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約束の週末がやってきた。
今週の土日は、何故か学生バイトのシフト申請が多かったらしく、両日ともにお休みになっていて、テスト期間を除いては久しぶりの連休だ。最高。
おそらく外に出るのだと思うので、今日はいつもの部屋着ジャージじゃなくてちゃんとした服を着た。とはいっても、上下セット2,980円で安売りしていた紺のトップスとキャメル色のスカートだけど。どうせ寝ながら向こうに行くのだし、ちょっとくらい皴になっても問題ない服にした。
ジャージ以外の服でレイに会うのはなんだかんだで初だな、と思いつつ、充電満タンにしたスマホを手にベッドに寝転がる。これから会えるパンダの愛らしい姿を思い浮かべながら、贅沢な昼寝へと誘われていった。
「んー…」
目を開けるといつもの天井が見えたので、起き上がって伸びをする。部屋を見渡しても誰もいなかったので、レイはまたほかの部屋にいるのだろう。
探しに行こうとも思ったけど、おそらくものすごい部屋数だろうから、絶対に入れ違いになると思い、大人しく帰ってくるのを待つことにした。
しばらくスマホに保存してある推しの画像を眺めていると、本を抱えたレイが部屋に戻ってきた。私の姿を確認すると、小走りにこっちにやって来る。わんこか。
「すまない、待たせていたようだな」
「いいよ。細かい時間指定して約束してたわけじゃないんだし」
レイは抱えていた本をベッドのサイドテーブルに置くと、ベッドに座る私の隣に腰かけた。
「それ、何の本?」
「ああ、今日見に行くパンダとやらについて書かれた本だ」
「へー…ちょっと見せて」
手に取ってぱらぱらとめくると、パンダの絵とともに何やらいろいろ書かれていた。こっちの文字はさっぱりわからないので、どんな情報が書かれているかは謎だ。
「まあ、子供用の図鑑みたいな感じか」
「それに近いな。実際は、子供にはわからない難しいことも書いてあるが」
「なるほど、じゃあどっちかっていいうと専門書みたいなもんか」
「かもしれん。……ところで、リン」
「なに?レイ」
その専門書(仮)を閉じてサイドテーブルに戻しつつ、レイのほうを見て返事する。
「今日は、普段と違った格好をしているのだな」
「ああ、うん。パンダを見るってことは、外に行くんでしょ?それなのにあんな部屋着感丸出しなヨレヨレジャージ着ていけないよ」
「リンの国では皆ああいった格好をしているわけではないのか?」
「いいや、ないない。そもそもアレ、運動する時用の服だから。私はあの格好が楽だから部屋着にしているだけ。まあ、ジャージ好きで四六時中ああいう格好している人も、いるにはいるけどね?」
「そうか。ではそのような恰好が一般的なのか?」
「んー…まあ、女の人の定番の格好の一つかな。伝統的な衣装はもっと違う形だし、服にもいろんなのがあるし」
そう言いながらレイの格好を見る。レイは黒のスラックスにダークグレーのシャツを腕まくりにしていて、その上から黒いローブだかマントだかよく分からないものを羽織っている。首の後ろはダボっとしてるから、フードもついているらしい。足には黒の革靴が光っていて、髪色も含めて全身真っ黒だ。まっくろくろすけか。
「まあ、服は何でもいいじゃん。早くいこ――――」
「リン、どうした?」
ベッドから降りようとして、ふと気がついた。
「……靴、ないじゃん」
「靴?」
今までこの部屋から出たこと無かったから思いっきり頭から抜け落ちてたけど、外に行くのに靴を用意するのをすっかり忘れてた。服だけちゃんとしたの着てても意味ないじゃん。なにやってんの私。
「……なるほど」
ボソリと呟いたレイは色々察したようだった。そして私の全身をじっと見つめたあと、ベッドに座る私の足元に跪いて、足に手をかざした。
「っわ」
「うん、これでいいだろう」
光で一瞬足が見えなくなった次の瞬間、私の足にはダークキャメル色のショートブーツが履かされていた。編み上げのデザインで、三センチくらいの高さのヒールのものだ。可愛い。
「ホントに便利だねぇレイの魔法……」
「大したことはしてない。これで行けるか?」
「うん!ありがと」
ベッドから降りてその場で足踏みしてみる。サイズもぴったりみたいで違和感はない。
「じゃあ行こっか!待っててねパンダちゃん!!」
「ああ」
そうして、私は初めてこっちの世界に来て外に出ることになった。
長い長い廊下をひたすら歩く。ステンドガラスのようになっている窓から光が差し込んで、キラキラとカラフルに道が照らされていて、さながら異世界のようだ。いや異世界なんだけど。
突き当たりにある螺旋階段を降り、某探偵アニメの提供に出てくるような重重しい扉の前までやってきた。
レイが手を一振りすると、ひとりでに扉が開く。
もう驚かない。今まで散々その手で色々出したりしてきたんだもん。扉開けるくらいなんてことないよな、うん。
「わぁ……!」
一歩外に踏み出すと、視界一面に自然が広がっていた。見渡す限り木ばかりが目に入る。もしかしたら森の中にあるお城なのかもしれない。
「空気が美味しい……」
「空気?」
「え、ああ、やっぱりこんなに自然豊かだとついつい……」
「……まあいいが。ほら、こっちだぞ」
「はーい」
レイに手招かれて、芝生の中を歩き始める。そうやって歩いている間にも、見たことのないような鳥や、可愛いリスなど、色んな動物が横切ったりしていく。テーマパークみたいだな。
外に出て五分くらい歩いたところで、レイが足を止めた。
「ああ、ほら、いたぞ」
レイが指さした先には、親子と思しき二頭のパンダが芝生に寝転んでいた。小さい方のパンダはお母さんパンダ(多分)に擦り寄っている。
「かっっっっっっっっっわいいいいいいいぃぃぃぃ!!!」
思わずめちゃくちゃ溜めてしまうくらい可愛い……こんなに可愛いものが現実なのか……テレビ画面越しにしか見れたことないけど、やっぱり本物は超絶可愛い……
「確かに、親子で寄り添っている様子は愛らしいな」
「でしょでしょ!!??ああもうホントに可愛い!!!!」
元々パンダは好きだったけど、間近で見る実物のパンダはもうテレビ画面越しの1億倍可愛い。なんなんだあの可愛さ。犯罪級だろ。
「……本当に見るだけなのだな」
「へ?」
しばらくまじまじとパンダの親子を見つめていると、ふと零れたような呟きが耳に入る。ちょっと驚いてレイを見上げると、レイは少し難しい顔をしながら私から視線をパンダに移した。
「見てるだけで十分だよ。そもそもあの子たち野生でしょ?下手に近づいたり触ったりしたら驚いちゃうでしょ」
「……そういうものか?」
「そういうものなの」
野良猫だって知らない人間が近づいてきたらすぐに逃げ出すしね。こちらに危害を加える気がなくても、襲おうとしてると思われて逆に怪我させられかねない。親子でいるならなおさらだ。
「私はパンダが見たいって言って、レイはそれを叶えてくれたんだから、いいの。ちゃーんと約束守ってくれたよ」
「……そうか」
ちょっと頬を染めてはにかむレイに、私も頬が緩んだ。
「それにしてもいい天気だね〜。芝生もふかふかだし、ピクニックとかしたくなっちゃうな」
「ピクニック?」
私が何気なく口にした知らない単語にすぐ反応するレイ。相変わらず意外と知りたがりなとこあるよね。
「こういう天気がいい日に、こんな感じの原っぱでレジャーシート広げてお弁当食べたりとか、遊んだりとかするんだよ」
「なるほど……リンもよくするのか?」
「私?小さい頃はたまに行ってたと思うけど……最近はないなぁ……」
むしろインドア極めてるからわざわざ外に出ようと思うことすら少ないな。おうち最高。
「今度やってみる?お弁当用意したりして」
「……そうだな、やってみたい」
「うん、決まりね!……ふぁ」
ぽかぽかのお日様の光にあてられて、思わずあくびをしてしまう。よく考えたら、今日は夜寝てるんじゃなくて昼寝してこっち来てるわけだから、いつもより滞在時間が短くなるのは当たり前かも。
「……やばい、ここで寝落ちたらどこに戻るか……」
「そうだな、名残惜しいが、部屋に戻るか」
「うん。じゃあね〜パンダちゃん」
ひらひらと手を振ると、子供の方のパンダがくりくりと黒いお目目で私を見つめ返してきた。とてつもなく可愛い。
しかし、だいぶ限界が近い。ちゃんとレイのベッドまで戻らなきゃ。
レイに手を引いてもらいつつなんとかいつもの部屋に戻り、すぐにベッドにダイブする。その瞬間、吸い込まれるように私の意識は闇の中に落ちていった。
ぱち、と目を覚まして時計を見ると、夕方の五時だった。思ってたよりも寝てたみたいで、身体を捻るとコキコキ音が出る。
一通り身体をほぐしてスカートのポケットからスマホを取り出す。
「写真撮りたかったな〜」
撮ろうと思えば撮れたけど、前にレイと二人で自撮りした時のことを考えると、心霊写真かヤバい写真かとして思われないような写真しか残らないと思ってやめた。あとでネットでパンダの写真や動画漁ろう。
「そしたら、レイと一緒に見ようかな」
カメラロールがパンダだらけになる未来を予感しつつ、寝起きでかわいた喉を潤すためにキッチンへ向かうのだった。




