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どうにかこうにか顔の熱を引かせ、平常心を装って魔王さんに向き合う。
さて、今日はどんな話題で話そうか。
「そういえば魔王さんって、お酒飲んだりするんです?」
「酒?」
バイトのお酒品出し地獄の影響で、脳内にお酒というキーワードが色濃く残ってたから思わず会話のネタにしてしまった。それに、私自身はまだ未成年だし、お酒飲んだことないけど、家が酒屋だと無駄に視界には入ってくるからな。
「時々、ワインを飲む程度だな。でも特に好きだから飲んでいるわけではない」
「へー、ワインですか。というか、好きじゃないならなんで飲むんです?」
「……なんとなく、だ」
なんとなく、か。
大人の人が嫌なことを忘れるためにお酒を飲むっていうのは、聞いたことがあるけれど、実際アルコールを摂取したからといって確実に記憶が飛ぶわけじゃないだろうし、意味のあることなのかはわからない。
魔王さんも、忘れたい嫌なことがあるから特に好きでもないお酒を飲んだりするのかな……考えすぎかな。
「お酒って美味しいんですか?」
「リンは飲んだことないのか?」
「私の国では二十歳以上にならなきゃ飲んじゃいけないんですー。まぁ、家が酒屋なんで身近といえば身近ですけど」
でも酒屋なだけあるのか、私の一家はみんな酒が強い。お父さんも涼しい顔して日本酒何合も飲んでるし、おじいちゃんも年なのにとんでもない量を飲んでたしな。お母さんも水飲むみたいに日本酒飲むし。血筋的には私もお酒は強いのかもしれないな。
「結婚できる年齢なのに、酒は駄目なのか」
「まぁ、健康上の理由とか色々あるみたいですけど。あと年齢的に飲めても弱い人とかいますし」
お酒って一口に言っても種類はとても豊富だし、度数も様々だ。強い人からしたらカシオレなんてジュースに等しいのだろう。でも弱い人ならそれでも潰れる。
「リンの家で売っている酒なら飲んでみたいな」
「ワインみたいな葡萄酒じゃなくて、お米から作られた清酒ばっかりですよ?」
「だが、それがリンにとっては馴染み深いのだろう。飲んだことはなくても」
「そりゃあ、まぁ……」
生まれた時から近くにあったものだ。家族はみんなお酒好きだし、私も大人になったら普通に飲むもんだろうと思ってたけど。
「機会があったら、魔王さんにも飲ませてあげます。小さい店舗ですけど、全国からいいお酒沢山仕入れてますし」
「そうか。楽しみにしてる」
とはいえ、勝手に持ち出すのは無理だろうな。私が成人してれば飲みたいから分けて、で済むけど、あと三年は無理だ。魔王さんがこっちに来れればいけるけど。まあ無理だろうな。
「酒が飲めないなら、リンは普段何を飲んでいるんだ?」
「え?うーん、まぁお茶とかジュースとか色々飲んでますけど……一番飲んでるのは紅茶ですかねぇ」
紅茶といっても、茶葉からこだわって淹れてるとかじゃなく、ティーバッグの紅茶とかペットボトルの紅茶とかだけどね。それでも充分美味しいし、庶民としては大変満足なのであるが。
「紅茶か」
「はい。ストレートティーもレモンティーも好きですけど、ミルクティーが一番好きです」
特に茶葉二倍とか、牛乳で煮出したりした濃いやつ。ついつい売ってると買ってしまう。最近だと甘くないやつにもハマってる。美味しいし何より罪悪感なく飲める。
脳内で色んなメーカーのミルクティーを思い浮かべていると、魔王さんが軽く手をひと振りした。
次の瞬間、ベッドサイドにあったテーブルにいかにも高そうなティーセットが並んでいた。
「え、何やったんですか今の!!??」
「このくらいなら魔力を具現化すれば出せる」
「魔力すごっ!!」
「まあ、魔力だけは無駄にあるからな」
「魔王さん、これ、飲んでもいいですか!?」
「好きなだけ飲め」
「はいっ!」
ティーポットを傾けると、微かに甘い香りのミルクティーがティーカップに注がれた。飲んでないのに既に美味しそう。
もう一つのティーカップに魔王さんの分のミルクティーを注ぐ。ソーサーに乗せて魔王さんの前に起き、自分の分のミルクティーに口をつける。
「―――!」
瞬間、口の中いっぱいに上質な茶葉の香りと濃厚なミルクの旨味が広がった。
「お、美味しい……!!」
間違いなく今まで飲んできたどのミルクティーより美味しい。ミルクはとても濃厚なのに、茶葉の香りはちゃんと引き立っていて一切邪魔してない。茶葉自体がめちゃくちゃ良いものなんだろう。ストレートで飲んでも絶対に美味しい紅茶だ。
「紅茶はあまり飲まないが、たまにはいいな」
「私も、こんなに美味しいのはたまにでいいです……」
こんなに美味しいものを飲み慣れたら、市販のやつなんか絶対飲めなくなる。
それにしても、軽く手を振っただけでこんなの出せるなんて、魔力って本当にすごいな。働かなくても生活できるじゃん。合法的にニートになれそう。
「リンが飲みたいなら、毎日出してやるが?」
「たまにでいいですよ」
美味しいものはたまに食べたり飲んだりするからより一層美味しく感じるのだ。
「でも、気持ちは嬉しいです。ありがとう魔王さん」
「…ああ」
ふわりと魔王さんが微笑む。やっとこの笑顔にも見慣れてきたかもしれない。もっと沢山笑えるようになればいいな。
しばらくミルクティーを堪能しながらチョコレートを食べる。深夜になんて贅沢だ。寝る前に食べたチーズケーキのことを考えると冷や汗が出るが、まぁ暴食しまくってるわけじゃないから大丈夫としよう。
「そういえば、魔王さんが普段読んでる本ってどんなのなんです?」
「本?内容ならこの間話したと思うが……」
「それはそうなんですけど、文字とか、あとは本の製本がどんなのか見てみたくて」
「リンはよくわからない所を気にするな……」
魔王さんは不思議そうに首を傾げながらも、ミルクティーを出した時みたいに軽く手を振る。すると、分厚いハードカバーの本が三冊ほどテーブルの上に出現した。またしても魔力か。ホントに便利だなこれ。
手に取って開いてみると、見たこともない文字が細かくびっしり書かれていた。アルファベットでもハングルでもアラブ系の文字でもない、本当に知らない字だ。目が痛くなりそう。
「読めない…」
「読めない?リンは学生なのではなかったか?」
「私が普段使ってるのと全然違う字です…紙とペンありますか?」
「あるぞ」
またしても手を振ると、羽ペンにインク、そして羊皮紙が出てきた。更に異国感が強くなったな。
てか羽ペンも羊皮紙も使ったことないんだけど。うまく書けるかな。
慣れない筆記具に四苦八苦しながら、とりあえず『柊木鈴』と書いた。迷ったらとりあえず名前書いちゃうのってなんでだろうね。
「魔王さん、これ読めます?」
「……読めん。なんて書いてあるんだ?」
「私の名前です。こっちの二文字で柊木、この一文字で鈴です。あ、ひらがなとかカタカナで書くとまた違いますけど」
『柊木鈴』と書いた下に、『ひいらぎりん』、『ヒイラギリン』と書く。自分の名前が三つも並んでると何とも言い難い気恥ずかしさがある。小学校に入学したばかりの時みたいだ。
「一番最初に書いたのが漢字で、その下のがひらがな、一番下のがカタカナです。私の国ではこの三つを組み合わせて使ってるんです」
「そうなのか…国が違うとこうも違うものなのだな」
「というかそう考えるとなんで喋るほうは言葉通じるんだろうってなるんですけど」
未来のネコ型ロボットの秘密道具の翻訳してくれる蒟蒻みたいな力が働いているんだろうか。まあ全く言葉が通じないのよりかはいいんだけどね。異世界マジックか何かか。
そんな風に思いながら、羊皮紙の空いたスペースに『魔王』と書く。うん、やっぱり字面からして強そうだ。
「それはなんて書いたんだ?」
「魔王です」
「…………」
何故か魔王さんはむっつりと黙り込んでしまった。だってしょうがないじゃん。魔王さんの名前知らないもん。
「名前を書いてほしいなら教えてくださいよ」
「――――ない」
「…え……?」
「名前は、ない。生まれた時から今まで、名前はなかった」
―――――――うそでしょ。
最初教えてくれなかったのは、ただ単に警戒されていたとかそういう理由だと思ってた。名前が必要ないって言ってたのも、ただ単に名前を言う機会がないからだって。
でも、まさか、今まで自分の名前すらない状態で生きてきたなんて。
私の知らない魔王さんは、いったいどんな人生を送っていたのだろう。
だけど、それなら――――
「―――わかりました」
「リン?」
「私が付けます、魔王さんの名前」
「――え?」
「ちょっと待っててください!今考えるんで!」
困惑する魔王さんをよそに脳内データベースを検索する。前に創作にハマってた時に外国の名前は意味も込みで調べまくったんだ。何かいい名前があるはず。
ひたすら記憶の引き出しを探る。あれでもないこれでもない、と次々と候補を消していく。
頭がショートしそうになった時、パズルのピースがぴったりはまったような名前が思い浮かんだ。うん、これしかない。
「………レイ」
「―――っ」
「今から魔王さんの名前はレイね!」
「―――――レイ」
「そう、レイ。私の国ではないのだけれど、この名前には、明るく光り輝く人生になりますようにっていう願いが込められているんです」
その名前に込められた願いを見たときに、シンプルなのになんて素敵な名前なんだろうって感動したのを思い出した。魔王さんに付けるのに、これ以上ぴったりな名前もないだろう。
今までの人生がいいものでなかったとしても、これからは明るい人生であってほしいから。
「……もしかして、気に入らなかった…とか?」
「っいや、そうではない。…ただ……」
「…ただ?」
「今、自分の感情が、よくわからないのだ。楽しいときとも違う、この形容しがたい感情が…」
少しうつむきがちな魔王さん―――レイは、服の胸元を握りしめながらか細い声で言う。顔も若干赤らんでいるようだ。
「……嬉しい、んじゃないですか。私が言うのもなんですけど」
「……嬉しい」
「そうです。……って、私が肯定するとなんか自意識過剰っぽいですけど……でも、嫌じゃないんですよね」
「それだけはない、絶対にだ」
「そうですか。なら良かったです」
「―――そうか、これが嬉しいという感情か」
そうつぶやきながら、心からの笑顔を浮かべるレイ。良かった、脳みそショート寸前まで考えまくった甲斐があったぞ。
「これからはもっともっと嬉しいことありますよ、レイ。……うーん、レイさん、んー…レイくん??」
呼び名を変えると、途端にどう呼んでいいかわからなくなるな。あと私自身、魔王さん呼びを気に入ってたのかもしれない。
「レイ、でいい。あとその敬語もいい」
「え、でも私の方が年下ですし……」
「俺がいいと言ってるんだ。その方が嬉しい」
「……そう言うなら」
レイ、と改めて呼ぶと、なんだ、と返してくれた。なんだろう、改まって呼ぶとなるとむず痒い。
「改めてよろしく、リン」
「……うん」
何故かそうやって返すのが精一杯で、その日は意識が途切れるまで、まともにレイの顔を見ることができなかった。




