ナイトバルコニー
気持ちの良い風が、肌に触れる。昨夜降った雨の影響で湿気をはらんではいるが、不快ではなかった。
バルコニーに設置されたテーブルセットは、本来、酒を楽しむ場所である。だが、今回は酒を楽しむ気にはなれなかった。
アレンは、椅子に座って外を、広がっている森を見つめる。というよりは、森の奥にある『あの場所』を、だ。
「……ステラ」
イザベルと共にステラを連れ帰り、埋葬したのがつい三日前のことだ。水面に月が映って綺麗だといわれている湖のほとりに小さいながらも墓を作り、コスモスの花を供えてやった。
あれから全く眠れていない。悲しみに惰性を費やしたいのに、『悲しい』と思うことは出来るのに、涙も流せるのに。
それの全てが事務的なものな思えて、アレンをより一層虚しくさせた。
「慣れっていうのは、厭なものだな」
帝国の騎士団をやっていれば、行くところに必ず争いが生じる。そこで命を散らすものは少なくない。四肢のうち一本でも残っていればまだマシなほうで、誰が誰だか分からない惨い死体も目にして来た。
そんな生活のなかで、慣れてしまった。死という生命の終着点を見ることに。
「何をほざいてるの、アレン。今日はワイン開けないの?」
酒瓶片手にバルコニーに入ってきたのはイザベルだ。角は生えておらず、身体の刻印も消えている。
人間と変わらないその姿は、さながら街を歩く年頃の少女の様だった。
「……なに?ジロジロ見て。惚れたらだめだよ?」
「……ごめん、イザベル。今は冗談を言う気にも、聞く気にもなれない」
イザベルは口角を上げてにやりと笑う。アレンの真向かいの席に座った。瓶の詮を、その長ったらしい爪でこじ開けて、酒を飲み始めた。
「ぷはぁ!やっぱり酒はこの銘柄に限るわぁ」
顔を赤らめているところから、もうほろ酔いの状態だろう。昔からイザベルは酒に弱い。そのくせに、滅茶苦茶飲む。
「……人前で飲むなよ。外見は子供なんだから」
以前、イザベルの晩酌を町民に見られて、危うく取り締まられるところだったのを思い出して、アレンは思わずため息をついた。
「はぁ……何故私はこの姿で悪魔になったのか……。もう少しナイスバディになってから悪魔になりたかった」
「イザベル……。ごめん、一人にさせてくれないか」
喉の奥から掠れ出たその声を聞いて、イザベルは困った表情を浮かべる。
「分かった。じゃあ、外で飲む。人には見つからないようにする。だから、その」
そこで一度言葉を切る。
「……大丈夫だよ、きっと」
それだけ言って、イザベルはバルコニーを去る。扉のガラス越しに、心配そうにアレンを見つめるイザベルが一瞬見えたが、髪を翻して暗闇に消えていった。
彼女なりの気遣いなのは分かっていた。だが、その気遣いでさえも、今は止めてほしかった。
アレンは歯を食いしばってその場に突っ伏した。