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「ーーおい、起きろ、リン」

「うんん……んー……」


 心地よい低音に導かれて目を覚ますと、魔王さんが私の顔を覗き込んでいた。


「あ、魔王さん。こんにちはー……あれ、夜だからこんばんはなのか?」

「……どっちでもよい」


 呆れ顔の魔王さんの手を借りて起き上がる。じっと私の顔を見つめていた魔王さんは、何故か私が寝ていた辺りに視線を移した。


「なんだ、これは?」

「え?…あ」


 ふかふかのベッドの上には私のスマホが転がっていた。ちゃんと寝入った記憶もなかったから、どうやら今日の私はスマホをいじりながら寝落ちしたらしい。


「私のです、それ」

「そうかーーほら」

「ありがとう、魔王さん。あ、やば」


 わざわざ魔王さんが取って渡してくれた。電源ボタンを押すと、充電が残り30%だった。寝落ちしたから多分充電器に挿してないし、明日の朝どれくらい充電できるかな……


「壊れていたのか?」

「いや、充電がヤバそうなだけなんで……モバイルバッテリーもあるんで多分大丈夫です」

「ならいいが……なんの道具なんだ、それは」


 魔王さんが興味津々といった感じでスマホを見つめてくる。初めて見る玩具にそわそわする子供みたいだ。可愛いな魔王さん。


「えっと、主に電話ーー遠くにいる人と喋ったりできて、あとはメールとか…これで手紙のやり取りが一瞬でできたりとか、あとはゲームできたり本読めたり……まぁ色々できます」

「こんな小さな板で?」

「こっちでは魔力はないけど科学は発展してますからね」


 更に興味深そうに顔を近づけてくる魔王さん。あの、そんな感じにしてるのは可愛いけど、如何せん距離が近い。


「魔王さん魔王さん、ちょっと近いです」

「っ……わ、悪い」


 魔王さんは弾かれたように身を離すと、今度は不自然なくらい距離をあけてしまった。なんだろう、距離感を掴みかねてるのかな。


「そんなに離れてちゃ話しづらいですよ。ぴっとりくっつかないで隣に寄り添うくらいでいいんです」

「そ、そうか」


 そう言うと10cmほどスペースをあけて魔王さんが隣に座った。話を始めるまでに何故ここまで時間がかかるのか。でもまぁ、私もパリピ相手だと似たような感じに挙動不審になるから人のこと言えないけど。


「あと、写真とかも撮れますよ」

「しゃしん?」

「えーと……まぁ撮ってみればわかりますって。魔王さん、ここ見ててくださいね、ここ」


 スマホのインカメラの位置を指しながらカメラアプリを起動する。普段自撮りなんか絶対しないけど、ここは魔王さんだけを撮るより私も一緒に写った方がいいだろうと思うし。


「じゃ、いきますよ〜。はい、チーズ」


 ピロンっと無機質な音を立てて写真が撮られた。アルバムから写真を選択して見てみると、ジャージ姿ではにかむ私と真顔でレンズを見つめる魔王さんのツーショがバッチリ撮れていた。

 どうでもいいけど、写真撮る時のはい、チーズって、なんでチーズなんだろう。


「これは……すごいな。鏡を見ているようだ」

「そうかもしれませんね」


 特にここ最近のスマホの画質はすごい。その分容量もすごいことになるけど。


「というか、こうやって写真撮るときは笑うもんですよ」

「笑う?」

「ほら、こうやって口角あげて!にこって!楽しいこととか好きなこと考えたら自然と笑えますから!」

「こ、こうか?」


 私が無理やり指で押し上げたとおりに笑う魔王さん。うん、無理やり笑ってる感が否めない。画像を加工したときに変な笑い顔になったみたいになってる。


「うーん……笑うのは課題ですね。まあ楽しくなったりしたら自然と笑えてきちゃうもんですから、気長に待ちましょう」

「…すまん」

「謝らないでくださいよ、私が勝手に言ってるだけなんですから」


 何故か心底申し訳なさそうに謝ってくる魔王さん。垂れた犬の耳としっぽのみえそうなくらいだ。なんか可愛い。


「そうですね、じゃあまず好きなものや好きなことを探しましょうか」

「…何故だ?」

「そりゃあ、好きなものがあったほうが人生楽しいからですよ。その日一日嫌なこととかがあっても、好きなことしたりして、嫌な気分を上書きするんです。そうしたら、また明日頑張ろうって気分になれたり、一瞬で楽しい気分になれたりするから」


 例えば私みたいなヲタクは推しが尊いという事実だけで生きてるのが楽しくなれる生き物だ。ヲタクでなくても、好きな音楽聴いたり、好きなスポーツやったり、なんでもいい。好きなことは自分自身のためになるのだ。


「好きなことを、楽しむ…」

「そうですそうです。簡単でしょ?何にも難しいことなんてありません」

「…そのようなこと、今まで考えたこともなかったな」


 少し寂しそうな声でつぶやくその姿に、胸が締め付けられたような不思議な感覚がした。もしかしたら魔王さんは、好きなものをつくることもできずに、今までを過ごしていたのかもしれない。


「それはもったいないです!人生楽しんでなんぼですよ、好きなことして生きましょう!」

「――そうだな」


 そう言った魔王さんは、ほんの少しだけ微笑んでいた気がするけど、一瞬だったし、気のせいかもしれない。

 でも、いつかこの人が心から笑える日がくるといい。

 ――そう、思った。







 ―――翌日。







「おはよー、鈴」

「おはよ、朱音」


 高校の最寄り駅から歩いていると、小学校時代からの一緒の一番のヲタ友である朱音が後ろから声をかけてきた。

 学校までの道すがら、なんとなく最近の夢での出来事を話してみた。


「え、それマジで?」

「いやー、最初はさすがに夢オチなのかと思ったんだけど、三日連続だし、現実味を帯びてきたというか」

「漫画の読みすぎじゃない?私が言えた話じゃないけど」

「いや、でも今日は夢でその魔王さんとツーショ撮ったし」


 カバンの中にあるモバイルバッテリーにつないだスマホを取り出す。結局朝起きたら充電が残り10%で、家での充電じゃ間に合わなかった。

 アルバムの中から一番最新の画像を選択する。そこには、夢の中で撮ったままの写真が写っていた。


「ほら」

「……いや、私には真っ暗な背景であんた一人が自撮りしてる写真にしか見えないんだけど」

「え?いやいやいや、何言ってるの」


 もう一度写真を見てみても、ちゃんと私と魔王さんのツーショだし、背景は真っ暗じゃなくて例のアンティーク家具のあるあの部屋だ。


「え、見えないの?嘘でしょ?」

「嘘じゃないよ、一瞬心霊写真かと思ったくらいだし」

「うそん…」


 もしかして、あの世界の認識は、私だけしかできないということか。


「…まあ、私もヲタクの端くれだし、鈴がそう言うならそういうことにしとくよ」

「……嘘じゃないのに」


 なんとなく、夢の中でのあのやりとりが否定された気がして、胸が痛くなった。

 まだ三回しか会ってないけど、魔王さんとお喋りするのは結構楽しいと思ってるし、寝るのが少し楽しみになってきている。


 ――これは、私と魔王さんだけの秘密にしておこう。


 どうせ夢の中の話なのだ。下手に信じてもらおうとして頭のおかしい子に思われるなら、誰にも話さないで胸の中に留めておけばいい。


「それより鈴、今夜のアニメの最新話さー」

「あー、うん!めっちゃ楽しみだよね!」


 今期の推しアニメの話をしながら、私はそんなことを思うのだった。

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