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ギタギタとの邂逅

町を出て、しばらく歩くと、現れた

「おい!ちょっと待てぇ!」


汚ない呼び声に振り向くと、汚ならしい格好の小太りとガリガリな男が立っていた。


「ここがどこだかわかってんのかぁ!?」

「ちゃんと地図は持って歩いているから大丈夫だ」

「場所を聞いてるんじゃねぇんだよ!」


苛立ちを隠せないように、小太りの男の前に細身の方の男が前に歩み出た。


「この一帯は俺たちの縄張りだ!勝手にデカイ顔して歩かれちゃ困るんだよ」

「そんなことはない。後ろのお前のほうがぶつぶつでデカイ顔してると思うが?」

「そういう物理的な話してんじゃねぇんだよ!話通じねえのかお前!?」

「そうだよお前!ぶつぶつとか人が気にしてること言っちゃダメなんだぞ!」

「いや、お前もそこに食い付くなよ」

「でもさ、兄貴…この肌は生れつきで…」

「だから肌のことは今はいいんだよ!」

「兄貴…ありがとう!俺、頑張るよ!」

「そうだそうだ、って違ーう!!」


程度の低い掛け合いを見せられて、少し気が滅入ってしまう。まあ、そもそもは私が話を振ったようなものでもあるので反省すべきなのかもしれない。


「もう、行っていいのか?」

「いや待てよ!」


二人を置いていこうとすると、細身の男がまた苛立ちながら声をかけてきた。きっとカルシウムが足りない。


「お前、世間知らずか?まあいい。俺達はこの辺りを縄張りにしている盗賊、ギタギタ団だ!聞いたことあるだろ!どうだ!」

「すまん、そんなラーメン屋の床みたいな団体は知らん。マシマシだかバリカタだか知らないが、先を急いでいるんだ。じゃあな」

「いや待てよ!」


細身の男がさらに苛立ちながら声をかける。間違いなくカルシウムが足りない。


「お前、俺達を舐めてると痛い目に会うぞ!それが嫌ならさっさと金目なものを出しな!」

「そうだぞお!」兄貴は怒ると恐いんだぞ!この前も俺っちが勝手に兄貴のプリン食べたら1週間も口聞いてくれなかったんだぞぉ!」

「それは怒るな。仕方ない」

「でも食べたかったから仕方ないんだな」

「そうだな、仕方ないな」

「おい!いい加減にしろ!!」


今度こそ堪忍袋の緒が切れたようで、細身の男はついにナイフを抜いた。


「さっきからナメやがって!少し痛い目見なきゃわかんねぇみたいだな!俺らのことも知らないし、余程の馬鹿か田舎者らしいが、その体にギタギタ団の恐ろしさを切り刻んでやるよ!」


敵意むき出しなのは分かるが、切り刻まれたら何も残らないのではないかと言いたかった。だがこれ以上怒らせたらカルシウム不足で死んじゃうのではないかと心配になってきたので、仕方なく相手をすることにする。まあ、この程度で命を奪っては勇者の名が落ちてしまうので、少し力の差を見せればいいかと思ったそのときであった。


「待ちなされ」


唐突な、いきなり老人の登場に細身の男も動きを止めてしまった。


「悪さなどやめて、アジトへさっさと戻りなされ」

「なんだこのジジイ!?」

「なぁに、ただの通りすがりの老人じゃよ」


格好よく登場した老人は、本当にただの老人だった。というか、その老人は私がひとつ前の町の酒場で絡まれた、酔っぱらい爺さんだった。


「ジジイがなんの用だ!」


ペースを乱され続けている細身の男が激昂しているが、それについては私もどう意見だった。なぜ酒場の老人がここにいるのか、なぜかっこつけているのか、本当に謎ではあったが老人が転ばないように持っていた杖を前に掲げるような体勢になったとたん、全てを理解した。


「汚ならしい盗賊ども、もう一度忠告しておこう。悪さなどやめて、アジトへさっさと戻りなされ」


酒場で絡まれたときも、ここへ来たときも感じることができなかったが、この老人の体の奥底からは、今になってはっきりと大きな魔力の泉のようなものを感じた。


「死にたがりが…なら、先にやってやるよ!」


業を煮やした細身の男が駆け出し、その後から小太りが続いた。距離は十分だった。集中した様子で老人は眼を閉じたまま詠唱を始め、そして…


「た、助けてくれー」


意図も簡単に捕まった。


「いや、何しに来たんだよ爺さん!」

「すまん!助けるつもりだったんじゃ!」

「無理するからだろ!」

「違う!酔ったせいで、詠唱を忘れたんじゃ!」

「余計にたちが悪い!」


つい、言葉が汚くなってしまったが、私もいささか冷静ではいられなかったのだからご理解いただきたい。自称助けにきた老人は盗賊に捕まり、完璧に人質と成り下がった。


「ちっ!余計な面倒かけさせやがって」

「ああ、それについては同感ではある」

「なんでじゃ!助けてくれ、頼む!」

「ガタガタうるせぇんだよジジイ!おいお前!こいつの知り合いか?助けて欲しければ、金をだしな」

「いや、そこまで知り合いというわけではないんだ」

「う、裏切りものー!まったく、これだから最近の若者は!」

「勝手に来て、勝手に捕まったのはあんただろ?」

「老人を助けないなんて、人の道に外れてるとは思わんのか!」


老人に道徳を説かれるのは面倒だが、何より、人助けをするのは勇者としては基本的なことだった。勇者経典の第2章、1-2「勇者とは困った人を助けるものである」に記されている通り、私は最低限は勇者としての振る舞いをしなくてはいけない。

あの老人がこの場合の困った人、かどうかはさておき、人質となっている老人は前置きは助けなくてはいけないのである。面倒ではあるが…


「まあ、なんだ…あの…その人を離しなさい」

「なんじゃ、その言い方は!もっと気持ちを込めんか!」

「あんたは少し黙って捕まってろよ!」

「さっきからごちゃごちゃうるせぇな!おい、爺さん殺されたくなければ、有り金を全部置いていくんだよ!」

「それは困る。このお金がないと…」


そういいながら金の入った小袋を見せると、細身の男がわかりやすく反応した。


「これがないと私はとても困るんだ」

「ちゃんとあるじゃねぇか。おい、それをよこしな」

「だからな、これがないと困るんだよ」

「うるせぇな!いいからよこせ!」

「どれを?」

「あ?その手に持ってる金の入った袋だよ」

「なんでだ?」

「お前、頭おかしいのか?いいからよこすんだよ!」

「なぜだ?」

「あぁ!?こいつを殺してもいいのかよ!?」

「その爺さんならもう逃げたぞ?」

「何!?」

「何を言う?わしなら逃げとらんが?」

「あ?おい、一体何を…!!」


細身の男が目をそらしたその瞬間に、私は目にも留まらぬ速さで男の横を駆け抜け、持っていたナイフを奪い去った。


「このナイフ、お土産屋さんで売ってたのと同じだな。盗賊を名乗るならもう少しまともなものを持ったほうがいいぞ?」


何が起こったのか細身の男にはすぐに理解できなかったが、握りしめていたはずのナイフが私の手にあるのに気がつき、驚いたような顔をした。


「な、何をした!」

「危ないからこれは預かることにする」

「このやろう…いいから返しやがれ!」

「いや、返したらダメでしょ」


「ゆ、勇者ファントムだ!」


ボーッとしていた小太りがキラキラした顔をしながら叫んだ。


「あ、あれは勇者ファントムです!勇者が使う技の一つで一瞬のうちに相手の間合いに入り込んでしまうところから、相手がまるで幻想を見ていると錯覚することからそう呼ばれているんです!この技の習得には血の滲むような努力と、それを可能にする超人的な肉体が必要だと雑誌に書いてありました!いやー、生で見られるなんて感激ですよ!」

「は?ど、どうしたお前…」

「兄貴!勇者ですよこの人!ね、そうですよね!」

「まあ…そうではあるが…よく知ってるね…何で?」

「はい、去年の夏に出た月刊勇者様の今、この技がアツい!で特集されてたんで覚えてました!僕、毎月買って読んでるんですよ」

「そんな雑誌あるんだ…」


何で月刊誌があるのか、とか、何でそれを盗賊のお前が愛読しているんだとか、なんでそんなにキラキラした目をしているんだ、とか言いたいことはいろいろあったが、とりあえず細身の男には状況が伝わったらしかった。


「く、何でこんなとこにそんな御大層なやつが!」

「兄貴、ここは…」

「そうだな。ち、仕方ねえ!おい!退くぞ!」

「え、サインは貰わなくていいんですか!?」

「馬鹿野郎!どこに勇者からサイン貰う盗賊がいるんだよ!」

「でも!こんなチャンス…」

「うるせぇ!行くぞ!」

「あ、兄貴ぃー」


大股で立ち去る細身を追いかけつつ、チラチラと小太りがこちらを振り返りながら嬉しそうに頭を下げた。


二人が去ったあと、私は安物のナイフを返し忘れたことに気が付いたが盗賊のナイフなど律儀に返す必要もないと思い、ついでに奪ったさやと共に袋に詰めこんだ。勇者が盗賊からナイフを盗むなど、勇者らしくはないかと思ったが、町や村の樽とかツボを漁りまくった先代の勇者に比べれば可愛いものだと思った。


「いやー、さすが勇者殿ですなー」


老人が頭をかきながら笑顔で近付いてきた。


「当然なことをしたまでです」

「見事な腕前、さすが勇者殿!まあ、勇者殿ならあのくらいの賊は当然ですか。やはり捕まって正解でしたなー」

「いや、捕まったのはあんたのせいだろ。それに俺の正体だってあんたはさっき知ったでしょ」

「何を言いますか。ちゃんと知ってましたよ。半分は」

「何だよ半分って!残りはなんだ、残りは!」


これ以上の言い合いは時間の無駄なので、荷物を持って本来の目的を果たすためにこの場を立ち去ろうとしたとき、老人にガッチリと肩を捕まれた。


「まあまあ…ここでは、何ですから参りましょう」

「はい?」

「いやー、有難いことですよ。ささ、行きましょう行きましょう」

「はい?」

「いやいや、私の村のことですよ」

「え?」

「いやー、さすが勇者殿。素晴らしいタイミングでお越しいただいた。申し遅れましたが、私、実は小さな村の村長をしているのですが今、私の村で困ったことが起きているのでよろしくお願いします」

「え?」

「え?」

「いや、え?じゃなくて…」

「ささ、行きましょう勇者殿!」


勇者スキルの一つに「厄介事に巻き込まれる」と言うのが呪いのように継承されているとは聞いたがまさかこんなにも早く巻き込まれるとは思ってもいなかった。


「ちなみに何があったんですか?」

「ああ、そんな大したことじゃないですよ」


そんなことなら私を使うなと思ったが…


「まあ、ドラゴンの討伐ですから」


笑顔で話すこの村長の顔に酷く腹が立ったが問題は問題なので仕方なく村へ行くことにした。

それにしてもいきなり書物でしか読んだことのないモンスターと戦わなくてはいけないことにさい先の悪さを感じつつ、思い足取りを村長の歩幅に合わせ、我々はこの老人が長を勤める村へと進むのであった。

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