失格
月明かりの射し込む薄暗い部屋のなか。アレンは壁とにらめっこをしていた。
「……」
カン!
耳を突き抜ける高い音が、部屋中に響いていた。
壁の高い位置に釘を打ち付け終わると、アレンはふーっと息をつく。釘を打ち付けた位置はアレンの目線よりも三十センチメートルほど高い位置のため、ずっと首を上げていたから頚椎が痛い。手を当てて、痛む辺りをさすっていると。
「静かにしろ!」
打ち付けた壁の向こう側から、鈍い音と共に低い声が響く。隣室のヴェドナーだった。だが、彼だって夜中に人を集めてパーティーを開くのだ、それのうるさいことこの上ないことったら。
お互い様だ。
自分にそう言い聞かせ、アレンは金槌をデスクの上に置く。そこには変な方向に曲がった釘が計三本。
大工仕事に就かなくてよかったな。騎士になっといてよかったな、と五年前、まだ進路すら決まっていなかった子供の頃の自分に言ってやった。届くわけがないのだが。
金槌の代わりに手に取ったのは、一本の麻縄だ。両手で握り締めて思い切り引っ張る。縄は上下に少し震えた。
輪っかをつくり、よく締める。
縄のもう一つの先端を釘にくくりつけて上手く縛り付ければ。
処刑台の完成である。
アレンは左右に揺れている縄を見つめると、肩を落とした。
「……ちんけ、だな」
もともと器用な方ではない。輪っかの元締めはなんだか変な結びかただし、打ち付けた釘は少し下に向いている。
まぁでも、大切な人を誰一人救えなかったどこぞの騎士なんかには、こんな麻縄がお似合いだろう。
自虐の笑みを浮かべる。首の痛みはもう治った。
いや、これから首を締めるのに、首の痛みなんか気にしなくても良かったのではないか?
つくづくおれは馬鹿だな。ステラに会いに行くのが、遅くなってしまう。
壁を背にして、麻縄に震える手を伸ばした。
死ぬのが怖くないと言ったら嘘だ。でも、ステラに会えない方が、ステラのいない毎日を無情に過ごしていく方が、よほど怖くて。
イザベルとか、騎士団の同僚とか。自分の死をとりあえず悲しんでくれたり、哀れんでくれたり、怒ってくれたりきっとするだろう。
イザベルも、死線を共に潜り抜けてきた同僚たちのことを考えないわけじゃない。
でも、ステラ。
『私がいなくて寂しい? そんなんじゃ、帝国の騎士サマなんて務まらないよ~?』
その通りだった。昔、ステラに言われた言葉、そのまんま。
騎士失格で、それでいい。死んでしまえば、何もない。意地とか資格とか思いとか、何もない。
さっき、騎士になっておいてよかったと思ったけれど。なぁ、ステラ。
もしもおれが騎士じゃなかったら。
はっとしてアレンは首を横に振った。
───そんなことばかり、考えてしまう。過去は、変えられないのに。
そして、そのまま。もう終わりにしよう。
縄に己の頭を通した。
「ウッ……」
しばらくして、アレンの両の腕が、だらんと力なく垂れた。
日付の変わる音が、十二回響いていた。