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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第1章 東京大空襲再び
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12. 反撃

太平洋:サイパン島沖



 今日になって、理解し難いことばかりが起きていた。

 爆撃隊のB-29がたった5機しか戻らなかったという噂で基地はもちきりだったが、それとほぼ同じ頃から、マリアナ諸島上空を正体不明の飛行機が旋回し始めたらしかった。未だ憶測になっているのは、陸海軍の何十機もが迎撃に上がったにもかかわらず、接触にすら成功しないまま取り逃がしてしまったためだ。

 

「恐らく日本の新型偵察機だろう」


 報告を整理した基地の幕僚は、頭を悩ませながらそう判断した。

 だがレーダー画面に映った反応だけを見ると、飛来したのは時速500ノットで高度3万フィート以上を何時間も飛行可能な機体という結論に行き着く。本国で開発されているB-36をも遥かに凌駕する性能だ。ドイツの技術かとも思ったが、そんなものは当のドイツですら開発できていなかったし、仮に実在するのだとしたら、戦局がひっくり返ってしまうだろう。

 もしかすると爆撃隊が文字通りの全滅に近い損害を受けたのも、その新型機の胴体下部にありったけの機関砲を取り付けたような機体を日本軍が投入し、B-29を滅多打ちにしたからかもしれない。

 

「何としてでも撃墜しろ。それが困難なら、情報だけでも持って帰れ」


 晩飯時になって再び例の機体が現れた際、飛行隊長はそんな訓示を飛ばしていた。

 だが熱血で知られる彼からしても、さほど自信がなさそうな顔をしていた気がする。

 

「ダメだ、何処にもいないぞ」


 夜間戦闘機P-61ブラックウィドウのパイロットが、息苦しげな声で毒づく。

 成層圏の日の入りは遅いが、流石に日没が迫っている。そうしたら役立たずなレーダー以外、頼れるものがなくなってしまう。与圧もそろそろ限界が近いってのに。

 

「飛行機雲すら見つからない。本当にここなのか?」


「5マイル先にいるはずだ。目を凝らしてくれ」


 地上の管制官に無線電話越しで要請された通り、パイロットは前方を捜索する。しかしやはり空振りだ。

 

「おい、うちのレーダーはどうだ?」


「感なしです」


 機体後部のレーダー員が報告してくる。

 搭載しているSCR-720は夜戦用のレーダーで、さほど広い範囲を見渡せるものではない。やはり俺のMark.1探知機だけが頼りかとパイロットが思っていると、唐突にレーダー員の英語表記困難な絶叫が飛び込んできた。

 

「どうした!?」


「9時方向上空に何かいます!」


 パイロットは咄嗟に左上方を向き、全神経を眼球に集中させ、遂に恐るべき日本機を発見した。

 朧気だったが、かなり巨大な機体だった。クジラに翼でも生やしたような格好をしていて、一見して恐ろしく速い。こちらは既にあっぷあっぷだというのに、高度4万フィート辺りを悠々と泳いでいる。

 

「あッ!」


 急いで無線電話の送話ボタンを押し、

 

「おい、見つけたぞ!」


 パイロットは大喜びで報告した。しかしその努力は徒になった。

 気付けば無線電話は強烈な雑音だらけで、全く使い物にならなくなっていた。彼の知り得ぬことではあったが、マリアナ諸島全域のレーダーや無線通信設備が、全く同じ状態に陥っていた。

 

「畜生、何が起こっているんだ!?」





テニアン島:ウェストフィールド基地上空



「念入りなことだ」


 久保田一尉は愛機F-2Aを緩降下させつつ、独り呟いた。

 随伴のC-2EBが使用されている全周波数帯を制圧したのが、攻撃開始の合図だった。マリアナ諸島に展開している昭和20年の米軍らしい連中は、大混乱に陥っただろう。技術水準が当時のままであれば、レーダーや無線通信の周波数を切り替えるだけでも一苦労で、C-2EBの電子戦装置はミリ秒単位でそれに追随できる。

 第4.5世代機と評されるF-2Aの低RCS性と相俟って、完璧な奇襲となったに違いない。もっとも仮に気付いていたとして、対抗手段があるのかと言われると、そんなものはなさそうだ。

 

(戦闘機無用論だな、全く……)


 新装備のスナイパー照準装置を操作しつつ、久保田は思った。

 標的は3本の長大な滑走路の中央、その端にある弾薬庫、燃料集積所、それから基地司令部。それらはレーザーで自動的に追尾されていて、目標を指示して爆弾を投下すれば、機械的故障でもない限り百発百中だ。

 何とも一方的な航空攻撃。念のため自衛用のAAM-5は2発搭載しているが、空対空戦闘など決して発生しないだろう。

 

「投下!」


 LJDAM対応のMk.82爆弾が次々と落下していく。

 投弾を終えた久保田のF-2Aは、夕焼けの残光が血の色みたいな空を僚機とともに空を悠々と航過し、洋上に出て旋回する。地上に連続して閃光が走り、直後、一際大きな爆発が発生した。弾薬庫が誘爆したのだろう。

 

「よし!」


 第一撃は成功。これで暫くの間は、B-29は飛び立てなくなるだろう。

 ただそれにしても不思議な気分だった。ふと見渡した方角には、在日米軍嘉手納基地から出撃したRC-135W偵察機と、その護衛のF-15Cイーグルが2機飛行しているはずだ。アメリカ人に見守られながら、アメリカ人らしき者達を叩く。相手が東京を突然無差別爆撃していくような連中であったとしても、違和感は拭えなかった。

 

(いや……今は任務に集中しよう)


 雑念を振り払い、久保田は島の方角を見た。

 散発的で原始的な対空砲火が、明後日の方向を向いて射撃していた。爆撃機――実際には多用途戦闘機なのだが――が何処にいるか分からないから、とりあえず中高度に弾幕を張ろうとしているといった調子だった。

 そして低空飛行はF-2Aの十八番と言っても過言ではない。

 

「作戦継続に支障なし!」


 久保田は宣言した。20㎜機関砲弾で憎きB-29を蜂の巣にしてやると。

 

 



サイパン島:イズリー飛行場

 

 

 誰かに叩き起こされたかった。味方が戻ってきたならば、部下が叩き起こしてくれるに違いないからだ。

 その部下は涙目で喜んで、「あれは何かの間違いでした。苦戦はしましたが東京は火の海です」とか報告するのだ。

 

 だが――気絶したルメイ少将は自ら目を醒まし、亡霊みたいな表情で滑走路の端へと歩いていった。

 爆撃隊を見送ってから、ほぼ丸一日以上経ってしまっている。それでも300機以上が文字通り消滅するなど、起こっていい事態なはずがない。硫黄島に不時着したとか、諸々の都合でソ連沿海州や中国大陸に降りたのかもしれない。

 だからきっと、待っていれば戻ってくる。そうに違いないのだ。

 

「少将、こんなところにおられたのですか」


 副官が後ろから駆けてきて、ルメイも振り向いた。

 

「相変わらず、謎の偵察機が貼り付いています。誘導機かもしれません。ここは危険です」


「だがまだ爆撃隊が戻ってこんのだ」


「しかし……」


 副官の言葉はそこで途切れた。何かに気付いてか彼は空を仰ぎ、それから呆然と視線を泳がせる。

 ルメイも多少、問題でも起こったのかと思いはした。とはいえ警報などは鳴っていないので、副官のことを無視し、再び爆撃隊の帰還を待とうとした。

 

 そうして回れ右しようとした矢先、ルメイは何かが滑走路に突っ込むのを目撃した。


「えっ……」


 突然の大爆発、直後に耳をつんざく轟音。

 爆心は滑走路中央の辺りらしい。そこにあった爆撃機や輸送車両の残骸、破砕されたコンクリート、かつて将兵だったものが舞い上がり、生じた爆風で制帽が地面に転がる。

 しかも奇襲爆撃は島のあちこちで、同時多発的に行われたようだった。

 

「どうしてこんなこと……」


 ルメイは口から泡を吹きながら膝をついた。

 本来彼がいるはずだった基地司令部は、既に瓦礫の山となっていた。つまり彼は半ば心神喪失状態であったからこそ難を逃れたのだが、それは悲劇なのか喜劇なのか分からない。

 

 



太平洋:グアム島北西沖

 

 

 航空自衛隊のF-2Aは全機が無傷で戻ってきた。当然の結果だった。

 一方でサイパンやテニアン、グアムといった島々は、未だ大混乱といった状況だった。滑走路が使用不能になったのは当然として、極めて短期間の間にB-29が100機ほど地上撃破され、航空燃料や弾薬も大半を喪失、更には部隊の将官や幕僚が揃って爆死したというあり様だったから、そうなるのも致し方ないだろう。

 そしてC-2EBが電波妨害を止めた結果、理解不能な現象を強引に手持ちの知識で解釈した結果生まれる、出鱈目な内容の通信が尾ひれ付きで発信され始めた。知識の水準も昭和20年当時のものなのだ。

 

「うっ……」


 RC-135Wの分析員の一人が、あらさまに体調不良を訴え出した。

 無論、精神に変調をきたしているのは彼だけではない。だがその様子は他の者達と比べても顕著で、情報統括官が歩み寄る。

 

「なあヘンリー、少し休むか? お前の分くらい何とかなる」


「曾爺ちゃんが喋ってました……」


 ヘンリーと呼ばれた分析員は、焦点の定まらぬ目で驚くべきことを告げた。

 

「間違いないのか?」

 

「間違いありません。うちの家は曾爺ちゃんの代からずっと、軍の通信関係やってまして……曾爺ちゃんは大昔、グアムにいたんです。防空管制の仕事で、退役した後は嘉手納の名DJで……今さっき、戦闘機に指示を出してました」


「そうか……」


 言葉が詰まる。どう反応するべきか分からなかった。

 

「ねえ少佐、ここは何処で……僕達はどうしたらいいんでしょうか?」


「命令に従うんだ、今はそれ以外ないだろう?」

 

 情報統括官は自らにも言い聞かせるような口調で言った。

 分析員は少し安堵したような、全てがマヒしたかのような表情を浮かべた後、礼を述べて離脱した。精神の衰弱が著しい。基地に戻ったら、すぐに精神科医を連れてきた方がいいだろう。放っておいたら自殺すらあり得る。

 

(それにしても……)


 情報統括官は頭痛を抑えながら訝った。

 アメリカ軍人とは星条旗と、国民の代表たる大統領に忠誠を誓った存在だ。だがここが本当に1945年だというのなら、私達は誰に忠誠を誓い、何を守ったらいいのだろう?





東京都千代田区:首相官邸

 

 

 決めねばならぬことは嫌になるくらいあった。

 しかもその無数に存在する問題が、生体脳のニューロンネットワークよろしく複雑怪奇に絡み合っていた。しかも今後、どんな問題が追加されるか分かったものではない。想定外はよくあると言うが、地球外生命体の襲来よりも現実味のない環境に、日本は直面しているらしいのだから。

 そうした中では、マリアナ諸島への反撃作戦が成功したとの報は、一服の清涼剤となった。

 

「彼の能力は依然として不明瞭ですが、少なくとも1か月程度は作戦運用困難な打撃を与えたものと考えられます」


 執務室に現れた三津谷統幕長が報告を続ける。

 

「同基地群につきましては今後も警戒監視を継続し、必要に応じて追加の作戦を立案いたします」


「ああ、よくやってくれたな」


 加藤総理は大きく安堵の息をついた。

 自衛隊による敵基地への爆撃といったら、普通であれば相応に大事だが、それが何とも思えないくらいには、昨晩から色々とあり過ぎた。大規模通信障害、突然の無差別爆撃、大空中戦。挙句の果てに国ごとタイムスリップときた。それを考えれば、空襲の脅威を排除できただけでも、大変にありがたい話だった。

 

「総理、反撃の結果を発表なさいますか?」


「そうだな、それがいい……」


 少しだけ思案し、それから加藤は何度かゆっくりと首を振った。

 どうしたらいいか分からず困惑し、怯える大勢の姿が脳裏に浮かんでいた。テレビ放送は空襲と通信障害の特番ばかりが続いていたが、SNSなどは情報が錯綜して手が付けられない状態で、既にあちこちで買い占めが起こっているようだ。未確認ではあるが、略奪に至ったケースまで出ているという。

 であれば、今こそ国民と向き合うべきだ。この超常どころでない現象と、突然大昔に巻き戻ってしまった世界について、確認できたことを伝えるべきだ。


「この際だ、我が国が昭和20年3月10日に転移したことも併せて発表しよう」


 加藤は決断した。吉と出るか凶と出るか、はたまた虚数値でも出てしまうのか、現時点では誰にも分からなかった。

自衛隊の反撃がなされる第12話でした。明日更新の第13話で一区切りとなります。


サイパン、テニアン、グアムの航空基地群が壊滅し、ひとまずの安寧が得られます。しかしまだ、昭和20年3月の世界については謎だらけ。今後どう世界と向き合っていくのでしょうか?

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