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パジャマおじさん  作者: 土方悠旗
5/12

仲直りの機会



涼太は、早くも後悔していた。



ここで、かつきとケンカして、このまま仲直りせず、気まずいままで、別かれることになったら、それこそ最悪だ。



いち早く謝らないといけない。けど、言うのは簡単だが、行動に移すのはなかなか骨が折れる。



このままだと、パジャマおじさん捜索の話も、無くなりそうだし。おれは、なにしてんだか。ふと窓の外を見ると、砂ぼこりが舞うほどの強い風が、ビュンビュン吹いていた。



ジャングルジムの近くに生えている大木が、飛ばされないように必死に耐えていた。



ホームルームが終わり、いち早く席を立とうとすると、さえが涼太の腕を掴む。



「今日、掃除当番だから。忘れずに」



ずいぶんと強い口調だった。それもそのはず、涼太は、さぼりの常連なのである。



「わかったよ」



素直に降参した涼太は、どこかホッとしていた。かつきの席に目をやると、もう空だった。ここで時間をつぶせば、帰り道でばったりかつきに会う心配もないだろう。



イスを逆さにして、机の上に置き、教室の後ろの方へと運んでいく。やたら重い机があるなと思ったら、自分の机だった。



黒板は、綺麗に消され、溝に溜まったチョークの粉も、ぞうきんでしっかりと拭き取られる。そして、日直の名前が書き換えられた。



涼太の番は、どうやら夏休み明けまで持ち越しのようだ。



涼太が、ほうきで、床を適当に掃いていると



「なんで、今日は逃げなかったの?」



と、さえが聞いてきた。涼太は、掃除をしている手を止め



「人聞き悪いな。おれだって、ルール守るときだってあるよ」



「ルールは、毎回ちゃん守らないと意味がないの」



涼太は、ぐうの音も出ない。



「はい、掃除の手が止まってる」とさえは、掃除モードに切り替えといった感じで、手をパンと叩いた。涼太は、「止めたのお前だろ」と、ぶつぶつ言いながら、しぶしぶほうきを動かし始めた。



「なんか言った?」



さえは、鋭い声を涼太に飛ばした。地獄耳まで備えているのか。



「ううん。何でもない」



涼太は、おとなしく返事をする。掃除当番のメンバーに目を光らせていたさえは、その進み具合に満足したのか、ぞうきんを片手に教室の外に出ていった。



涼太は、集めたゴミを普段なら、教室の四方にわからないように散らばせるが、チリトリでちゃんと集め、ごみ箱に入れた。そして、ほうきとチリトリを掃除箱に戻し、さえの後を追った。



いちおう、かつきのことをどう思っているか、それとなく聞いておこう。



水飲み場で、さえはぞうきんを絞っているところだった。



「なぁ、さえ」



遠慮がちに涼太は、声を掛ける。さえは、肩をビクッと震わせた。



「なんだ、涼太か。驚かせないでよ」



「ごめん」



「床掃除を終わった?」



「おう、もうばっちり」



「また、ゴミを適当に散らばらせてないよね?」



ギクッ。



ばれていたのか。本当、背中にも目がついてんじゃないかと、涼太はさえの背中を覗き込む。その視線に気づいたさえが、



「なに」



明らかに不快な声を、涼太に向けた。涼太は、あわてて首を振り、



「あのさ、かつきのことなんだけど」



それとなく、確信に迫るように。話し手のスキルが問われる。涼太の声のトーンに真剣さを読み取ったのか、さえは、絞ったぞうきんを端において涼太の方へと向き直る。



「率直にどうよ?」



センスのかけらもない聞き方だ。インタビュアーには、到底なれないだろう。



「どうって言われても。うーん。頭が良くて、礼儀正しくて、涼太とは正反対」



「おれは、関係ないだろう」



「でも、転校はがっかりだね。涼太となぜか仲良かったし」



「なぜかって、一言多いんだよ」



「なんで、急にかつきくんのこと聞いたの?」



涼太は、わかりやすくしどろもどろになる。



「えぇっと、まぁ、あれだよ、あれ」



「あっ、わかった」



わかった?



まずい、バレたか。



「かつきくんのお別れ会を開こうってことでしょ」



「はぁ?」



「もうすぐ夏休みは入っちゃうからね。早めにやらないとね。先生とも相談しないと」



さえは勘が鋭いけど、たまに変なほうに勘が働いてしまう。今に限っては、ありがたいが。さえは、新たな目標に目を輝かせ、頭の中でいろんなシミュレーションをしているようだった。こういう誰かのために、迷いなく行動に移す能力は抜群なんだよな。



涼太は、さえの興味がほかに移ったことに、ほっと胸をなでおろした。



♢♦♢♦



帰り道に駄菓子屋がある。



腰の曲がった白髪交じりのおばあちゃんが、ひとりで切り盛りしている。



学校からは、寄り道は禁止というルールが課されていたが、学校帰り、涼太は毎日のように、この駄菓子屋に出入りしていた。



駄菓子屋の引き戸を開けると、奥の居間から相撲中継の実況が聞こえてくる。いつもの見慣れた光景だ。ややあって、おばあちゃんがまるで亀のようにゆっくりと歩いてくる。扉には、鈴がついており、そのチリンチリンという音は、子どもたちが来た合図なのだ。



「来たね、やんちゃ坊主」



何を買おうかと吟味している涼太に、おばあちゃんは、嬉しそうに声をかける。涼太は、この駄菓子屋の常連であり、すっかりおばあちゃんに顔を覚えられていた。涼太は、悪さをする子が少なくなったけど、あんたは違うというお墨付きをもらっている。うれしいんだか、うれしくないんだか。



それにしても、こんだけお菓子が目の前にあると、目移りしてしまう。ふがしにラスク、きなこ棒に水を入れると甘いジュースになる魔法の粉。アイスもあるし、近頃流行りのゲームキャラクターのシール。



どれにしようか。予算は、わずか50円である。やはり決まらない。せめて100円あればと、思うが、お小遣いが増える見込みはまったくない。



「やんちゃ坊主、今日は元気がないね」



しわだらけの顔が、涼太を覗き込む。女っていうのは、みんな勘が鋭いのか。



「そう?そんなことないけど」



涼太は、なんとかごまかそうと、



「ガムもいいな。いや、えびせんって手もある」



とわざと声に出して、悩んでいるふりをした。お菓子を選びながら、おばあちゃんをちらっと見たが、その丸メガネの奥の光は、ごまかせそうにない。涼太は、すぐに観念した。



実は、こんなふうに涼太が心を見透かされたのは、初めてのことではない。悩んでいると、顔に出やすいのか、すぐにバレてしまう。



おばあちゃんには、人の心を緩ませる不思議な力があった。おばあちゃんに話を聞いてもらうと、悩んでいたことがたちまち解決してしまう。



「親友とケンカしちゃって。しかもその親友がもうすぐ転校するから、早めに仲直りしたいんだけど・・・」



涼太は、率直に打ち明けた。



「どういう理由でケンカしたんだい?」



「えっと、パジャマおじさんって」



「パジャマおじさん?」



おばあちゃんは、涼太の話をさえぎり、不思議そうな顔をした。



「えっと、パジャマおじさんっていうのは、おれも一回しか見たことないんだけど、その人、見たらなんか幸運が舞い込んできて、それを証明するためにみんなで捜索しようってことになった」



おばあちゃんは、それでといった顔で続きを促す。



「で、その仲間が問題で・・・。いまケンカしているやつがいて、そいつを仲間にしようって言ってきたから怒った」



おばあちゃんは、ふむふむと言いながら、天井を見上げた。



来るぞ。



こうなったら、いつも確信をつくような言葉を涼太の胸に突き刺すのだ。涼太は、ラスクのフタを開けて、一枚取り出して、口に放り込む。おばあちゃんは、こっちを見ていないから、バレていないかもしれない。



「あんたが、そのケンカしている子と一緒になりたくないのもあるけど。本当の怒りの矛先は、その親友の子があまりにも大人の対応をしたからだろ?」



「・・・・」



かつきは、涼太にとってもちろん一番の親友で、なんでも話せるし、一緒にいて楽しい。



けど、涼太は心のどこかで、かつきに勝てるところがないんじゃないかと不安に思っていた。無意識に、かつきと自分を比べて、嫌な気持ちになることがたまにある。



いわゆる劣等感ってやつだ。



涼太は、たぶん嫉妬をした。大人なかつきに、なんでも知っているかつきに嫉妬した。そして、あまりに子どもな自分に腹が立った。



やはりおばあちゃんは、ただものではない。絡まった糸を解きほぐす魔法を持っているかのようだった。鮮やかに悩みの本質を探り出す。これでもうちょっと気前がよかったらな。駄菓子をおまけしてくれるとか。



「人は、だいたいちゃんと向き合って話せば、大抵のことは解決するもんさ。ただ、人はそう簡単にはできていないんだね。残念なことに。いろんな感情が邪魔して、素直になれないのさ」



おばあちゃんは、説教するわけでもなく、自分に言い聞かせるように淡々とつぶやいた。



「その親友の子も、今悩んでいるかもね。両方とも謝りたいけど、意地を張っちゃって、謝れない」



「どうすればいい?」



「あんたは、謝りたいんだろう?」



涼太は、うなずく。



「だったら、先に謝ることだ」



涼太は、おばあちゃんの目を真正面から見た。



「それと、自分の気持ちもその子と別れる前に言わないとね」



「自分の気持ち?」



「そうだよ。言わないと伝わらないんだ。言っても現実は変わらないかもしれない。けど言うんだ。本当のことを隠して生きていくのは辛いもんだよ」



おばあちゃんは、そういうとどこか遠くを見る目つきになった。おばあちゃんも、親友が突然転校した過去があったのだろうか。その言葉は、実感がこもっていてずしりとくる重みがあった。



涼太はお菓子を買いに来たという目的をつい忘れそうになった。けど、ここに来たのは、話を聞いてもらいたかったからなのかもしれない。涼太が、50円分のお菓子をふたたび選んでいると、



「あと、40円ね」



と、おばあちゃんが言った。



「なんでよ?」



「さっきラスク食べたろ?」



気付いていたのか。これも、女の勘ってやつか。



「いいじゃん。話を聞いてあげたんだから」



「あんたの話を聞いたんだよ。けど、なかなか面白いこと言うね」



「じゃあ、その面白さに免じて」



「あと、40円ぶんね」



おばあちゃんは、断固とした態度で言い放った。


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