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 カーテンの間から入ってくる日差しの眩しさに目を覚ます。まだ脳が覚醒しきっていない中で、手探りでスマホを探して手に取った。

 スマホはきっちり満タンに充電されており、時刻は九時半を表示していた。

 今日は午後からバイトなので、今起きてしまう必要はない。もう少しのんびりしよう。

 スマホのロックを解除し、蒼い鳥さんがトレードマークのSNSのアプリを起動した。





 早めのお昼ご飯を食べ、バイトに行くために支度をする。

 バイトは平日二日と休日一日の週三回シフトが入っている。この日数はアルバイト許可をもらった時の唯一の条件だ。あまり多いとそれはそれでヲタ活にも影響が出るので納得している。

 ちなみにバイト先は近所のスーパーで、品出しの担当だ。黙々と商品を売り場に出すだけなので気に入っている。

 裏口からスーパーに入り、タイムカードを押してロッカールームで制服に着替える。


「さて、働きますか」


 今日は休日だから仕事は山積みだ。効率のいい品出しの手順を考えながら、バックヤードから商品を持って売り場に出た。






 途中で休憩時間を挟み、閉店時間の三十分後に本日の業務は終了した。

 今日は団体さんが何組も来てお酒を大量購入していくもんだから後の補充が大変だった。しばらくお酒は見たくない。家に行くとめちゃくちゃあるけど。

 帰りがけに自分へのご褒美としてちょっと高めのコンビニスイーツを買う。前から目を付けてたスフレチーズケーキだ。見るからに柔らかそうで、ちょっと指でつついただけで跡がつきそうだ。絶対美味しいなこれ。

 あと、黒い稲妻的なチョコレートも買った。これは魔王さんへのお土産である。


「ただいまー」

「鈴、おかえり」


 家に帰ると、同じく仕事終わりらしいお父さんが晩酌していた。ダイニングテーブルにはどどんと日本酒の一升瓶が置かれている。お酒を見たくないと思った矢先にこれだ。

 ラップのかぶせてあるおかずをレンチンして、味噌汁を温めなおしてご飯をよそる。今日のおかずは鶏肉の照り焼きだ。電子レンジから美味しそうな匂いが漂ってくる。

 お父さんの向かいの椅子に腰かけ、少し遅めの夜ご飯にありつく。ああ、鶏皮の焦げ目が美味い。

 黙々とご飯を食べ進めていると、お猪口に注いだお酒を煽りながら肩をたたくお父さんが目に入る。


「最近重いものを持つのが辛くなってきたなあ…」

「もう年なんだから仕方ないんじゃない?」

「まだ五十前だぞ。しかし、なかなかガタがきててな…」

「遼に手伝わせれば?」

「あいつ後継ぐ気なさそうだけどな」

「…それは、確かに」


 むしろ酒屋とかダサいって思ってそうだ。今は昔みたいにサッカー選手になるとかは言ってないけど、将来跡を継ぐことは考えてなさそうである。


「もし遼が後を継がなかったら、鈴が婿入りしてくれる人を旦那さんにしてくれればなー」

「そもそも私、結婚する気もないんだけど」

「それは困るな」

「別に世襲制が絶対なわけじゃないんだし、有望そうな人いたら継いでもらえばいいじゃん」

「そう簡単に言ってくれるなよ。なかなかそんな人捕まらんだろう」

「私が酒屋継いでくれる人捕まえてくるよりも楽だと思うんだけど」


 そうこうしてるうちにご飯はすべておなかに納まった。食器を流しで洗い、水切り籠に入れる。


「先にお風呂入っちゃていい?」

「いいぞ。出たら声かけてくれ」

「はーい」


 早くあったかい湯船に浸かって疲れを癒そう。荷物を置いて着替えをとってくるために、重い足を引きずるように階段を上った。





 お風呂で疲れを取り、スフレチーズケーキを堪能しつつ、スマホ片手にネットサーフィンする。お行儀悪いとか言わないで。

 青い鳥さんのSNSを開くと、某人気ジャンルのライブの当落が出ていたらしく、TLが阿鼻叫喚の地獄絵図だった。すでにチケットの高額転売もされているらしい。転売ヤー滅べ。

 私は履修してないジャンルだから他人事のように思えるけど、自分のことだったら呪詛のようにつぶやきまくるのだろう。この間新曲を出した二次元アイドルのライブの当落は三週間後だ。なんとも胃が痛い。

 それにしてもチーズケーキがべらぼうに美味い。これは大当たりだ。ちょっと奮発して買ってよかった。また今度買おう。

 しっかり完食してごみをごみ箱に捨てる。夜遅くに甘いものを食べてしまった後ろめたさと一緒に捨てる。でも夜中に食べるものって背徳的な味がするよね。

 せめてもの償いとばかりに歯はしっかり磨く。いつもより念入りに磨いたからもうぴっかぴかだ。


「よっと…」


 スマホを抱えてベッドにダイブする。時間を見るとまだ十一時半だ。寝てしまうにはまだ早い。

 笑顔動画のマイリス巡回でもしようか。イヤホンをスマホに挿しながら、マイリストを開いて動画を選び始めた。






「……あれ」


 いつのまにか閉じていたらしい瞼を開けると、いつもの魔王さんのベッドの上だった。またしても寝落ちしたらしい。


「やっちまったなー……ん?」


 とりあえず身体を起こそうとするも、まったく動かない。なんだこれは。まさか金縛り!?

 とりあえず自由の利く顔だけ動かすと、私のおなかにがっちりと腕が回されている。無理やり首を後ろに捻じると、この間と同じ寝顔が視界を埋め尽くした。

 もしかしてこれはアレだろうか。魔王さんに抱き枕にされているのではないだろうか?

 そりゃあ身体が動かないわけだ。貧弱な私の力で魔王さんの力に敵うわけがない。

 とはいえ、どうしたもんだろうか。いつのまにか耳から外れていたらしいイヤホンはスマホと一緒にベッドの端のほうに転がっている。どうにか右腕だけ抜け出して手を伸ばすもまるで手が届かなかった。このベッド大きすぎやしないだろうか。もしかしてこれがキングサイズベッド?

 スマホを取るのは諦めて魔王さんの腕の中で大人しくすることにした。でも寝息が首元にかかってちょっとくすぐったい。

 いろんな意味で魔王さん早く起きないかなーと思っていると、規則的だった寝息が乱れ始めた。おなかに回された腕に力がこもり、少し痛い。


「魔王さん…?」


 もしかして、夢見が悪くてうなされているのだろうか。乱れた寝息が唸るようなものに変わる。


「い…やだ、やめ、ろ……」

「…魔王さん」

「おれ、は…ちがう」

「魔王さん」

「…っ、や、めて」

「魔王さん!!!」

「っ!!!??」


 自分でも思っていた以上に大きな声が出た。その声に、背後で弾かれたように反応したのがわかる。とりあえず、目は覚めたみたいだ。


「ここは……」

「やっと起きましたか、魔王さん」

「………リン?」

「はい、鈴ちゃんですよー」


 少しおどけたように言ってみる。多分良くない夢を見ていたんだろうから、ちょっとでも安心してもらいたかったからだ。

 おなかの拘束が緩んだので、寝返りを打って魔王さんと顔を向かい合わせる。瞳孔を開きながら肩を上下させていた魔王さんは、私の顔を見ると少しほっとしたように小さく息を吐いた。


「…嫌な夢でも見ましたか?」

「……そうだな」

「夢ならすぐに忘れちゃえますよ」

「…いや、あれは……」

「えーと?…ぅわっぷ」


 言いきらないうちに、今度は真正面から抱きしめられた。今日は抱き枕デーなんだろうか、と思うくらいの現実逃避は許してほしい。

 鼻も口も魔王さんの肩口に埋まってしまいたので、なんとか首を上向かせて息をする。窒息するかと思った…


「…魔王さん」


 私を抱きしめたまま動かない魔王さんに声をかける。こんなに近いのだから聞こえてないわけないのに、魔王さんは返事をしてくれなかった。

 向かい合ってはいるけど、今度は顔が真横にあるから表情を窺うことができない。

 だめだ、仕方ない。魔王さんが落ち着くまで待とう。




「……リンは」

「はい?」

「リンは、俺を虐げたりしないよな?」

「虐げる?何でですか」


 ようやく口を開いたと思ったらよく分からない質問が飛び出してきた。


「魔王さんを虐げる理由がないんですけど」

「……そうか、そうだな…」

「てか、仮に理由があっても虐げていいわけないですけど」


 そうされるだけの理由があるからやったなんて、いじめっ子の常套句だ。

 綺麗ごとのようだけど、いかなる理由があろうと一方的に傷つけていいものではないと思う。

 ましてや、された側には一生傷が付きまとうのだ。やった本人は、すぐに忘れたり、昔は悪さしてたけど~みたいな美談に持っていこうとするけどね。


「なんにせよ、私が魔王さんを虐げるなんて、ありえません。太陽が西から登ってこようが、気候が逆転しようがありえません」


 抱かれているところから無理やり腕を抜き取り、魔王さんの両頬を手で固定して、じっと瞳を見据えながら言う。こういうことは、ちゃんと目を見て言った方が相手に伝わるのだ。


「だから、安心してください。今ここに、魔王さんを傷つけようとする人なんていないから」


 魔王さんが何に怯えているのかはわからない。きっと今は話してくれないし、この先も話してくれるかも不確かだ。でも、こんなにも精神的に追い詰められる何かがあったんだろう。それはわかる。

 でも、今ここにいるのは私だけだ。魔王さんのことを傷つけた何者じゃなくて、目の前にいる私のことを見てくれたらいい。


「……そう、か」

「そうです」

「そうだな……」


 肩の力が抜けたように、深い息を吐く魔王さんは、私の手の上に自分の手を重ねた。さっきまで真っ青だった顔にも血色が戻ってきている。とりあえずは落ち着いてくれたみたいだ。


「ありがとう、リン」

「私は何もしてませんよ」

「いや、お前の言葉は、いつも俺を救ってくれる」

「当たり前のことを言ってるだけです」

「それでもだ。……ありがとう、リン」

「……どういたしまして」


 これは感謝を受け取っとかないと延々このやり取りが続きそうだと思って、素直にお礼を受ける。なんか小っ恥ずかしいな、この状況。

 そういえば、魔王さんが私の手に自分の手を重ねてるから、私の手が動かせない。どうしよう、いつまで続くんだろうこれ。

 私のあからさまな困惑オーラが伝わったのか否か、一度頬を手に擦り寄せてから、やっと手を話してくれた。なんかホントに恥ずかしい。

 何となく目を逸らしていると、枕元にバイト帰りに買ってきた黒い稲妻チョコレートが鎮座しているのが目に入った。どうやらベッドの上に転がっていたらしい。


「魔王さん、チョコレート食べます?」


 あからさまな話題逸らしに使ってごめんよ。今度大袋で買うから許して。


「チョコレート……この間のものか」

「アレとはまたちょっと違うやつですけどね。これはサクサク食感です」


 ぽん、と一つ手渡して、私も自分の分の包装紙を破る。一気に半分ほどかぶりつき、独特のサクサク食感を楽しむ。このチョコはコンビニでも安く買えるからついつい買ってしまうけど、やっぱり味もとても美味しい。前に地方限定のもお土産で貰って食べたけど、あれも全部定番化すればいいのにな。

 私が食べているのを真似して、魔王さんも包装紙を破いて食べ始めた。一口齧った途端に表情が華やぐ。やっぱり魔王さんはチョコレートが好きらしい。


「こーやって美味しいものを食べて嫌なことを忘れる手もありますよ。あんまり暴食しすぎると太りますけど」


 前に推しが死んだショックでひたすらお菓子を食べまくったら、あっという間に5キロ太った。まぁあれは推しの死による精神的ショックが大きかったから仕方ない、と言い訳しておく。


「リンはもう少し太ってもいいんじゃないか?」

「はい!?」


 なんとか平均体重をキープしている私になんというセリフだ。いや、魔王さんのことだから悪気はないんだろうけど。


「さっき思ったのだが、細すぎだろう。簡単に折れてしまいそうだ」


 軽くショックを受けていると、さらなる爆弾発言を落としてくれた。多分、さっき抱きしめてきた時の感触とかから言ってるんだろうけど。


「わ、私の国ではこれが普通なんです!」

「そうなのか?しかし、その腰も俺の両手で掴めてしまいそうなほど細いが……」

「わー!わー!!わー!!!もういい!!!もういいです!!!!わかりましたから!!!!!」

「?そうか……」


 恥ずかしげもなくつらつらと言ってのける魔王さんに私が死にそうだ。死因は恥ずか死。

 絶対真っ赤になっているであろう顔を手で扇ぐ。とんでもない辱めを受けた気分だ。悪気も他意もないのが余計に恥ずかしい。

 魔王さんのことを励ますつもりが、なんでこんなことになってるんだ……

 両手で覆った顔は、暫く見せられることはできなさそうだ。思わず深い溜息をつき、顔の熱が引くのをひたすら待つのだった。

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