違う一面
10
3日目もみんな時間通りに集まった。
今のところ、離脱者はいない。マルは、すこし顔色が冴えないが、特別変わった感じはない。まぁ、様子を見守ろう。
変化といえば、ヤマジの子分たちが早くも先の見えない捜索に飽きてしまい、来なくなった。子分たちはただ頼まれたからやっていただけで、最初から熱量が違ったのだから、しょうがない面もあったのだが、ヤマジは、かなり落ち込んでいるようだった。
今日は、ヤマジと涼太がペアになって動くことになっている。
元気がないヤマジと行動を共にするのは、調子が出ない。いや、うるさくて、調子乗りのヤマジじゃないだけマシと考えるべきか。
今日の配置はこうだ。
かつきとさえは駅前、マルは涼太の家、涼太とヤマジはさくら公園。児童館は、臨時の休館日だった。夕方になったら、パジャマおじさんがあらわれる可能性があるので、涼太が向かうことになった。
涼太は、こいつのためにおごるのもなんかやだなと思ったが、駄菓子を買ってから探索を始めるかと、ヤマジと連れ立って、公園の向かいの駄菓子屋に向かった。
仲間に裏切られたのがよっぽどショックだったのか、ヤマジは言葉数も少なく、顔にも覇気がない。涼太は、駄菓子屋の扉を開け、ビンに入った炭酸ジュースを2本買った。
ビンの蓋を栓抜きで開け、1本をヤマジに渡すと、涼太は、ぐびぐびとのどに流し込み、ビールを飲んだおじさんのように、ぷはぁと言った。
ヤマジは、気が進まない感じで、ちびちびと飲み、一口飲むたびため息を吐いた。涼太は、空き瓶を外のケースに入れ、
「おばあちゃん、昨日パジャマおじさん見た?」
と店の奥の方に座っていたおばあちゃんに叫んだ。
「見てないね。まだ見つからないのかい?」
「うん。難航している」
「おや、難しい言葉を知っているね」
「刑事ドラマで見たからね」
「ところで、そこのお坊ちゃん元気がないみたいだけど」
涼太は、後ろを振りかえり、ヤマジを見る。
まだ炭酸ジュースをちびちびと飲んで、あからさまに落ち込んでますよとアピールをしているようだった。涼太は、だんだんと腹が立ってきた。
「まぁ、あいつはいいや」
「ちょっとそこのため息ついてばかりのお坊ちゃん」
おばあちゃんは、困っている人を見捨てられない。ヤマジは、捨て犬のような目で振り返った。
「こっち来てみなさい」
ヤマジは、トボトボと駄菓子屋の中に入ってくる。
「さぁ、話してみなさい。私も伊達に年を取ってないからね。いろんな経験をしてきたんだ」
ヤマジは、観念したようにぼそぼそとなぜここまで落ち込んでいるのかを話し始めた。駄菓子屋のおばあちゃん、おそるべしである。
なんか話したくなるんだよな。
涼太もおばあちゃんの前では隠し事はできないと思っているし、何か吐き出したら、自分が楽になりそうな期待がある。それをヤマジの第六感も感じ取ったのだろう。
口は重たそうだったが、仲間だと思っていたのに裏切られたことを悔しそうにヤマジは、おばあちゃんに話した。
涼太もかたわらでその話を聞いていた。おばあちゃんは、ヤマジの目を見つめながら、やさしくうなずく。一通り話を終えると、おばあちゃんは
「で、あんたはどうしたいんだい?」
と、ストレートに問いただした。ヤマジは、うーんと首をかしげた。それがわかればヤマジもこんなに悩むことはないだろう。
「おれは、仲直りして、また元通りに」
「ヤマジ、あんたは、相手の気持ちを考えたことあるかい?」
「相手の気持ち?」
「そうさ。その友だちの気持ちだよ。ヤマジの個人的にやりたいことに文句も言わずに手伝ってくれたんだろう。人を動かすには、自分がやりたいだけじゃだめだよ。信頼してほしかったら、相手のことを先に信頼してあげないと」
ヤマジは、思い当たる節があったのか、力なくうなずく。
「その気持ちもわかってやらないとね。その友達たちも、あんたがちゃんと謝ればすぐに許してくれるさ」
ヤマジは先生に怒られているみたいに、終始うなだれていた。気が小さいやつだと思ったが、つい最近友達関係で悩んでいた涼太にとって、他人事ではなかった。
「涼太みたいに、図太くないとね」
おばあちゃんは、涼太を見た。
「なんでそこでおれが出てくるんだよ。おれがなんにも考えてないみたいじゃん」
「そうじゃないのかい」
「そうじゃないよ。あーあ、おれの心が傷ついた」
と涼太は、おおげさに胸を押さえ、
「慰謝料として、このえびせんもらっていい?」
とおばあちゃんに訴えた。
「ダメに決まってるだろう。こちとら商売でやってんだ。そういうところがずうずうしいんだよ」
「生まれつきだよ」
涼太は、減らず口を叩いた。
ヤマジをふと見ると、顔の暗さがなくなり、かすかに口元が緩んでいた。
「おばあちゃん、えびせん2つと梅ジャム2つ」
元気をすこし取り戻したヤマジは、きっぱりとした声で言うと、駄菓子の代金を払った。
「相談料か?」
と、涼太がからかうと
「おれは、ちゃんと払う。お前みたいにタダでもらおうなんて、一ミリも思わないからな」
その発言に、涼太はムッとしたが、まぁこうでないと、ヤマジじゃない。
今日は大目に見てやろう。
おばちゃんは、そのやり取りをどこか懐かしむように見ていた。
涼太とヤマジは、えびせんを食べながら、公園のベンチに向かった。
木製のベンチは昨日の雨で、湿っていた。
仕方なく、2人は立ちながらえびせんをぼりぼりとかじった。公園には、ちいさな子を連れた母親が二組いるくらいで、なんとものどかな時間が流れている。えびせんを半分くらい食べ終わったあたりで
「サンキューな」
とヤマジが目も合わさず、ぼそっと言った。
涼太はまさかヤマジから感謝されると思っていなかったので、面食らったが
「おう。こちらこそ」
と、同じく前を向きながら答えた。
公園の水飲み場には、にわかに人が集まりだし、騒がしい声がする。見ると、小学校一年生くらいの子たちが、水風船をつくっていた。
カラフルな水風船は、その子たちの足元に山のように盛られている。これから水風船を当てあう遊びでもするのだろう。涼太とヤマジは、無言でその光景を眺めていた。
「なぁ、お前ってどんな子どもだった?」
涼太はヤマジの方を見たが、ヤマジは水飲み場をまっすぐ見つめたままだ。その横顔から、真剣な質問なんだと涼太は感じとる。
「おれらって、まだ子どもじゃないの」
涼太は、そう返すと
「まぁそうだけど。おれが言っているのは、あの子たちくらいの年齢の話。5歳とか6歳とかそれぐらい」
「そうだな。おれは、変わらないと思うよ。小さい頃からだらしない。そんな性格変えたいとも思うけど、なかなかね」
「変えたいって思うことあるんだ?」
「まぁ、いろいろ怒られるしな」
ヤマジは、いつになく真面目モードに入っている。茶化すべきか、それとも付き合うべきか。
「お前はどうなんだよ」
涼太は、聞き返す。
「おれは、そうだな。わりと真面目だった」
「なんだよ、優等生ぶりやがって」
ヤマジは、真面目モードを崩さなかった。涼太は、この話に付き合うことにした。
「おれの家ってさ。両親仲悪くてさ。しょっちゅうケンカしててさ、おれだから、家に帰るの嫌になるときあるんだ」
重めの告白に涼太はなんて言葉を返していいかよくわからなかった。それに、この世界に、そんな都合のいい言葉なんてあるのだろうか。
「学校で振る舞ってるおれって、なんかわからないけど、その反動なんだ。家の中じゃわりと暗めで・・・。どっちが本当のおれか、たまにわからなくなる」
学校でのヤマジからは想像できない胸の内だ。
「ごめん。こんな話聞きたくないよな」
「いや、そんなことないよ」
「この前は、ごめんな」
「えっ?」
「テストのことで突っかかって」
「ああ・・・おれのほうこそ」
気まずくなったのか、ヤマジは、急に、水風船で遊んでいる子どもたちのもとに走り出した。
そして、驚いている子たちをしり目に、水風船の素早いつくり方をレクチャーし始めた。その姿は、子どもだった。まだ子どもだから当たり前なんだけど。
楽しそうに見えても、その裏はもがき苦しんでいたり、静かそうにみえて、その裏は大きな炎を燃やしていたり、クールそうに見えて、ものすごく情が深かったり、期待に応えようとして、本当の自分とのギャップに苦しんでいたりする。
一つの角度から見ていると、単純そうに見えても、人にはたくさんの面があるみたいだ。
涼太の頭にパッと立方体が浮かんでくる。
涼太は、みんなの一つの面しか見ていなかったことを痛感した。みんなが思っている自分に合わせて、生きていくのも大変だし、自分をありのまま出すのも、ものすごく勇気がいることだ。どうすればいいかなんて、そう簡単に答えはでてこないだろう。
ヤマジは、たぶん両親に仲良くなってもらいたいんだ。
それで、パジャマおじさん捜索の誘いに素直に首を縦に振った。自分の力だけでは、どうにもならないことがある。涼太にもそれはなんとなくわかった。
「涼太、お前も入れ。おれら2人対10人の水風船対決するぞ」
水飲み場からヤマジの弾んだ声が飛んできた。
その姿は、まるで親分だ。
ヤマジの周りにいる子たちは、ヤマジを尊敬のまなざしで見ている。すでに、子分になってしまったようだ。
ヤマジと涼太はびしょ濡れになりながら、涼太の家で3人と対面し、冷ややかな視線を全身に浴びた。当たり前だ。
これは捜索であって、遊びではないのだ。ヤマジと涼太は、平謝りするしかなかった。
ヤマジと涼太は、取り返そうと、午後はめいっぱい捜索と聞き込みを行ったが、なんの手ごたえもなかった。
3日目も有力な情報は得られず、涼太たちは途方に暮れた。
もうタイムリミットが迫っている。かつきが日本にいられるまで、あと3日だ。涼太は、それまでには、なんとかしてパジャマおじさんを見つけたいと思った。
日本での最高の思い出をつくって、なにも思い残すことなく、かつきには旅立ってほしかった。




