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パジャマおじさん  作者: 土方悠旗
11/12

思わぬ告白

11



事態が急転したのは。4日目の夕方のことだった。



その日も、何も手掛かりは得られず、がっくりと肩を落としていた面々だったが、情報は思わぬところから舞い込んできた。



涼太の母親である。



涼太たちは、いつものようの午前と午後、捜索と聞き込みを行い、日が落ちると、涼太の家に帰ってきた。



今日もだめだったねと、みんなで話し込んでいたら、涼太の母が突然、



「涼太、あんたたちが探しているパジャマおじさんだっけ?今日、私の友達が見たって」



そう涼太たちに軽く世間話でもするように告げたのだ。みんなは、一瞬の間を置いて、一斉に涼太の母に目を注いだ。



「どこで見たの?」



涼太が、前のめりで聞き返す。



涼太の母は、みんなの視線に気圧されたようだったが、



「あの、学校の近くの道路あるでしょ」



「道路はたくさんあるよ」



「ええっと、ほら、交番がある通りの。その近くにさ、川に向かう坂道があるでしょ。昼間、そこで見たって。なんだか怪しい感じで、フラフラっと自転車、こいでたらしいよ」



涼太は、みんなと顔を見合わせ、思わずガッツポーズを繰り出した。ようやくここ数日の苦労が報われる。パジャマおじさん捜索開始以来、はじめてといっていいほど明るい話題だ。



みんなの顔には、ほっとした笑みが自然にこぼれた。



みんなで相談した結果、早速、明日の計画を変更し、その川に向かう坂道を重点的に張り込むことにした。昼間から日が落ちるまで。



これは、大きな賭けだった。



同じところにパジャマさんがあらわれる保証はどこにもない。初めて得た、目撃情報をどこまで信じるべきか。



お母さんの友達が見た人は、涼太が見たパジャマおじさんとは別人だっていう可能性もありうるし、涼太たちが持っている情報通り、児童館、さくら公園、駅前、涼太の家の前に現れる可能性もゼロではなかった。けど、誰も異論をとなえるものはいなかった。みんなの直感がそうしろと告げているかのようだった。



♢♦♢♦



捜索5日目。



集合場所に行く足取りもどこか軽い。



とうとう待ち望んでいたものに出会えるかもしれない。公園には、すでに、全員が揃っていて、みんなの表情もどこか明るい。パジャマおじさんに会える、そんな興奮が、体から溢れてきそうだった。



空は気持ちいいくらい晴れ渡っている。



絶好のパジャマおじさん鑑賞日和。涼太たちは、意気揚々と目撃談があった坂に向かった。坂に向かう途中、涼太たちが通う小学校が見える。



夏休みで静まり返った学校は、いつもと雰囲気が違って、終業式が終わってまだ一週間くらいだが、なんだか妙に懐かしい。



「なんか懐かしいな」



ヤマジが、涼太が感じたことを、まるっきりそのまま目を細めて言った。



「まだ一週間も経ってないでしょ」



すかさずさえのツッコミが入る。ヤマジと考えがシンクロしてしまったことが、涼太は気恥ずかしかった。



「先生たちはいるかな」



かつきは、言った。



「えっ、先生たちって夏休みないの?」



ヤマジが驚いたように言う。



「全員は来ているわけではないけど、掃除当番みたいに、この日はわらび、次の日はタンクみたいに学校に来ているはずだよ」



かつきは、物知りだ。



「そういえば、プール行きてぇな」



ヤマジが学校のプールの方を見ながら言った。



「プールの開放日ってもう始まっているっけ?」



涼太が、みんなに問いかける。



「もう始まってるよ」



さえが額の汗をぬぐいながら言った。



そういえば、ヤマジの一件があったから忘れていたけど、さえとかつきは、どうなったんだろう。あの日、ふたりは駅前に一緒に行っていたよな。けど、涼太が見る限り、さえとかつきの態度には、特に変わったところはない。



それにしても暑い。



プールに入りたいのはやまやまだが、一行は後ろ髪を引かれる思いで張り込み現場に向かう。



途中にあった掲示板では、花火大会の開催を知らせるポスターが貼ってあった。明日の夜7時30分からだ。プールに思いをはせながら、交番を通り過ぎ、目撃談のあった現場にたどり着いた。



坂は緩やかに川の方に向かって上り坂になっている。涼太は、自転車でその坂を降りていくのがひそかに好きだった。



今日は、もう待つことが仕事だ。



涼太たちは、ガードレールに腰をおろし、ひたすら、パジャマおじさんが現れるのを待つ。我慢強さが試されそうだ。待っている間は、たわいもない話をしていたが、次第にかつきが話題の中心になっていった。



「かつきくん、もう中国行く準備は終わってるの?」



さえが、尋ねる。



「うん。もうほとんど準備は終わっているよ。あとはぼくたちが行くだけかな」



かつきは、さらりと言った。涼太はそのクールな受け答えに、ほんとにかつきは中国に行くのかなと、またもや不思議に思う。



「中国ってどんなところ?」



ヤマジが、尋ねる。



「まだ行ってないでしょ」



さえが、正論を飛ばす。かつきは笑いながら、



「ぼくもまだよくわかっていないけど、あまり変わらないと思うよ」



「変わらない?」



涼太が疑問をはさむ。



「もちろん、日本と中国は文化も習慣も違うけど、同じ地球だからね」



「おなじ地球か」



涼太は、両手を頭のうしろで手を組んで、空を見上げた。



かつきならどこの国へ行ってもうまくやっていけるだろう。かつきの人柄なら、どんな場所でも通用する。それは、涼太が保証してもいい。けど、かつきはどこまでも大人だなと、尊敬すると同時に、もっと弱さを見してくれよと涼太は思う。



自分がもし、かつきと同じ立場だったらどうするだろう。



親に思いっきり反抗して、駄々こねて、イライラして、周りに被害を及ぼすに違いない。涼太は、自分の思いに正直で、かつきは自分の思いにブレーキをかけている。どっちがいいのか、涼太の頭ではよくわからない。



「中国語も勉強してんの?」



ヤマジは、好奇心の赴くまま、質問を重ねる。



「いや、まだだね。シェイシェイとかツァイチェンぐらいかな」



「それって、どういう意味?」



ヤマジは涼太以上のバカかもしれない。さすがに涼太にもそのくらいの知識はある。



「シェイシェイはありがとう。ツァイチェンはさようなら」



「へぇ、そうなんだ」



ヤマジは、心底、納得した表情でうなずく。



「中国って、ものすごい広いんだ。日本よりずっとね。歴史もすごい長くて、万里の長城とか歴史的遺産もたくさんあるから楽しみだな」



かつきは、目を輝かせて言う。もうかつきの気持ちは日本にないんだと涼太はすこし悲しくなった。



「涼太、三国史好きだよね?」



「えっ、・・・あぁ」



涼太は、あいまいな返事をしてしまう。みんなの不思議そうな顔が、こちらに向く。



「いや、ほかのこと考えてて。なんだっけ、三国史好きだよ。おれは、呂布が好きかな」



涼太は、なんとかその場を取り繕う。



「あんたゲームの知識だけでしょ」



さえの鋭いツッコミが入る。



「いいだろ。別に。かつきは、劉備っぽいよな」



かつきは、もちろんと言った感じでうなずいた。



なんでもない会話が、だらだらと続いていく。



日は容赦なく照り付け、5人の体力をじわじわと奪っていった。



ジャンケンで負けた涼太が、全員分のアイスを買ってきて、みんなで座りながら食べた。パジャマおじさんの恩恵がなければ、涼太のジャンケンの勝率は異常に悪い。



こういうとき、どうしていいだしっぺが負けるのだろうか。アイスは袋を開けた瞬間からすでに溶け始めていて、甘い汁が道路にポタポタと垂れていく。



水色の小さな水たまりができて、どこからそのにおいを嗅ぎつけたのか、アリが行列をつくり始めた。



まもなく時計は昼の12時をさそうとしていたが、パジャマおじさんが現れる気配は一向にない。



食べ終わったアイスの棒を、指示棒に見立てて、ヤマジはテンテキの真似をし始めた。テンテキとまゆみ先生の続報はいまのところまだない。先生の特徴を掴むうえで、ヤマジは天才的な才能を発揮した。細かいところまで、表現しているので、みんなは腹を抱えて笑った。



昼休憩をはさんで、午後も張り込みは続く。



日差しはさらに強さを増している。今日が終われば、チャンスはあと一日しかない。   



午後も午前中と同じように、グダグダと話をしながら、パジャマおじさんがあらわれるのをいまかいまかと待った。



宿題、嫌だよなとか、宿題したくないとか、宿題ってなんのためにあるのかという熱い議論も繰り広げられた。結論は、出なかった。



夏休みどこに行くという話もして、さえは沖縄に行く予定があると言った。さえは、みんなの羨望のまなざしを集めた。マルは、基本涼太にしか見せなかったスケッチブックをみんなに公開した。当然のように絶賛の声が相次いだ。やはり涼太の目は間違っていなかったのだと鼻高々になる。



そんなふうにして時間は過ぎていき、夕方が近づいていくにつれ、互いにしゃべることがなくなって、涼太たちは、黙って通りを眺めた。



通り過ぎていく、買い物帰りのおばさんや、高校生らしき集団、野良猫までもが涼太たちの方をちらっと見て、何してるんだと怪しむような視線を向けた。



それほど人通りのない道で、誰か通るたびに、5人の期待に満ちた目が注がれるのだ。居心地がいいわけがない。



あたりは、だんだんと、燃えるような茜色に包まれ、カラスが鳴きはじめる。



あきらめムードが漂うなかで、誰一人立ち上がろうとはしなかった。いや、できなかった。期待が大きすぎたのか、そのがっかり感はそれぞれの体に重くのしかかった。



電柱から伸びる影を涼太はわけもなく見つめていた。



角にあるカーブミラーは、涼太たちの姿を歪んで写した。しかし、こればかりは自分たちでは、どうしようもできないことだ。誰も目の前の現実を受け入れたくなかった。



かつきが最初に立ち上がり、次いでさえ、ヤマジ、涼太と続き、歩き出した。



みんなの顔はすこし暗い。



涼太は、何歩か歩き出して、マルがついてきてないことに気付き、後ろを振り返った。マルは、さっきまで、涼太たちが座っていた場所で、一段と暗い表情で、その場で固まっていた。



涼太は、「マル」と声を掛ける。



聞こえているはずの声は、マルの耳には入らない。かつきとさえとヤマジも、その声に気付き、振り返った。涼太は心配になり、小走りで、マルのもとに駆け寄り



「どうした?」



と顔を覗き込んだ。熱中症にでもなったのだろうか。マルは、首を横に力なく振り



「ごめん」



と泣きそうな声で謝った。



「いや、お前のせいじゃないよ。パジャマおじさんも空気読めないよな」



と、涼太はあえて明るく振る舞う。



「そうじゃないんだ・・・」



マルは、小刻みに肩を震わせていた。その様子を見ていたかつきとさえとヤマジが近づいてくる。みんなが集まってから、マルはぽつぽつと話はじめた。



「パジャマおじさんのことなんだけど」



マルはそこで言葉を切り、しばらく沈黙が流れた。そしてなにか決心したように、小さく息を吐き出し、話を続ける。



「ぼくのお兄ちゃんがパジャマおじさんを見たって話したでしょ。あれは、もちろん本当のことで、ウソじゃない。でも続きがあって・・・。」



マルはずいぶん言いづらそうに下を向いた。



「捕まったんだ」



涼太たちは、何のことを言っているのか、理解できなかった。パジャマおじさんと何の関係があるのだろう。



「そのパジャマおじさんって、どろぼうだったんだって。だから捕まった。お兄ちゃんから後でその話を聞いて、みんなに早く言わなきゃって、ずっと思ってたんだけど、本当にごめんなさい」



マルは、立ち上がり、深々と頭を下げた。



涼太たちは、その場に無言で立ち尽くした。



あまりの衝撃とあっけない事実に、マルを怒る気力すら奪われてしまっていた。



そうか、どろぼうだったのか。パジャマ姿だったら、目立つのにな。けど、そんなことはどうでもよかった。気まずい沈黙の中、近くの木にとまったセミがうるさく鳴き始めた。涼太たちは、しばらく地面に足がくっついたみたいにその場から動けなかった。



ゲームオーバーか。



マルを怒ることは誰もしない。もちろん早く言ってほしかったという思いはあるが・・・。



この一週間何だったんだろうと涼太は考えた。涼太が、パジャマおじさんを見たことに端を発したこの行事の終わりが、実はどろぼうで、たぶんもうこの街にはいないじゃ、おさまりがつかない。



おれが見たのは、この街に舞い戻ったどろぼうだったのか。それともまぼろし・・・。



いや、その人とは別のおじさんの可能性だってある。どろぼうに運を運んでくる力があるとは思えないし、おれが見たのはもっと、わからないけどご利益がありそうだった。お母さんの友達が見たのは、どっちだろう。



とにかく涼太は、自分が見たパジャマおじさんと4年前のパジャマおじさんは、まったくの別人だという確固たる思いがあった。



ただこの空気の中、そんなことを言っても、「そうだね、みんなで最後まであきらめず、パジャマおじさんを見つけよう」と、再度の一致団結は難しいように感じた。どうしたらいいんだろう。



「まぁさ、最初っから怪しいもんだったしな」



ヤマジが、沈黙の空気を破るように口を開く。



「そうだよな」



涼太もあとに続く。



「お前が言うなよ」



ヤマジが、無理やり笑いながら、ツッコむ。しかし、空気は一変するどころか、さらに深刻さが増したような気がした。



「わたし、最初はどうかなって思ってたけど、だんだん信じてきてたのにな。最後まで、やりたい。だって、涼太が見たパジャマおじさんとは別人だっていう可能性だってあるし。みんなもそうでしょ?中途半端で終わらせたくない」



さえの痛いほどの主張がむなしく、みんなの心に響く。



さえはもちろん、もう米粒ほどの可能性だって残されていないことをわかっている。けど、最後までやりきりたいのだ。



涼太もそうしたい気持ちはやまやまだったが、すなおに首を縦にふれなかったのは、最後までやったとして、結局見つかりませんでしたじゃ、みんなに顔向けできないと思ったからだ。自分が始めたことだ。涼太なりに責任を感じていた。



こんなとき、数々の思いもよらぬ解決策を繰り出してきたかつきは、だんまりだ。かつきだって、完璧じゃない。けど、みんなの視線は自然とかつきに集まっている。



そのとき、涼太の頭の中で閃いたことがあった。



いつまでもかつきに頼りっぱなしじゃいけない。



それに、かつき、お前が責任を感じる必要はないんだ。



「あのさぁ、明日のことなんだけど、おれんちに夕方5時頃、集合ね」



涼太は努めて明るい口調で言った。みんな呆気にとられていた。



「リーダーはおれだ。最後くらいリーダーっぽいことさしてくれ」



ここまで来たら涼太は、なんでもやってやろうと思った。



たとえ、パジャマおじさんが見れなくとも、おれがみんなに幸せを運んでやろうというと、おこがましいが、そんな決意を胸に秘めた。みんなの今後の人生に幸せが来るように、自らがパジャマおじさんの代わりをする覚悟だった。



みんなは、相変わらずポカンとしていたが、特に反対する理由もなかったようで、しぶしぶ涼太の提案にうなずいた。



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