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「はぁ〜〜……ヤバい、新曲、最高すぎる。歌詞もメロディも素晴らしすぎる。はぁ〜〜〜好き」
イヤホンを挿したスマホを握りしめながらベッドをのたうち回る。放課後受け取りに行ってきたCDを早速PCに取り込んでスマホに移し、すぐに聴き始めたんだけど、本当に最高すぎる。全てが最高。語彙力がない。
「これは明日の授業中ずっと頭の中リピートするやつだ……」
この二次元アイドルの推しは、歌うことが楽しくて仕方ないっていうようなタイプの子で、歌声からもそんな性格が伝わってくる。中の人神かよ。歌声でここまでこのキャラを表現できるとは。
「はぁ……もうこんな時間か……ずっと聴いてたい……」
ほとぼりが冷めるまで聴きまくって、一息ついて時計を見ると深夜一時。リピート回数えぐいことになってそうだな、なんて思いながらイヤホンを外し、スマホを充電器に挿す。
電気を消して布団に潜り込んで、ふと今日見た夢を思い出す。普段夢を見ても目が覚めたら直ぐに忘れるか、覚えてても寝る頃には忘れてたりするのに、今日の夢は何故か鮮明に覚えていた。
「なんだったんだろうな、あのお兄さん……」
あの厳つい顔を思い出しながら、襲ってきた睡魔に身を任せた。
「ーーまたお前か」
「んーんん……ん?」
微かに聞き覚えのある声に重い瞼をこじ開ける。何度か瞬きをすると、靄のかかっていた視界がクリアになり、目の前にある顔が良く見えた。
「……あれ?」
目の前には、若干困ったような疲れたような顔をした、夢で見た厳つい顔のお兄さんがいた。目をキョロキョロ動かしてみると、夢で見たあの広い部屋と同じだった。
「夢オチじゃなかったのか……???」
起き上がりながら呟くと、お兄さんが小さくため息をついた。お兄さん、ため息ついたら幸せが逃げるぞ。
「……昨日、当然倒れたと思ったら消えて、今日になってまた出てきたんだ」
「へー、消え……はい?」
えーと、突然意識が薄れてベッドにダイブしたのは覚えてる。そしたらお母さんに叩き起こされたから、夢オチと思ったのに……消えた?私が??
「本当に、お前は何者だ。何故ここに現れる」
「何故と言われましても、そんなの私が知りたいくらい……」
ただ自分のベッドで寝てるだけなのだ。それでお兄さんの声に起こされたら知らない部屋にいる。昨日はただの夢オチだと思ったけど、同じことが二回も起こると、さすがに偶然同じ夢を見たのか疑わしくなってくる。お兄さん自身も私のこと覚えてるみたいだし。
「私のベッドと、お兄さんのベッドが繋がってる、とか……?いや、ないな」
どこのファンタジー設定だ。自分のベッドが知らない国の知らないお兄さんのベッドと繋がってるとかさすがにぶっ飛び設定すぎるだろ。いや、現在進行形で経験してるわけなんだが。
「あの、何度も言ってると思うんですけど、本当に寝てただけなんです。無断で侵入とかしてないですホントに」
「確かに、昨日も突然消えたのを目の当たりにしてる以上、その疑いは持ってないが……何故か魔力は少しも持ってないようだしな」
「へ?まりょく??」
まりょくって何だまりょくって。まりょく……魔力?いやいやいや、そんなまさか……
「つかぬ事をお伺いしますが、魔力って何でしょう?」
「魔力を知らないのか?」
「いや、フィクションの世界線では幾度となく見てきましたが、現実で魔力なんて聞いたことないもので」
「……魔力は万物に司る力だ。物も、人間も例外なく持っている。その強さはそれぞれだが、まったく持っていない人間など見たことがない」
「私は現実世界で魔力持ってる人を見たことないですけどね」
魔力だ何だなんて、そんなものはフィクションの中の話だ。そういうファンタジーものは大好物ではあるけれど、それを現実と思うほど馬鹿ではない。
「私が住んでた国、というか世界じゃ現実に魔力とか魔法なんて存在しません」
「では、お前は異世界からやってきた訪問者というわけか」
「私の意思で来たわけじゃないですけど、多分そういうことです」
そう告げると、お兄さんは顎に手を当てて何か考え始めてしまった。おーい、私のことは放置ですか??
「……恐らくだが、お前の世界のお前がいた場所と、この部屋の座標が同じ、ということが原因で、このような事態になったのだと思う」
「座標、ですか?」
やめてください数学は苦手なんです。得意科目は現代文と日本史の文系なんです。そういう計算が必要になることはなんにもわからないです。
「ああ。まぁ難しい話は抜きとすると、異世界同士で一番近しいのがお前のベッドと俺のベッドだった、ということだろうな」
「な、なるほど?」
よくわかんないけど、とりあえずそういう原因で私はここに来ちゃったと。うん。
「お前は眠っていたらここに来たと言ったな。昨日消えたあとはどうしたのだ?」
「えーと、意識がなくなったあとは普通に自分の世界で目が覚めましたけど」
「では、お前が眠っている時にだけこちらに来ることができるようになっているというわけか」
寝ている間だけ異世界か。しかも、私のベッドの上で。確かに昨日授業中に少し居眠りした時は、こっちに来ることはなかったな。
「お前も自覚なしにやっているというなら、ここに来るなというのは無理な注文だろうしな」
「ですね、私も毎日床で寝るのはちょっと嫌です」
たまにゲームしながら寝落ちする時はあるけれども。起きた時めちゃくちゃ身体が痛いからあんまり床で寝たくないんだよな。
「そうか、では……」
「まぁここに来ちゃうのはもうしょうがないことみたいなんで、とりあえずお喋りでもします?」
「……は?」
「へ?」
何か私変なこと言っただろうか。ベッドで寝ちゃうとここに来ちゃう以上、どう過ごすかを考えなくちゃいけないし、気まずいからって家主に部屋を出て行ってもらうのも、私が勝手に出歩くのも気が引ける。何よりこのベッドじゃない所で目が覚めた時のことを考えると、この部屋でお兄さんと過ごすのが最善だろう。
「お前は俺を恐れないのか?」
「え?どの辺をです?」
「いや、それは……」
「まぁ確かに身長は高いですけど、座ってればあんまり関係ないですし、そのくらいの身長の人がいないわけではないですしね。あ、もしかして顔が厳ついの気にしてます?パッと見怖そうですけどそうでもないですよ」
「……いや、なんでもない。それに、よく考えたらお前も同じ色彩だしな……」
色彩?黒髪黒目の人なら毎日死ぬほど見飽きている日本人のオーソドックスなカラーリングだ。確かにお兄さん身長が高いから目立つだろうけど、バスケ選手やバレー選手の中に放り込んだら同化する程度のものだ。
「あと、さっきからずっとお前お前言ってますけど、私の名前は柊木鈴です。昨日も言いましたよね?」
「あ、ああ……では、リンと呼べばいいのか?」
「お好きにどうぞ。鈴ちゃんでもリンリンでも」
「……リンと呼ばせてもらう」
リンリンは我ながらふざけた呼び名だと思うけど、あからさまにスルーされるとちょっと傷つく。
「あ、お兄さんの名前は何ですか?」
「……今は、魔王と呼ばれている」
「はい??」
魔王?魔王って言ったこの人?え、自分で言うものなのそれ???
「それって自分で言い始めたんですか?」
「いや、勝手に呼ばれていた。一人でいると、特に名前は必要ないしな」
なるほど、勝手に呼ばれていたパターンか。もしかしてこの人はとても強い魔法使いとかそういうアレなのかもしれない。
「じゃあ魔王さんと呼ばせていただきます」
「……好きにしろ」
「はい、魔王さん!」
にっこり笑いながら呼ぶと、何故か照れたように魔王さんは顔を逸らした。魔王さんって呼ばれて嬉しいもんなんだろうか。まあいいけど。
真顔に戻った魔王さんがベッドに腰掛けてきた。重さでマットレスが少し弾む。てかめちゃくちゃふかふかだなこのお布団。寝心地最高な気がする。
「そういえば魔王さん、ここって他に人いないんですか?」
「……何故、そんなことを聞く?」
「いや、深い意味はないんですけど、こんなに広いお城っぽいようなところに一人でいるのは、何となく違和感があるというか。お手伝いさんとかいないんです?」
「……そんなものはいない。俺はずっと一人だったからな」
「……」
踏んではいけない地雷を思いっきり踏み倒してしまった。ヤバい。ぼっちの人に「ぼっちなんですか?」なんて聞く方がおかしいとヲタクの私はよくわかってるはずじゃないか。いやでもこんな広いところに一人っていうのはちょっと色々変だと思うし、いやでもまさかマジで一人とは思わないじゃん。えええとどうしよう。
「え、ええええと、その、あ!好きなもの!好きなものってあります?食べ物でも動物でも何でも!!」
気まずすぎて適当な質問に逃げてしまった。何だよこの状況で好きな食べ物聞くって。いやでも仕方ないでしょヲタクだから一般人が初対面のとき何話すかなんて知らないんだよ!!好きなジャンル作品推しキャラを聞いてすぐに会話(と言っていいのか謎の弾丸トーク)できる友達しか作ってこなかったんだよ悪かったな!!!
「……食べ物など、腹が満たされれば何を食べても変わらんだろう。動物は……まぁ、嫌いではない。この城の外の森には動物は多いからな」
律儀に答えてくださった!!!魔王さん真面目か!!もしかして魔王さんもどう会話したらいいかわかりかねてる?ごめんなさい私が考えなしにお喋りしようなんて言ったから!!
「へ、へぇー!外に動物いっぱいいるんですね!何がいるんです?リスとか?」
「リス……もいるが、鳥が多いな。猛獣も多い。最近になって白黒模様の熊が現れるようになったんだが……」
「え、パンダいるんですかここ!?見たい!」
「……今日は近くに気配がない。そのうち近くに来たら見せてやる」
「ホントですか?やったー!!」
まさか異世界に来て生でパンダを見られるとは!日本でもなかなかお目にかかれないのに。すごいな異世界。
「っと、わ、わぁっ!」
「っ!」
つい両手を挙げて飛ぶように喜んでたら、思いっきりバランスを崩してしまった。後ろ向きに倒れればベッドにダイブするだけだったんだけど、よりによって魔王さんの方に倒れかかってしまった。
「……気をつけろ」
「あ、はい、どうも……」
頭同士ぶつけるかと思ったら、魔王さんは見事にキャッチしてくれた。優しいな魔王さん。私の弟だったら下がコンクリートでも私を避けるぞ。
「動物が好きなのか」
「好きか嫌いで言ったら好きですよ〜。小動物が好きですね。犬とか猫とか」
家でペットは飼ってないけど、ペットを飼ってる友達の家に遊びに行ったらめちゃくちゃ可愛がりたおしてしまう。去年、小学校時代からの友達のペットのまるちゃん(柴犬♂)が死んじゃった時は、友達以上に私が泣いた。
「そうですね、あとは…………」
「……どうした?」
「ふぁ……なんか意識が……」
昨日みたいに突然意識が薄れ始めた。もしかして元の世界で起きようとしてるのかもしれない。
「……話の続きはまた明日にするか」
「ふぁい……」
何とか返事をすると、ガクッと力が抜けてベッドに倒れ込んでしまう。何かを言ったような魔王さんの顔を少し見つめて、重い瞼をそっと閉じた。
「……あ、朝か」
けたたましい目覚まし時計の音で目が覚める。叩くように目覚まし時計を止めて、のっそりと起き上がった。あれだけ夢の中で喋ったりしてたのに、睡眠不足の感覚はない。寝た気はしない感じだけど、身体が睡眠をとれているから、ありがたい配慮ではある。
「さて、今日も学校に行きますか……」
パジャマにしているジャージを脱ぎ捨て、制服を着る。部屋を出る前に、ちらりとベッドを見てみても、あの大きくて寝心地の良さそうなベッドの要素は欠片もない。
「ふぁあ……」
女子らしさもない大きな欠伸をして、部屋の扉を閉じた。




