重ねてしまったから
建物を慌ただしく出入りする騎士達。
悪態をつきながらも、無理やり連れて行かれる男。
不安そうな顔で「もうおうちにかえれる?」と泣きはらした跡のある子ども。
にかりと笑って「ああ、帰れるからな!」と元気づける騎士の一人がいた。
私はその光景を見て、リュークとロイに「行こうか」と声をかける。
力なくだらりとぶら下げるロイの手をにぎる。
私はかすかな力だが握り返してくれたのを感じつつ、その場をあとにした。
*
リュークと合流して、私は奴隷狩りのアジトから出た。
現在はロイを気遣いづつ、今夜泊まる予定だった宿屋まで歩いている途中だ。
リュークを追いかけて来た騎士には隠れて行動した。
事情聴取が面倒であるからだけではない。
その必要性は分かってはいる。
ただ貴族出身が多い騎士団で、リュークとロイが目をつけられないようにしたいだけだ。
奴隷狩りに通じている貴族がいるようなので、厄介事は避けるべきだと判断した。
疲れて眠いということもある。
迷いながらも、宿屋には到着した。
店主には夜遅くに私のような子どもが来ることを驚かれた。
だが、異種族のロイやリュークを快く部屋に泊まらせてくれた。
「あ〜、やばい。とても幸せだわ」
店主は餌付けもとい夜食の提供で、リュークに好かれることに成功。
高級品である果物をあげて夢中になっているリュークに、余すところなく体を触っている。
とろけたような表情は、生き物全般好きだと聞いていたことを証明していた。
はあはあと息をする店主を視界に入れないようにし、ロイに「おいしい?」と聞く。
口いっぱいにご飯を含ませながら、こくりと頷いた。
スプーンが慣れないものだったのか、食べるのに手間取ってはいる。
だが温かいスープがするすると胃に入っていく様子を見る限り、返答通りだと分かった。
食べて満腹となったせいか、ロイはうとうとし始める。
寝る前に汚れは拭いておくために、リュークに「先に部屋にいるからね」と声をかける。
店主にもみくちゃに撫でられているので、「ガウ!?」と悲惨な声を出していた。
魔道具から水を生み出るのを、ロイは興味があるのかじっと見ていた。
「初めて見た?」
「……うん」
女の子であることは確認してある。
恥ずかしいとは思うが、もう一度怪我がないかの確認のため、服を脱いでもらう。
背中に複数箇所、青あざがあるのを魔法で治癒し、水で濡らした布で拭いてもらった。
「ロイは狼人……だよね?」
耳としっぽの形からして、犬よりも狼だとは思う。
エルフを耳長族、小人族を背が小さいなど言うのは、種族ごとのよくあるタブーなことだ。
私はおそるおそる尋ねたが、正解だった。
子どもであるからか、毛がふわふわとしているのだ。
犬と言い間違えなくて良かった。
ロイは髪や毛につく水が気に入らないようで、ブルブルと水を飛ばす。
防ぎようがない水滴を受けつつ、大きいタオルでロイを包み込む。
少し不満そうだが、されるがままだ。
そうしていると、気がついたら座ったままの状態で寝ていた。
ベットに移動させたころにはリュークは部屋に来ていた。
疲れたと二つあるうちの一つのベットでごろりとしている。
「……勝手に決めてごめんね」
「ガウ?」
「ロイを送り届けることにしたことだよ」
「ガウーアッ」
気にしなくていいよ、とリュークは伝える。
そう言ってくれることは理解していた。
けれど理解しているのと、実際にされるのは違う。
罪悪感が小さくなった。
「異種族だからって差別されてしまうのは嫌だったの」
ロイの姿は、私があったかもしれない未来の一つだ。
もし私が闇魔法を使えなかったら、半魔と示す紫色は隠し通すのは難しかった。
重ねてしまったのだ。
もしもの私をも想像し、だからロイを送り届けることにした。
これ以上傷つく可能性があるのなら、というような理由よりこの気持ちの方が大きい。
そんなことだから、私は無情ではないけれどその逆でも無いのだと思う。
そうでなければ、人族の子も送り届けることはしたはずだ。
「明日は王都の周辺に、狼人が住んでいなかったか調べてよう」
護衛任務を共にした、冒険者バーティの一人の獣人に話を聞いてみるのもいいかもしれない。
それにこの宿屋の店主は詳しそうだ。
ベットに横になると直ぐに眠気が襲ってきたのを、私は抵抗しなかった。
狭まる視界に映る見慣れぬロイの姿は、違和感はあまりなかった。




