仲間集め
6
かつきのお別れ会の準備は、さえを中心として、着々と進んでいた。
終業式を終えた後、ささやかにかつきを送り出す段取りだ。しかし涼太は、まだかつきと仲直りできておらず、学校で会っても、気まずい空気のままだ。
涼太は、自分が謝るべきと考えていたが、タイミングをうかがう内に、時間は無情にも過ぎていき、一向に謝ることができないでいた。
終業式まで、あと2日。
学校に来ているうちに仲直りをしとかないと、このまま仲たがいをしたまま別れてしまう。それは、絶対に避けなければならない。けど、謝るって、ものすごく勇気が必要だ。
決意したのに、どうしても躊躇してしまう自分を、涼太は嫌いになりそうだった。
駄菓子屋のおばあちゃんの言葉を信じれば、かつきも、たぶん仲直りしたいと思っているはずだ。教室内で、たまに目が合うときがある。
すぐに互いに目をそらしてしまうが、その一瞬だけ見えるかつきの目は、なんとも寂しそうだった。
たぶん涼太も同じ目をしている。互いに仲直りしたいと思っているのに、そのまま気まずい状態が続く、もどかしい。
涼太は、あの日以来、毎日「今日はかつきと仲直りする」と胸に誓って、家を出るのだが、その願いを叶えることができずに、トボトボと家に帰ってくるのだ。
タイムリミットは迫っている。何かきっかけさえあればとも、思うのだが、そんな都合のいいきっかけがくることはない。待っていたら、もう日本にかつきはいないだろう。自分でどうにかするしかない。
涼太は、お別れ会の前には、この問題を、どうにかすっきりさせたいと思っていた。
チャンスは、今日か明日だが、明日でもいいとなると、その日を逃すと、もうお別れ会である。なんとしても、今日、仲直りする。すでに、ケンカしたせいで、パジャマおじさん捜索の計画は延期になっている、これ以上先へは延ばせない。
今日しかないのだ。
涼太は、朝、教室に入り、席について、かつきにテレパシーを送ってみたが、もちろん効果はない。
やはり、直接、謝るしかないか。我ながらどこまでも往生際が悪い。涼太は普段使っていない頭からふたつの作戦をひねりだした。
かつきが、ひとりになった瞬間、猛然と走り寄り、その勢いのまま謝る。これがひとつ目の作戦。ふたつ目は、偶然を装い、たまたま鉢合わした状況をつくって、自然に謝る作戦だ。それぞれの作戦には、いいところとわるいところがある。
ひとつ目の作戦は、不自然だが、相手が面食らっている間に、勢いをつかうことによって、謝れる。ふたつ目の作戦は、自然に話す状況をつくれるが、その分、勢いがないので、今まで何度も謝るタイミングを逃してきた涼太の口から、言葉がすっと出てくるか不安な面がある。
どちらにしても、かつきがひとりになるタイミングを狙うことには変わりない。
そのときは、唐突にやってきた。
三時間目が終わり、休み時間に入ると、かつきは教室を出た。
その日、かつきを徹底マークしていた涼太も、すかさず立ち上がり、廊下に飛び出した。
かつきは、教室を出て、左に曲がる。どうやらトイレではなさそうだ。かつきは、職員室の方向に歩いていく。涼太は、つかず離れず、かつきの後をつけ、廊下を忍び足で進む。すこし先にいるかつきは、職員室に一礼をして、中に入っていた。
これは、ふたつ目の作戦で行くしかないな。偶然を装うパターンだ。涼太は、弱気な自分を鼓舞する。一世一代の大勝負である。
かつきが、職員室を出てきたタイミングで、涼太も、さも職員室に用事があったていで、出くわす。
そこで、言ってしまうのだ、「ごめん」と。
よし、この作戦で行こう。すぐに後ろを振り返って、逃げ出したくなる気持ちを必死に抑えて、前に進む。緊張のあまり、のどはカラカラだ。いつもなら、すぐに着く職員室が恐ろしく遠く感じた。
涼太の歩幅は、いつも通りのはずだが、体が拒否反応をしめしているのか、すこし歩幅が狭くなっていた。
職員室まであとすこしというところで、ふいに声を掛けられた。
「歌の練習、今日だからね」
さえである。なにもこんなときに話しかけなくても。「おっけー」と涼太は、うわの空で返事をかえす。この場を早くおさめないと、かつきが出てきてしまう。
チャンスは、そうそう巡ってこないのだ。
「ちゃんと聞いている?歌の練習だよ」
かつきのお別れ会の最後を飾るのが、歌だ。かつきには内緒で集まって、練習を重ねていた。
「わかってる」
涼太は、そう答えながら、視線は職員室に注がれていた。さえは、どこか落ち着きのない涼太を疑わしい目で見ている。
「なに?」
「なにって?」
「さっきから、職員室ばっかり見て」
「べつに、見てないよ」
「ウソだよ。見ている」
「見てない」
こんな無駄な言い争いをしている間に、かつきが出てきてしまう。作戦はふたつしか用意してない。他の作戦はないのだ。どうする。頭を働かせたいとこだが、さえは、涼太を離さない。
「職員室行く用事があって」
涼太は、言った。さえは、ふふっと笑い
「いっつも職員室を避ける涼太がめずらしい」
「そういうこともあるんだよ。じゃあ、おれ行くから、歌の練習も行くから」
といって、涼太はその場をあとにしようとしたが、
「わたしも、職員室行く用事があるから一緒に行こう」
と、さえが思わぬ提案をしたので、涼太は動揺を隠せなかった。
「なんで、ふたりで行かないといけないんだよ」
「いいじゃん、だって職員室に用事あるんでしょ」
「それはそうだけど、ふたりで行く意味がない」
「わたしと行くのが、恥ずかしいの?」
「そういう問題じゃなくて」
そうこうしているうちに、職員室のドアが、ガラガラと音をたてて開いた。かつきが、室内のほうに向かって一礼をして、丁寧にドアを閉め、涼太たちがいる方へ、体をくるりと向けた。
かつきは、涼太を見て、アッと言う顔をした。
涼太は、気まずそうにぎこちない笑顔をつくった。ふたりは、時が止まったかのようにそこから動けない。どうすればいいのかお互いわからなかった。
「かつきくん、聞いて。涼太、職員室に用事があるんだって、めずらしくない?」
状況を理解してないさえの一言が、その場の空気を和らげた。かつきは、えっ?と言って、ちょっと下を向き、笑った。そして
「めずらしいね」
と、さえに同調した。
「おい、それはないだろ」
涼太は、自然とかつきにツッコミを入れる。
今回ばかりは、さえに感謝だ。おせっかいも役に立つことがある。何日か前もこんな感じだったなと涼太は思い出した。
「じゃ、職員室行こうか」
さえが、涼太を促す。
「いや、先行ってて、ちょっとかつきと話あるから」
「そう、じゃあ先行くね」
遠ざかるさえの背中に向かって
「ありがとう」
と涼太は、心の中で叫んだ。
さえは、急に顔をこっちへ向けて、不思議そうな表情を涼太に投げかけたが、すぐに前を向き、職員室に入っていった。職員室のドアが閉まった瞬間、
「ごめん」
ふたりは、同じ言葉を同時に発した。互いに顔を見合わせ、おかしくてしばらく笑いあった。まるで、双子みたいにきれいにシンクロしていた。
こうなったら、もうあとは、すべて元通りだ。
教室に戻りながら、ふたりは、何日もため込んだ話題を息つく暇もなく吐き出した。主に涼太が嬉しさのあまり、一方的にノンストップで話した。
♢♦♢♦
問題は一つ解決したが、まだ解決すべき課題はある。
一難去ってまた一難。ヤマジとさえをパジャマおじさん捜索隊に誘うことだ。
マルは、すんなりと誘いに乗った。さえは、なんとかなりそうだが、ヤマジを仲間に加えいれることは、最大の難関になりそうだった。
涼太とヤマジは、互いに目を合わせないほどのケンカ中だし、たとえヤマジが話を聞く気になっても、「パジャマおじさん?何言ってんの」と速攻バカにされるのがオチだ。
これは、相当むずかしい交渉になりそうだぞと思ったが、かつきは横で涼しい顔をしていた。
「ぼくに任せて」
かつきにはなにか作戦があるらしい。その作戦に相当な自信をのぞかせていた。交渉は、昼休みに行われることが、ふたりきりの会議で決まった。
昼休みになると、涼太とかつきは、ヤマジの机に向かった。
机の周りには、いつもの取り巻きのメンバーが輪をつくっている。まるで、ヤマジ守る壁のようだった。ヤマジが、近づいてくるふたりを見て、その中に涼太がいることを確認すると、露骨に嫌な顔をした。
涼太は、すぐにでも飛び掛かりそうになったが、こぶしをぎゅと握って、怒りを押し殺した。
「ヤマジくん、ちょっと話があるんだけど」
ヤマジは、警戒の色をあらわにして、涼太とかつきの顔を交互に見やった。
「なんの話?」
ヤマジは、探りを入れ、話の内容によっちゃ断る気満々に見えた。
「3人で話さない?」
かつきは、涼太をちらりと見て、言った。ヤマジは、すこし考える素振りをして
「わかった」
と、横柄な態度で答えた。
取り巻き連中に対するアピールだろう。3人は、連れだって教室を出ると、無言のまま、屋上に向かった。
ヤマジとかつきは、屋上の扉の前に腰を降ろし、涼太は、そこから3、4段降りた階段に2人と向き合う形で、仁王立ちした。
「パジャマおじさん」
かつきが、沈黙を破り、その言葉を宙に投げかける。ヤマジは、かつきの横顔を見て、口をあんぐりと開けた。予想もしていない第一声だったのだろう。
「ヤマジくんは、幸せ?」
かつきの投げ返る言葉にヤマジは呆気に取られている。まるで宇宙人と話しているかのように。完璧にかつきのペースだ。
「そんなのわかんねぇよ」
ヤマジの精一杯の答えに、かつきは優しくうなずき
「実はね、涼太がテストの成績がよくなったことあったでしょ?」
ヤマジは、すぐに思い当たったくせに、目を天井に向け、記憶を呼び起こすふりをしている。しばらくして
「あぁ、そんなこともあったな」
ヤマジは、ちらっと涼太を見て、目をそらす。
「それは、涼太がパジャマおじさんを見たからなんだ」
ヤマジの頭の上に、大量のはてなマークが浮かんだ。
「ごめん、ごめん。パジャマおじさんっていうのはね。パジャマで自転車に乗っているおじさんのことで、まぁそのままなんだけど」
ヤマジは、口を半開きにして、かつきの話に聞きいっている。どうやら、頭が追い付いていないらしい。
「そのおじさんを見てから、涼太の身の回りでラッキーなことが起こったんだって。そうだよね、涼太」
かつきの確認に、涼太は力強く、うなずく。ヤマジも確認するように、涼太を見た。
「で、テストの成績がよくなったのも、そのおかげらしい。」
ヤマジは、ふーんと言った感じで、かつきの顔を見つめた。
「で、そのおじさんをぼくも見たいから、チームを組んで、パジャマおじさんを探そうってことになって。ヤマジくんもどうかな?」
ヤマジは、目を丸くして驚いた。
「今のところ、ぼくと涼太、マルくんがいて、それにヤマジくんと、あとさえちゃんも誘う予定」
涼太は、ヤマジの顔を見つめた。屋上付辺は、前にかつきと来たときと比べ、すこし蒸し暑い。
涼太は、ひたいにじんわりと噴き出た汗を、手の甲で拭きとる。ヤマジの表情は、悩んでいるのか、それとも突っぱねようとしているのか判断しかねた。そこに、かつきが最後の一押しをくわえた。
「ヤマジくんの力が必要なんだ」
ヤマジの心は、その一言にグラッと揺れたのか。やがて、決心がついたように、
「おれも参加する」
と、つぶやくように言った。
涼太は、「えっ」と思わず声に出してしまった。前にいる2人が涼太の方を同時に見る。
「いや、意外で。お前は断るだろうなって思ってたから」
ヤマジは、真剣な顔で
「意外ってなんだよ」
と、言った。
「こういっちゃなんだけど、信じないかなと思って」
涼太は、そう返した。やや間があって、
「完璧に信じたわけじゃない。けど、面白そうじゃん。だから、涼太、ケンカの件は、一時休戦ってことで」
こいつ謝らない気かよと涼太は思ったが、その感情は胸の奥にしまい込んだ。
かつきとの一件は、自分に非があると思っていたが、ヤマジとの件は、一方的に吹っ掛けられたと、涼太は思っていた。しかし、一仕事を終えて、ほっとした顔をしたかつきを見ると、自分勝手な怒りは、今は抑えようと、自分の心をなだめた。
かつきは、やはり頼もしい。
どうしたら、こんな優等生が出来上がるのかは、謎だが、まぁうまく行ってよかった。涼太なら、さらに仲が悪くなって収拾がつかなくなっていたに違いない。
「はぁ、次の時間、算数かぁ」
ヤマジが、後ろに倒れこみ、ため息交じりに言った。
「えっ、そうだっけ?」
涼太も、不快感を丸出しにて言う。そんな2人をかつきは、笑いながら見ている。
どこにでもありそうな、いつかは忘れてしまう光景。
けど、この光景は、大人になっても、忘れないだろうと、涼太はふと思った。
あとすこしすれば、その輪の中にかつきはいないんだと思うと、悲しくなってくるが、涼太は、かつきを送り出すまでは、なるべく笑顔でいようと心に誓っていた。
昼休みの終了を告げるチャイムが、いきなり鳴り響く。
涼太たちは、昼休みをフルに使っていたらしい。そんなに時間が経っているなんて誰一人気付きもしなかった。
涼太たちは、とにかく走った。
階段を二段飛ばしで降り、走ってはいけない廊下を思いっきり飛ばした。
廊下は、もう誰一人いなくて、いつも通る道が、違った場所に見える。
汗だくの3人は、汗を飛ばしながら、どこか楽しそうに教室までの道を急いだ。涼太が走りながら、後ろを振り向くと、かつきもヤマジも楽しそうに笑いながら走っている。
教室に着き、扉を開けると、わらびはもう教壇に立っていて、クラスのみんなが一斉にこちらを向いた。何人かは驚いた顔をしている。わらびもそのうちの一人だ。
たぶん理由として考えられるのは、涼太とかつきとヤマジという組み合わせの新鮮さ、それとかつきが授業に遅れたという珍しさだろう。しかし、どちらかといえば、かつきが遅れたことに対する衝撃の方が大きかったようだった。
3人は、当然怒られた。
ただ、わらびのその口調はどこかいつもより、やさしく感じられた。これもかつき効果だろうか。ヤマジと涼太だけだったら、もっと怒られている気がする。
涼太は、かつきの横顔をちらっと見たが、その顔はどことなく嬉しそうだった。
あとは、さえを誘えば、ミッションコンプリートだ。
これで、仲間集めは終わる。どういう作戦で、さえを口説き落とすのかと、かつきに聞きにいくと「そこは涼太に任す」と丸投げされたので、涼太は拍子抜けした。
「作戦ないのかよ」
「うん」
「えっ、大丈夫か」
困り顔の涼太の肩を、かつきは叩き
「正々堂々、真正面から行くのが作戦だよ」
それって、当たって砕けろってことか。ついに万策尽きたのか、かつき、とも思ったが、ここは素直に従おう。かつきの言うことは、基本間違っていない。
放課後、隣の席のさえに話しかけた。
「あのさぁ、夏休みって暇?」
ずいぶんアバウトな質問になってしまった。
「まぁ、暇なときもあるけど、何?」
「話せば長くなるんだけど、一緒にある人を探してほしいんだ。おれとかつきとマル、ヤマジが一緒に探す
メンバー」
さえは、なにを言っているのか理解できてないようだった。涼太は、補足する。
「そのある人っていうのは、パジャマおじさんって言う人で。あっ、パジャマおじさんってのは、おれが勝手につけた名前で。その人を見たら、ラッキーなことが起こるんだ」
涼太は、自分の説明下手を呪った。かつきなら、もっとわかりやすく丁寧に説明できるのに、なんでおれに頼んだんだ。
「なんか、よくわからないけど、いいよ。いつから?」
涼太は、目を丸くした。
「いいの?」
「いいって、言ってるでしょ」
さえは、ちょっといらだって言った。
涼太は、さえのことだから、突っぱねられるだろうなと思っていた。こんなに素直にさえが同意してくれるなんて、いまでも信じることができなかった。
さえといったら、正義感のかたまりで、男子特有の意味のない、ふざけたものを目の敵にするようなところがあったから、なおのこと意外な展開だった。と、同時に、かつきはすごいと、尊敬の念を増さずに入られなかった。
あいつは、なんでもお見通しなのか。超能力者なのか。魔法使いなのか。ともかくも、仲間は集まった。あとは実行に移すのみだ。
「で、いつから?」
心ここにあらず状態だった涼太に、さえは再び聞いた。
「えっと、かつきのお別れ会が終わった放課後からの予定。大丈夫?」
「うん」
さえは、嬉しそうにうなずいた。涼太にとっては、なんの手ごたえもない。いや、結果、さえも仲間に誘えたから良かったんだけど。