異世界で “人間” は俺と彼女だけ⁉
思いついたネタをテキトーに短編として書いてみました。
なんの因果か、俺はある日突然、異世界へと迷い込んだ――その異世界では人間は絶滅種だった。
――夏休みが始まって間もない頃。猛暑にうだりながら俺は一人で地元から一番近い海へとやって来た。
もちろん理由は涼むため……なんかじゃない! そうナンパする為だ!
去年は同級生の女の子たちと甘く切ない夏を過ごそうとしたが見事に失敗した。だから今年は俺のことを知らない女の子と過ごそうと考えたのだ。
そう、去年失敗したのには理由がある。それは俺のあだ名が原因――《邪あけすけ》という異名のせいだ。平たく言えば、助平だと学校では有名なのだ。
ここなら俺を知っている女の子は居ない。なにより経験豊富なお姉ぇさま達が沢山……期待せざるを得ないじゃないか⁉
さぁ、レッツナンパ! ――――結果は惨敗。
夏が解放感を誘う……なんて誰が言いやがった! 誰一人として相手してくれなかったぞ。むしろ、大半がカップルじゃないかぁぁああ⁉ あっだからこそ解放感なのか。
くそぉぉお、去年に引き続き失敗か……いやいや、夏はまだ始まったばかり諦めるにはまだ早い。たかだか30人のナンパに失敗しただけじゃないか。周りを見れば、可愛い水着の女の子で溢れているんだ、チャンスはまだある。
待っててね、可愛い子ちゃん! なんて恰好つけて岩場で決意を固めていたら……高波にさらわれた。
どんどんと水底に沈み、意識が遠のいていく――
意識を取り戻し、目を覚ますと一人草原に倒れていた。
はじめは死んで天国にでも来てしまったのか、と疑った。だって、目の前に広がる景色はとても壮大で綺麗だったから。
どこまでも続いているのではないかと思うほどの広漠とした草原。
遠目には、スペインにある世界遺産のピレネー山脈のような高く美しくそびえ立つ山々。
心地良い風と共に綺麗な空気。
それらを五感全てで感じ取り、俺はまだ死んでいないことが理解る。
俺は生きている。だとしたら…………ここはどこ?
まさか深海には未知の生命体が秘かに住んでいて、ここがその生活圏なのか。いやぁ……さすがにそれはないよなぁ。深海にこんな世界が広がっているとは思えないし……やっぱ、俺ってば死んでる?
でもなー、この草を触っても現実感あり過ぎるんだよなぁ。どうにも死んだという実感が湧かない……というのはおかしな話だけども、生きている実感しかないんだよな。
「とりあえず、その辺りを散策してみるか……」
今はそれしかないよなぁ。しかし海パン一丁だと、どうにもなぁ情けない姿だ。
仮にここが死後の世界ではなく、現実世界だとしら……誰かに助けを求めるしかないな。なんたって漫画やゲームと違って、俺はただの高校生だもんなぁ。
幸い気候は暖かい、海パン一丁でも問題はないとは言え傍から見れば変態でしかないからなぁ。声を掛けて逃げられるかもしれない。そこが不安だな。
少しばかり――30分ほど歩いてみたものの、なにも無いな。見渡す限り草原が続くばかりか……道も見えないし。こりゃ困ったな、誰かにここがどこか聞きたかったんだがな。町でもあると非常に助かるが、道にでも出れればなんとかなるとは思う。
それにしても、綺麗な景色だ……困り果てているというのに、我ながら暢気だとは思う。
「のんびりとした気楽な一人旅ってとこかな♪」
この大自然を見るとよほどの田舎なんだろうな。こうなると熊とか出ないか不安になってくる。
歩き続けて森が見えてきたし、獣のたぐいが生息していてもおかしくない。鹿なら襲われることはないだろう……鹿とは言え野生動物に変わりにないのだから油断はしない方がいいだろうけど。
「……ん? 今、草が揺れたか?」
少し離れた草原と森との境界線とも言うべき、茂みが風もないのに揺れた。あーやっぱ野生動物はいるんだね。鹿ならいいが……熊や猪なんかだったら勘弁してくれよ。
身構えながらじっと不規則に揺れる茂みを見つめる。こちらを様子見でもするように、ゆっくりとした動きで近づいて来ているみたいだ。
逃げればいいものを――人間ってこんな時って逃げないんだよな。怖いもの見たさやつなんだろうな。
「……あーっと、猪か?」
茂みから顔を出したのは多分猪だ。俺の知っている猪の姿と多少異なるから多分。
その猪は下顎から生やした牙が異様にデカイうえに、体もデカイ。熊くらいあるじゃないか……そんな猪が日本に生息していることに疑問だが。確か海外には《 ホグジラ 》ってとんでもなくデカイ猪がいるなんてネットで見かけたことがあるが、それが日本にもいるなんて聞いたことがない。
目が合う――えっと、熊は目を合わせながらゆっくりと後退るのが対処として正しいんだったよな。猪にも通じるか分らないけど……なんかヤバイ雰囲気だ。
「だぁあああ! やっぱこっちに向かって来た⁉」
悪い予感ほど良く的中する。
猪突猛進とはまさにこのことだろう。デカイ猪は俺に向かって物凄い勢いで走り出した。
もちろん、逃げる、全力疾走で逃げる――超怖ぇぇよ。
「ひぃぃい! 誰か助けてくれぇぇえ⁉」
見渡す限り草原しか見えず人がいるとは思えないが、叫び声をあげる。
頼む! 誰か俺の悲痛な叫びを聞いて助けに来てくれ!
「――猪ってこんなに速いのかよ⁉ ヤバイ追い付かれる⁉」
「今助ける!」
「っえ⁉」
もう駄目かと思った。死を覚悟して目を瞑ったその時、誰かの声が聞こえてきた。それと同時に背後に大きなもの同士がぶつかり合う鈍い衝撃音も聞こえる。
後ろを振り返ると、離れた場所に猪が倒れている。どうやら声の主が吹き飛ばしたみたいだ……あの巨体に対してそんなこと可能なのか。
「オオォォオオォオオォ!!」
その人は怯むことなく猪へと駆け出した。そしてあろうことか、あの巨大な猪を自分の肩の上に仰向けに乗せ、喉元と後腿を掴みながら力任せに猪を真っ二つにした。
「嘘……だろ……」
「ふぅ……いやはや、すまないことをした。食糧にと狩ろうとしていたのだが、取り逃がしてしまってね。興奮状態のところに君を見つけたのだろう」
「あ、いや……ありがとうございます」
助けてくれた人がこちらに近づいて来る。
なにはともあれ助かった――
「「 なにぃぃいい⁉ 」」
二人して大声をあげてしまう。
改めて助けてくれた人の顔を見てみると驚いた。馬面の男――馬の顔に似た人と言う意味では無く。頭部が馬そのもので、身体は筋骨隆々とした人間のマッチョメンだったからだ。
「――サムソン、大きな声を出してどうした?」
「姐さん。こいつぁ、一大事ですよ!」
「え? え? なに?」
どうやら馬の人の名前はサムソンと言うみたいだな…… “人” と呼んでいいのか悩むけど。
そのサムソンさんに声を掛けたのは女性だった。
とても綺麗な白藍色の長髪をし、瞳は金色で輝きを含みながらも澄んだものだった。見た感じ……同い年くらいかな? それでも大人びて――美人でありながらも可愛い容姿をしていた。美少女とはこの娘のためにある言葉だと確信してしまうほど、魅力的な女の子。
「――ッ⁉ そ、そんな」
「間違いないと思いますよ、姐さん」
「さっきから、一体俺がなんだって――うひゃ⁉」
馬男のサムソンと姐さんと呼ばれている美少女は、俺を見て驚いている様子を見せる。
別に俺はただの高校生でしかないんだけどな、なにか変……あー、海パン一丁なのを忘れていた。けれど、どうも俺のことを変態と間違えられてもおかしくない姿に驚いている感じじゃない。
そう疑問を抱いていると、美少女が突然俺の身体のあちこちを触り始めた。こんなにも美少女なのになんて積極的な娘なんだ。
「角のや鱗、亜人種の特徴がなに一つない。本当に人間だ」
「やりましたね、姐さん」
「人間……あー! そうだよ、君たちは日本人どころか、一体何者なんだ? 特にそっちの人は……」
美少女に気を取られていて、忘れていたが……サムソンさんは明らかに人間ではない。それに美少女にしたって、髪色がおかしい。そんな人種がいるなんて見たことも聞いたこともない。
改めて二人にここがどこなのか尋ねてみた。すると驚くべき事実を知る事となった。
話を聞く限りではどうやらここは日本ではないようだ。一言で言えば――異世界。剣と魔法の世界、ゲームにあるRPGのような世界みたいだ。そして、その魔法によって俺の世界とは異なる文明を築き上げている。
その異世界の名は――《 イクティア 》。
亜人種しかいない世界……いや正確には、人間種は絶滅したと目される世界。目の前にいる美少女である……名前を《 エミリー=ティアレット 》も人間種だ。
彼女は数少ない人間種の生き残りで、同種族である人間を探し世界中を旅している最中だと言う。
そこへ突然人間である俺が現れたもんだから驚愕したとのこと。
「――なるほどね、この世界では人間は絶滅危惧種って扱いなのか」
「その通りだ。だが、世間は皆一様に人間は絶滅したと思っている。それが悔しくて……」
「そこへ兄さんが現れたってとこですよ」
「いやいや、俺はさっき説明した通りに、いつの間にかここに居ただけなんで。あっ言い忘れてました、俺の名前は横島 陽輔。よかったら今後ともよろしく」
「あぁ……こちらこそ、よろしく頼む!」
なるほどねぇ……確かに人間が絶滅寸前では、彼女が必至になるのも理解できる。
だがしかし――俺にとっては大変ありがたいことだ。なんたって、大義名分があるのだからな。
では、遠慮なく――
「エミリ~ちゅわぁ~ん! 一緒に種族繁栄に励もう~」
「なっ⁉」
「させるか! サムソン・エルボー!」
「ぶ、べらぁあぁあああ!」
「い、いきなりなにをするか⁉」
「いや、ナニですけど……」
「兄さん……いくらなんでも節操は持つべきですぜ」
おかしい……なぜエミリーちゃんは俺を拒絶するのか。彼女はその為に人間を探していたのではないのか。ここは俺と共に種の存続をするのが、この世界の為ではないのか。
あぁ、そうか……そういうことか。
「いやいやごめんね、エミリーちゃん」
「あ、いやその……理解ってくれればいいんだ」
「そうだよぇ、サムソンさんの言う通りに節操がなかったよ。そういった行為は、外でするもんじゃないよね。じゃあ、早く町にでも行って――」
「サムソン・アックスボンバァァアア!」
「はっぶしっ⁉」
「お、お前には節操というものが無いのか⁉ 恥ずかしげもなく、よくそういうことが言えるな!」
「でも、エミリーちゃんもそのつもりで旅してたわけだよね?」
「…………」
あらあら、まぁまぁ。この娘ったらそんなに顔を赤らめて恥ずかしがるなんて。
なんて、そそ――もとい、可愛い反応を見せるじゃあ~りませんか。
「もう辛抱堪りませーん!」
「だからやめろ――サムソン・スペシャル!」
「うぎゃぁぁぁああああああ!」
説明せねばなるまい。
サムソン・スペシャルとは――リバースゴリースペシャルボム、キャノンボールバスター、マンハッタンドロップ、パワーボム、ドクターボム、マッスルバスターと連続で投げ技を放つ、サムソンの必殺技の一つである。
薄れいく意識の中で俺は思った……おかしい、この異世界イクティアで俺と彼女はアダムとイヴになるはずじゃないのか、と。
「どうします、姐さん?」
「くっ……こんなろくでもない男でも……希少な人間であるのは事実。仕方ないから連れては行く」
「姐さんの事情は察しますがね。こんな男は釣り合いませんよ」
「わかっているよ、サムソン。だからこの男は保険の保険だ。もしこの世界に人間が私とこの男しかいないのであれば――」
「姐さん! その志し立派です! このサムソン最期の時までお伴致しますぜ!」
「ありがとう、サムソン。では、改めて人間――まともな男性を探す旅に出よう!」
こうして、俺と彼女……とサムソンの三人で、人間を探す珍道中が始まった。
俺が異世界イクティアに迷い込んでからそれなりの月日が流れた。その間、生き残った人間の噂を頼り探し回ったが……見つからなかった。
いや、居なかったわけではないのだが……元人間と成ってしまっていた。
例えば、吸血鬼に咬まれた男性が居た。そう吸血鬼に咬まれるということは、それは吸血鬼に成り果てるということだ。ちなみにその二人は夫婦でもあった。
またある男性は、猫人の女性と愛し合ったが猫人の一族が人間との結婚は認めないとなり、二人は駆け落ちすることに……しかも、その一族との不仲を俺たちが解決することになった。エミリーちゃんにとっては、本末転倒に他ならない。
そのようなことが続き、未だに俺と共に旅をしている。
それにしても、人間の男性に会うがことごとく目的達成には至らない。俺が言うのもなんだけど、エミリーちゃんって本当に男運が無いよね。
もういい加減、諦めて俺と幸せな家庭を築けば良いものを……それでもこれまでの旅の中で苦楽を過ごしてきた仲だ。出会った頃と比べると、だいぶエミリーちゃんが心を開いているのがわかる。このまま押せ押せで行けば、その内エミリーちゃんは折れる――いや、俺に惚れるだろう! むしろ、脈ありありだと思う。
だから――
「エミリ~ちゅわぁ~ん! 一緒に種族繁栄に励もう~」
「だから――それはやめろっと言っているだろう!」
「げ、ぼぉああぁぁぁあああ!」
「姐さん、強くなりましたね。サムソンは嬉しいですぜ」
『異世界で “人間” は俺と彼女だけ⁉』~完~
最後までご愛読してくださり有難うございました。