捜索開始
8
次の日も、朝からうだるような暑さが続いていた。
涼太は、閉め切った部屋のこもった暑さに耐えきれず、目を覚ました。
もう汗だくである。寝ぼけまなこで、台所に向かい、出した分の水分を取り戻そうと、蛇口をひねり、2、3杯、水をガブ飲みした。ぬるい水がのどをとりあえず潤す。
夏休みに入ると、朝食は出てこない。学校に行くときは自動的に出てくるのだが、休みの期間は自分でやるというのが、涼太の家のルールだった。
食パンをトースターに入れ、冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぐ。テーブルに座り、時計を見ると、まだ朝の6時だった。もうひと眠りする考えもあったが、誰もいないリビングで、ひとりいるのは、どこか心地よいものがあった。
レンジからチンというパンの焼き上がりを知らせる音が鳴り、食器棚から皿を取り出し、すこし焦げたトーストを皿の上に滑り込ませる。マーガリンを塗り、早速ひとかじり。「ぱりっ」という音が、静かな空間に鳴り響く。
ぱりっ、ぱりっ、ごくっ、ごくっ、ぱりっ。
食事時間はわずか3分。
パンを焼く時間より短かった。
食器を流しに置き、時計を見る。時計の針はちっとも進んでおらず、涼太は1分ってこんなに長かったっけと、ふと考える。みんなと集合する時間まで、まだ4時間ほどある。それまでどうしようか。とりあえず、布団で横になって考えよう。
それが間違いだった、
布団は、涼太をやさしく迎え入れ、ゆっくりと眠りへといざなう。涼太は、いつの間にか目を閉じていた。ふたたび目を開けると、家の中は、さっきみたいにシーンとしていて、たいして時間は経ってないのかと、
部屋の目覚まし時計に目をやると、時計の針は10時を指していた。
涼太は、一瞬、その現実を理解できなかった。
けど、すぐに布団から飛び出し、パジャマを脱ぎ捨て、タンスから適当な服を選び、玄関に向かいながら、器用に服を着て、外へ飛び出した。起きたばっかりで、寝ぐせはついているし、のどもカラカラである。涼太は、走りながら、なんで寝ちゃったのかなと後悔していた。
おれは、今日、6時に起きていたんだ。と言い訳しても、誰も信じてくれないだろうな。集合場所は、さくら公園である。涼太の家からは、全速力でいけば、3分といったところだろうか。みんな遅れててくれと、自分勝手な願望を抱いて、涼太はとにかく走った。
さくら公園は、放課後によく遊ぶ公園だ。
小さなすべり台とブランコ、鉄棒、砂場が端のほうにあり、中央の方には、サッカーができるくらいおおきな広場があった。涼太が公園の入り口に、ぜぇぜぇ言いながら到着すると、さえとヤマジとマルとかつきは、ちょうど木陰になるベンチに並んで座っていた。
あいつら遅れてなかったかと心の中で舌打ちする。いや、あいつらの方が正しいんだけど。涼太は、小走りでみんなのもとへと向かった。
「おい、遅いぞ!」
涼太の到着にいち早く気付いたヤマジが、苛立ちながら叫ぶ。
「ごめん」
涼太は、手を合わせて謝った。
「また遅刻?ぜんぜん遅刻癖、治らないね」
さえが、肩をすくめてため息をつく。
はいはい、おれは変わりませんよと心の中で悪態をつきつつ、本当は朝の6時に起きたんだよとよっぽど口にだそうと思ったが、ウソつくなと言われるのがオチである。
そんな中、マルが、急に堪えきれないといった感じで、ニヤニヤと笑いながら、涼太の上半身を指さした。さえとヤマジとかつきは同時に涼太をよく見る。涼太も自分のTシャツを見る。
Tシャツは後ろ前逆だし、ズボンのチャックは開いているし、靴は左右別のものを履いていた。涼太は、顔がみるみる赤くなり、前を向くのも恥ずかしかった。みんなは、声を出して笑いあった。
Tシャツはもとに戻し、チャックは閉めればいいが、さすがに、靴はちゃんと揃えた方がいいとなって、涼太は、トボトボと家に戻った。よくよく考えれば、自転車に乗ってくればよかったのに、と自分の不注意さを笑った。
今日の計画はこうだ。
ヤマジと後から合流する子分たちは、駅近辺の張り込みと聞き込み、マルは公園、かつきは涼太の家、さえと涼太は、児童館に配置された。
最初は、携帯を持っているマルかかつきが、駅に行く予定だったが、ヤマジの子分たちの中に携帯を持っているやつがいたので、その必要はなくなった。
駅周辺は探す範囲が広いし、人数が多ければ、その分パジャマおじさんを見つける可能性も大きくなる。もしヤマジたちが見つけたら、その携帯で、涼太たちに伝える手筈になった。
「おれが、パジャマおじさん見つけたら、逃げないように囲んでおくから」
と、ヤマジは得意げにずいぶんと大きな事を言った。
涼太は、さえと一緒なのは不満だったが、かつきが決めたならしょうがない。かつきは、ローテーション制を導入したので、明日には、またメンバーが変わる。
午前中は、それぞれの持ち場を守り、昼になったら、涼太の家で一旦、昼ご飯を食べ、また持ち場に戻る。夕方の6時頃になったら、再び涼太の家に集まり、その日掴んだ情報を交換することになった。
♢♦♢♦
「寝ぐせはそのままなんだね」
さえが、自転車を漕ぎながら言った。急いでいたので、寝ぐせまで手が回らなかったのだ。
「ていうか、児童館行くの久しぶりだな」
涼太は、頭を掻きながら言った。
「そうなの?」
「うん、最近は家でゲームばっかしてたし」
「わたしは、結構行くけど」
「へぇ、そうなんだ」
「つーか、昔よく行ってたよな」
さえは、無言でうなずく。涼太は、なにか気に障ることでも言ったかなと、気をもんだ。
「ほら、ふたりでも行ったことあるじゃん」
「そうだね。昔のはなし」
さえは、緊張しているというか、どこかぎこちなかった。
いつものさえではないということは確かだ。思ったことずけずけ言う、その図々しさがなりをひそめている。鋭い言葉で返してくる威勢の良さがない。調子でないなと、涼太は思った。
カンカンに照り付ける太陽の下、涼太とさえは、しばらく黙って、ペダルをこいだ。
「なんで黙ってんの?」
さえは、唐突に口を開く。
「はぁ?」
お前のせいじゃないか。
「だって、話しかけてもお前がのってこないからだろ」
「わたしだって、毎回涼太の世話するほど暇じゃないから」
さえはいら立ちながら言った。女心はわからない。
「はいはい、そうですか」
おちゃらけた言い方で、涼太は返す。
さえは呆れた表情で、また黙り込んだ。険悪なムードが漂う中、児童館に着いてしまった。
児童館は、階段を登った2階に入り口があって、ドアを開けると、クーラーの涼しい風が涼太たちを、一瞬にして生き返えらせた。
受付に名前を書いて、2人はぎこちない空気のまま、館内を捜索して、パジャマおじさんを見たことある人を探すことにした。
館内は、まだ人は少なく、年下の子たちが、図書室でマンガを熱心に読んでいたり、キャーキャーいいながらドッチボールをしていた。たいした情報は得られそうにないなと思いながらも、涼太たちは、マルが描いたパジャマおじさんの絵を手に聞いてまわったが、思ったどおり鈍い反応しか得られなかった。
涼太とさえは、オルガンのある部屋に行き、ピカピカと光っている床に腰を落とし、人が集まるのを待った。
さえは、まだ機嫌が悪そうだ。
涼太と目も合わせようとしない。涼太は、ふいに立ち上がり、オルガンに向かい、フタを開ける。意味もなく、両手ででたらめに鍵盤を押し、不協和音を奏でた。
ピアノをずっと習っているさえのことだ、必ずこの不協和音に耐え切れず、何か苦情でも言うはずだ。しかし、さえは、黙ったままだった。涼太は、静かにオルガンのフタをおろし、また床に座り込んだ。
「あのさぁ、聞きたかった事があるんだけど」
足の指の爪をいじっていたさえは、顔を上げる。
「なんで、このチームに加わった?」
「えっ?」
さえは、不意を突かれて動揺したのか、大きな目の奥が揺れる。
「パジャマおじさん、そんな見たい?」
「もちろん」
「そう」
「だって、幸せが舞い込んでくるでしょ?」
「まぁ、おれには舞い込んできたけど。短い間だけどな。さえもなんか幸せ欲しいのか?」
「何その言い方」
さえは、ぷっと吹き出す。
「いや、普通の言い方だろ」
「わたしの願いは、秘密」
「願いって、流れ星みたいだな。相手はおじさんだぞ」
「流れ星見たことある?」
「えっ?まぁ、何回か見たことあるけど」
「そんとき、願い叶った?」
「どうだったけな。もう忘れちゃたよ」
さえは、すこしがっかりしたようだった。
「なんで、さえががっかりするんだよ」
「別に、がっかりしてないんですけど」
これ以上続けると、また言い合いになるので、涼太は、そこで話を切り上げ、床に仰向けに寝転がった。
さえは、体育座りをして、ひざに顔を埋めていた。涼太は、ふと、さえの横顔を見た。やはりどこかがっかりしているように思えた。何か悩みでもあるのだろうか。
しばらくすると、児童館はたくさんの人で活気にあふれてきた。なかには、同じクラスの子や同級生が混じっている。
2人は、顔を見合わせ、示し合わせたかのように立ち上がった。さえは、マルが描いたパジャマおじさんの絵を涼太に手渡す。
さぁ、聞き込み開始だ。
♢♦♢♦
テーブルの中央には、山盛りになった大量のそうめんが置かれている。
それに錦糸たまごに刻みのり、梅干しがのった小皿。ストレートのめんつゆと5人分のつゆをいれる食器がそれぞれの前に置かれた。
「いつもより豪華だな」
そういった涼太の頭を、涼太の母はぽかんと殴り、笑顔になって「どうぞ、召し上がれ」とみんなに言った。
「いただきます」
みんなは、一斉にはしを取り、ズルズルとそうめんをすすった。
涼太も猛然とめんを口に流し込む。午前中から頭も体も動かしたせいで、お腹の空き具合が、かつてないほどだった。エネルギーは、ほぼゼロに近い。
それは、ほかの4人も同じようで、しゃべることなく、黙々と食べ続け、山盛りだったそうめんがみるみるうちに減っていった。
かつきは、「おいしいです」と涼太の母に一言添えることを欠かさない。できたやつだ。かつきのその言葉をきっかけに、ヤマジとさえとマルも追随して、「おいしいです」と口々に言った。
涼太の母は、まんざらでもない様子で、ニコニコとして、機嫌がよさそうだ。
「そうめん、ゆでただけだけどな」
いらない一言を涼太は、口から解き放つ。その後、涼太の母のげんこつが、頭の上に降りかかってきたのは言うまでもない。
昼食を済ませたあと、涼太の部屋に集まり、午前中の成果をそれぞれ発表した。
かつきは、涼太の家付近を担当していたが、成果なし。マルも、かつきと同じ。ヤマジたちは、捜査員は方々に配置し、手当り次第に聞いて回ったが、有力な情報は得られず。
涼太とさえも、パジャマおじさんを目撃した人を見つけることはできなかった。
捜査に使ったマルの絵のうまさばかりに注目が集まり、「この絵、誰が描いたの」と結構聞かれた。マルの知らないところで、マルの株がぐんぐんと上がった。収穫といったら、マルの知名度を広めたということくらいだ。
午前中の成果といっていいのかわからないが、ヤマジは報告し終えた後もニヤニヤとして
「パジャマおじさんのことじゃないけど、面白いもん見たぞ」
と、話したくてしょうがないといった感じで切りだした。
それは、テンテキ(点滴)の話だった。テンテキとは、1組の担任で、年がら年中、白衣来て、げっそりとした不健康そうな見た目を持つ年齢不詳な男の先生だ。もちろん、命名はヤマジだ。
そんな年齢不詳で、私生活が謎のテンテキを午前中、駅前で見たらしい。テンテキは、女性と歩いていて、しかも、それは同じ学校のまゆみ先生だった、とヤマジは嬉しそうに話した。
まゆみ先生は、保健室の先生で、そのやさしさ溢れる見た目から、学校の女神とたたえられていた。
テンテキと女神というまったく似合わない2ショットに、ヤマジは興奮を抑えきれないといった感じだった。これは、2学期になったら大変な騒ぎになるだろうと涼太は思った。
子どもの噂ネットワークの広がりを、なめてはならない。しかも、人一倍口が軽いヤマジに知られたとなったら、その噂は、学校中に知れ渡ることになるだろう。本当に付き合っているかどうかは別にして。
午後もそれぞれ地道な捜査が続いた。
涼太とさえは、児童館という快適な空間での任務だったので、それほど疲れはなかったが、ヤマジとマルとかつきは、炎天下での行動になる。そんなうしろめたさを抱きながら、2人は有力な情報を求めて、聞き込みを続けたが、やはり目立った成果は挙げられないでいた。
しかし、こちらの捜査にかける意気込みが伝わったのか、「おれの友達にも聞いてみる」とか「わたしのお母さんにも聞いてみる」とか「おねぇちゃん、おとうとにも聞いてみる」といったありがたい申し出があったので、まったくの徒労に終わることはないと、涼太たちは、ほっと胸をなでおろした。
夕方が近づくと、遊びに来ていた子たちは、続々と帰ってしまい、児童館は、午前中のような状態に戻り、ちらほらと遊んでいる子がいるだけになった。仕事が終わったとばかりに涼太は、ふかふかのソファーの上に倒れこんだ。お父さんやお母さんの苦労をすこしわかったような気がした。
今日の仕事は終わりだ。
「学級委員って大変だな」涼太は、ソファーに横たわりながら、ぽつりと言った。
「えっ?」
「いや、なんでもない」
涼太は、さえのことを考えていた。もっと細かくいえば、さえの立場についてだ。今は素直に、さえを褒め称えたいと思った。
いざ、自分がこうして、さえとかつきに助けられながらも、リーダーという立場になると、いつもみたいにさぼることはできないし、飽きたからといって投げ出すこともできない。いくら面倒くさくてもやらなくてはいけない。
今日一日、さえと一緒に行動して思ったことだが、さえは、ちゃんとやるのだ。
手を抜かないし、さぼらない。クラスを引っ張るだけはある。気が強いのが、たまに傷だが。
児童館を出ると、今までの心地よさが嘘だったかのように、蒸し暑く、じめっとする空気が体にまとわりついてくる。
涼太たちは、うんざりするような表情で互いを見やった。マルの話では、この児童館前の道路を、パジャマおじさんが走り去ったということらしい。
さえは、生真面目に誰かが通るたびに、道路に視線を注いだ。
明らかに違うだろうという人が通っても、ちゃんと確認することを怠らない。あり一匹も通さない、そんな覚悟が目に宿っている。
涼太は、最初の内は、ちかくの掲示板のポスターを興味もないのに見ていたが、さすがに申し訳ないので、人通りの少ない通りをさえと一緒に見つめた。
2人は、パジャマおじさんの出現を、首を長くして待った。しかし、そんな2人の想いとはうらはらに時間はどんどん過ぎていき、太陽はその役目を静かに終えようとしていた。涼太は、自分が始めたことだし、さえの頑張りにも報いようと思い、
「ジュースおごるよ」
と、まだ真剣まなざしで、道路を見続けていたさえに声を掛けた。さえは、びっくりしたように涼太の方を向き、それから、うんとちいさくうなずいた。
涼太は、そうかっこつけてはみたものの、ポケットを何回確認してみても、2人分のジュース代はなかった。涼太はその事実を悟られないように、自販機の前に行き、さえに好きなジュースを選ばせた。さえは、水が滴っている赤いリンゴジュースのボタン押した。ゴトンと音をたて、缶が降ってきた。
さえは、それを手に取ると、涼太も買わないのといいたげな視線を涼太に投げ返る。
「おれは、いいわ」
さえは、腑に落ちない顔をしたが
「ありがとう」
といって、缶のフタを開けた。プシュッという音が、なんとも夏らしかった。
2人は自転車をゆっくりと押しながら、涼太の家まで帰る。最後にまた情報交換をして、今日は解散だ。涼太は、早く家に帰って、麦茶をガブ飲みしようと、ひそかに心に決めた。
汗が首筋や額から思い出したかのように噴き出してくる。
「飲む?」
さえが、すこし震えた声で言った。
汗だくの涼太を見かねたさえの優しさだった。涼太は、ドキッとして、一瞬、言葉に詰まったが、すぐに
「いいよ。おれは飲まないでも平気な体だから」
とわけのわからない理由で断った。さらに汗が全身から、ばあっと吹き出す。全身の温度が一気に高くなり、熱くなりすぎて体がかゆい。
涼太は、やたら「あちぃ、あちぃ」と言いながら、汗をぬぐった。さえの顔を、しばらく見ることができなかった。
セミが、そんな2人を冷やかすようにミーンミンと鳴いている。
その帰り道は、ずいぶんと長く感じた。
初日の成果は、なにもなかった。
目撃談もないし、パジャマおじさんも見ることができなかった。
すぐに見つかるはずないだろうと予想はしていたが、こうもなにも得るものがないと、肩すかしをくらったようで、すこし心配になった。それはみんなも同じようで、面白そうだから始めて見たものの、先行きの不透明さに、漠然とした不安を感じているようだった。
誰にも頼まれたことではないし、学校の宿題でもない。つまり、いつやめてもいいものだ。けど、みんな、なんかしらの理由でパジャマおじさんを見たい、その希望は捨てられなかった。
初日で、こんな気持ちになるなんて大丈夫なんだろうか、と不安になる。かつきは、まだ始まったばかりだよとみんなを励ました。
もしかしたら、計画を立てているときが、一番楽しいのかもしれない。
いざ、はじめてみると、現実が涼太たちの前に立ちはだかった。その後、明日の担当を割り振り、その日は解散した。涼太は、かつきを引き留め、すこし話をすることにした。
「あのさぁ、大丈夫かな。いいだしっぺのおれが言うのもなんだけど」
涼太は、かつきに素直に不安をこぼした。かつきは、フフッと笑い、涼太らしくないねと言った。
「これはさ、おれ一人の問題じゃないし、なんつうかみんなを巻き込んでないか?」
「それは大丈夫だと思うよ。みんなパジャマおじさんを見たいのは間違いないし、嫌ならぼくらの誘いにものらなかったと思うよ」
「そうかな」
かつきにそう言い切ってもらうと、安心するが、どうも心が晴れない。
「涼太、ぼくはこう思うんだ。いまやっていることは、すぐに答えのでるものじゃない。すこし我慢が必要なんだ」
涼太は、黙ってかつきの言葉に耳を傾ける。
「ゲームとして考えてみればわかりやすいかも。最初から強い主人公なんていないでしょ。旅をするなかで、いろんな試練を経て、強くなって、ようやくボスを倒せるようになる。ぼくらは、まだ最初の街を出たばかりなんだ」
たしかに。かつきの説明が涼太にはしっくりきた。
そうか、おれたちは、まだ街を出たばかり、いきなりボスに出くわしても闘えない。というか負ける。パジャマおじさんをボスとして、そのボスに出会うまでに、おれらは、たくさんのことをしなければならないんだ。
涼太の中にある勇者の血が、体の奥の方から沸き上がった。勇者の血が涼太の中にあるのかという問題はさておき、かつきのたとえ話は、涼太のこんがらがっていた糸を無理やりではなく、やさしく丁寧に解きほぐしてくれる。
また、やる気が出てきた。
我ながらわかりやすく、単純な男だ。