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パジャマおじさん  作者: 土方悠旗
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出会い




涼太は、背中を丸めながら、重い足取りで、かつきと一緒に帰っていた。



ランドセルの中には、ずっと置きっぱなしになっていた教科書がつまっている。「学校の机は物置ではないぞ」と担任のわらびに怒られ、なくなく、涼太はその重い荷物を持ち帰ることになったのだ。



隣を歩くかつきのランドセルからは、カチャカチャと筆箱が鳴る軽快な音が聞こえた。



梅雨入りしたものの、雨はまったく降らず、カラッとした天候が続いていた。



梅雨が終われば、もう夏だ。



テレビでは、今年の夏は猛暑です、とアナウンサーが涼しい顔で言っていた。去年も同じようなことを聞いた気がする。ここ数年、気温は右肩上がりに上昇しつづけ、涼太が住んでいる地域は、コンクリートの照り返しのせいもあってか、余計に暑く感じた。



それでも、涼太は夏が好きだった。



最近のうだるような暑さは、勘弁してほしかったが、それを吹き飛ばすくらいの楽しみが夏にはある。ズバリ、夏休みだ。学校に行かなくていいという大義名分をもらえることが、なによりの幸せだった。しかし、その大好きな夏休みを気持ちよく迎えるには、一つ難関が待ち受けていた。学期末の試験である。



とにかく勉強が苦手な涼太にとっては、地獄の時期だ。



歩きながら、涼太はため息を連発していた。どうしたのと聞いてほしいばかりに大きなため息だ。



「また、何も勉強しないで、試験に臨むつもり?」



かつきが、ほほ笑みながら聞いてくる。



「うるせぇ、ガリ勉」



かつきは、いかにも優等生といった見た目をしている。



服装も髪型もきっちりしており、寝ぐせがついているところなど見たこともない。さらに成績優秀、上下関係をわきまえ、誰にでも礼儀正しいときた。そのため、涼太ら同級生の母親からの信頼感は絶大で、別名マダムキラー。涼太も、母親から、「かつきくんを見習いなさい」と何度言われたことか。



勉強嫌いで、ずぼらな涼太とは、まるで正反対なかつきだったが、ふたりはどこかうまがあった。だからこうして家に帰るときはいつも一緒だ。



「見習えか」



涼太は、ひとりごとのようにつぶやいた。



「うん、何?」



「いや・・・かつきはなんでそんな勉強すんの?」



涼太は、目を泳がせながら聞いた。かつきは、首をすこし傾げ



「勉強好きだから」



と、そっけなく言った。勉強が好きな人間がこの世にいるのか。



「それって、おれがゲーム好きで、ついつい長時間やっちゃうのと同じ感じ?」



「同じ感じかな」



「やっぱかつきはすげぇな。おれにはマネできない」



「そう?ぼくは、涼太のそういうとこ憧れるけど」



「どんなとこ?」



涼太は目を輝かせて、かつきの答えを待った。しかし、かつきは言いにくそうにもじもじとしている。



「もしかして、バカなとこ?」



涼太は、かつきの「そんなわけないじゃん」という否定の言葉を期待したが、かつきは、すぐにこくりとうなずいた。



「おい」



涼太は笑いながら、かつきの肩をこずく。かつきは、申し訳なさそうに笑った。



「本当に思ってるんだ。ぼくは涼太みたいに明るくないし、はしゃげないから」



そういうかつきの横顔は、すこし寂しそうだった。



そんなとき、決まって涼太は、かつきの憧れる持ち前の明るさで、場を和ますのだ。涼太は、目をひん剥き、鼻の穴をふくらませ、舌を出した。準備万端だ。



「かつき」



変顔をキープしながら、かつきを呼んだ。



かつきは、涼太の顔を見た瞬間、手で口を押えながら笑った。勉強はできるが、笑いのレベルは低い。基本、かつきは、なんでも笑う。相当な笑い上戸だ。



これじゃ笑わないだろと思うネタでも、笑ってくれるので、涼太は、一時期、「自分はかなり面白い。芸人になれる」と、うぬぼれた。しかし、かつきが笑ってくれたからという理由で、ほかの友達の前で披露したら、地獄の空気が流れたので、そのうぬぼれも勘違いだったことにすぐ気づいた。



「でも、勉強好きっていいよな。褒められるじゃん。おれ、どれだけゲームに熱中してようが褒められないもん」



「涼太のゲームの腕前は相当なものだと思うけど」



「そう言ってくれるのは、お前だけだよ」



かつきは、涼太をほめてくれる唯一の人間である。



「あっ、そうだ。また、ノート貸してくれよ」



涼太は手を合わせ、わかりやすくおおげさな仕草で懇願する。



「かつき様のノートは見やすいし、わかりやすいから」



涼太のテストの出来は、かつきのノートを暗記することで決まるといっても過言ではない。テストで討ち死にするかどうかを左右する、重要なアイテムなのだ。



かつきは、ランドセルを胸の方に持っていき、ノートを涼太の方へと差し出す。涼太がありがたく受け取ろうとすると、かつきはパッと手を引いて



「ノートを貸すのはいいけど。右下にパラパラ漫画、書くのやめてくれる?」



と、冗談交じりに言った。



涼太は、ついつい借りたノートだということを忘れ、覚えるのにも飽きると、パラパラ漫画を描いてしまう癖があった。



「おもしろかったろ?おれの感謝の気持ち」



今回のパラパラ漫画は渾身の出来だった。オリジナルキャラクターのなすびくんが、走って走って、最後には、宇宙まで行ってしまう話だ。



「うん、まぁ」



「次回、乞うご期待」



そういって、涼太はかつきの手からノートを奪った。



しばらく歩くと、T字路にぶち当たる。右に曲がれば、涼太の家があり、左に曲がればかつきの家だ。涼太の家は、古い一軒家で、ひいじいちゃんの代からここに根を張っている。かつきの家は、ここら辺ではわりと新しいマンションだ。



「じゃあな」



涼太が右手を上げると



「じゃあ」



かつきは、左手を上げた。左利きは天才が多いというけど、かつきもそうなのかなと、涼太はぼんやり思った。



家に帰ったらゲームでもするかと考えながらかつきと別れ、歩いていると、右の方の脇道から、自転車が飛び出してきた。涼太は思わず後ずさりして、その自転車の持ち主をすこしムッとして見つめた。



自転車の主は、上下ブルーのチェックのパジャマを着たおじさんだった。



この地球上のどこかで何秒かに一回は起こっているだろうシチュエーション。しかし、その自転車の主はどこか違っていた。なにがどう違うのと問われても、はっきりと答えることができない。



おじさんが角を曲がって見えなくなるまで、涼太は、得体のしれない生物でも見てしまったかのように、唖然とした表情で、その姿を見送った。そして、涼太の脳裏に何とも言えない後味を残していった。



いま見たことをどう解釈しようと考える間もなく、誰かに言わないと、と半ば義務感に駆られ、涼太は後ろを振り返った。けど、かつきはもういない。



近所でよく見かけるおばさんが、ヨボヨボの犬を散歩させていたが、おばさんに伝えたところで、怪訝な顔をされるだけだろう。



いますぐにでも走りだして、かつきの家に行こうと一瞬思ったが、明日どうせ学校で会うしと思い直し、涼太はぼんやりとしたまま、家に帰った


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