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 とうとうこの期間が来てしまった。

 とにかく憂鬱で、ひたすら辛く、地獄のような────




「じゃあ今度の中間テストの範囲言うからなー、ちゃんとメモしろよー」




 ──────そう、テスト期間である。







「はああ……もう中間テストか……テストなんてみんな滅べばいいのに…」

「わかるけど、まあしょうがないよね~」

「朱音は頭いいからそんなこと言えるんだ…」


 ホームルームのあと、机に突っ伏して嘆く私のところに、余裕そうな顔をした朱音がやって来た。そりゃ成績優秀な人はそうだろうよ、と黙っていれば優等生な朱音を睨む。

 別にとんでもなく成績が悪いわけではない。得意科目は余裕で平均点を上回るし。まあ壊滅的に苦手な科目は赤点取ったりもするけど……

 ただ単にテストというものそのものが嫌いなのだ。


「しかも、今回の試験日程、マジであり得ないんだけど」

「ああー……それに関してはご愁傷様としか言えないわ」


 個人的な理想としては、得意科目と苦手科目がバランスよく配分されているのがいいんだけど、よりにもよって苦手な数学と地学と英語のライティングが全て重なった。しかも最終日。最悪だ。

 地学は文系コースになってからやっている科目で、化学や生物や物理に比べたらまだマシだけど、それでも苦手だ。英語は中学時代から苦手。数学は言わずもがな。


「はあ……憂鬱でしかない……」

「まあ、頑張りなよ。わかんないところは教えてあげるから」

「神様朱音様!!!」


 がっしりと朱音の手をつかんだ。盛大な手のひら返しがひどいとか言われそうだけど、テストで悲惨な点を取るのに比べたら些末なものでしかない。


「あ、そうだ朱音。テスト終わったら遊園地行かない?」

「え、いいけど。突然どうしたの」

「うちのお得意さんがチケットくれたんだよね。ほら」


 財布の中に入れておいたチケットを取り出して渡す。朱音はそれを見て―――なぜかげんなりしたような顔をした。


「ごめん、いけないわ」

「え、なんで」

「鈴ちゃんと見た?ここ」


 そういって朱音はチケットのある部分を指さした。デザインがごちゃついててわかりにくかったけど、そこにははっきり【男女ペアチケット】と書かれていた。


「女同士じゃ無理じゃん」

「朱音が男装すればいける」

「はあ!?なんで私が男側!?」

「身長だよ!!朱音は163センチあるけど私152センチだよ!?私が男装したらネタでしかないじゃん!!!」


 女子高生の平均身長より余裕で低いのに男装とかどんな拷問だ!!

 その点朱音ならちょっと背が低めな男の子っていうくらいで済む。私みたいに大事故にはならない。


「とにかく、わざわざ男装してまで行きたくないからパス。遼くんとでも行ってくれば?」

「二枚貰ったから遼もこのチケット持ってるし」

「じゃあ適当に相手探しなよ、行きたいなら」


 用は済んだとばかりに私の手にチケットを押し付けると、朱音はさっさと自分の席に戻ってしまった。薄情者!!こんなヲタクに一緒に遊園地に行ける異性なんているわけがないだろ!

 心の中で毒づきながら、本日の一限目である現代社会の教科書一式を机の上に出すのだった。






「……というわけで、レイ。私の気分転換に付き合って」


 その日の夜、いつものようにレイのベッドで目覚めると、開口一番にそう告げた。レイは突然言われた私の言葉の意味がさっぱりわからないようで、ぽかんとしている。


「……何か、嫌なことがあったのか?」

「あったっていうか、これからあるっていうか」

「ちなみに、何があるんだ」

「テスト」


 全国の学生の嫌われ者だ。学校のテストが好きな人種がいるなら是非ともお会いしてみたい。


「テスト、とは……何かの試験か」

「学校でやってる勉強のテストだよー、定期的にあるの。もう本当に嫌で嫌でしょうがない」

「では、やらなければいいんじゃないのか」

「テストを受けるのは強制だよ。というか、テスト本番よりもテストに向けての勉強が嫌」


 テスト範囲を言い渡された時から、カウントダウンを刻むように急かされて勉強することの嫌さと言ったら、言葉では表しきれない。そしてそんな期間ほど、普段サボりがちな部屋の掃除が捗ったりするのだ。


「勉強内容の全部が無駄じゃないことくらいわかってるんだけどさ、苦手科目はどうにもこうにも気が進まなくて」


 特に数学。小学生の時はともかく、中学に行ってから途端にわけわかんなくなったし、高校に行って更にそれが加速した。因数分解とかナニソレオイシイノ。


「無駄に教育が行き届いてる国に生まれちゃったのが運の尽きか……」

「しかし、前に義務教育?とか言っていたが、誰もが学べる環境であるのだろう?」

「うん、まあ……世界には勉強したくてもできない子もいっぱいいることは、わかってるんだけどさぁ……」


 色んなことに向き不向きがあるのだから、勉強もまた然りだ。私だって全く勉強しないで嘆いてるんじゃない。ある程度やってるのにわからないから嘆いてるんだ。


「一を聞いて十を知る人もいれば、十を聞いてやっと一を理解できる人もいるんだよ」

「そういうものなのか」

「そうだよ。私だって興味のある範囲ならすぐに覚えるし」


 特に推しになったキャラのプロフィールはすぐに覚える。身長、誕生日をはじめ、その他作品によってイメージカラー、生い立ちや過去に関してまで、ありとあらゆる情報が正確に蓄積されるのだ。この熱意と脳内の容量を少しでも勉強に回せばいいのに、とも言われるが、暗記科目は得意なのだ。基礎を習って応用が必要になってくるものが苦手なのだから、容量を少し明け渡したところで何の意味もないのであると結論付けてる。


「はあ…なんかご褒美があったら頑張れるのに……」

「ご褒美?」

「そう。甘いもの食べたいだけ食べていいとか、お金を気にしないでグッズを買っていいとか、なんかそんな感じの」

「それが、褒美になるのか?」

「私にとっては最上級のご褒美だよ…」

「そうなのか…」


 やっぱり、王国ともなれば褒美が持つ意味合いも、やれ爵位をやるとか、領地を与えるとか、そんな感じなんだろうか。爵位もそうだけど、土地だけ与えられてどうしろと。いいことよりもめんどくさいことのほうが多そうだな。


「まあ、なんていうか、やり遂げたときにご褒美があった方が、頑張れるって話よ」

「……それほど嫌なのだな」

「うん、嫌。あ、そうだ。レイが何かご褒美くれたら、頑張れるかも」

「―――俺が、か?」


 そんなことを言われるとは思っていなかったようで、あからさまに困惑しているレイ。そりゃそうだよな、無茶ぶり言ったわ。ごめんレイ。


「そうだ。前にパンダがいるって言ってたよね?パンダ見たい!」

「ぱんだ…?」

「ほら、前に白黒模様の熊がいるって言ってたじゃん」

「ああ、あれのことか。パンダというのだな」

「そうそう。なんとなく来る周期とかがわかれば、そのタイミングに合わせて寝るし!」


 上野動物園に行ったってちょっとしか見られないのだ。だったら確実に長い時間見られるほうを選ぶ。


「…そうだな、そんなことでいいなら」

「言ったね!約束だからね!」


 隙を見てレイの右手を持ち上げ、私のの小指とレイの小指を絡ませる。


「ゆーびきーりげーんまーん、嘘つーいたーら、はーりせんぼんのーます。指きった!」

「ゆびきり……なんだ?」

「これやったらちゃんと約束守らないとダメなんだよ」


 ゆびきりの起源は結構怖いんだからな。なんてったって心中立てとして、遊女が切った小指を客に渡したのが始まりだからな。破ったら拳で一万回殴られて、針を千本飲まされるのにも納得の重さである。


「そうなのか…それならば、ちゃんと守らないといけないな」


 神妙そうに頷くレイを見て、私はご褒美として癒しを得られることに小さくガッツポーズをする。よし、パンダを見るためにテスト頑張ろう。




 こうして、私の過酷なテスト期間が始まった。

 基本的に起きている間に勉強し、寝た後は勉強疲れをレイに慰めてもらう、というのを繰り返していた。

 得意な文系科目は特に何事もなく順調に進み、何なら試験範囲外のところまでやってやろうかというほどだったのだけれど、やはり数学で躓いた。やっているうちに基礎問題は解けるようになったけどなったけど、応用問題がぜんっぜんわからない。無理。

 数学の勉強をした日には死にそうな顔になっているらしく、最初はレイを本気で慌てさせてしまった。ごめんねレイ、まさかそこまでひどい顔してるとは思わなかったんだ。


 そんなこんなで中間テストの日がやってきた。初日は古典と現代社会と英語Ⅱだ。英語は苦手だけど、他二科目の分の勉強時間をあてたから、恐ろしく悪くても赤点回避はできてるだろう。

 二日目は現代文と日本史だ。これは両方得意科目なので何の問題もなく解けた。

 そして残すは三日目のみとなった。学校から帰って少し休憩してから勉強を始めてみたものの、一向に進まない。それどころか漫画やゲームの誘惑に負けそうになるし、気が付いたらスマホに手が伸びている。

 ううう。もうこうなったら最終手段だ。

 スマホは机の上に置き去りにし、教科書やノート、問題集、ペンケースを抱えてベッドの上にダイブする。

 そのまま眠りに付けるように、きつく目を閉じた。





「リン、また随分と早いな」

「っレイ!勉強するから監視してて!!」

「……は?」


 レイの声が聞こえると同時に飛び起き、ベッドから飛び降りて部屋の隅にあるテーブルに抱えていた勉強道具を叩きつけた。

 いきなりそんなことを言いだした私に、レイは一瞬ぽかんとしていたものの、すぐにテーブルのところに椅子を持ってきてくれた。


「監視っていうのは、リンが勉強するところを見ていればいいのか?」

「そう!それでもし集中力が途切れそうになったりなんなりした時は、頭叩くなりほっぺ抓るなりして!」

「よ、よくわからないが、わかった」


 レイはもう一つ椅子を持ってくると、私の邪魔にならない程度離れたところに置いて腰かけた。

 もう自分の部屋で勉強してても遊びそうになるし、図書館の自習スペースとか行っても多分気が付いたら本を読んでそうだ。

 だったらもうレイに監視されながら勉強するのが一番効率的だと思った。

 手始めに数学の問題集を開く。基礎問題はめちゃくちゃ頑張った結果、基本問題はばっちり解けるようになった。でも、応用問題はやっぱりわからない。わかったとしても、解くのにものすごく時間がかかる。

 だから、本当に意味不明な問題はこの際切り捨てて、解けたやつを早く解けるようにする作戦を立てた。問題集から前に解けた問題と同じ系統の問題を選び、解き始める。

 黙々と問題を解いていると、刺すような視線が気になり始めた。ちらりと横を見ると、レイが私の言ったとおりに私の方を凝視していた。

 なんだろう、私が言い出しといてなんだけど、すっごいやりづらい。


「あの、レイさん?」

「どうした、わからないところでもあったのか」

「いや、そうじゃなくてですね……何もそんなにガン見しなくていいと思うんですが?」


 思わず謎の敬語が出てしまうくらいにはやりづらい。


「そうか、わかった」


 そう言うとレイは、手を一振りして本を一冊取り出すと、それを読み始めた。そうそう、そんな感じに片手間に監視しててほしい。

 私は視線を問題集に戻すと、再び問題を解くべく集中し始めた。



 どのくらい時間が経っただろうか。

 数学を一通り終え、英文をひたすら書き込み、地学の問題集を一周したところで、ひとまずシャーペンを置いた。

 大きく伸びをすると、ずっと同じ体勢でいたせいで凝り固まった身体がコキコキと音を鳴らす。横からパタンという音がしたので視線を移してみると、同じく本を読み終わったらしいレイが、本を閉じてテーブルに置いていた。


「終わったのか」

「終わったっていうか…とりあえずまあ一通りはできたよ」

「そうか。それは何よりだ」

「うん。…はああ~……脳みそ酷使した……」


 テーブルに突っ伏しながら唸っていると、横から仄かに甘い香りが漂ってきた。それに反応して顔を上げると、いつのまにかティーセットを出したらしいレイが、ティーカップにミルクティーを注いで私の前に置いた。


「気遣いの鬼かよ……」

「ん?どうした?」

「なんでもない。いただきまーす」


 ティーカップを手に取って、少し香りを楽しんだ後口に含むと、上品な茶葉の香りに包まれた。だけど前に飲ませてもらったものよりも、ミルク感が強くて少し甘かった。身体が甘いものを欲してる今、こういう気遣いはありがたすぎて涙が出てくる。


「美味しい……美味しいよレイ……」

「な、なんで泣いてるんだ!?」

「涙が出ちゃうのは女の子だからだよ……」


 某昭和のバレーボールアニメみたいなことを言いながらちびちびとミルクティーに口を付ける。レイの気持ちがこもったミルクティーは、前よりもずっと美味しく感じた。



 それからは目が覚めるまで勉強して、また夜眠りについた後もひたすら机にかじりついていた。






 朝日のまぶしさで目を覚ます。自分史上一番勉強したと言ってもいいくらいなのに、疲れは全くない。いくら向こうで疲労困憊になることをしようとも、こっちでは寝ているから問題ないみたいだ。徹夜で勉強したも同然なのに、眠気はゼロだ。素晴らしい仕組みだな、これ。

 とりあえず抱えている勉強道具をスクールバックに押し込んで、制服に着替え始めた。






 ――――数日後。


 ようやく全てのテストが返却された。

 なんと、苦手科目全てが赤点回避しただけでなく、平均点に達していた。今までの自分では考えられない高得点である。

 私ももちろんびっくりしたけど、何故かそれ以上に朱音がびっくりしていた。明日は槍でも降ってくるかもしれないとまで言っていた。失礼な。

 その日の夜、テストの答案用紙を抱えて眠り、結果をレイに報告した。


「そうか。頑張っていたからな。それに見合った結果がついてきたんだろう」


 と、レイは笑って言ってくれた。朱音の反応とは雲泥の差である。


「じゃあ、約束通りパンダが見られそうな日教えてね!」

「ああ。おそらく気配を読み取る限り、五日くらいの周期でこの近くにやって来るようだ。次に見られるのは三日後だな」


 三日後か。今が週の真ん中だから、週末になれば見られるってことね。


「わかった!じゃあその時に連れて行ってね!約束!」


 レイが微笑んで頷くのを見届けて、また小指を絡めた後、今晩何をするかを考え始めるのだった。

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