連合国との対話の窓口が開けるかもしれない。


 それに加えて、アジア各地の日本軍部隊とも連絡が確立できそうだった。

ただ零戦でやってきた大佐は、特異的時空間災害の詳細を聞くや否や気絶してしまったらしく、扱いが大変に難しい。だいたい、当時の将兵をどう遇したものか分からない。間違いなく日本人に違いないのだが、既にとっくの昔に生涯を終えていたり、靖国神社の名簿に名が刻まれていたりする。数はそう多くはないだろうが、本人が存命中だったりする例まであるだろう。

 

(そういえば宗方先生、戦争中は零戦乗りだったという話だな)


 加藤は高校時代の恩師を記憶に蘇らせる。

 普段は気のいい教頭って感じだったが、とかく曲がったことが大嫌いで、学内で乱闘騒ぎになった時に滅茶苦茶怒られた。既に100歳を超えていて、とっくに教職を引退してはいたが、未だに手紙を書いて寄越す名物老人だ。

 

(報告にあった中尉、もしや宗方先生だったりせんだろうな……?)


 そんな風に物思いに耽っていると、執務室の電話が突然鳴り響いた。秘書官が受話器を持ってきて、日下防衛相からだと耳打ちする。

 

「ん、日下君か。どうかしたかね?」


「総理、この時代のアメリカ海軍の大規模な艦隊に、日本本土攻撃命令が出ました!」


「何だと……!?」


 加藤は一瞬、マリアナ諸島への反撃が悪い方向に作用したのかと思った。

 だがすぐに戦史を引っ張り出し、それを否定した。3月中旬から下旬にかけて、沖縄上陸の前哨戦として、空母機動部隊が日本本土を襲ったはずだ。軍隊という巨大な歯車は、動き出したらそう易々と軌道修正できないのだ。

 しかし事は重大だ。放っておいたら東京の悲劇がまた繰り返されかねない。ただ史実を鑑みれば、時間的余裕はあるはずだ。少なくとも昨晩のようにいきなりあと10分といったことはないだろう。


「その大艦隊は、何時頃やってくる?」


「早くとも来週以降と見積もられております」


「分かった」


 加藤は多少の安堵を覚え、


「なら自衛隊による情報収集と監視を徹底させるよう、三津谷統幕長に伝えてくれ。それと可及的速やかに、その艦隊の詳細と大まかな防衛計画案を用意してもらいたい」


「了解いたしました」


 電話は切れ、加藤は深呼吸して精神を落ち着けた。

 執務室は十分に静かだったが、外は猛烈で異様な暴風に見舞われているも同然だった。国家総力戦という世界規模の熾烈な嵐の只中に、日本丸は突然放り出されてしまった。加藤はその事実を改めて噛み締めた。





神奈川県横須賀市:自衛艦隊司令部



「戦術も何もあったものではないな」


 自衛艦隊司令官の盛田幸太郎は、作戦案を見るなりそう漏らした。

 日本本土への来航が予想される第58任務部隊に対する迎撃作戦は、盛田を指揮官とする統合任務部隊によって行われる予定らしい。そのため部下に検討を指示したのだが、結果はすぐに返ってきて、しかも射爆演習計画の方がまだ気合が入っていると言いたくなるような内容だった。

 要は第58任務部隊がウルシー環礁を出撃するなり上空に哨戒機を貼り付かせ、任意のタイミングで攻撃隊を発進させ、空対艦ミサイルでもって所属艦艇を撃滅するというだけなのだ。

 

「実際、何もありません」


 幕僚長の和知雄介海将補が手をすくめながら言い、

 

「彼の艦隊は追尾を振り切ることもできなければ、攻撃を回避することもできません。しかも我の攻撃隊には指一本触れられない。何の駆け引きの要素もない、単なる一方的な射撃にしかなりようがないかと」


「まあ、そうなるな……」


 妙な気分を引き摺りつつ、盛田は頭の中で改めてシミュレーションを実施する。

 まずは彼の戦力だ。中核たる4、5隻ほどの航空母艦を、戦艦や防空巡洋艦、駆逐艦など約20隻が護衛する任務群。そんな任務群を4つ束ねたものが、大戦末期の太平洋で暴れ回った第58任務部隊だ。

 その撃滅のため、それぞれの任務群に4機のP-1からなる攻撃隊が向かう。攻撃隊は何の迎撃も受けぬまま100キロ手前の高高度で32発のハープーンを発射。ハープーンは基本は全弾命中で、そのうちの半数が航空母艦に割り振られる。そうして全ての航空母艦が大破、当たり所が悪ければ沈没し、更に護衛艦艇にも損害が続出。駆逐艦など1発食らっただけで轟沈だろう。

 堅固な装甲を有する戦艦などは、攻撃を生き延びることはできるかもしれない。だが、それだけだ。必要があれば潜水艦や航空自衛隊のF-2を出して沈めればよいし、放っておいたところで燃料を食い散らかす浮かぶアイロンにしかならない。

 

「うん、これをベースに全艦艇を沈めるケースを想定したものを作ってくれ」


「そこまで必要ですか?」


「状況が状況だ。何処まで叩くかを決めるのは、政治の役割になるんじゃないか? その場合、まず最初に最大のコストで最大の戦果を狙う案を出しておいて、そこから引き算してもらった方が手っ取り早い」


「なるほど。確かに最大のコスト見積は、我の継戦能力を考える上でも重要です」


「そういうことだ。すぐ仕上がるだろうから、パパっと頼むよ」


 盛田はそんな風に要望しつつ、ちょっと頭を捻ってみた。

 恐らくこの場合、かなりの弾薬を消費することにはなるが、純軍事的には全ての艦艇を撃沈しするのが最適解だろう。アメリカ軍の太平洋での作戦行動が年単位で不可能となるためだ。加えてそれほどの大損害ともなれば、アメリカとて即座に日本との停戦を受け入れ、空襲被害の弁済を約束せざるを得なくなるだろうと思った。

 ただそこまでの決断が政治的にできるかどうかは、正直なところまるで分からなかった。

 

「実際、在日米軍もいるしな……」


 吾妻島の向こうを脳裏に描きつつ、盛田は呟いた。

第58任務部隊に出撃命令が下る第18話でした。多分明日も18:00に更新します。ちなみに安倍総理の恩師の1人が零戦パイロットだったという逸話があり、本作ではそれを翻案させていただきました。


ちなみにwikipediaの「九州沖航空戦」のページを見ると、空母12隻が空襲を行ったとあります。しかし本作では16隻+本来梓隊に破壊された『ランドルフ』の17隻が出撃しています。この違いについては、そのうちどこかで(twitter等?)で解説したいと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 在日米軍の動向が楽しみです。 有色人種の兵にとってケネディ大統領以前アメリカは全く異国です。
[一言] あまりアメリカに大きな損害を与えすぎるとソ連が好き勝手しそうでちょっと怖いところですね。 あそこはいつも美味しいところだけかっさらっていく国なので。
[一言] 更新お疲れ様です。 最恐の機動部隊襲来!! かの艦艇をどこまで撃滅するのか? そしてその結果がもたらす米国の戦慄は? 現時点では戦中政権の資料を基に『騙り』が最上も、どこまで違和感なく遠…
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