第9歩 初めての大会2
土曜日の夜、ヒナミは誰よりもはやく布団へ入った。
「おいヒナミ!なんで今日は早寝してんだ⁉︎腹でも痛いのか⁉︎」
「違うよ。明日大会に出るからちゃんと寝ようとしてるだけ。」
「大会って、区のドームのやつか?やめとけやめとけ。あれ、出るのは新人アイドルばっかだけど、どいつもこいつもレベルが高いって話だぞ。恥かくぞ。」
「大丈夫だよ、練習いっぱいしたし。ていうか、睡眠妨害しないで。」
そう言うとヒナミは、何食わぬ顔で布団を被った。
「こいつぅ…ああもうわかったよ!知らないからな!全く。あと!いつも妨害してんのはお前だからな!」
ナギサは電気を消し、ベットの中に入った。
日曜日、ついに大会本番がやってきた。ドームには200人ほどの新人アイドルが集まっていた。同じ灯明院学園の一年生もいれば、隣校の[林清路桜蘭学園]の生徒や、全く知らない他校の生徒も沢山いた。
「うわー。凄い人だね、ヒナミちゃん。去年はこんなに人いなかったのに。」
「楓先輩、去年も来たんですか?」
「うん、友達と一緒とね。でも、この大会は新入生しか出場できないから、今年はヒナミちゃんの応援役として頑張るよ。」
ヒナミと楓が長い出場審査列に並んでいた。すると、灯明院の制服を着たアイドルがこちらに近づいてきた。制服の色を見ると二年生だ。
「あら、牧菜さん、こんなところで会うなんて奇遇ね。まだこんなことを続けていたの?」
ヒナミは、その声がとても冷たく、少し怖く感じた。そして楓を見ると、今までに見たことの無いような恐い顔をしていた。普段見る笑顔で優しい顔の面影はなく、初めて見たときの様な乾いた目だった。
「ヒナミちゃん、後は学生証を見せるだけだから、一人で出来るわね」
楓はその生徒を睨みながら、ヒナミを見ることなく言った。
「は、はい。」
ヒナミがそう言うと、楓はその生徒とともにどこかへ行ってしまった。
「次、光里ヒナミさん、どうぞ。」
結局、楓は戻ってくることなく、ヒナミのライブへと順番が回ってしまった。
(楓先輩、どこ行っちゃたんだろう…。)
ヒナミがステージへ上がると、審査員や他のアイドルがこっちを見ていた。その人数は、学園のテストライブの比ではなかった。
「あ、あああ、あの、光里ヒナミです。」
(ダメだ…。口が思うように動かない…。)
頭を下げながら思った。自分がコミュ障なのはわかっていたが、ここまであがり症なんて…。
「では、お願いします。」
「…はい。」
ヒナミの頭の中は真っ白になった。曲が流れ始めたのに何も考えられない…。緊張と混乱が入り混じる中、微かに働く頭の中で、何か解決策はないかと考えた。
(誰か、誰か助けて…。)
「ヒナミちゃん!」
大勢のアイドルの中から一人の声が聞こえた。
(楓先輩…!)
その時、ヒナミの意識が戻った。すると、ヒナミは自分の身体が勝手に動いていることに気づいた。
(私…踊ってる…。いける…!)
その後の事はヒナミもよく覚えてはいなかった。ただ、いつもより体が動き、声が通っている様な気がした。
「はぁ…はぁ…、ありがとうございました。」
ヒナミは息を切らしていたが、最初の様な緊張は感じなかった。